ペンネーム:菅野案件 『亡国姫のおしごと』

文字数 71,128文字

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菅野案件さま

この度は「ダンジョン屋のおしごと」企画へのご参加ありがとうございます。

投稿いただきました作品につきまして、また企画全体の今後の進め方につきまして検討を行ないまして、編集部での方針が決定いたしましたら、個別にご連絡を差し上げたいと思います。

お手数をおかけいたしますが、連絡用のメールアドレスを
【 kyogen.hensyu@gmail.com 】 までお送り頂けますでしょうか。
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kyogench

ペンネーム:菅野案件
作品タイトル:亡国姫のおしごと

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*原作者様素材や公式素材以外の権利関連表記*


キャラ絵

『三日月アルペジオ』http://roughsketch.en-grey.com/ 

 忠藤いづる 様


トークメーカーBBSから『東雲飛鶴』様




モンスター

『ニルバーナ展覧会機関』http://castlenirvana.sakura.ne.jp/ 

 ジュゲムト 様


『シアンのゆりかご』 http://cyanyurikago.web.fc2.com/index.html 

 マゼラン 様



背景

『TEDDY-PLAZA』  http://teddy-plaza.sakura.ne.jp/

 瀬尾辰也 様 


 明宮村(ヴィントドルフ)様 http://winddorf.oops.jp/1top.htm


『きまぐれアフター』http://k-after.at.webry.info/


『あやえも研究所』

http://www.flickr.com/photos/fleur-design/1394346975/ by The Pug Father (modified by あやえも研究所)

is licensed under a Creative Commons license:

http://creativecommons.org/licenses/by/2.0/deed.en


『背景写真補完の会』

http://masato.ciao.jp/haikei/furemu.html

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        『ダンジョン屋』


 言わずと知れた世界一のダンジョン製造・運営会社である。

 社の規模が大きいだけではなく、ダンジョンの品質に関しても、冒険者満足度ランキングNo1を毎年、連覇しているという、名実共の業界トップだ。


 そのダンジョン屋が新機軸として打ち出し始め、急速に業績を伸ばす事業があった。

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          首都の城下町。

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      その王城の前で、こんな横断幕が掲げられていた。

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    ダンジョンで無双して、女の子を助け、仲良くなろう!

  『ときめきメモリー・キャッスルダンジョン』


 可愛いコンパニオンからのクエストが君を待っている!

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 実は、ついこの間、革命なんていう物騒なものが起きて、国王一族が逃亡。王族の借金のかたとしてダンジョン屋が城を接収し、ダンジョンへと改装してしまったのだ。


 今や城門の前には、優美な近衛兵の門番の代わりに、うさんくさいダンジョン屋の社員たちが出並び、道行く人々へ呼び込みをしているような有様だった。

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おにーさん、おにーさん。

良い娘、居るよ~。

ダンジョン攻略して、ときめえちゃわない?

 ひどく人相が悪いが普通の正社員である。モヒカンが義務づけられているらしい。

 そして、彼が声を掛けたのは、本来、ダンジョンに呼び込むべき冒険者ではなく、学生風の若者だ。

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え……でも、僕は冒険者じゃないし、ダンジョンなんて……。

剣も魔法も習ったことないですし……。

大丈夫、大丈夫

武器や防具もレンタルするし、難易度はゆるくて、だーれでもクリアできるようにしてあるから、初心者でも安心だよ。

それに、ほら、あのコンパニオンの娘たち見て。

王城の中は魔物の巣になっていて、今にも溢れだそうとしています。

これを封印するには、中へ突入して魔物の数を減らさねばなりません。

助力を願えませんか?

わたしくめは戦うことはできませんが、神官ですので、回復魔術に精通しております。あなた様が怪我をしたら、誠心誠意、癒してさしあげられます。

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そんな神官なんかより、ボクに力を貸してくれないかな?

お城の中に取り残されてる一級品の魔導具を回収しなきゃいけないんだ。

大丈夫、ボクは魔術師だし、破壊魔術もお手の物。

君の援護は任せて!

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お兄ちゃん、お兄ちゃん♪

アリスね。ダンジョンの奥にいる、おっきな、おっきな怪物を倒さないといけないの。

一緒に行って、手伝って欲しいな~……!

上手くいったら~、ご褒美にチューしてあげちゃうかも~♪

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 ――ごくり

 分かり易く生唾を飲み込むという反応だった。

 ダンジョンなどまるで興味が無かったはずなのだが、幼女に釣られたのである。

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よ、よーし、じゃあ、お兄ちゃんがんばっちゃおうかなー!!
アリスちゃんをご指名ですね。

げへへへへ、毎度アリーッス。

ダンジョン入場料と指名料はあちらのカウンターでお支払いください。


       レッツ☆ときめき!

 本来のダンジョンとは、内部に眠る財宝などを目的に冒険者が自主的に潜るもので、けして料金を払って入場するものではない。

 ましてやクエストの依頼主へ、依頼された側が逆に金を払うなど本末転倒――


          だが。

 

    これこそがダンジョン屋によるマネッサンス時代の新事業。

     『ライトダンジョン』なのである。



 冒険者などという、人口の1%も居ない貧乏なニート・フリーターもどきを当て込んだ硬派なダンジョン運営をするのではなく、その他99%の一般人をダンジョン市場に取り込んでしまえ――代わり映えしない日常を送る人々にも冒険を! というコンセプトで、誰でも、冒険者気分が味わえるアミューズメント施設というわけだ。


 この城下町にあるような女性コンパニオンを配したライトダンジョンは、

『ギャルダンジョン』などと俗称される。


 この逆バージョンの、イケメンコンパニオンが取りそろえてある女性向けは、

『乙女ダンジョン』


 他には、家族のお父さんが週末に子供と妻を連れて行き、「よーし、お父さん、今日はがんばってボス倒しちゃうぞ~」などと家族サービスをするための、

『ファミリーダンジョン』なんて物まである。



 そして今日、この城下町のギャルダンジョンに配属された新人アルバイトのコンパニオンが居た。

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 コンパニオン用の更衣室から出て来た彼女は、やんごとなきお姫様の扮装をしていた。どうやら、そういう役柄らしい。

 神官キャラも居れば、魔術師キャラもいて、不思議幼女キャラも居れば、お姫様キャラくらいは居る。


 そして、彼女と顔を合わせたモヒカン社員は――

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ゲヒッ――!?

        なにやらひどく驚いたようだ。

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キューデレラ姫!?
 キューデレラ・ボツリーヌ・ハリー・ボッテー。


 現在行方不明で、人民の敵として革命政府から指名手配されているはずの、お姫様の名前だ。すぐそこの壁にも手配書の似顔絵が張ってある。瓜二つである。

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 だが常識的に考えて、そのお姫様がこんな所で暢気にしているわけがない。

 首都は革命政府のお膝元であり、姫は捕まればギロチン刑なのだし、本物のお姫様が、お姫様役のコンパニオンをするなど、あるわけがないのだ。

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…………。

――おっと、すまねえ。あんまり似てたもんだからよ。

そういや、お前は、キューデレラ姫のそっくりさんコンパニオンとして雇われたんだったな。

       ということらしいが。

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ふん、早く、仕事場とやらに案内しなさい。

なんだってやってやるわ。なんだってね。

気合い入ってんじゃねえか。

おう、こっちに来な。

 モヒカンは先を歩き出し、お姫様な彼女もその後に続こうとした。

 だが、彼女はふと立ち止まり、ダンジョンに変わり果てた白亜の王城を見上げ、拳を握りしめ、独り言を呟く。

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今に見てなさいよ、ダンジョン屋。

必ずこの国を……わたくしの手に取り戻してやる。

 そう、何を隠そうお姫様な彼女は――


             本物、だった。


 なぜ一国のお姫様が、今やフリーターに落ちぶれてしまったのか。

 それは聞くも痛い、語るも痛い、痛い痛い黒歴史があるのだ――


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 数日前。


 キューデレラが、お忍びでビーチリゾートへ、バカンスへ行った時のことだ――


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 海辺の洞窟の前に、人だかりが出来ていた。

 イベントをやっているようで、空には花火まで打ち上がっている。

 横断幕が掲げられていて、こんな事が書いてあった。

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         素敵な男の子との出会いがいっぱい。   

  『ときめき☆メモリーダンジョン:ガールズサイド』

 

      あなただけの王子様と、真夏のダンジョンで秘密の体験しちゃお♪

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あれは何かしら、ずいぶん賑やかだけど。

 砂浜のビーチパラソルの下、水着で寝そべっていたキューデレラは、花火に気づいたようだった。

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ねえ、メイ、あなたはわかる?

   メイと呼ばれたのは、キューデレラの側に控えていた従者だ。

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はい、殿下。

近頃、流行の乙女ダンジョンではないかと存じます。

       と、言われてもキューデレラはピンと来ない。

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乙女……ダンジョン?

下々の娯楽にございます。

殿下がご興味あそばされるものではないかと。

ふうん?
 ばっちりご興味あそばされてしまったようだ。

 普段、なかなか自由に外を出歩けない彼女にとっては、庶民の暮らしぶりも、すべて物珍しく目に映る。聞き慣れない娯楽があれば、見たくなる。

 乙女ダンジョンへと、トテトテ走って行ってしまった。


 しかし、人だかりが多すぎて、なかなか近づけず、困ったキューデレラは、大きく咳払いしてから――

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皆の者、道を空けなさい。

この国の王の名に代わって命じます。わたくしこそは―― 

――!!!
 いきなり名乗りだそうとしたわけだが、従者が慌てて口を塞いだ。

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――むぐっ……!

な、なにするのよ!

非礼は、ご容赦を……。

殿下は、ただいまお忍び中にございます。

身分を明らかにするはお控えください。

護衛の者も最低限しかおりませぬゆえ。

 お忍び、というのはつまり、王族という公人ではなく、身分を周囲へ明らかにせず私人として行動している最中ということだ。


 どこに遊びに行くにしても、王族の立場で行動すると、地元の有力者などの挨拶回りやパーティへの招待などなどを受けねばならず。とてもじゃないが、自由気ままな息抜きとは、いかなくなってしまう。

 やんごとなき身分ゆえの悩みであり、そのための、『お忍び』という慣行なのだ。


 水着などを着ていれば、そうそうバレはしないし、そもそも、お姫様が自分のすぐ近くに居るなんて誰も想像しない。そういうものなのだ。

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今は下級貴族のご令嬢として、お振る舞いあそばせますようお願い致します。私も、人前で殿下を呼ぶ時は、『殿下』ではなく、『お嬢様』とお呼びしますので。

そ、それくらい、わかってるわよぅ……。

わたくしを、身分が高いだけの、頭の悪い女のように扱わないで頂戴。

さっきは名乗ろうとしていたわけではなく、ただちょっと――

ただちょっと、どうしようとしたので御座いましょうか?
…………。
……………………。
そ、そうだわ。発声練習、発声練習よ!
何のための発声練習だったのですか?
………………………。
そう、独り言よ。あれは独り言であって!
では殿下は、真夏の海辺の人だかりの前で、独り言の発声練習などをなさる奇特な性癖を持つお方だったのですね?
…………………。
そ、そうよ、文句あるの!?
いえ、何も。

ただ、ちょっと……。プッ……。あ、いえ、なんでもありません。

今、笑った。笑ったわよね?

あんた最近、生意気よ。お父様に言いつけてやるんだから!

私はその国王様から直々に、お目付役を申し使っておりますので……。

『我がプリティーでお馬鹿な娘が、プリティーでお馬鹿な騒動を起こさないように、くれぐれも厳しく躾けてくれ』と。

わたくしがお馬鹿?

そんな、ひどいわ、お父様!

ただのお馬鹿ではありません。

〝プリティーな〟お馬鹿ですので。

愛情の籠もったお言葉かと。

いやーん、お父様ったら、いくらわたくしが可愛いからって、従者にまで愛情ダダ漏れさせることないのにぃーん。

あ、お父様とお話ししたくなったわ。通話器をここへ。

 と、キューデレラが右手を掲げる。

 メイは背負っていた機械から受話器を外して、手渡した。遠く離れた相手と通話できるというマネッサンス文明の利器だ。

 精霊術回路が仕込まれており、魔術の心得がなくても使うことが出来るという優れもので、メイが背負ってるタイプは最近発売されたばかりの『携帯通話機』と呼ばれる高級品である。

 ついでに、大きさゆえに持ち運ぶための従者が必要なため、金持ちにしか使えない代物だ。


 そしてプリティー馬鹿娘は受話器に向かって叫んだのだった。

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ハァーイ、パパりゅ~ん♪

 その頃、当の国王は、王城で経済界の大物を迎えて、規制緩和のための陳情を受けていた――


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 国王:パパデレル・ボツリヌス・ハリー・ボッテー

 

 こう見えても40代の後半である。

 20代の時に、魔術と錬金術の複合実験の失敗に巻き込まれ、片目を失い、それと同時に老化が止まってしまったと言われている。


 名君と名高いやり手の国王で、チョイワル風ハイパー若作りの風貌から、社交会ではご婦人からの人気も絶頂。と、オフィシャルでもプライベートでも、隙のない理想的な君主なのだが、えらく致命的な欠点が一つだけある――


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――つーわけでだな。ボッテーの旦那よ。

私有地で無条件に人工ダンジョンを設立できるよう、規制を緩和してもらいたい。

      陳情に来ていた経済界の大物とは、そう、この人である。

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   ダンジョン屋社長 ムッソ・ゴルドスキー


     『金こそ全て』というマネッサンスの申し子たる人物だ。


      好きな言葉は『金こそ全て』

       座右の銘も『金こそ全て』

        人生訓も『金こそ全て』

     寝ても覚めても『金こそ全て』

     何からなにまで『金こそ全て』

     


        それがこいつなのだ。

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ならん。これまで通り、我が輩が許可した地域でのみ営業を許す。

なんでだよ?

人工ダンジョンの経済効果は、あんたも見ての通りだろう。

風水の乱れで廃村寸前だった村が、いくつも復興してる。

おかげで税収だって増えている。違うか?

確かに経済効果はたいした物があるのは認める。

だが、それは、貴様が数多に、こき使う、奴隷(シャチク)によってもたらされた利益だろう?

何も違法な事はしていないぜ?

なんせ奴らは自由意思でシャチクになるんだ。

廃村にまで追い詰められた村人に、選択肢などあるまい?

それは自由意思とは言わん。

廃村に追い込んだのは俺様じゃない。

魔術文明の乱用で風水を乱しに乱した、あんたの失政だろうが?

失政は認める。

だが――だからこそ、その結果として、我が臣民を、一企業のシャチクになどしたくはない。できる限りはな……。


よって。

まだ自力で立て直せる地域にまで、ダンジョン屋を進出させるつもりはない。

 などと、非常にお堅い話しをしているところへ、いきなり、キューデレラからの通話が掛かって来たわけで。パパデレルが受話器を取ると。

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ハァーイ。パパりゅ~ん♪
 緊張が張り詰めていた会議室に、プリティーでお馬鹿な声が響き渡った。

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文句があるかね?

 と、言いつつもパパデレルはちょっと恥ずかしそうに、受話器を手で塞いだ。

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プッ……

笑ったかね?

んなことより、会談中に通話ってのは、いささか礼を失するってもんじゃねえのか?

それはついては平に謝罪する。

すぐに用事を聞いて済ませるゆえ、しばし待たれよ。

     手で塞いでいた受話器を解放し、彼は口にあてた。

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ハァーイ、キューちゃんちゃん。

       パパりゅんですよ~♪

 ――ズコー

パパりゅん♪ あのね、あのね、あのね~。
なんだい、キューちゃんちゃん。

パパりゅんね、今、とっても重要なお仕事してるから、すぐに通話を切らないといけないんだ。

大事な用事じゃないなら、あとにしてくれるかなあ?

えっ……。パパりゅん?

わたくしとお話しするより、重要なことなんてあるの?

あ……あるわけないじゃないか~。

パパりゅんはね。キューちゃんが~、一番大事だいじだからねっ♪

今やってたお仕事とか、どうでも良くなっちゃったぁ、テヘペロ♪

 ――ズコー!!
 そう、完璧な君主であるパパデレルの玉に瑕とは、


      ハイパー子煩悩であった。

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で、用事ってなんなんだい?

あのね、あのね。

パパりゅん、大好き♪


急にね、そう言いたくなっちゃっただけ。

 ――ズ、ズコー
ふぅおおおおおお!

キューちゃんプリティーぃいいいいい!

うんっ、うんっ。パパりゅんも、キューちゃん大好きだよっ♪

(だ、だが、これは使えるかも知れん。

 確か奴の娘はビーチリゾートに旅行中だったはずで、あそこには乙女ダンジョンがある。ダメ元で仕込みを入れてみるか)

 ムッソはポケットの中に入れてある符の表面を指でなぞった。

 一見、無意味な動作だが、暗号化された文章を魔術で刻印しているのだ。


『キューデレラ姫を探して、乙女ダンジョンのコンパニオンで営業を仕掛けろ』

 

 この指令が符に刻まれ、海辺の乙女ダンジョン事務局へと送信された。

 俗にショートメールなどと呼ばれる簡易な通信方法だが、秘匿性が極めて高い。

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――それじゃ、また後でね。パパりゅん♪
待つんだ、キューちゃん。

夏の海は危険がいっぱいだ。知らない男から、調子よく声を掛けられたりしても、付いて行ったりしたらダメ。パパりゅんとの約束だぞ?

も~、パパりゅんったら、心配性なんだからぁ~。

パパりゅん以外の殿方なんて、興味ないわ。

             そして、通話が切られた。

             直後。


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あ、あの、お姉さん!
       速攻で知らない男から声を掛けられた、が――

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          まだ10歳くらいの少年、だった。

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お姉さんに、お願いがあるのですが、聞いて頂けませんか。
     そこで、メイが間に割って入った。

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坊や、こちらにあらせられるのは、さる高貴なお方です。

お話しはまず私が伺いますので。

はい……。実は、僕のお母さんの薬を作るために、この海辺のダンジョンの中にだけで生えてる特別な光苔を持ち帰らないといけなくて。


でも、このダンジョンには魔法の仕掛けがあって、心の通い合った男女のペアじゃないと奥に進めないようになってるんです。


だけど、僕には女の子の友だちなんかいないし……他の人も声をかけたけど、誰も相手にしてくれなくて。お母さんが苦しんでいるのに。僕、どうしたらいいか――

 メイはすぐに気づいた。この少年が、乙女ダンジョンの外回り営業コンパニオンだという事を。

 彼の言っていることは事実ではなく、『コンパニオンの役柄としてのクエストの物語』でしかない。


 しかし、そんな事を乙女ダンジョンのなんたるかを知らないキューデレラに言ったところで理解されないだろう。


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お嬢様――

     メイはキューデレラに耳打ち。

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王族が一市民に力を貸す、つまり利益供与を行うと、民に対する公平性が失われてしまいます。ここは、彼へしかるべき生活補助の窓口を紹介するに、とどめるべきでしょう。

で、でも……。

この方なんだか、お父様の幼少期に良く似ていらっしゃって――

 などと急にキューデレラは言いだし、どっから持って来たのか、アルバムをパラパラとめくり、一枚の写真を指さした。


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     パパデレル 10歳のお誕生会にて撮影


 

            ガチで驚くほど似ていた。


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だ、だから……。

――ポッ……
え゛っ……!?

そこで、ポッてなるんですか!?

ショタコンじゃなくて、アクロバティックなファザコン!!?

オールタイム・お父様ラブだもの……。

少年になっても、お父様は、めっっっっちゃ素敵でいらっしゃるわ。

これはきっと運命、お父様とは結ばれる事のできない悲劇のわたくしは、このお父様似の少年と出会う運命だったのよ。

い、いえ、お嬢様。

本当の事を言いますと、この少年はダンジョン屋のコンパ――

 その時だ。

 浜辺の沖合で、突然、大きな水しぶきが上がった。

 そして、海面に現れたのは――

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 海に巣くう魔物。地元の漁師さんなどからは、『タコンオチュー』などと呼ばれる海藻が変異したものだ。しばしば、海水浴場などに現れ、人間が襲われる被害が出ることがある。夏の風物詩だ。

 普通は1,2匹程度でしか出現しないのだが、今回はなんと、数百匹以上が群れをなして海面から現れた。


 普通、人工ダンジョンが設営され、風水が安定した場所では、このような事は起きないはずなのだが――

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ひ、ひぃー!!

逃げろ、逃げろぉお!

 ダンジョン屋の社員は我先にと逃げだし、周りに居た客たちも、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

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皆さん、内陸へ走ってください!

タコンオチューは、陸では速く走れませんし、炎天下では長く活動できない。水から離れた日光の当たる場所に居れば安全です。


さあ、お嬢様、私たちも――

 と、メイは海から、キューデレラへと視線を戻したのだが――

 そこにはもう、キューデレラは居なかった。

 群衆の流れに巻き込まれてはぐれたか、パニックになって一人で逃げ出したのか。

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しまった……!

お嬢様! お嬢様ー!

 そのキューデレラはどうしてたかというと――

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こっちだ。お姉さん、もっと速く走って!

        少年に手を引かれて砂浜を逃げていた。

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は、はいっ!

         そして逃げ込んだ先は――

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 乙女ダンジョンの洞窟、だった。


 他に逃げ込んで来た者は居ない。みんな内陸へと走って行ったからだ。

 少年は、洞窟の入り口に、魔術で結界を張り巡らせた。やけに手慣れた手つきと、素早い暗唱での呪文詠唱は、大人顔負けどころか、数十年の経験を経た熟練魔術師のそれだ。


 追ってきたタコンオチューは結界に阻まれ、侵入してこれそうにない。

 ひとまずは安全なようだ。

biha22

わあ、君、すごいのね!

えへへ、実はちょっと自慢なんです。

魔術と錬金術はずっと勉強してまして。

わたくしを助けたことは、お父様に伝えておくわ。

いっぱいの謝礼を貰えるはずよ。

なら、謝礼の代わりといってはなんですが、一緒にダンジョンの奥まで行ってもらえませんか?

えっ……。わたくしたち、だけで?

で、でも、ダンジョンというのは、危険がいっぱいで、冒険者でもなければ、数分も生きていられないと聞いてるわよ。

大丈夫、見ての通り、魔術の使い手ですので、必ず僕がお守りします。

付いてきてくれるだけで良い。

その、さっきも説明したと思いますが、必要なんです。女の人が……。

ええと、それはその。

『心を通わせた男女でなければ、奥に進めない』という?

はい。いきなり、心を通わせるなんて、無茶を言ってすみません。

僕……お母さん以外の年上の女の人となんか、あんまり話したこと無いし、どうしたら喜んでくれるのかとかも、さっぱりだし。


で、でも僕、お姉さんに気に入って貰えるように、一生懸命がんばるので、よろしくお願いします!

(けど、わたくしだって、社交界以外で殿方と、お話ししたことなど、ほとんどない……。こんな場で、男の子と心を通わせるなんて、いったいどうすれば……。


 で、でも、わたくしは、年上のお姉さん、ここで頼りないところを見せてしまったら、嫌われてしまうかも!)

ふっふっふー。お姉さんに任せておきなさい。

必ずあなたをダンジョンの最奥まで連れて行ってあげるわ!

す、すみません。僕、男なのに頼ってしまって……。

あ、そういえば、自己紹介が遅れました。

僕、オジデルって言います。オジってみんなから呼ばれてます。

わたくしは――
       と、名乗ろうとして、慌てて口をつぐんだ。

biha22

え、ええと、その……。
あ、大丈夫ですよ。

身分が高い方は、名乗れないこともあるのでしょうし。

これからも、お姉さん、って呼ばせてもらいますね。

それじゃ、オジ様。

さっそく進みましょう。お姉さんに付いて来なさーい♪

 と、自信満々で歩き出したのだが。

 今まで、どこに行くにも従者が付き従って、一から十まで世話を焼かれてきたリアルお姫様である。自分で道を探して歩くなんてしたことがあるわけなく――

biha22

あの、そっちは入り口ですが……。
……。
し、知ってるわよ!

ただちょっと、ウォーミングアップしてただけ!

そ、そうですか……。
なら、こっちよ。こっちの道に違いないわ!
あの、そっちはトイレって表示がありますが……。

……………。

わ、わかってるわよ!

と、トレイでウォーミングアップしようとしてただけ!

トイレで……ウォーミングアップ、ですか?
…………………。
そうよ、文句ある!?
あ、あの、奥に進むルートでしたら、すぐそこに最初の大扉が。
        というか、ほぼ目の前にそれはあった。

biha22

………・・・・・・。

そういう事は早く言いなさいよっ!

あんたのせいで、大恥かいたじゃないのぉお!

…………。

(ハッ……! しまった。なんかすごく呆れられてる気がするっ。


 違う、違うのよ。わたくしは、名君パパデレルが娘、いずれはこの国を統べるボッテー家の後継者、だから本当はもっとデキル女だし、こんなはずじゃ、こんなはずじゃ!)

あの、お姉さん。扉に手をついて貰えませんか。
え?
 オジデルは大扉へ掌を、つけていた。

 大扉は頑丈そうな鋼鉄製で、肉眼でも見えるほど強力な結界で強化されたものだ。

 キューデレラは言われるままに、オジデルと同じように手をつけてみた。


 すると扉の表面に、ファンタジックな色合いのエフェクトが発生し、残念そうなBGMが流れ、光で形成された文字が浮かび上がって、イケメンボイスで読み上げ再生された。

biha22

    好感度が不足していて、先に進めないみたいだね~……。

 もっと彼と仲良くなってから、もう一度、扉に来てね♪

biha22

僕たちでは心が通い合ってなくてダメみたいです……。
わ、わたくしのせいで……?

ち、違うっ! 

あれは、あなたが最初に、ここに扉があるって言わないから!

どうしよう……。

お母さん、助けられないよ……。

わ、わたくしの責任じゃなくて、これはあなたの――
うぅ……。

 と、オジデルが泣き出してしまい。

 キューデレラは速攻で、良心の呵責に苛まれたっぽく――

biha22

……。

うそっ。うそです。わたぐじのぜいでず。ごめんなざいぃいい……!
 速攻でもらい泣きしだした。


 が、その時だ。

 扉に『攻略ヒント』なるものが追加表示された。

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攻略ヒント:男の子の好感度上げが苦手な人でも大丈夫。ガチャガチャでレアアイテムをゲットして、プレゼントすると大きくアップするよ♪

biha22

ガチャ……ガチャ?

そこに置いてある機械だよ。

    扉の真横には、ご丁寧にガチャガチャが多数設置してあった。


biha22

これで……レアアイテムをゲットする、とは、どのようにすれば?

ガチャガチャ、知らないの?

コインを入れて、ハンドルを回すと、カプセルが一つ出て、景品が貰えるクジだよ。

まあ! それなら簡単ね。わたくしでも出来そうだわ。
       一瞬で立ち直りなさったようだ。

biha22

メイ、コインをこれに入れて、ハンドルを回しなさい。
 ついついの生活習慣で、この場にいない従者に作業を命じてしまった。何かするときは、全て従者にやらせる。これがリアルお姫様のデフォだ。

 金銭の支払いなど自分でしたことがあるわけなく、財布を持ち歩くわけもない。

biha22

……………。
ごめんなざいぃい!!

…………。

だ、大丈夫だよ。このバンドをつけてみて。

 と、渡されたのは、パステルカラーのお洒落感あふれるアームバンドだ。

 良く見ると表面に多量の小さい文字が書かれているが。

biha22

このアームバンドは、陰陽術の符の一種で、付けた人の生体データを参照できるようにするものなんだ。それを応用して、ダンジョン内でお金の支払いなんかを、銀行口座から自動で引き落としてくれる優れものだよ。
生体認証……? 自動引き落とし? なに、それ?
コインを入れなくても、お姉さんが持ってる財産とかを消費して、回せるってことだよ。


使い方は簡単、バンドに書いてある利用規約をよく読んだら、『利用規約に同意します』と唱えてから腕に填めれば、契約完了。すぐ使えるよ。

あら、簡単ね。

なら、さっそく。

 と、利用規約とやらを読み始めたキューデレラだが、ぶっちゃけ、小難しい法律用語が羅列してあって、ちんぷんかんぷんであり、文字は読んでも、頭の中を素通りする始末で――

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『利用規約』に同意します。
       と、軽々しく契約してしまったのだった。


 利用規約に書いてあった内容とは。

『銀行残高が足りなくなったとき、利用者が土地や建物、領地の徴税権等を所有している場合、自動でダンジョン屋が、これらを査定最低額で買い取り、ガチャ費用等に充当する』

 など、明らかにヤバゲな内容も含まれているのだが……。

biha22

さ、回すわよ~。
 と、ハンドルを回そうとした瞬間、生体データを読み取るための陰陽術が発動。そのデータは瞬時に、ダンジョン屋本社のデータバンクへと送信。個人が推定され、所有財産が算出される。


  すると、その財産に応じたレアアイテムの出現率に設定されるのだ。


 そう、金持ちであればあるほど、レアアイテムが出にくくなるとという、

      鬼畜搾取システムである。


 そして、一国のお姫様が、このガチャを回すと、どうなるか――


 最初の1発目は、カプセルの中から、何やら、フワフワで真っ白な紙の束が出現した。

biha22

まあ、何かしらこれ。

今まで見たことないくらい珍しいから、きっとこれがレアアイテムね!

え、本当に一発でレアでたの?

お姉さん。実はすごい貧ぼ――じゃなくて、運がいいんだね!

見せて、見せて。

はい、どうぞ。プレゼントするわ。

    と、オジデルが受け取った〝レアアイテム〟とは――

biha22

      ポケットティッシュ、だった。


 絹のハンカチをティッシュの代わりに消費するお姫様にとっては、見たこともない〝レアアイテム〟なのは間違いない。

biha22

は……はずれ……かな。これ、外れだよ。
うそ……。これが外れなの?
もっと回せば出るよ。がんばって。

ちなみに、10回連続で回すと、1回分無料になるサービスもあるよ♪

よーし、お姉さんに任せなさい!

        それー!!

 ガチャガチャガチャガチャガチャガチャ――!!


 11連続でブン回したキューデレラだが、11連続で回してもレア出現率が自動で調整され、10回引いた時と確率が変わらなくなる仕様を彼女は知らない。


 でも詐欺ではない。オジデルはこう言っただけだ。

『10回連続で引くと1回分無料になる』と。これは確かにその通りなのだ。

 ただし、実質的には、もらえるポケットティッシュが1個増えるだけなのは内緒だ。

biha22

あーん、またポケットティッシュだけじゃない。
確率は0じゃないから、いつかは必ずでるよ!
 だが。5%とか10%とかいった、マトモな数字ではなく、

 0.000000――うん%とかに決まっている。

biha22

まだまだ-!
 ガチャガチャガチャガチャ――

 と、ひたすら回し続けるキューデレラ。

 ガチャ1回の単価はやたらに高いが、彼女はまったく気にしていない。


 金銭感覚が麻痺してるどころか、最初からそんな感覚を持ち合わせていない。

 生まれたときから、金など自分で使ったことがなく、欲しい物は望めばその場で手に入るベリーイージーモードの人生を歩んで来たのがこのお姫様だ。


 その後ろでオジデルは――

biha22

がんばれ、がんばれ、お姉ーさんっ♪

がんばれ、がんばれ、お姉ーさんの銀行口座っ♪

ろくでもない応援歌を歌ってるが、キューデレラは目を血走らせて、ガチャってるので気づいてないようだ。


ちなみにダンジョン入場者に金を使わせれば使わせるほど、コンパニオンの出来高報酬が上乗せされる就労システムだ。


そして、30分後――

biha22

ぜぇはぁ、ぜぇはぁ。

ま、まだまだー!!!

            まだまだ出ないご様子。

biha22

が……がんばりすぎ、がんばりすぎ お姉さん……?

がんばりすぎ、がんばりすぎじゃないかな……お姉さんの銀行口座?

 オジデルすら、若干ドン引き気味になっていて、応援歌も疑問系に変わっていた。

 しかし、ついに――

biha22

あっ!

 出て来た金色のカプセルが目映く輝き、パカッと開くと、青い宝石が埋め込まれた腕輪が、キューデレラの手元に現れた。

 さらにダンジョン内に派手なファンファーレが鳴り響き、イケメンボイスのアナウンスが流れる――

biha22

 おめでとうございます!!

 ラッキーなお姉さんが『蒼空の腕輪』をゲットしました♪

 他の方もガンガン、ガチャをぶん回して、男の子のハートを掴んじゃいましょう♪


          レッツ☆ときめき♪ 

biha22

それだよ、お姉さん。それがレアアイテムだ!

埋め込まれた宝石に大量のマナを蓄えることが出来るっていう、すごい装備品だよ。


     レッツ☆ときめきだね♪

やった……やったわ。

わたくしは、ついにやりきったのね……!

 妙な達成感を覚えて、感動してらっしゃるようだが、ぶっちゃけ、

   派手に財産をドブに捨てただけ、だ。

 何一つ達成していないどころか、人生において大きなマイナスである。


 キューデレラの周りには、空のカプセルとティッシュの山が、うずたかく積もっている。たぶん1000年分くらいはあるわけで。

biha22

す……すごいよ……お姉さん。

ぼ、僕、ここまでやった人、初めて見ました……。

と、ともかく、これをあなたにプレゼントするわ。
わあ……僕、感激だよ!

大好き……お姉さん。

(――キュン♪)
あ、あなたのために、がんばったんだからね!
はい。では、もう一回、扉を試しましょう。
         そして、二人が大扉に手をつくと――

biha22

           わあい、おめでとう♪

  貴女の巧みなトキメキ戦略で、彼はハートをズキュンされちゃったようだね♪

   この調子で、ダンジョンと彼の心の最奥を目指して、突撃しちゃおっ♪

biha22

 こそばゆいメッセージがイケメンボイスで再生された。

 そして、キューデレラの巧みなトキメキ戦略(課金ごり押し)が功を奏し、大扉が軋みをあげて開いたのだった。


 二人がその先の部屋へと踏み込むと、背後で大扉が自動で閉まってしまった。

biha22

しまった。閉じ込められた!?
          さらに最悪なことに――

biha22

キシャアアァアアアァアアアア!!

biha22

        身の毛もよだつ魔物の咆哮が響き、現れたのだ。


biha22

           見るからにヤバゲな大物だった。


biha22

…………!

 悲鳴すら上げられず、硬直するキューデレラ。

 戦闘経験のない人間にありがちな反応だ。

 多くの場合は、このまま襲われ、殺されるだけだ。


 魔物のいくつもある口の一つの中で、大きな炎がわき起こり、それが、キューデレラたちに向かって盛大に、吹き付けられた。


 特大の火炎放射――

biha22

――!
 オジデルは極短い呪文を詠唱。炎がキューデレラたちを包み込もうとする寸前で、周囲に球状の結界を展開、炎熱を防いだ。


 しかし、結界にはすぐさまヒビが入り出している。

 いつまでも持ちこたえる事は出来なさそうだ――

biha22

くっ……どうにかしないと。

あっ、お姉さん、そこ見て!

 片手を前方にかざして結界を維持しつつ、オジデルはもう片手で指をさした。

 キューデレラたちのすぐ側に、都合良くガチャガチャが置いてあったのだが、それにはこんな事が書かれてる。

biha22

    彼がピンチになったら、君が助けてあげよう♪


     このガチャには女の子でも使える最強の魔法武器が入ってるんだ。

 その人の個性に合った武器がでるようになっているから、どんな人でも安心だよ。

     さあ、好感度ダダ上がりのチャンス――レッツ・ガチャっちゃお♪

biha22

それを使えば、切り抜けられるかも……。

で、でも、僕一人で大丈夫だよ。

守ってあげるって言ったんだ。

命に代えても、お姉さんだけは絶対に!

(――キュン♪)
ま、待ってて、すぐにガチャるから、耐えていて!
ご、ごめん。お姉さん……!

本当はあと1分も持ちそうにないんだ。

全力でブン回すわよ!

        そりゃあー!!

 ガチャガチャガチャ――


  が、キューデレラが1分で出るわけもなく、30分後……。

biha22

くっ……。

お姉さん、早くっ……。あと30秒も持ちそうもないよ!

 30分前と似たようなことを言っていた。


 それもそのはずで、これはガチの戦闘なんかじゃない。

 ライトダンジョンに登場する魔物は、精霊魔術によって作り出された『本物に見える偽者』であり、人為的に制御されているものだ。


 魔物もライトダンジョンを演出する〝役者〟であって、本気で殺しに掛かっているわけじゃない。


 しかし、それを知らないキューデレラは――

biha22

ひぃいい……!

早く出てー!!!

 めっちゃ必死だった。

 結界の中は、はずれのポケットティッシュペーパーで、ギュウギュウ詰めになりつつあるわけで、このままでは、火炎では死ななくても窒息死するかも知れない。


 そのせいで、ダンジョン内でティッシュに埋もれながら&火炎放射を浴びながら、泣き叫びつつガチャをブン回すビキニ少女、というシュールな光景が繰り広げられていたのだが――ようやく金色の当たりカプセルが!

biha22

やっとだわ!
 と、カプセルの中から出現したのは、


 札束を束ねてハリセンのようにした武器、だった。 


 取り扱い説明書も付属されていて、武器名はこうなっている。

『エターナル・ワンワン・ハリセーン』


 武器の効果については。

『ダンジョン内での課金額に比例して、魔物への攻撃力が上昇する。ただしダンジョンから出るとリセットされる』と書かれており、ろくでもないほどにキューデレラ向けの装備だった。


『なお、現在の攻撃力は、柄の部分に表示される』となっている。

 キューデレラが柄を見てみると攻撃力表示は――


『相手は死ぬ』と、しか表示されておらず、意味がわからない。

biha22

いいかい。

今から結界を解いて、使える全部のマナを消費して、突風の魔術で炎を逆流させる。その瞬間にお姉さんは、あいつを攻撃して!

チャンスは一度きりだからね。

 結界を解くと同時に、オジデルは猛吹雪の魔術を前方に向かって放った。

 それに押し返された火炎に魔物はたじろぎ、隙を見せ――

biha22

う、うあああああああああ

 やけっぱちに叫びながら、キューデレラが突進。

 魔物の足下に辿り着き、受話器より重い物を持ったことがない細腕で、エターナル・ワンワン・ハリセーンを振りかぶり――

biha22

えーい!
                     ペちっ!


 と、当たっただけに見えたのだが――

   ゴバォゥッ!!

 

 などという大音響が轟いた。もし、屈強な巨人族の狂戦士が、この世でもっとも硬い金属であるというアダマンタイトの100トンハンマーで、生物をぶっ叩いたらこんな音がするんじゃないだろうか、という音だ。


 そして、魔物は吹き飛び――どころか、原型をとどめないほどグチャグチャと言うのすら生ぬるい、粉みじん、文字通りの粉末になって吹き飛び、壁と天井にその残骸が張り付いた。

 あとに残ったのは、天井から滴る緑色の血だけ。ボタボタと大量に落ちてきている。


            相手は死んだ。

biha22

う、うわぁ……。

攻撃力いくつで殴ったら、こうなるんだろう……。

 コンパニオンとしての立場を一瞬忘れて、素のコメントをしてしまったが、すぐに気を取り直し――

biha22

やった! やったよ、お姉さーん!

 オジデルはとっても無邪気にキューデレラに抱きついた。

 まだ10歳くらいという異性を十分に意識していない年頃だから出来るような自然な感じでだ。


 けど、意識してしまうキューデレラの方は――

biha22

へっ……?

あ、あの……あのぉ……。

 なんてドキドキ・ドギマギしてしまうわけで。

 ビキニの素肌に密着してくる少年の頬が、どうしようもなく、こそばゆいわけで。

biha22

ありがとう。お姉さん。

僕一人だけで戦ってたら、たぶん、死んでた……。

命の恩人だよ!

は、はいっ。それは、いいの、だけど……。
あっ!

ご、ごめん、お姉さん!

  テンパったキューデレラに気づいて、オジデルは慌てて離れた。

biha22

女の人相手に、馴れ馴れしすぎた……よね?

わ、わたくしは別に、気にして……ないわ。

むしろ……い、いえ、なんでもないわ。

ほっ。怒ってなくて良かった。

なんだかさっきね。すごく良い匂いしたんだ。

僕、お姉さんと、ずっとああしてたかったな♪

(――キュン♪)

よ、よーし、この調子で、ガンガン行くわよ!

       洗脳完了


 こうして、一国のお姫様が、ライトダンジョンに、見事にハマッてしまったのだった。


 ライトダンジョン――それは一見、万人向けの無害なレジャー施設だが、深くはまり込めば、まさに底なし沼と化す。


      『無限課金ハイパー搾取地獄システム』


 とも呼ばれるシステムがそれである

 一部屋進むごとに、なんらかの形でガチャを強いる展開が用意され、課金をしてクリアすると、ご褒美イベント――抱きつく、などをコンパニオンが与えてくれるのを繰り返して、入場者をそれと分からせずに調教し、正常な判断力を失わせていくのだ。


 もっとも今回の獲物は、最初から正常な判断力など皆無なプリティーお馬鹿、だったので、チョロすぎたようだが。


 なんにせよ。

 キューデレラは次々に襲いかかる試練(ガチャ)をハイパー課金力によって突破していった。そのたびに、当たりが出る確率は高くなっていったようで、最初は30分以上かかっていたものの、50部屋目に到達した頃には、ほんの数回、回すだけで出るようになっていた。


 そう、無限とも思われた財力も絞り尽くされ。

 ――キューデレラの財産が尽きかけようとしていた。


 だが、どうにか。

biha22

いよいよ、次が最後の部屋だね。

どんな試練が待ち構えているんだろう……。

      二人はラスボス前の大扉まで到達できていた。

biha22

わたくしたちのコンビネーションなら楽勝よ!

さあ、行きましょう。

       二人は扉を開いて、中へと突入した。

       そこで待ち構えていたのは――

biha22

 すんごくラスボス感溢れる、すんごく強そうな魔物だった。

 魔物は余裕たっぷりな様子で玉座に座ったままで、キューデレラたちの出方をうかがっているようだ。

biha22

今までの通りのコンビネーションでいこう。

最初に僕が破壊魔術で、奴を攻撃する。それで倒し切れなそうなら、結界でお姉さんを守りつつ、相手の隙を作る。

そこを、お姉さんがエターナル・ワンワン・ハリセーンで撃破だ。

わ、わかったわ!

 最初の戦闘でオロオロしてた時とは大違い。キューデレラは緊張しつつも、しっかり札束ハリセンを握りしめていた。これまで何度もオジデルとともに、魔物を撃破してきたのだ。

 

 しかも、今や彼女の最強武器は、莫大な課金額を吸い上げ、ほんのちょっと魔物に触れただけでも、相手が素粒子にまで分解されて消し飛ぶほどの、狂った攻撃力になっている。


 だが、その武器を扱う彼女は、ド素人中のド素人なので、『キューデレラですら攻撃できる隙』を作るのは簡単ではない。

biha22

行くよ!
 オジデルは自分たちを包み込むように結界を展開してからいきなり、巨大な火球を放つ魔術をぶちかました。

 巨大火球は、不気味な唸りを上げて魔物へと迫り、直撃――したかのように見えたが、魔物も結界を展開、防がれた。魔術の撃ち合いでは、埒があきそうにない。


 二人は結界を纏ったまま、魔物へと突貫。

 ハリセンで勝負を決めるつもりだ。


 が、その時だ。魔物が高笑いと始めたかと思うと、地面から大量の〝何か〟が這い出てきた。人間の骸骨――武装したアンデッドだ。数体などではなく、数十、もしかしたら百以上かも知れない。


 それらが、一斉に飛びかかってきたのだ。

 錆び付いた剣などの武器を、力任せに結界へと叩き付けてくる。結界には徐々にヒビが入り出していて、このまま魔物本体への突貫はできそうにない。


 オジデルは衝撃波を起こす魔術を全周囲へ向けて放った。

 結界に群がっていた骸骨戦士たちは、バラバラになって吹き飛ばされたが瞬時に再生され、すぐにまた飛びかかって来た。まるで効果がない。


 ならばと、オジデルは炎の魔術で焼き払おうとしたが、焼き尽くす速度よりも、再生速度のほうが勝り、倒しきれない。


 次に、オジデルは、冷気の魔法で凍り付かせて身動き取れないようにしようとしたが、魔物の本体が炎の魔術で妨害してきて上手くいかない。

biha22

これじゃ、奴に近づけない。

お姉さん、いったん退いて作戦を練り直そう!

 二人は骸骨戦士に包囲されていない方向へと走る。

 その突き当たりに魔術で強化された扉があり、そこへと逃げ込んだ。


 大急ぎで扉を閉めようとするが、ひどく重い。

 大量の骸骨戦士が追いついてきて、飛びかかってきた寸前で、なんとか閉鎖完了。一体だけが扉の間に挟まり、無残に頭蓋骨が砕け散った。

 扉の外からは金属の武器で叩く音が、聞こえてくる。延々とだ。

biha22

ふぅ。とりあえずは、ここなら安全みたいだね。


あっ――

 と、オジデルが室内を見渡して声を上げた。

 キューデレラも、気づいた。部屋の中央に泉があったのだ。そこだけ明るい光が差していて、どことなく神聖な雰囲気を醸し出している。

 

 泉の前には立て看板があって、こんな事が書かれてる。

biha22

             装備強化の泉だよ♪

       この中に装備品を投げ込むと、一定確率で強くなるんだ。

         運悪く失敗すると大変な事になるから注意してね♪


         ダンジョンの最奥まで、あと一歩だね。がんばっ♪

        君の愛の力で彼の願いを叶えてあげて、ゴールインしよっ♪


biha22

これだ。これしかないよ!

お姉さんから貰った蒼空の腕輪を、投げ込んでみる。

もっと大量のマナを使えるようになれば、あの骸骨戦士も倒しきれるはずだ。

 そう言ってオジデルは、蒼空の腕輪を外した。

 この種の魔導具は、術者が瞬間的に運用できるマナの最大量を拡張するためのもので、使える最大量が多ければ多いほど、魔術も強力になる。

biha22

で、でも、失敗すると大変なことになると……。
他に、良い作戦はあるかい?
そ、そうね。やってみましょう。
 オジデルは不安そうにしながらも、思い切って泉へ腕輪を投げ込んだ。

 すると泉は煌めき、激しく泡だち始めた。思わせぶりなBGMが流れだし、成功するか失敗するかドキドキさせるようなドラムロールの後――


 煌めきと泡が消え、すんごい残念そうなBGMが鳴り出したと思えば、泉の上に謎の男性が現れた。

biha22

ふむ……失敗のようだ。

素晴らしく運がないね。君は。

         どうやら、泉の精っぽい何者からしい。


biha22

ちなみに、蒼空の腕輪は消滅してしまったよ。がんばっ♪

          などと、とんでもない事を言い出した。


biha22

消滅っ!?

冗談じゃないわ。ちょっと、腕輪、返しなさいよ!

こんな事になるなんて……。

うぅ……。

           オジデルは泣きだしてしまった。

biha22

ごめんね……お母さん。

僕、助けられなかった……。

落ち込むな少年。

一つだけ、腕輪を復活させる方法がある。

えっ。何よ、教えなさい!
あそこを見よ。
     と、泉の横に設置してある自動販売機を指さした。

biha22

『愛の力』というアイテムが、オープンプライスで販売中だ。

それを泉に投げ込めば、消滅したアイテムは復活するであろう。

なお、強化成功率アップアイテムの『愛の形』もありますので、再度の強化を試す場合は、ぜひご利用ください。

 容赦なく露骨な、『愛』という名の搾取システムだが、ここまで辿り着いたエリートワンワン(超重課金者)の思考はこうなる。


biha22

まあ、復活もできて、成功率もアップさせられるとは、なんて良心的なのかしら♪


 悲しいほどに調教済みである。


 そして、キューデレラが自販機から購入しようと、ボタンを押したのだが、商品は出てこず、代わりにエラーメッセージが出た。

biha22

銀行残高や売却できる資産が不足していて、購入できませんでした。

ご不明の点がございましたら、サポートセンターまでお問い合わせください。

biha22

   ついに尽きたのだ……。

biha22

…………?
 キューデレラは意味が分からない様子で、ボタンを連打してるが、同じメッセージしかでない。それから何を思ったのか、サポートセンターへ繋がる備え付けの受話器を手に取り――

biha22

もしもし、銀行残高や資産が不足していて購入できないというメッセージが表示されたわ。

これはいったいどういう意味なのかしら?

そのままの意味ですが……。

お客様がお持ちの残高や資産が、なくなったのでは……?

biha22

       と、オペレーターの困惑した返答が返ってきた。

biha22

え、銀行残高や資産って、なくなるものなの?

        アホ!

biha22

       ガチャン! と派手に通話を切られてしまった。

biha22

そんな……。やっぱり、諦めるしかないの……?
諦めるのはまだ早い。

そこを見よ。

 と、泉の精が指さしたのは、自動販売機の隣に建っている小さな建物だ。

 それは5メートル四方ほどの箱のような形で、入り口に『むじょうくん』と書いてある。

biha22

ダンジョン屋の消費者金融部門『ダンジョンにこにこローン』の無人契約機だ。

年利365%でお金を貸してくれるぞ。ご利用は計画的にな。

     年利365%――トイチと呼ばれる禁断のアレである。

biha22

まあ、なんて便利なの!

すぐお金借りてくるわね。

 キューデレラとオジデルは、むじょうくんの中に入った。

 そして、契約のための書類を書くことになったのだが、『提供できる担保の項目にチェックマークをしてください』というのがあった。

biha22

提供できる担保……とは何かしら?

借金が払えなくなった場合に、ローン会社へ提供する物のことだよ。お姉さんの場合はもう、領地とか徴税権とか建物の資産も、ぜんぶ売却済みだから。あとは貴金属とかだね。

あ、あと、ここと、ここもチェックしておくと、借りられるお金が増えるよ♪

 オジデルが指さしたのは、

『臓器の提供』と『ダンジョン屋名義での生命保険への加入』と『死後の魂の権利譲渡』という明らかにヤバイ物だった。


 蘇生魔術が実用化されている昨今ではあるが、『蘇生魔術が利かない死に方』や、『蘇生させても、またすぐに死ぬような病気』というのも中にはあるわけで、そのために生命保険なんていう商売も未だに現役なのだ。


 借金が払えなくなったら、臓器を取られた上で〝謎の事故死〟させられ、その保険金がダンジョンにこにこローンへ支払われ、さらに魂が囚われて、永久に人権のないアンデッドとして使役させられる可能性もある。というスンポーになってしまう。

 

       まさに、無情くんである。

biha22

ぞ、臓器って……!?
お姉さんが臓器売ってくれないと……ここで諦めるしかないよ……。
わ、わかったわ!
わあ、臓器まで売ってくれるお姉さんって、すごく優しいね。

お母さんも、いつも言ってたんだ。

『将来結婚するなら、自分のために臓器を売ってくれる娘にしなさい』って。


だから――

僕、大きくなったら、お姉さんのお婿さんになりたいな♪

(――キュン♪)

 こうして、プリティーお馬鹿娘は、多額の資金を手に入れた。


 さっそく自販機から、『愛の力』を購入。これまたやばい単価設定なのだが、相変わらず値段をまったく見ていない。


 そして、『愛の力』を泉へと放り込んだ。

 一般的にはこれを、金をドブに捨てる、と言う。

 が、ともかく、蒼空の腕輪は泉から浮かび上がってきて、オジデルの手の中へ戻った。

biha22

次は成功率アップアイテムを併用してやってみましょう。
 成功率アップアイテム『愛の形』を腕輪と一緒に泉へ放り込んでみた――ものの、何度やっても成功しない。その度に、『愛の力』で復活させる繰り返しだ。

biha22

おかしいんじゃないのこれ!

ぜんぜん成功率アップしてないじゃないのーっ!

景品表示法違反はシャレにならないから、嘘は言っていない。

成功率はアップする。確かに……する。

しかし、何%アップするかまでは、明言していない。そのことをどうか思い出していただきたい。つまり、25%くらいアップしてるかも知れないし、0.01%かも知れない……ということ!

              まさに外道。

biha22

でも、お姉さん、これしか方法がないんだから、やるしかないよ!
そ、そうね。道が一つしかないなら、突き進むのみよ!
 そうして、何十回かの壮絶な金ドブ作業の果てにようやく成功。

 蒼空の腕輪は強化され、『蒼空の腕輪+1』になった。

biha22

やったわ!

さっきの魔物にリベンジを挑みましょう。

ちょっと待って。この看板よく見て。
 泉の看板をオジデルは指さした。

 看板にはよーく見ると、小さな文字で注意書きがしてあった。

biha22

 *強化は+10までしないと、強化分のステータスが反映されないから注意してね。 がんばっ♪*

biha22

あと9回、成功させないと意味がないみたいだね。

えぇぇええぇええええええ-!?
道が一つなら、突き進むのみ、だよね?

そ、そうよ!

 と、『蒼空の腕輪+1』を、泉に投げ入れると、まあ、普通に失敗。

 そして、『愛の力』を使って取り戻したのだが、戻って来た腕輪は――


 ただの『蒼空の腕輪』に戻っていた。

biha22

なによこれっ。強化値が戻っちゃってるじゃない!

+1を返しなさいよ!

看板を良く読め。ちゃんと書いてあるだろう?

  *強化に失敗すると、強化値が初期化されちゃうから注意してね。がんばっ♪*

biha22

こんなの+10までとか、無理でしょうがっ!
ここを訪れた者からは、こう呼ばれることもあるね。

アンリミテッド・サイノカワラ・ワークス(無限の賽の河原作業)と。

ふふ、上手いことを言うものだね。

ふふっ。じゃないわよ。

もっとちゃっちゃと成功させなさいよね!

じゃないと、お父様に言いつけるわよ!

嫌ならやめてもいいんだよ?

うぅ……。お母さん……!

だが、安心するがいい。

そんな君のためのアイテムが販売中だ。

もし強化に失敗しても、強化値が初期化されなくなる『愛の響き』だ。

これを泉に一緒に投げ込めばいい。

なお、『愛の形』とのお得な同梱パック『ワクワク強化セット』も販売中ですので、ぜひご利用ください。がんばっ♪

まあ、なんて良心的なの。

しかも、同梱パックでお得になるなんて。

   やはり悲しいほどに調教済みだった。


 しかし、この『愛の響き』こそが、くせ者であり、強化一回のたびに消費するわけなので、『愛の形』だけを使って強化するときよりも、一回あたりの費用が2倍になるのだ。

 恐ろしい勢いでキューデレラが借りた資金は溶けていった。


 そして+9までやっとこ到達したところで、ガクッと成功率が下がり――

biha22

どうしよう。またお金がなくなっちゃった……!
まだ手はあるぞ。

『むじょうくん』の隣を見てみろ。

             ただの通話機が置いてあった。

biha22

あれで、金を工面してくれそうな人へ頼めばいい。がんばっ♪

あはっ。その手があったわ。

      で、キューデレラが通話をかけた相手は、もちろん――

biha22

ハァーイ、パーパりゅん♪

ふぅおおおおおおおぉおおお!?

キューちゃんちゃん? 

無事だったんだねえぇええ!?

メイとはぐれたと聞いたから――

うん。わたくしの心配は要らないわ。

でもね。でもね、パパりゅん、聞いてくれる?

なんだい。キューちゃんちゃん。言ってごらん?
いまずぐ、お金がいっぱい必要なの゛~……。

パパりゅんの持ってる全部の土地と建物と徴税権と、銀行口座のお金、わだぐじの名義に移してほじいの゛~……。

うんっ、おk。
         呆れるほどに、すっごく二つ返事だった。

biha22

ところで今、何をしてるんだい?

オジデル様のお手伝いをしているのよ。
――!?
 急にパパデレルの表情が険しくなった。

 オジデルという名前に、何か引っかかるところを感じたらしい。

biha22

オジデレル!?

オジデレルと言ったのか?

まさか、我が輩と同じくらいの歳の男じゃあるまいな?

つまり――二十代くらいに見える男だ。

違うわ。オ、ジ、デ、ル。

10歳くらいの男の子よ。

魔物に追いかけられた時に、助けてくださった命の恩人なの。

男の子……? ははっ、そうか。我が輩の考えすぎだな。

すまなかった。なんでもない。忘れてくれ。

え、ええ……?

 それで通話は切れた。

 なんとも気になるパパデレルの態度だったが、キューデレラには、目の前のやらなければいけない事がある。

biha22

上手くいったみたいだね。

さあ、ガンガン泉にぶん投げて、ラストスパートを掛けよう!

行くわよお。

あと一回さえ成功させれば、いいんだから!

    金ドブを再開したキューデレラを見やり、泉の精は、ほくそ笑む。

biha22

(あと一回さえ、成功させれば、それで全てが報われる。+9まで来たのだから、ここで止めたら大損だ――その考えがまるでダメ!


 +9から+10にするために必要な資金の期待値は、+0から+9まで強化するよりも数十倍必要になるのだ! ここで止めたほうが大損どころか、大得ッ!


 だが、彼女は絶対に止められない。ここで止めたら、強化費用が大損するだけではなく、これまでダンジョンに費やした全ての資金・労力が無に帰してしまうからだッ!


 これぞ、ダンジョンクリア直前に仕込まれた真の圧倒的ラスボス――

 アイテム強化+9の罠!!!)

 真のラスボスは、本当に本当に圧倒的に手強かった。

 一国の王様の財産=国家予算そのもの、をあっという間に吸い尽くしたのだ。


 今やキューデレラの手元には、『愛の形』や『愛の響き』の一つも残っていなかった。

biha22

う、うううううぅ……!
ありがとう……お姉さん。もう、十分だよ。

僕たちは、出来ることは、全部やった。

お母さんも、きっとわかってくれる。

いいえ、まだ、まだよ!

愛の形や愛の響きがなくても、強化に挑むことはできる。

でも、そんな事したら、+9まで強化した蒼空の腕輪がなくなっちゃうよ!

やらなければ、オジ様のお母様を助けられないわ。

この腕輪はお姉さんに返したいんだ。

だって、お姉さん、無一文になっちゃったんだよ?

せめて、この強化済みの腕輪を売れば、何年かは生活に困らないはずで。


その間に……その間に、僕はすぐ大きくなって、仕事を見つける。

そしたら、そしたらね、僕、お姉さんをお嫁さんにしに行くから、僕が、一生お姉さんを楽させてあげるから!


だから、だから――絶対に。

僕はこれを泉に放り投げることには、反対だからね!

(――キュン)

わかったわ。

じゃあ、返してちょうだい。

うん。

        キューデレラは蒼空の腕輪+9を受け取った。


                そして――

biha22

オジ様。わたくしは、あなたを愛しております。
 そう言うや否や、蒼空の腕輪+9を振りかぶり、

  

    泉へ向かってぶん投げた。

biha22

――!!!

――!??

お、お姉さん!?
だって、オジ様。家族は何よりも大切です。

わたくしの、〝お母様〟になる方を助けられるかも知れないなら――

   腕輪が投げ込まれた泉は激しく泡立ち、ドラムロールが鳴り響く。


              そして。


         盛大なファンファーレが鳴り出した。

      どっからともなく花火が打ち上がる音が聞こえてきた。

        さらにダンジョン内全体にアナウンスが――

biha22

        おめでとうございます!

   ラッキーなお姉さんが、蒼空の腕輪+10の強化に成功しました。

     みんなも愛しの彼のために、ガンガン強化しちゃおっ♪

biha22

 泉から浮かび上がってきた蒼空の腕輪+10は、目映いオーラを纏っていた。いかにもパアーアップした感じでだ。

biha22

やった。やったわぁああああ!
はは……まったく、お姉さんは……信じられない事をするね。
これでお母様は救われる。さあ、行きましょう。
 魔物の居る部屋へと、二人は突入するや、オジデルが氷結の魔術をぶちかました。部屋中にごっちゃり居た骸骨戦士は一瞬で凍り付き、魔物本体はそれを妨害しようと火炎の魔術で対抗する。


 が、蒼空の腕輪+10を装備したオジデルの冷気のほうが遙かに勝り、火炎ごと凍り付き、さらには魔物の結界すらも凍り付かせ、完全に身動きを止めさせた。

 そこへと、二人はゼロ距離まで駆け寄り――

biha22

今だ! お姉さん!
えーい!
 大上段から振り下ろされる渾身のエターナル・ワンワン・ハリセーン。


                ぺちっ!


 と、凍り付いた魔物の結界にヒットした瞬間――


   ズバッゴォゥ!


 なんていう例によって、とてつもない大音響が発生。

 魔物は凍り付いた結界ごと粉砕され、壁に残骸を貼り付かせる事すらできないほど、跡形もなく消滅した。


 骸骨戦士たちも、ガラガラと崩れて、ただの骨へと戻り、ダンジョン中に静寂が訪れた。キューデレラたちの前には、最後の扉があった。


 二人はそれに手をつき、開け放つ。

 その奥には、ここにしか生えないという光蘚(ひかりごけ)の群生が。

biha22

あった。あったわ。いっぱい採りましょう。
 二人はカゴいっぱいの光蘚を採ってから、地上へと続くと思われる登り坂を上がった。長い長い登り坂だった。

 そして、岩の裂け目から、外からの光が差し込んでいるのが見えた。出口だ。差し込んでいるのは、月明かりだった。もう、夜になってしまっていたのだ。

 そこから、外に出てみると――


 山の中腹だった。浜辺からほど近く、暗い海が一望できる。水面には月が映り込み、満天の星空に、天の川が一筋走っている。出来すぎているほどの絶景だった。

 それもそのはず、この場所は乙女ダンジョンの終着点、感動的でロマンチックなエンディングイベントを迎えるための場所なのだ。

biha22

まあ、素敵ね。
ああ、本当に、本当に。

素敵な一日だった。

僕、今日の事は一生忘れないよ。


なんたって、お前の馬鹿さ加減といったら天然記念物級だったもの。

 そう言ってオジデルは、持っていた光蘚のカゴを、



            崖から投げ捨てた。

biha22

オジ様!?

な、何をなさって……?

僕はね。ただのダンジョン屋のコンパニオンなんだよ。いや、本当はコンパニオンですらない、その役を自ら買って出たチーフエンジニアだ。

全ての目的は達せられた。これ以上、お芝居を続ける意味もない。

コンパニオン……?

お芝居……?

そう。僕に病気の母親なんかいない。

あの光蘚だって、どこにでもある物だ。


わかるかい?

お前はね。そういう架空の物事のために、全財産――人生を捨てたんだ。

うそ……。嘘よね? 

だって……だって。

わたくしを、妻として迎えてくれるというのは……。

全て、お芝居だ、と言っただろう?

お前はまだ、自覚していないようだが、僕のために使った金は、文字通り『国を売った金』なんだけど、その意味を考えてみたらどうだい?

……………。

なんでそんな酷い事を、って言いたそうな顔だね?

ダンジョン屋の社員だから――じゃないよ。僕なりの個人的な動機があって、お前の担当コンパニオンに志願したし、それをお前に告げなきゃならない。


まず僕の本名を教えておこう。

オジデレル・ボツリリス・ハリー・ボッテー。

聞いたことは? 

ないわ……。
あはは。だろうね。

僕の名を出すことは、この国のタブーになってる。

僕は――現国王パパデレルの双子の兄、王位の継承順位が1位だったが、20年前に王家から追放された――


 元皇太子オジデレル、その本人だよ。

20年前……?

で、でも、あなたはどう見ても!

どう見ても、子供だ、と?

あの〝若作り〟の父親を持ってて、良くその台詞が言えるね。

僕とパパデレルは、もともと魔術と錬金術の分野で、誰でも使えるような低コストの不老不死の研究をしていてね。

誰も死の恐怖に悩まなくてもいい国を作りたいと願っていたんだ。


それで、20年前に、『不老』の人体実験を、とある寒村で秘密でやろうとした時、パパデレルが反対して邪魔されたせいで大失敗してね……。

ちょっとばかりその村が酷いことになったんだが、これが世間にバレてしまったんだ。


みんな僕を人でなしと罵った。

パパデレルに取り入っていた一派が、僕を王家から追放したんだよ。

そしてパパデレルが王位を簒奪(さんだつ)した。

僕は国民全員のためと思って、やったのに。ひどいと思わないか?

……。

お前も僕を肯定はしてくれないか……。


ともかく、後の研究の成果が、この姿というわけさ。

『不老』に加えて『不死』を取り入れてみたんだが、どうしても、過剰に若返ってしまう副作用を解消することができなくてね。

もしかして、お父様を……怨んでいるの?

ははは、面白いことを言うね。

みんなのために、やったことで追放されて、国王の地位を奪われ、怨まない人間がどこにいる?

じゃあ、これは……復讐?
僕にとってはね。

でもダンジョン屋にとっては、ただの〝企業努力〟だよ。


お前は国王の資産と徴税権まで、ゼロにしてみせた。

国防軍の兵士たちへの俸給も払えないし、官僚への給料も払えない。貴族たちの恩給もだ。誰も王に従わなくなる。事実上の王国の滅亡だ。


ふふ、お前のおかげだよ。キューデレラ。僕の復讐は果たされたし、ダンジョン屋の業務展開に邪魔なパパデレルも失脚する。

わたくしのせいで……?

ち、違う。これは……あなたがわたくしを騙して!!

いいや、お前のせいだ。

国を背負う身でありながら、騙される――愚かであることは、それだけで万死に値する罪だ。


さて……あとはお前をどうするか、だが。

 にやり、と笑んでオジデレルはキューデレラを見やる。

 キューデレラはゾクリと悪寒を覚えて、後ずさるが、その後ろは崖。

biha22

わたくしを、亡き者にするつもりね……。

それも思いついたが、ダメだな。

パパデレルの娘に、死など生ぬるい。

うん。こうしよう。お前は生き続けるべきだ。亡国の姫として、人々から咎を受け続け、恥辱と侮蔑に塗れた一生を送ればいい。

 それだけ言ってオジデレルは魔術で自分の姿を消し、立ち去ってしまった。

biha22

……………。

 課金ごり押しクリアの報いは、究極のバッドエンド、だったようだ。


 山の中腹に一人残されたキューデレラ。

 無意識的に崖の下を見詰めてしまっていた。

 自分が国を滅ぼした、など、まだ実感がなかった。だが、取り返しが付かない失態をおかしてしまったのは、痛いほど理解ができていた。


 死んで詫びるしかない。ここで死んだ方が楽に違いない。

 分かってはいるのに、どうしても、彼女の脚は崖から飛び降りるための一歩を踏み出してくれなかった。

 怖かった。とてつもなく怖かった。

 何度か深呼吸をし、目を閉じ、何も考えないようにして、崖の淵から飛び降りようと、足元を踏みしめた――その時だった。

biha22

殿下!
――!!
 キューデレラが閉じていた瞼を開けると、目の前に、乗用飛行船が飛んでいた。

 10人乗りほどの小型の飛行船だ。操舵輪を握っているのは、メイで、操縦席の扉を開けて、叫んでいたのだ。

 メイは慣れた手つきで乗用飛行船を操り、山の中腹へと舷側を接地させた。

biha22

遅くなって申し訳ありません。

万が一のために、殿下の水着に魔術信号を発する術を掛けさせておいたのですが、今まで信号の届かない場所においでだったようで、見つけられませんでした……。


ともかく、早くお乗りください。都が大変なことになっています!

…………!!
 キューデレラは何も言わずに、操縦席へと駆けて乗り込み、メイへ縋り付いて、泣きだした。


 メイも、無言で、キューデレラの肩を抱き返す。

 そして片手で操舵輪を操り、飛行船を発進させた。

biha22

申し訳ありません……私がついていながら……。このような事に。
メイは……わたくしが何をしてしまったのか、知っているの?
はい……あの――

 と、メイが視線で示したのは、座席に置いてある新聞の号外だ。

 こんな大見出しが書いてある。

biha22

 キューデレラ姫、全国家予算を使い込んで豪遊

biha22

 そこには、乙女ダンジョン内でポケットティッシュの山を築くキューデレラの写真などが、多数載せられていた。

biha22

あれをご覧ください――
 キューデレラたちの乗用飛行船の窓の外には、ビーチリゾートに隣接する漁港の街の灯りが見える。

 その上空に巨大な飛行船が浮かんでいた。ダンジョン屋の物らしくロゴマークがある。街に向かって何か紙のような物をばらまいているようだが――

biha22

ダンジョン屋の飛行船が、この号外をばらまいているのです。

おそらくは、全国の都市で……。

それに魔術信号放送も――

スピーカーからニュースを読み上げる音声が聞こえていた。魔術信号放送とは、音声を魔術信号に変換して広域へ放送するマスコミュニケーションのことだ。

biha22

――引き続き。キューデレラ姫による国家予算使い込み、および、徴税権売却事件の続報です。


 文字通り国を売ったキューデレラ姫の行為と、それを許した国王に対し、全国民は怒りの声を上げており、国防軍が国王の排斥のために決起。これに聖職者や貴族も加わり、王城を目指しているとの情報が多数確認されています。


 なお、先ほどダンジョン屋社長が行った記者会見でのコメントを、繰り返し、お伝えします――


biha22

キューデレラ姫が使った国家予算と、買い取った徴税権は国へ返還する。
 金の亡者らしからぬ発言だったが、善意から出た言葉であるわけがなかった。


 ここでもし、国家予算と徴税権の返還を申し出なければ、ダンジョン屋こそが、国民の敵になりえてしまう。

 国家VS一企業という最悪の構図が出来上がって、金儲けどころではなくなるわけだが、返還を申し出ることで、売国奴の姫と、その売国行為を許した国王だけに、悪役を擦り付けることができるのである。


 要は、パパデレルさえ排除できれば、それでムッソの目的は達成されるのだ。

biha22

なお、ダンジョン屋は、決起した国防軍――いや、革命軍を全面的に経済支援し、その指導者である、クグーツ将軍の志へ賛同する旨を発表する次第である。

       クグーツ将軍とは――

biha22

 かねてからダンジョン屋との、密接な関係が噂されていた国防軍の将軍である。

 今回の革命――事実上のクーデターが、こうもスムーズに組織化されたのは、前々からなんらかの形での決起計画があったに違いない。


 このままパパデレル王が失脚し、クグーツが革命政府の長に収まるとすれば、ダンジョン屋の都合のいいように国を動かす傀儡政権が、できあがるのは目に見えている。


 私企業の〝企業努力〟による国家の私物化が進みつつある、ということだ。金が全てを動かすマネッサンス時代。まさにそれを象徴する歴史的大事件が進行していた。


biha22

お城が見えてきました!
 夜の首都は、今夜もひときわ明るい街の光を放っているが、照明とは別に、赤々とした光が、道という道を埋め尽くしていた。

 最初はそれが何かわからなかったが、首都の真上まで飛行船が進むと、ようやく正体がわかった。


 たいまつを持った群衆、だった。

 赤く燃えるその炎は、彼らの怒りを象徴しているかのようで、王城を取り囲んでいた。


 キューデレラたちの飛行船が、王城へと近づいた時だ。

 街のメインストリートに面した城のバルコニーに、パパデレル国王が姿を表した。

biha22

あ、お父様!
 バルコニーのパパデレルは、怒れる国民たちへ向かって、語りかけ始めた。

 だが、飛行船のキューデレラたちからは、彼が何を訴えているのかはわからない。ただ、必死に声を上げている姿が見えるだけだ。

 そして、国王は、謝罪の意を表すためだろう。バルコニーに膝をつき、さらに額を床にこすりつけた。


 この瞬間、王の権威は地に落ち、昨日までの支配者が、ただの糾弾されるべき罪人となったのは、誰の目にも明らかだった。

 

 バルコニーの王へ向かって石が投げられ始めた。

 その多くは、かすりもしないが、数十、どころではなく、数百人が投げているわけで、いくつも王の体へ命中しているが、王はその場から逃げず、ひたすら、額を床にすりつけ続けている。


 群衆は興奮の度合いを増し、王城の門を開け、中に侵入し出した。

 王を守ろうとする衛兵など居ない。むしろ、群衆に荷担しだす始末だ。

 このままでは、パパデレルは逮捕どころか、この場で血祭りに上げられることになるだろう。

biha22

メイ!

承知!!

掴まっていてください。

 メイは操舵輪を激しく回し、乗用飛行船を王城のバルコニーへ向かって急降下させる。

 パパデレルを救出しようというのだ。


 しかし、その時だ。

 街の中から、誰かが火炎弾の破壊魔術を放った。乗用飛行船へだ。そして、命中。爆発する飛行船の魔術エンジン。あっという間に機体後部が炎に包まれ、制御不能に。


 火だるまになった乗用飛行船は、そのままバルコニーへと――

biha22

お父様、下がって!
     墜落してくる乗用飛行船の窓からキューデレラが叫んだ。

biha22

――!!
 ――パパデレルは、とっさにバルコニーから、城の中へと走り込んだ。

 直後だ。

 飛行船がクラッシュ。衝撃で操縦席から、城の廊下へと投げ出されるキューデレラとメイ。ふっかふっかの絨毯の上へだ。おかげで傷は大したことがない。二人は痛みに顔をしかめながらも立ち上がる。


 そして、キューデレラはパパデレルと正面から向き合って――

biha22

申し訳ありません。お父様……。
お前という奴は……。

    パパデレルはキューデレラの頬を張ろうと、掌を振りかぶった。

biha22

お待ちください。

この度の件は、全て目付役である私の監督不行届です。

殿下は騙されただけ。悪くありません。

………。

そ、そうだわ。そうよ。わたくしが悪いわけがない。

被害者だもの……。メイの、メイのせいよ!

そうよね、お父様!?

        バチッ!

 

          パパデレルが、キューデレラの頬を張った。

biha22

……………。

ごめんなさい……。嘘です。

ごめんなさい。お父様、メイ。

わたくしのせいです。

わたくしが愚かだから――

     そこで、パパデレルは娘を抱きしめた。きつく、きつくだ。

biha22

お二人とも、時間がありません。

さあ、殿下、これを着てください。

水着では目立って逃げ切れない。

 メイは飛行船から廊下に投げ出されていた自分の旅行鞄から、平服を出してキューデレラにビキニの上から着せた。これならば、身なりの良い平民程度にしか見られないだろう。


biha22

陛下。隠し通路から脱出しましょう。
しかし、我が輩には責任が……。
その通りです。

陛下はここで死んで良いお方ではない。

この国を金の亡者から取り戻し、国民を救う責任があります。

…………………。
ふ……そうだな。

 三人はパパデレルの私室へと走り、本棚の後ろに隠してあった通路へと入った。

 長い長い下りの階段が続いている真っ暗な中を、マナランプの光を頼りに進んでいく。

biha22

あった。隠し通路だ!

奴らはここに逃げ込んだかも知れん。二個分隊で付いてこい。

階段の上の方から男の怒鳴り声が聞こえてた。

革命軍の兵士ようだ。非常にまずい。


歩調を早める三人だが、通路は足下が暗い上に、キューデレラはただでも運動が得意とは言いがたい。あっという間に、後ろから迫ってくる男たちの足音は近づいて来て――

biha22

見えた。前に光が見える。居るぞ、奴らが!

 兵士たちが発砲した。

 だが、僅かなランプの光だけを頼りに放たれた弾丸は、あさっての石壁に当たって跳ね返り、何度も何度も跳弾を繰り返し、火花を散らしただけだった。

biha22

馬鹿者、こんな狭い場所で発砲するな!

跳弾で味方に被害がでる!

走って追い詰めるんだ。

 キューデレラは必死に走っているが、どう考えても逃げ切れそうにない。

biha22

メイ。キューデレラを頼んだぞ。
陛下!?
 だが、メイはパパデレルの言わんとするところを理解したらしい

biha22

かしこまりました。

一介の冒険者から、キューデレラ殿下の護衛役に取り立てて頂いたご恩、けして忘れません。どうか、ご無事で。

二人とも……何を話してるの?
 パパデレルは立ち止まった。

 メイはキューデレラの手を引いて走り続ける。

biha22

後ろをけして振り向かず、走り続けてください殿下。
そんな、お父様は? お父様は!?

 キューデレラは振り向いてしまった。

 パパデレルは、腰に下げていたサーベルを抜き払い、迫り来る男たちへの立ちふさがろうとしていた。

biha22

お父様-!
良く聞け、キューデレラ!

お前は、けして、愚かなんかじゃない。

ただちょっとばかし、発展途上なだけだ。

名君パパデレルが娘、ボッテー家の正統後継者、必ずや、お前は聡明な君主になることができる。

お前が、お前が、

 我が輩の代わりにこの国を取り戻すんだ!

 キューデレラが最後に見た父の姿は、男の打ち付けてくる刃をサーベルで受け、つばぜり合いをしている後ろ姿だった。


 強引にメイに手を引かれ、走り続けるしかなく、自分が何を考え、何を感じれば良いのかすら、思いつけず――ひたすら泣きながら走った。走りながら、泣いて、泣いて、泣きまくった。


 そして、気づけば、隠し通路の終点まで来ていた。


 上へ出るための重々しい金属の扉を開けると、さらに、石の蓋がしてあった。

 メイがそれをどけ、外に出てみると、なんと出口になっていたのは、石の棺だ。

 キューデレラたちは、10メートル四方ほどの霊廟の中に出たのだ。


 だが、霊廟の外に出てみると。

 そこには革命軍が待ち構えていた。10名ほどだ。

biha22

抵抗は無駄だ。手を挙げろ!
殿下。私が手を挙げた瞬間、目を腕で覆ってください。

     小声でメイはすぐ後ろにいるキューデレラへ告げた。

biha22

え?

 聞き返す間もなく、メイは手を挙げたのだが、同時に彼女のスカートの中から、何か丸いものが一つ、ボトリと落ちてきた。

 それをメイは蹴飛ばして空中へと舞い上がらせると――その球状の物体は目も眩むほどの閃光を発した。


 閃光てき弾と呼ばれる冒険者の道具だ。魔物の視力を奪うための物だが、人間相手でも効果は覿面。

biha22

うわっ。くそっ!
 取り囲んでいた全員が目を押さえて蹲ろうとしている。

 が、メイはどこから取り出したのか、両手の指に大量の投擲ナイフを挟んで持っていて、それを全周囲に向けて投げつけたのだ。全て命中、革命軍の兵士たちは、一斉に倒れ伏した。


 墓地の中を走り出すメイ。キューデレラは付いて行くのがやっとだ。さらに追っ手が掛かったのか、背後からたいまつやランプの灯りが迫って来ているのが見える。

biha22

殿下。この私の旅行鞄には、旅に必要なものが入っております。これをお持ちください。

どういう……意味?

私は奴らを引きつけて、別の方向へ誘導します。
そんな……ダメ!

メイまで、メイまで、わたくしのせいで、死んでしまったら……。

私一人でしたら、どうとでも立ち回れます。

約束します。必ず生きて再会すると。

ですので、どうか、ここからはお一人で――

約束よ。約束だからね。

もし、約束を破ったら、お父様に言いつけ――

……。

メイ、あなたは、あなただけは絶対に……!

はい。必ずや。では――
 メイはそこで立ち止まり、追っ手の方へときびすを返すと、どうやってそうしたのか分からないくらい素早く、両手の指いっぱいに投擲ナイフを握りしめていた。

 月明かりの下、メイは一度だけ、キューデレラを見送らんとばかりに振り向き、その表情は微笑んでいるように、見えた。

biha22

 キューデレラは墓地の外れから森へ入り、木々の間から零る月の光だけを頼りに走った。

 後ろからは、男たちの悲鳴や、銃声が聞こえて来ていた。その戦闘音は、彼女が走る方向からだんだんと遠ざかっていくように感じられた。メイが上手くやってくれたのだ。

 

 息がいよいよ続かなくなり、足が意思に反してもつれ、倒れ込んでしまった時。小高い丘の上に、キューデレラは居た。そこからは都が一望できた。


           城が、燃えていた。

 

 あまりにも絶望的な光景だった。

 自分が犯した罪、その結果が、これなのだろうとキューデレラは思った。

biha22

おのれ……ダンジョン屋。
  だが、彼女がダンジョン屋よりも罵倒したかったのは誰より、何よりも――

biha22

おのれ……。

おのれ……。

おのれ……!

           自分自身、だったのだろう。






         ――翌日

biha22

 どこをどう歩いてきたのか、キューデレラ自身にも、わからなかったが、どうにか地方都市に逃れ付くことが出来た。


              そこで見たものは――


biha22

 自身の指名手配の張り紙。

 それと、空に浮かんだダンジョン屋の飛行船からバラまかれる号外の見出し。

biha22

  国賊パパデレル元国王、死亡

biha22

 わかってはいた。

 わかってはいたが、現実を突きつけられれば、心が激しく震えてしまうのはどうしようもなかった。しばらく、通りの真ん中に佇み、呆然としてしまっていた。


 宿を見つけて部屋を借りた。 

 宿屋の主人は、キューデレラの顔を見て、一瞬だけ怪訝そうな顔をしていたが、まさか指名手配犯の姫だとは思わなかったのかも知れない。すんなり、部屋を貸してくれた。

 これまでのお忍び旅行でもそうだったように、平服であれば、そうそう正体がバレたりはしないことを、キューデレラも知っている。


biha22

 ベッドに座り込み、靴を脱いでみれば、ひどい血豆ができていた。普段、ろくに運動らしい運動もしないのに、夜通し歩き続けたのだから、無理もない。


 それから財布の中身を確認するため、紙幣とコインを並べて数えてみた。物価の感覚は良くわからなかったが、宿屋にさっき支払った金額を参考に計算すると、手持ちの金では2週間も逃げ続けることは、できなそうだった。

biha22

国を取り戻せ……そう言われても、これから、どうすれば。
 国を取り戻すどころか、あと何日、生き延びられるかすら、わからない。金を稼ぐ手段を見つけなければならないし、安全に暮らせる場所を確保しなければならない。

 そんな事を考えながら、ベッドに横になっていると、まったく自覚できない内に眠りに落ちていた。




 が、夜中――

biha22

 キューデレラは物音で目が醒めた。

 カチャカチャ、カチャカチャ、とドアから聞こえる。

 誰かが鍵を開けようとしているのだ。

biha22

おい、早くしねえか。賞金首が起きちまう。

暗くて、鍵がどれだかわからないんだ。

灯りを持って来てくれ。

 宿屋の主人の声だった。キューデレラの正体に気づいていたらしい。寝込みを狙って捕まえて、革命政府に引き渡そうという算段なのだろう。

 

 キューデレラは飛び起きて、急いで靴を履いた。

 鞄を持って、二階の部屋の窓から、表通りにの路上に飛び降りた。


 が、なんと運が悪いのか、着地した目の前に、衛兵が3名ほど、パトロールしていた。突然、空から女の子が振ってきて、驚く衛兵のお兄さんたち。

biha22

な、何やってるんだ、あんた?

だ、大丈夫か?

え、ええ、お構いなく……。

 今すぐ走って逃げ出したいところだが、そんな事すれば、不審者丸出しであり、どうにか穏便にこの場を切り抜けなければならない。

biha22

そ、それでは、わたくしは急ぎますので……。

待て、こんな夜中に窓から飛び降りてきて、いったい何やってた?
…………。
ウォ……ウォーミングアップ。

               不審者丸出しすぎた。


biha22

ウォーミング……アップ?

そーよ。文句あんの!?

    そん時だ。宿屋の窓から、主人が顔を出し、キューデレラを指さした。

biha22

居た。賞金首の野郎、もう外に居るぞ!
      それで衛兵にも勘づかれてしまい――

biha22

賞金首……って、まさかこいつ、キューデレラ!?
う、うわああああぁああん!
 逃げ出した。めっちゃ逃げ出した。

 衛兵たちも追いすがるが、体の一部に鎧を着けているため、鈍足のキューデレラと良い勝負である。しかし、土地勘がない彼女は、自分から袋小路に突入し――

biha22

し、しまった!
 すぐ後ろの曲がり角まで衛兵たちが追まる足音が聞こえる。


 万事休す――


              が、その時。

biha22

やれやれ。

 何もなかったはずの空間から、突然、オジデレルが現れた。

 魔術で姿を消していたらしい。

 そして、唖然とするキューデレラの手を掴むと、キューデレラとオジデレルの手がみるみる透明になっていった。手だけではなく、腕、肩、胴体――体の全てがだ。


 衛兵たちが袋小路にやってきた時にはもう、完全に姿が消えていた。

biha22

くそ、こっちじゃなかったか?

    追っ手たちは見当違いの方向へと走って行ってしまった。

biha22

ここにはもう、お前は居られそうにないね。

さあ、このまま街を出ようか。

                     そう言われて手を引かれたが――


biha22

は、離してっ!
 振り解いた。

 すると、透明化の魔術が解けて、姿があらわになってしまった。でも、まだ、すぐ近くを衛兵たちが駆けずり回ってる足音が聞こえるわけで――慌てて、もう一度、オジデレルの手を握る。

biha22

相変わらずの馬鹿さ加減だねえ……。

 街の門へ向かって歩き出したオジデレル。

 キューデレラは、状況が飲み込めないまま、大人しく手を握られて付いて行くしかない。

biha22

どういうつもりなの?
しー。静かに。音までは消してないからね。

話しは、街の外に出てからだ。いいね?

 そして、門を通り抜け、町外れをすぎた頃、オジデレルは手を離した。

biha22

さて、最初の質問は、なんで助けたのか、かな?
そ、そうよ。また良からぬことを考えてるんでしょう。
当たり前じゃないか。
な……。

あんな所であっさり捕まってギロチンの露に消えられても、僕は満足できない。もっといっぱい、地べたを這いずりまわって、泥水を啜ってくれないと。樽百杯分くらいはね。

あんたのせいでね……お父様は!

              キューデレラは腰にさげた短剣に手を掛け、抜いた。

biha22

刺すのは止めてくれないか。

僕は死なない体だけど、痛いし、服は破れるし、血で汚れる。

黙りなさい!
それに、〝僕のせい〟じゃない。〝誰のせい〟だったかな?
………………!!
パパデレルがあっさり死んじゃった分、お前には存分に生きて苦しんで欲しい。都に戻るんだよ。キューデレラ。
はあ……?

そんなの、むざむざ捕まりに行くようなものじゃないの。

だから、だよ。

誰もお前が都に戻ってくるなんて想像すらしてない。違うかい?

そうでしょうけど……。

逆に地方都市は危険だ。国中が『都から逃げた姫』を探しているんだからね。さっき自分で体験しただろう?


なら、もっと田舎に行くかい? それこそダメだね。

田舎はよそ者には敏感だし、人口が少ないから、どうやっても目立つ。


なら、人里離れた場所でサバイバル生活? 

ハハッ、お前など三日と経たず魔物の餌になる。


なら、外国?

言葉も通じない場所で暮らすのは、まあ無理だろうね。


だが、都ならどうだい?

アパートの隣の部屋に誰が住んでるのかすら知らないってのが常識の街だ。お前が生き残るなら、ここに行くしかない。

わ、罠、なんじゃないの……。あんたの悪だくみの。
そうだよ。

僕はお前が長く苦しんでくれるよう誘導しようとしている。

だが、より生き残れる可能性の高い道を教えてる、とも言えるかもね?

    それだけ言うと、オジデレルは呪文を詠唱、姿を消した。

biha22

いいかい、くれぐれも、『絶対に逃亡中のお姫様がやらなそうな事』をして暮らすんだ。姿は隠さずに、逆に人々に見せつけろ。人は常識外のことは信じない。


それじゃ、末永く元気に苦しんでね。

biha22

 ろくでもなさすぎる別れの挨拶。

 少年の足音が遠ざかっていく。


 それを聞きながら、キューデレラは思う。

 一回くらいはメッタ刺しにしてやるべきだったか、と。

 しかし、『都に行け』とあいつが言っていた事は理に叶っている。

 悔しいが、言うとおりにするしか、なさそうだった。

biha22

けど………………・・・・・・・・。
都ってどっち行けばいいのよー!
                前途多難すぎた。


 あてどもなく歩き出したキューデレラは、途方に暮れる。

 国を取り戻すという目標は、あまりにも大きく、それに比べて、自分は果てしなく小さな存在に思えた。


 発展途上? 

 そうかも知れないけど、本当に女王に相応しい人物に成れるのだろうか?

 まったく自信はなかったが――

biha22

道が一つしかないなら、突き進むのみ、よ。

 夜が明けようとしていた。

 丘へと続く街道の登り道を歩いている途中で、東の空から明るくなりだしたのだ。そして、登り坂のてっぺんへと到達したとき。顔を出した太陽が、世界を明るく照らし出した。


      ともかく、彼女の旅は、ここからがスタートラインだ。

biha22

 眩しい朝日に目を細めるキューデレラ。

 丘のてっぺんの街道上に、何かがあるのを見つける。

 それは逆光でよく見えなかったが、こんなだった――

biha22

     尻


             圧倒的に尻だった。

         もっと言えば、女の子の尻だった。 

  さらに言えば、逆光によって後光がさした熊ちゃんパンツを履いた尻だった。

 地平線から日の出の代わりに、尻が出て来たような情景に、キューデレラは呟いた。

biha22

……………。

  尻出?

 圧倒的尻出感あふれる尻だった。


 不審に思いながら近づいてみると、それが行き倒れた女の子だとわかった。

 なんというか、ひどいポーズで倒れてるわけで――


 たぶん、歩いてる途中で力尽きて、しゃがみ込み、前のめりに顔面からベシャーと地面に突っ伏したみたいな感じで、尻だけが天へ高々と突き出され、スカートが捲れたポーズで行き倒れていたのだ。

 

 そこには色気やエロスの一欠片もなく、ただ間抜けさと哀愁だけが漂っていたのは、言うまでもない。 


 紹介しよう。この圧倒的尻少女こそがダンジョン屋シリーズの主人公――

biha22

  ルザリカ・バッカミールだ!!


 なんで初登場の紹介時の画像が尻なんだ、とかつっこんではいけない。

 世界初、尻から初登場する主人公、それがルザリカなのだ。

 全ての既存ファンタジーの当たり前をぶち壊すダンジョン屋シリーズ主人公に相応しいロックな尻少女、それが――

biha22

  ルザリカ・バッカミールだから仕方ない!!

biha22

ど、どうしよう……。

できるだけ他人と接触しないほうが良いだろうけど……。

 しかし、放置するのも気が引ける。

 パパデレルから国を任されたということは、つまりは、国民を任されたということだ。女王に相応しい人物を目指すのならば、ここはやはり――


biha22

ねえ、ちょっと……。あんた生きてるの?
 声を掛けてみたが反応なし。

 仕方なく、をつついてみた。

 するとはビクッと反応。ルザリカ・バッカミールは目を開けた。

biha22

ひ、ひもじいよう……。
 どうやら、空腹のあまり行き倒れていたらしい。

 キューデレラは鞄の中を見てみた。クッキーが3枚だけ残ってる。

 これが最後の食料だ。


 その袋を開けると、香ばしくバターの風味が漂って、腹が鳴った。昨日は宿についてすぐに寝込んでしまったから、丸一日くらい食事をしてないことになる。


 とりあえず、1枚は自分でくわえ、もう1枚をルザリカに渡すと――

biha22

ふわぁあー!

 などと感動の声を上げて、パクリと食べてしまった。


 残りの1枚をどうするか、キューデレラは迷った。

 ルザリカはそれを見て、犬が餌を目の前に『待て』と命令された時のように――

biha22

ハッ、ハッ、ハッ、ハッ!
 息を荒げて『待て』モードで、期待の眼差しをキューデレラに向けている。

biha22

(わたくしは、今は発展途上だけど、女王を目指す身。相応の振る舞いをしなくては。こんな時、お父様ならきっと、こうするはず――)

 キューデレラは最後の1枚を半分こに割って、ワンコ娘に食わせた。

 そして、もう半分は自分で食べようと口に近づけたのだが――


         バクッ!


      と、それも食われてしまった。ワンコ娘にだ。

biha22

あ、あああぁあぁぁ゛ぁあ゛ぁぁああ-!!
美味しぃ~い!
返しなさい。返しなさいよぉおお゛!

吐け、吐き出せぇぇええぇえ!

未来の女王はワンコ娘の胸ぐらを掴んで、がっくんがっくん揺すってらっしゃる。

女王らしく振る舞えるのは、まだまだまだまだ、遠い将来になりそうである。

biha22

あたしね。本当はチョコチップクッキーが好きなんだ。

三丁目のコイケさんが良く焼いてくれたんだよー。

人の話しを聞けぇええ!

ていうか、コイケさんって誰よ、どーでもいいわ、そんなもん!

あと、のたれ死にそうだったくせに、贅沢言うなぁあああ-!

あたし、ルザリカ・バッカミール。

           よろしくね♪

あんたの名前なんか訊いてないわよ!
じゃあ、コイケさんの奥さんの名前を知りたいの?

ビビンビーズビバビコポポロンポンポコホーホケキョノッキョキョン・コイケだよ。

すごい名前よね!?

よくそんなん覚えたわね!?

ていうか、今のもう一回言ってみ!?

ヨヨヨーンミリミリピュンピュコピュンパパパノッサウィンウィーンサダコ・タケダだよ。
一文字すら合ってないし、コイケですらない!

ていうか、コイケさんの奥さんなんて、どうでもいいの!

じゃあ、あたしの名前?


ルザミア・バッカミールだよ。

               よろしくね♪

聞いた。それもう聞いたわよ!

っていうか、自分の名前すら間違ってる。

ルザリアじゃなくて、ルザリカでしょうが!

君の名前はなんていうの?

わ、わたくし!?

わたくしこそは、キュー――

……………。

          名乗ることなど出来るわけがない。

biha22

キュー?
 でも、何かしらは答えなければ、不審がられてしまうことだろう。

 このルザリカという奴は良くみれば、背中に機械仕掛けの剣を背負った冒険者風の出で立ちをしているわけで――冒険者にとって賞金首とは、美味しいボーナスキャラであり狩りの対象に他ならない。

biha22

その……わたくしの名は――

キュ……キュータロリーヌ・ハットリニア・ドラエモニカ・キテレチーナ・パーマニシア・ポコニャリリス・モジャコリン・エスパーマミリアン三世、よ。
            ものすごく適当に答えてみた。

biha22

え?

キュータロリーヌ・ハットリニア・ドラエモニカ・キテレチーナ・パーマニシア・ポコニャリリス・モジャコリシア・エスパーマミリアン三世、であってる?

えっ……一発で覚えたの!?

あってる……たぶん。

ていうか、こんだけの名前覚えられるなら、コイケさんの奥さんの名前、ちゃんと覚えてあげなさいよ……。

じゃ、君のあだ名、決めたよ。

頭文字を取ってぇ。

   うん、よし。

      フクゾー、にするね♪

取ってなぁーい! ぜんぜん!

どこ取った!? どこ取ったのよそれ!?

頭文字取ったら、普通は『キューちゃん』とかでしょうが!

じゃあもう、キューちゃんでいいや。

ありがとうね。キューちゃんのおかげで助かったよ。

え、ええ。じゃ、わたくしはもう行くわ。

 そそくさと立ち去ろうとするが、ふと気づく。冒険者なら旅慣れてるはずだし、都にどう行けばいいのか知ってるんじゃないか、とだ。


biha22

あ、ねえ、ルザリカ。

都へはどっちに行けばいいのかしら?


あれ、キューちゃんも都に用事?

というと、あなたも?
なら、一緒に行こうよ。一緒に!

 今はルザリカもこう言ってはいるが、いざ賞金首が自分のすぐ隣にいると分かれば牙を剥いてくるのは目に見えている。


biha22

わ、わたくしは旅慣れてなくて、冒険者のペースに付いて行くのは無理でしょうから、道を教えてくれるだけで結構だわ。

だったら余計に一人は危ないよ。

あたしが付いてれば、安心だからさ。

なんたって勇者ルザリカなんだから。

 勇者――それは大昔に魔王を倒した人物の子孫たちの称号だ。実際に人間離れした能力を持っていて、たった一人で軍隊に匹敵すると言われており、男の子の憧れ、女の子がお嫁さんになりたい相手ランキングNo1、そういう存在である。

 

 冒険者を目指す者の少なからずが、自分はもしかしたら勇者の血を引く者なんじゃ、なんていう妄想の一度くらいはした事があるもので、ルザリカもそんな〝ハシカ〟にかかってる一人らしかった。


biha22

わたくしがどうなろうが、あなたに関係ないでしょう?

道だけ教えてちょうだい。

そんなにあたしと一緒が嫌なの!?

なんで? なんで? 三日くらいお風呂入ってないから!?

臭い? におう? 

しょーがないじゃん。宿屋に泊まるお金もないんだから!

(めんどくさい奴ね……。

 けど、あまり頑なに拒否してたら、怪しまれてしまうかも……。

 ひとまず一緒に行く事にして、道が分かったら別れればいいわ)

わかったわ。一緒に、行きましょ。

わーい。ほんじゃ、先払いね。

        などとルザリカは手を差し出してくるわけだが。

biha22

何がよ?

冒険者に護衛を依頼したんだよ?

報酬に決まってるじゃん。

はぁ?

だから、わたくしは道案内をして欲しいだけであって。

じゃあ、道案内の報酬ってことで♪

まあ、いいわ。

ほら、これくらいでよろしくて?

 相変わらず金銭感覚がいまいちアレなお姫様は、相場がまったくわからず、単なる道案内に支払うには不相応なコインを渡してしまったのだった。

biha22

うっひぁーっ! こんなにいいの!?

はっ、そうか、これはやはり、あたしを勇者と見込んでのことなのね。

うん、任せて。ドラゴンが襲撃してこようと、送り届けてあげるから、大船にのったつもりで――

ごたくはいいから、さっさと出発を。

おっけー!


で、キューちゃん、

都って、どっちの方向かな?

………………。
………?

…………。

あんた……まさか、都への行き方、知らないの?

当たり前じゃん。あたし、初めて行くもん。

前も自分の村から都に行こうとしたんだけど、途中で迷って結局、村に逆戻りしちゃってさあ。あはは、あの時は大変だったなあ。

で、でも、あんた道案内するって言ったわよね?
うん。道案内はするよ!

今からその道を探すから大船に乗ったつもりで――

乗るかそんなドロ船-!!

ちょっと、お金返しなさいよ!!

 ルザリカが握ったコインを、奪い取ろうと飛びかかったキューデレラだが。

biha22

だ、ダメッ!

これは、冒険者になって初めて貰った報酬なんだから、記念のペンダントにするの!

報酬じゃなくて、詐欺で騙し取ったんでしょうが!
と、とにかく、都の行き方を見つける方法あるから、それまでタンマ!
ほ、本当でしょうね?
ふっふーん。勇者ルザリカ様は嘘は吐かないのです!

見ててね。

 ルザリカは背負っていた剣を抜いて、片手で地面に立てるようにした。

 んで、手をパッと離す。

 すると、剣は重力にひかれて、カランッ、と転がるわけで。


 ルザリカはその剣が転がった方を、指さし――

biha22

こっち。
             ドヤ顔でのたまった。

biha22

……………。

 キューデレラは無言で、旅行鞄からエターナル・ワンワン・ハリセーンを取り出した。

 それを両手で握りしめ――

biha22

アホかぁああ゛あぁぁぁあ゛ー!
      スパーンッ!!


        ハリセンはすんごい良い音でルザリカの脳天にヒットした。

biha22

な、なんだと!

あたし、アホじゃないもん。馬鹿だもん!

んな事、わかってるわよ。

バーカ! バーカ! バーカ!

ば、馬鹿って言う方が馬鹿なんだぞ!

バーカ! バーカ! バーカ!

あたしはさっきのやり方でずっと旅してきたんだ。

伝統と実績のある方法なんだぞ!

だから、その結果、行き倒れてたんでしょうが!

遭難の伝統と実績を自慢してんの?

ブァーカ! ブァーカ! ブァーカ!

キューちゃんだって、道わかんないくせに!

ブァーカ! ブァーカ! ブァーカ!

 夏の青空の下、爽やかな風が吹く草原の街道で、繰り広げられる超低レベルバトルは、半径100メートル以内の生物のIQが500くらい下がりそうなオーラ全開である。


 それは端から見れば、牧歌的な光景なわけだが、キューデレラとルザリカにとっては、引くに引けない意地とプライドの張り合いなわけで――

biha22

 エンドレスにバカバカ言い合いながらも、それなりに絶妙なコンビらしかった。


 そんな時だ。

 農家の荷馬車が通りかかった。

 農民らしいおじいさんが、ハイパー馬鹿バトルを見やり――

biha22

なんだぁ、おめえさんら、都に行きたいんけ?
 馬車を止めて訊いてきた。

 言い合いがモロに聞こえていたようだ。まったく恥ずかしい。

biha22

え、あ、はい。

う、うん!

 二人は互いの髪の毛を掴みあって、頭をポカポカ殴り合うという死闘――醜態を演じながら、おじいさんに振り向いた。


biha22

なら、後ろば、乗っとけ。

ワシも都に野菜ば、卸しに行くところじゃて。

やったー!
大義であるわ、ご老人。

この恩はきっと、お父様に伝えて、相応の褒美を――

――あげたいくらいの気持ちで、礼を述べておくわ。

はっはっは、面白い娘さんじゃのう。

まあ、こっちも冒険者が一緒に居れば、追いはぎなんかに狙われにくいしのう。お互い様じゃて。

 二人を荷台に乗せて馬車は進み出した。ガタゴト、ガタゴト、とだ。

 乗り心地は良いとは言えないが、歩くよりは遙かにマシだし、全自動で都へたどり着けるなら言うことなしだ。

biha22

あとでお金返しなさいよ。ルザリカ。
ねえねえ、キューちゃんは何しに都に行くの?
人の話しを聞けと……あれほど。
だから、キューちゃんの話しを訊こうとしてるじゃん。
わたくしが都で何しようが、あんたには関係ないでしょうが。
関係あるよ。あたしたち、友だちだもん!
は、はあ!?

いつ友だちに成ったって言うのよ。

さっき。殴り合った時だよ!

死闘を演じたライバル同士は、そのあとマブダチになるのがお約束だって、村長が言ってた。

……………。

都で住む場所を探して……仕事も見つけようと思ってるのよ。

あたしはね。新しくできたダンジョンに行こうと思ってるんだ。
都に……ダンジョン?

そうだよ。王様が居なくなったから、どこでも自由にダンジョンを作れるようになったんだってさ。

おのれ……ダンジョン屋め……。
うん? 何か言った?
い、いえ、なんでもないわ。
娘さんたち、ダンジョンば行くんけ?

うちの村も、ダンジョン屋さんに、助けられてのう。

どーにも作物ば、育たんかったけんど、ちょっと前に、ダンジョンこさえてくれてからは、ほうれ、その通りよ。

      おじいさんは野菜が満載された荷台を指さしてみせた。

biha22

王様は、うちの村には、なんもしてくれんかったしのう。

他の村と同じ税金払っとるのに、風水ば治すの、うちの村は後まわしにされてのう。陳情しに行っても、風水師が足りないから、順番を待っていろと……。


理屈はわかるが、その間にも、ワシらは食っていかにゃならんじゃろ?

若者はどんどん村さ、出て行くし、ワシらも出稼ぎせにゃならんしで、酷い有様だったでのう。

お、王だって、一生懸命にどうにかしようとしていたはずよ。

国民の事を第一に考えるお方だったもの!

理屈は……わかるんだがのう。

そんな酷い状況で、お姫さんが遊びにうつつ抜かして、国の予算の使い込みじゃろ?

ワシも革命の夜には、城に石を投げにいったわい。わっはっはっは。

(わたくしが、ダンジョンなんて行ってしまったばかりに……。

 申し訳ございません。お父様)

ねえ、キューちゃん。都に着いたら、一緒にダンジョン行こ♪

行くかぁボケー!

ひっ! な、なんで、そんないきなり怒るの……!?

あ、ああ、なんでもないわ。

ただ、ちょっとダンジョンには良い思い出がないから……。

えっ。キューちゃん、ダンジョン行ったことあるの!?

クリアした? ちゃんとクリアできた!?

 ルザリカが言わんとしている『ダンジョン』とは、彼女がこれまでダンジョン屋のβテスター(人体実験)として、特攻させられてきた冒険者向けの普通の人工ダンジョンのことなのだが――

biha22

クリア……は、したと思うわ。一応。(課金ごり押しで)

でも、おかげで、人生までクリアしそうになったけど。

 ダンジョンと言えば、乙女ダンジョンしか経験のないキューデレラは、こう答えるわけで――


biha22

あ、あたしだって、ダンジョンのクリアくらいした事あるんだからね。(βテスターとして、無限蘇生支援でのゾンビ戦法ごり押しで)


         勝手に対抗心を燃やされてしまったようだ。

biha22

そう、良かったわね。すごいすごい。わー、すごい。

もうダンジョンの話しは止めましょう。死にたくなるわ。

よし、じゃー都に着いたら、一緒にダンジョン行くって事で決定だね♪

どっちが上か勝負だ!

人の話しを聞けぇええええ!
 


             昼過ぎ――

biha22

 城下町に到着。

 街に入るために検問なんかを受けなければならないかと想像していたものの、警戒網らしい警戒網はすでになかった。キューデレラが都になんか居るわけがないと、警備当局も考えているようだった。

 道行く人々も、キューデレラと目があっても、誰も気にもとめない。今の彼女は完全に街に溶け込んでいる。


 キューデレラたちは老人に礼を言って荷馬車を降りた。

biha22

うわぁ、ここが都かあ!

すごーい、建物いっぱい!

すごーい、人もいっぱい!

すごい、すごーい!

 お上りさん丸出しで、はしゃぐルザリカさんだった。

biha22

それじゃ、わたくしは行くわ。さようなら、ルザリカ。

えっ、えー!

ちょっと待って。一緒にダンジョン行くって約束したじゃんさ。

行かないと何度言ったら……。

というか、あんた相手に、言語で説得って限りなく無駄な労力に思えてきたわ……。

というわけで――

というわけで?
逃げる!

 ――ピューン!


 と、走り出してしまった。

 ここ一両日での逃亡生活のおかげで逃走スキルが上がってるようだ。


biha22

あっ、あー!

酷いよ、キューちゃん。待って、待って-!


 追いかけだしたルザリカ。

 冒険者、という肉体労働系に属する彼女だが『へっぽこ駆け出し冒険者』であり、なかなか追いつけないどころが、あっさりと人混みでまかれてしまった。

biha22

ふふっ。厄介者の処理に成功したようね。

 などとほくそ笑んだのだが、キューデレラが逃げ込んだのは、裏通りであり、人通りもなく、ギャングの落書きがそこかしこにあるような、不穏な雰囲気の一角である。

biha22

うっひょ~。ゲキマブ発見!

 裏通りに相応しいモヒカン男が、小躍りするようにして近づいてきた。

biha22

な、なによ……。

あっち行きなさい。

まぁまぁ、そう言わずに、ちょっくら話し聞いてくれよなあ。

    無視して走り出そうとしたのだが――腕を掴まれてしまった。

biha22

や、いやー!

誰か、助けて-!

ひっひっひ、無駄だ。無駄ぁ。

こんなとこで、他人を助けようなんて奴はいないぜぇ?

こんな事して、許されると思ってるの。

お父様に言いつけて――

…………。

な、何が目的なのよ!

ヒャーハァー!!

目的はこれだぁああ!!

 モヒカンは懐に手を入れて、何かを取り出し、キューデレラへ突きつけた。

 それは鋭いナイフ――とか、ではなく。


              パンフレット、だった。

              こんな事が書いてある。

biha22

 ときめきメモリー・キャッスルダンジョン オープン♪


  このギャルダンジョンで働いてくれるコンパニオンさんを募集しているよ。

 未経験でも大丈夫、貴女の魅力で男性から金を絞り取るだけの簡単なお仕事です。

biha22

おっと紹介が遅れたが、俺っち、ダンジョン屋のスカウトマンでよぉ。

あんた、いかしてるから、うちで面接受けてみて欲しいんだがよぉ。

どうでえ、考えてくれねえかい。

 よりにもよって、ろくでもなさすぎる巡り合わせだった。

 激しい怒りが沸き起こってくるのを自覚した。

 拳が握りしめられ、喉のすぐ下まで、怒鳴り声が出かかった。


 しかし、寸前で、オジデレルの言葉を思い出す。

biha22

『絶対に逃亡中の姫がやらないことをやれ』

biha22

 ダンジョン屋に国を追われたお姫様が、ダンジョン屋のコンパニオンをやる。

 これ以上に、あり得ないことなど、あり得ない。

 おそらくは、都で見つかる仕事の中で、もっとも正体がバレ難い仕事になるはず。

 そう確信した。

biha22

わかったわ。面接とやらに連れて行きなさい。

おうよ。けど、一応言っておくがよぉ。

面接官はジャポネ出身のガチガチの企業戦士って奴だから、くれぐれも作法には気をつけてくれよな。その辺、すっげえ厳しいからよぉ。

 ジャポネ――

 

 それは企業戦士の国家であり、国民全員が休みなく24時間働き続けるとすら言われている修羅の国だ。

 合い言葉は、『月月火水木金金』

 休日って何それ美味しいの? が国是であり、有給休暇などもあるが、使うと非国民呼ばわれされ、外国のスパイとして死刑にされる。


 そんな国のため外国人から見ると、国民全員がシャチクに見えるが、本人たちはそれが普通なので、一切気にしない。

 ちなみにシャチクという奴隷を意味する言葉の発祥の地であるのは言うまでもなく、本来のジャポネのシャチクとは、侮蔑語ではなく、企業に命を賭して尽くす英雄の称号である。


 すなわち、企業と共に生き、企業のために死ぬ。

 それがジャポネの『サラ・リーマン』と呼ばれる企業戦士たちの生き様であり、国民全員の生き様である。


 そのため、企業に入社するための、面接、ジャポネ語では『メン・セツ』は自らの命を預ける主君を選ぶがごとく非常に神聖な儀式とされ、ジャポネの学生たちは、その礼儀作法を身につけるために、『シュー・カツ』と呼ばれる血の滲むような苦行をするという。

biha22

礼儀作法?

そんなもの、物心つく前から、叩き込まれたもの。

完璧にこなして見せるわ。

  そう、お姫様とは、礼儀作法のプロ中のプロ、である、


   お姫様 VS ジャポネ式『就職メン・セツ』


 その火ぶたが切って落とされようとしていた。

biha22

 王城からほど近い建物に連れて行かれ、その一室の前で待たされた。

 他にもコンパニオン志望者が、何人か並んでいて、順番で呼ばれるたびに、部屋の扉をノックしてから、入って行っている。


 そして、いよいよ、キューデレラが呼ばれた――

biha22

次の方。

キュータロリーヌ・ハットリニア・ドラエモニカ・キテレチーナ・パーマニシア・ポコニャリリス・モジャコリン・エスパーマミリアン三世さん。

入室してください。

biha22

――。
 キューデレラはすまし顔の無言で扉の前に立った。

 立った――が、ノックもしなければ、開ける気配もない。 

 

 ほんとーに開けない。マジで開けない。

 ひたすら、突っ立ったままだ。


 そう、キューデレラが叩き込まれてきた宮廷の礼儀作法では――

    扉は絶対に自分で開けてはいけない。

    開けてくれるまで待たなくてはいけない。


 それは、使用人の仕事であり、自分で開けてしまうということは、その者のクビを切るのと同義の侮蔑行為なのである。特に他者の館などを訪れた時には、道徳的にやってはいけないことなのだ。


 だが、ジャポネのメン・セツ作法においては、ノック入室が正解であるわけで――


 突然、扉が中から開けられて、怖い顔のおっさんが出て来た。

biha22

 額に生えたる二本の角は、まごう事なきジャポネ人の証。

 その二本の角から、『ニホン人』などと呼ばれることもある。


 この男、名をペケジ・リーマンという。


 リーマン家はジャポネの名家であり、初代当主である、『サラ・リーマン』は現代ジャポネの企業戦士の在り方を決定付けた伝説的企業戦士として知られている。

 そのため、企業戦士の別称として、『サラリーマン』が用いられるようになったのである。

biha22

何をやっている! 早く入室せんか!
――。
 だが、キューデレラ、それをガン無視。

 そう、扉を開ける人=使用人にいちいち視線を送ってはいけない。

 使用人はその場に居ない者として扱うのが正統的作法なのである。


 ゆえに、無言で入室。

 そこはジャポネ様式の部屋になっていた。

biha22

 これがジャポネにおいて、神聖な行為であるメン・セツを執り行うための部屋である。

 ハラキリやゲイシャ・アソビも、ここで行われるという。

 ジャポネ人にとっては、絶対的な聖域と言っても良い。


 先に、座椅子に腰掛けるペケジ。無視された事に、めっちゃいきり立っている。

 一方キューデレラは――


  土足のまま、神聖なメン・セツ室の畳に侵入。



 そのままキューデレラは会釈をした。

 所作は完璧であり、どこの社交会にだしても恥ずかしくないものだ。


 しかし、ここは舞踏会場のダンスホールではなく、畳の上、であり――

biha22

――!?!?!?

 しかし、彼はエリートジャポネ人。

 ジャポネ人は自分の感情を表に出さないことを美徳とする。

 畳に付いた靴の足跡を見て、彼は歯ぎしりをギリギリとしながらも、憤怒をじっと腹にしまい込み、耐えるのだ。

biha22

――。
 それにしても、キューデレラが会釈をしたっきり、名乗りの一つも始めない。

 時間だけが無為に過ぎて行く。

 ジャポネ式のメン・セツ作法では、ここで『アイサツ』を行い、自分の名前を名乗らなければならないのだが……。


 そう、宮廷の礼儀作法では――


 身分が高い者が先に名乗ってはいけない。

 身分の序列がハッキリしない場合は、男性が先に名乗らなければならない。

biha22

で……。あなたは誰さんなんですか?

 いよいよ、痺れを切らしたらしい。ペケジは自分から喋り出した。

biha22

あらあら、ふふふ。

まずは、殿方から先にお名前を頂戴したいものですわ?

(イラッ!)

 その時だ。

 ペケジの腹部に激痛が走った。

biha22

(くっ……胃潰瘍が……)
 急いで胃薬を飲むペケジ。

 イラッとすると、胃酸が多く分泌されてしまい、痛むのである。


 胃潰瘍は常に激烈なストレスに曝されるサラリーマンの多くが抱える持病であり、むしろ胃潰瘍にならなければ、努力が足りないと見なされ、社会人として認められない。

 初めて胃潰瘍になると、赤飯を炊いて家族で祝うのが習慣である。


 そして、わざと他人の見ている前で胃薬を、これでもかと飲み、病気を押してがんばっている『ヤルキ・アピール』をするのが企業戦士の誉れとされている。


 もし、胃潰瘍になってもいない半人前が、『ヤルキ・アピール』をすると、企業戦士へのスゴイ・シツレイな侮辱とされ、その場でキリステ・ゴーメンされても文句は言えない。

 ジャポネでは、胃潰瘍に憧れる子供が、この『ヤルキ・アピール』を真似をすることが社会問題となっている

biha22

ドーモ。キュータロリーヌ・ハットリニア・ドラエモニカ・キテレチーナ・パーマニシア・ポコニャリリス・モジャコリン・エスパーマミリアン三世=サン。


ペケジ・リーマンです。

 ペケジは深々とオジギをして名乗った。

biha22

初めまして、ごきげんよう。

キュータロリーヌ・ハットリニア・ドラエモニカ・キテレチーナ・パーマニシア・ポコニャリリス・モジャコリン・エスパーマミリアン三世ですわ。

以後、お見知りおきを。

では、席に座ってください。

 そこでペケジの目が鋭く光った。

 エリートなサラリーマンの彼は、面接を受けに来た者の座り方すらも見逃さず、合格の可否を決める材料にするベテランの面接官でもあるのだ。


 椅子を引くときに、畳を傷付けないように気を使えるかや、座る姿勢、スカートの直し方まで全てが採点対象である。

biha22

――。

が、キューデレラは突っ立ったまま、座ろうとしない。


 そう、宮廷の礼儀作法においては――


 椅子を引いて貰えるまで、座ってはいけない!

 男性から席を勧められたときには、必ず、座る場所を手で払ってもらい、なおかつハンカチを敷いてもわらなければいけない。

 それを待たずに、さっさと座るのは、男性の面目を潰す行為であり、淑女として失格なのである。

biha22

あの、椅子を引いてくださって?
       面接官に向かって、こうのたまったわけである。

biha22

(イラッ!)
 と、しながらも、ペケジはニホン人である。

 我慢して仕方なく椅子を引いてやった。

biha22

座るところを、手で払ってもらえて?

(イライラッ!!)

   根っからの真面目な性格なのだろう、ちゃんと手で払ってやった。

biha22

ハンカチーフを敷いてくださらない?

(イライライラッ!!!)

 ペケジはハンカチを敷いた。

 奥さんの刺繍と思われる、『P・R』というイニシャルが入ってるのが微笑ましい。


 ようやくキューデレラは座った。

 ただし、正座ではなく、足を崩した座り方である。

 そして、また、のたまった。

biha22

それでは、わたくしの面接を始めていただいて結構です。

質問を許可しますので、なんなりと訊いてください。

    いったいどこの何様だが、ただのやんごとなきリアルお姫様、である。

biha22

わ、我が社を志望した動機は、なんですか?

 一見、平然としてすら見えるペケジだが、内心は察してあまりあるというもの。

 私情を捨て、仕事に徹し、あらゆる理不尽を腹に据えさせる。

 これこそが、シャチクの真骨頂なのである。

biha22

お金。

              シンプル極まった。

biha22

――ふんっ。

 ペケジはそれを鼻で笑う。

 これはわざとだ。面接生が何を答えようが関係なく、ネガティブな反応をしてみせ、相手のリアクションを覗うのだ。


 ジャポネにおいては『アッパク・メン・セツ』と呼ばれる面接法である。

 受け答えの内容はシュー・カツ特訓によって訓練できるが、ストレスを受けた状態でのリアクションを適切に行えるまで鍛錬できているものは多くない。

 一流のシャチクになるためには、ストレスに強くなくてはならないため、このような選別法を行うのだ。


 だが、リアルお姫様にアッパク・メン・セツをすると、どうなるかと言うと――

biha22

あら、何かおかしいことを言ったかしら?
 まるで動じていなかった。

 それもそのはずで、舞踏会などの社交会の会話では、無礼講での嫌味や皮肉の応酬が当たり前の知的スポーツとして嗜まれ、何を言われても、すまし顔で受け流し、動揺したら負け、特に王族は身分が低い側に対して腹を立ててはいけない。

 そういうスルー検定試験が日常的に行われる世界で育ったのである。


 だから、ルザリカと髪を引っ張り合って喧嘩するようなキューデレラだが、このようなフォーマルな場では、恐ろしいほど冷静で居られるらしかった。

biha22

金など、どこで働いたところで稼げる。

なぜ、我が社なのかを訊いているのだ。

あなたは、その質問の意味すらわからない程度の理解力なのだろうか?

              などと煽られても――

biha22

あらあら、面白い冗談ですこと。

ダンジョン屋などという、社会悪の代表格のような企業に、社員として荷担するのに、お金が欲しい、以外のどんな動機がありえるというのかしら?


わたくしは、御社に金以外の魅力を一切、感じておりません事よ。

              と、余裕で返す。

biha22

ふむ。よろしい。

では、そろそろ、合否を告げよう。

当然、採用ですわよね?
ふざけるな。

貴様のような、礼儀のなっとらん不躾者など、門前払いだ――

な、なんですって……!
           そこで、ペケジは不敵に笑んだ。

biha22

――と、本来なら言うところだが。

 採用だ。 理由はたった一つ――。


貴様は志望理由に、『金』以外を、一言も挙げなかった。

面接生の、ほぼ全員が、『やりがい』や『楽しみ』や『夢』などという、くだらん御託をぬかすわけだが、そんな奴らは、必ず社を裏切る。


なぜなら、ダンジョン屋に、『やりがい』も『楽しみ』も『夢』も一欠片も存在しないからだ。

一見そう見える物も、あるかも知れないが、すべて幻だ。まがい物だ。贋作だ。


だが、金はある。確かに、ある。世界一、ある。

ゆえに、金を第一に考える者は、絶対に裏切らない。


         貴様は合格だ。


 ようこそ、ダンジョン屋へ。

 ようそこ、守銭奴の巣窟へ。

 ようこそ、社会悪の根源へ。


 喜べ。今日からそこが、貴様の世界。

 金のために生き、金のために死ね。


    そう言ってから、彼は立ち上がり、一言だけ、続けた。

biha22

このあと、すぐにシンジン・ケンシューを行う。

先に、遺書を書き、提出しておきたまえ。

        シンジン・ケンシュー


 それは、一般人を精神的にシャチク化するための、ジャポネの儀式だ。

 普通、シャチクとは、陰陽術によって体の自由を奪われた労働者の事を言うが、ジャポネでは、陰陽術に頼らず、精神的にシャチク化するノウハウがある。

 さすがシャチク発祥の地、シャチク先進国である。


 本場ジャポネのシンジン・ケンシューは、極めて過酷であり、しばしば命を落とす者のいるため、全員が先に遺書を書かされる。

 シンジン・ケンシューで死ぬような者は、そもそもシャチクになるに値しない未熟者であるとされ、社の責任は問われないのだ。

 

 ダンジョン屋も一部の部門で、このジャポネ式のノウハウを取り入れている。

 ケンシュー係はもちろん、この人。

biha22

     ペケジ・リーマン=サンである。

biha22

 コンパニオン志望者たちは、王城の近くのダンジョン屋所有のグラウンドに連れて行かれ、整列させられた。

 そこに、訓練教官ペケジが現れ、整列した新人たちの前を、ゆっくり歩きながら、一人ひとりを品定めするように、睨み付けていく。


 そして――

biha22

最初に言っておく。

たった今から、貴様らに人権はなくなった。

頭のてっぺんから、つま先まで、全て社の所有物である。
わかったら、『ダンジョン屋万歳!』と答えろ。

 しかし、そこでだった。

 コンパニオン志望の一人が、鼻で笑ったのだ。

biha22

はぁ? 

何よそれ、給料良いって聞いたから来たけど、バッカみたい。

こんなブラック企業なんて、願い下げよ。

私は帰るから。

…………。

 ペケジは無言で、ポケットから何かのスイッチらしき物を取り出した。

 それを全員に見えるように、掲げてみせ、ボタンを押した。


 すると――

 帰る、と言った若い女性の足下に突然、落とし穴が出現。

 彼女は何が起こったのか、理解する間もなく、落下。

biha22

キャアァアアアァァァー………………!

 とてつもなく深い穴らしく、底に激突した音などは聞こえてこなかった。

biha22

ブラック企業?

諸君は、そんな甘っちょろいものに入社したと勘違いしているのかね?


いいか、我々ダンジョン屋は――


   漆黒企業だ。

          それは

       黄昏よりも、昏きもの

       新月の闇より、黒きもの

社会の表裏に君臨す、偉大なるゴルドスキーの名において

     我ら『金こそ全て』の理念に誓わん。


  我らが前に立ちふさがりし、全ての道徳なるものへ

      我らとゴルドスキーの力もて

      等しく滅びを与えんことを!



これが社訓『モラル・スレイブ』である。

そこで、もう一度、諸君らに告げる。

以上の社訓が、理解できたら、『ダンジョン屋万歳!』と答えろ

 戦慄、恐怖、そんな言葉では到底足りない。

 機械的な非情さ、としか言いようのない研ぎ澄まされた利潤追求の意思。

 そこには、あらゆる感情が入り混む余地がなく、一見、悪意に見えても、悪意すら存在していない。

 極単純な、効率の追求、それのみしか、ここには、ないのだ。


 人は、そんなモノに直面すると、どうやら、震えるものらしい。

 研修生たちは、全員が、ガクガク震えていた。

biha22

どうした。

『ダンジョン屋万歳!』だ。言ってみろ!

だ、ダンジョン屋、万歳……。
ダンジョン屋、万歳!
ダンジョン屋万歳。
ダンジョン屋……万歳。
声が小さい!

王城の社長室に居る、ゴルドスキー社長へ聞こえるように言ってみろ!

ダンジョン屋万歳!
ダンジョン屋万歳!
ダンジョン屋万歳!
ダンジョン屋万歳!

よろしい。

これよりケンシューが終わるまで、貴様らは『ダンジョン屋万歳』以外の言葉を喋ることを許さん。

私の言うことには全て『ダンジョン屋万歳』で答えろ。

わかったか? 

            すると、全員が声を揃えて――

biha22

  ダンジョン屋万歳!

biha22

けっこうだ。


これから始まるシンジン・ケンシューは、過酷なものとなる。

貴様らは、私を憎むだろう。だが、憎めば憎むだけ、多くを学ぶ。

私は一切の容赦をするつもりはないが、公平だ。種族差別は許さん。


パンピー、エルフ、ハーフエルフ、オーガ、ホビット、ノーム、ハーフリンク、ケンタウロス、ハーピー ――全て平等に価値がない!


私の使命は、役立たずどもを選別し、排除することだ。

愛するダンジョン屋に入り混もうとする寄生虫をだ!

わかったか、メス豚ども?

  ダンジョン屋万歳!

biha22

貴様ら、メス豚どもが、ケンシューに生き残れた暁には――

各人が、最終鬼畜な搾取兵器となる。

お客様に内蔵と魂を売らせ、高額生命保険に加入させまくる、死の暗黒天使だ。


貴様らにたずねる。

人間を、ただの金の詰まった肉袋として扱う、救いようのない人生を手に入れたいか?

   ダンジョン屋万歳!

biha22

ろくでもなしの守銭奴どもめ。

完全無欠の人でなしどもめ。

いいぞ、諸君らは素晴らしく美しい。

自らを称え、金をあがめ、社を愛せよ。それぞれへ万歳三唱――

   ダンジョン屋万歳!

   ダンジョン屋万歳!

   ダンジョン屋万歳!

biha22

十全だ。

これより、シンジン・ケンシューを開始する。

 その研修内容は――


           丸太を担いで、走る。


 という、それコンパニオンと何の関係があるんだよ、と思わずつっこみたくなる内容なのだが、シンジン・ケンシューの極意はまさにそこにある。

 社の命令には、どんなに理不尽であろうと、絶対服従。それを叩き込む事だけが目的であり、ぶっちゃけ、理不尽な事であれば、やる内容はなんでもいいのだ。


 しかも、走りながら歌わされるのだが、この歌がまた酷い。

 軍隊の新兵訓練でランニングするときなどに歌われるメロディーに、ダンジョン屋独自の歌詞を乗っけたものだ。

biha22

日の出の前に起き出して~♪

「働け」言われて20時間労働♪

     と、ペケジが研修生たちと並んで走りながらリードして歌うと。

biha22

日の出の前に起き出して~♪

「働け」言われて20時間労働♪

 と、研修生たちがあとに続く。

 丸太を担いで走るだけでもキツイのに、歌うとなるとさらにキツイ。

 キューデレラは半泣きで、どうにかこうにか付いて行っている。

biha22

稼げなーい奴は、ろっくでなし~♪
穀潰し、粗大ゴミ、寄生虫♪

稼げなーい奴は、ろっくでなし~♪
穀潰し、粗大ゴミ、寄生虫♪

ムッソ・ゴルドスキーが大好きな~♪
私が誰だか教えてよ♪

ムッソ・ゴルドスキーが大好きな~♪
私が誰だか教えてよ♪

ダンジョン屋のシャチク!!

ダンジョン屋のシャチク!!

アイラブ・ダンジョン屋!!
アイラブ・ダンジョン屋!!

よーし、その調子だ。

2番歌うぞ、オー!


休日なーんか、もういーらなーい♪

休日なーんか、もういーらなーい♪

私の恋人、会社だもん♪
私の恋人、会社だもん♪
もーしー、過労死で、倒れっても~♪
もーしー、過労死で、倒れっても~♪

労災訴訟はいったしません♪

労災訴訟はいったしません♪

だーけど、会社名義の生保には~♪

必ず入っておきましょう~♪

だーけど、会社名義の生保には~♪

必ず入っておきましょう~♪

私が死ねば、会社が儲かる!!
私が死ねば、会社が儲かる!!
みんなが死ねば、会社が儲かる!!
みんなが死ねば、会社が儲かる!!

 と、まあ、シンジン・ケンシューは終始こんな感じである。


 これを2週間ほど続けるのが本場ジャポネのやり方らしいが、子供の頃からシャチクになるための訓練を積み重ねたジャポネ人だけが耐えられるわけで。

 その他の国の人間にやらせると、研修生の頭がおかしくなって、便所で教官を撃ち殺す事件が発生した事例があるので、キューデレラたちは数時間ほどで解放された。

 それでも十分すぎるほど利くのだ。



 そして、シンジン・ケンシューの修了式である。


 研修生たちが、公園に整列し、胸を張って立っている。

 全員が何かに取り憑かれたような狂気じみた目をしている。

 その前で、ペケジは声高らかに語り出した。

biha22

本時刻をもって貴様らは、ただの新人社員を卒業する。
今から貴様らはシャチクである。

愛社精神によって結ばれた絆によって、貴様らの過労死するその日まで、どこにいようと会社は貴様らを、シャチク、として愛でてくれることだろう。

皆、ダンジョンの現場へ向かう。ある者は過労死して二度と戻らない。
だが肝に銘じておけ。
シャチクは死ぬ。死ぬためにシャチクは存在する。

だがダンジョン屋は永遠である。
つまり―――その養分と成れる貴様らも永遠である!


そこで、あえて訊ねよう。

諸君、仕事は好きか?

仕事!(ワーク!)
仕事!(ワーク!)
仕事!(ワーク!)
仕事!(ワーク!)
          キューデレラも良い感じに洗脳されていた。

          やばいほどノリノリである。

biha22

私も仕事が好きだ。

 諸君、私も仕事が大好きだ。


三日三晩寝ずに働いた翌朝の、モーニングコーヒーの味が好きだ。

さらにその日、夜0時まで残業している時、社内に残った少数の者同士の奇妙な連帯感が好きだ。

その仲間たちと、早朝4時まで飲みにケーションしたあとで、7時半の会議に出席するときなど、心が躍る。


そして気づくと、1年間の休日数が、正月の2日間だけだった時には、胸がすくような心地だった。

そんな気分の良い正月早々、取引先でミスをやらかし、てんぱった新人シャチクが、相手の本社前で、何度も何度も土下座を慣行したときなど、自らの若かりし頃を思い出して、絶頂すら覚えた!


そして――

苦労して練り上げたプロジェクトが、無能な上司の横やりで、台無しにされるのが好きだ。必死に守るはずだったプロジェクト経常収支が、赤字に転落し、それを自分のせいにされるのは、とてもとても悲しいことだ。


ならばとテコ入れの企画書を提出してみれば、「なんか違う」という曖昧な理由だけで、3行すら読まれずシュレッダー行きになるのが好きだ。そんなアホな上司が、「君ぃ、いい加減、仕事覚えようよ~?」などと、のたまった時には殺意が、ああ、殺意が湧いた!



諸君、私は地獄のような仕事を望んでいる。

諸君、私に付き従うシャチク諸君。

君たちはいったい、何を望んでいる?


救いようのない、糞のような仕事を望むか?

愛社精神の限りを尽くさせ、三千世界のシャチクをデスマーチさせる、鉄風雷火のごとき仕事を望むか?

労働!(ワーク!)
労働!(ワーク!)
労働!(ワーク!)
労働!(ワーク!)
 よろしい。ならば、労働だ。


     しかし、我らがダンジョン屋の精鋭シャチク。

          ただの労働では足りない。


 デスマーチを、一心不乱の大デスマーチを!

 こうして、どうしようもないシャチクたちが野に放たれるわけである。

 

 そのあと、キューデレラは『キャラ作り』のために、衣装などが大量に置いてある部屋へ連れて行かれた。コンパニオンとしての台本を渡されたのだった。


 台本のタイトルはずばり――

biha22

   『亡国の姫、キューデレラ役シナリオ』

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                 だった。

biha22

衣装はこれだ。
 渡されたのは、ついこの間までキューデレラが宮殿で着ていた自分の服だ。

 城から略奪してきたのだろう。

 もしキューデレラが正気であれば、怒りに身を震わせるくらいはするだろうが。

biha22

ゴルドスキー様から、いただいた社の備品、丁重に扱わさせていただくであります!

一つだけ質問をよろしいでしょうか!

手短にな。
わたくしめが、この役を当てられた経営判断は、いかなる物なのでしょうか?
単純に貴様がキューデレラ姫に似ているからだ。

奴がろくでなしの姫だったとしても、ファンの少なからずが居たと聞くし、客も付くと見込んでいる。鋭意努力したまえ。

 まさか、『自分の役』をやらされることになろうとは。

 人生は何が起こるかわかったもんじゃない。

biha22

ご期待に沿えるよう、努力します!
 そして、スタイリストによって着替えとメイクを終え、更衣室を出た彼女は、ギャルダンジョンと化してしまった、かつての我が家、王城を見上げ、ふと立ち止まった。


 彼女の目は洗脳の狂気に支配されたそれだったが、変わり果てた城を見詰めていると、心の奥底で燃え上がる何かがあった。怒り、悔しさ、使命感。そういったものが、彼女の手を振るわせていた。

 いつしか、キューデレラの目から、狂気が消え失せていき、だんだんと正気の色を取り戻していっていて――

biha22

今に見てなさいよ、ダンジョン屋。

必ずこの国を……わたくしの手に取り戻してやる。

        気づけば、そんな事を呟いていたのだが――

biha22

なにやってんだ。新入り。ちゃんと付いてこい!

           と、声を掛けられれば。

biha22

し、失礼したであります。センパイ!

 すぐに洗脳シャチクモードに戻ってしまった。


 キャッスルダンジョンの入り口前へと到着すると、大勢の男性客が詰めかけて、ごった返していた。彼らの視線は、ずらりと並んだコンパニオンの美女たちに釘付けで、炎天下の中、ダンジョンに入場するための順番待ちをしている。


 ダンジョン前で待機しているだけでいいコンパニオンは、人気のある者だけで、新人は自分から積極的に営業へ行かなければならない。

 

 キューデレラが。いざ、出発しようとしたとき、モヒカン社員が呼び止めてきた。

biha22

おい、新人。まずは先輩方のやり方を良く見ておくといいぜ。

特にアリスさんは凄腕だからな。

アリス、とは、どの方でありましょうか!?

おい、客の前なんだ。その顔はやめろ。

ちゃんと『お姫様キャラ』の顔を作っておけ。

こ、こうでありますか!

言葉使いもな。

わかりましたわ。これでよろしくて?

それでいい。で、アリスさんってのはな。

ほら、あの子だ。

ちょうど、今、指名されたところだぜぇ。

             モヒカンが指さしたのは――

biha22

 こんな女の子で――

 学生風のお客さんに指名されたところだった。

biha22

わーい!

アリスを選んでくれて、ありがとう。

お兄ちゃん、大好き~♪

 とってもあざとく、お客の学生さんの男性へと抱きついた彼女こそが。

     アリス・ゴーホウローリ(29)

 来年で三十路を向かえる彼女だが、短身童顔のホビット族であり、見た目がとっても幼く、人間で言えば、せいぜい12歳前後にしか見えないのだ。

 12歳にこの手の仕事をやらせるのは違法だが、29歳だから合法なのである――が、実年齢はトップシークレットなのは言うまでもない。

biha22

アリスね。アリスね。

お城の中にいる、こわーい魔物を退治しなくちゃいけないって、さっき話したよね?

お兄ちゃん、アイテムショップで装備を整えてから行こうね?

うん。

今月のお小遣いもらったばっかりだから、軍資金はたっぷりだよ!

お兄ちゃん、がんばっちゃうからね!

 可愛そうな学生さんは、アリスちゃん(29)を目の前に、力こぶなんかを作っちゃってる。

 なけなしの小遣いが一瞬で溶けることを、彼はまだ知らないのだ。


biha22

ふ、まったくロリコンなんてチョロいものね……。
       なんかすごく黒いことを、ボソッと言った。

biha22

え、何か言った、アリスちゃん?

ううん、なんでもなーい。

それより、アリスね、お願いがあるの~。

なんだい。お兄ちゃんになんでも言ってごらん?
あれ見て、お兄ちゃん。
 アリスちゃん(29)が可愛らしい仕草で指をさしたのは、ガチャガチャ、だった。

 やっぱりガチャガチャだった。

 例によってガチャガチャだった。

 あくまでガチャガチャだった。

biha22

あの中にね。アリスのお洋服の引換券が入ってるんだって~。

新しいお洋服ほしいなあ……。

へ、へえ。どんな服が貰えるんだろう?
スク水!
――ごくり
アリス、スク水を着てお兄ちゃんと一緒にダンジョン行きたいな~♪

よ、よーし、お兄ちゃんに任せておけ。

スク水、ゲットしてあげるからねえ!

      そうして、学生さんは必死にガチャを回しまくり始めた。

biha22

あー……マジだる……。

29にもなって、スク水着る商売する事になると思わんかったわ。

田舎の家族とかには絶対、見せらんないなあ。

だいたいさあ、自分の歳の半分くらいのガキに、『お兄ちゃん♪』とかギャグかっつーの。


つーか、普通、幼女が『スク水着てダンジョン行きたい』とか言うか?

それでガチャ回す奴らがいるから、ほんと信じらんないわあ……。

キモッ! 超キモッ!


でーも、私もそろそろ、このロリキャラ演じるのもキツくなってきたし、潮時かな。

高い声が最近出にくくなっちゃったんだよねえ。

それでも。早く借金返さないとだし、稼げるうちに、稼いでおかないとなあ……。

 彼女なりに、かなりこの仕事に思うところがあるらしく、わりと言ってはいけない系の台詞が、独り言になってダダ漏れしてらっしゃる。

 しかも、『可愛らしく作った声』ではなく、29歳相応の地声でだ。

biha22

え、アリスちゃん、何か言った?
ううん、アリス、お兄ちゃんのガチャ回しを応援してただけだよ?

がんばれ、がんばれ、お兄ーちゃん♪

がんばれ、がんばれ、お兄ーちゃんのお財布♪

 と、29歳の声帯には無理のあるロリ声で歌ったせいか――

biha22

――ゲフッ、ゲフッ……!

         むせてしまったアリスちゃん(29)

biha22

でもさっき、『キモッ』とか聞こえた気が……。
アリスがお兄ちゃんにそんな事いうはず無いもん!

意地悪言うお兄ちゃんなんか、嫌い……! アリス帰る!

ご、ごめん。そうだよね。

アリスちゃんが、『キモッ』なんて言うはずないもんね。

僕が間違ってた、ごめんね?

本当に、アリスの事、信じてくれてる……?
あ、当たり前じゃないかあ!
ふわあ、お兄ちゃん、大好きっ♪



で――ガチャの結果はどうだったの?

そ、それが……ごめん。お金がなくなっちゃって……。

はずれのポケットティッシュばっかりだよ~。

ちっ!

これだから、学生の軽課金者はゴミだっつーのよ。

えっ、今、なにか酷い事言わなかった?

ぇー、アリス、ちっちゃいから、よくわかんなーい。

そんな事より、お兄ちゃん、負んぶして、負んぶー

biha22

あははー、しょうがないなあ、アリスちゃんはー。

よーし、お兄ちゃん、負んぶしちゃうぞー!

こうして、お兄ちゃんは、とっても幸せそうにアリスちゃん(29)を背負いながら、ダンジョンへと突入していったのだった。

 まさか、この後、彼の背中にいる小さな悪魔によって、『むじょうくん』で契約させられ、内蔵と魂を取られ、生命保険を掛けられまくるかも知れない、なんてことは、想像だにしていないだろう。


biha22

どうだ、新入り。すげえだろアリスさんは?

はいっ! アリス先輩、尊敬するであります!

アリスさんは今日だけで3人、『むじょうくん』で契約させてんぜ。

コンパニオンの間じゃ、『100人に肝臓と魂を売らせて、半人前。200人を生保かけて死なせてからが一人前』なんていう格言もあるが、おめえさんも、がんばれよな!

         いざ、『ソトマワリ・エイギョー』へ。


 瞳を燃え上がらせ、城下町のメインストリートへと繰り出したキューデレラ。

 それを目にした市民たちは、一様に驚きの目を向ける。

 何しろ、王族としての正装をした彼女は『指名手配中のキューデレラ姫』そのものの姿である。

biha22

な、なんだありゃ……!?
えっ、キューデレラ姫……?

な……わけないわよね。

   そんな空気の中で、キューデレラは台本どおりの台詞を語り出す。

biha22

どなたか! どなたか、わたくしに力をお貸しください!

大悪人、ムッソ・ゴルドスキーによって、お城が乗っ取られてしまいました。

わたくしと共に、城内へ突入し、かの悪人を退治してくださる武人はおられませんか?

何かと思ったら、ダンジョン屋のコンパニオンかよ……。

それにしたって、売国姫のキューデレラ役なんて、趣味が悪すぎよね。

あんなの誰が指名するのかしら?

 評判は極めて最悪の模様。

 そりゃそうだ。

 国民にとって、冗談や洒落にならない大悪人――

 それがキューデレラなのだから。

biha22

ムッソ・ゴルドスキーを倒し、わたくしの手に、この国を取り戻す手伝いをしてくださる勇者はおられませんか!?

 ましてや台本が、笑えなすぎて、やばすぎる。

 国民感情を、大根おろしで逆なでするがごとくなわけで――


 メインストリートの中で、悪い意味で、注目の的になってしまったキューデレラ。

 群衆に囲まれてしまった。

biha22

みんなー、あいつに石とか投げちゃわない?
  人垣の中からオジデレルの声が聞こえ、煉瓦の破片が投げつけられてきた。

biha22

や、やめて――

 が、そんな声は聞き届けられるわけがなく――

 1個、2個と、石が次々に投げつけられ、やがては無数が飛んできた。


 いくつかが体に当たり、キューデレラは後ずさる。

 営業など続けられるわけがない。メインストリートから逃げ出した。


 キャッスルダンジョンの営業事務所。楽屋へと、駆け込んで、ひとまずホッと胸を撫で下ろす。

 しかし、そこに、ペケジがやって来た。

biha22

何をしている?

お客様はどうした? 

連れてきていないのか?

ソトマワリ・エイギョーは、『客を取れるまで帰還禁止』が鉄則だったはずだが?

も、申し訳ありません!

その……無理でした!

ほう、無理、だと?


この機会に教えておこう。

『無理』というのは嘘つきの言葉だ。

いえ、しかし、石を投げられたため、物理的に不可能でした。
違うな。

石を投げられ、お前が営業を止めたから、『無理』になっただけだ。

石を投げられても、お前が営業を止めなければ、『無理』にはならない。途中でやめてしまうから、『無理』になる。わかるか?

でも、石を投げ続けられたら、死んでしまうのでは?

その通りだ。

だが、逆に言えば、死ぬまでは、『無理』ではない。

つまり、お前はまだ、『無理』ではない。

だから、死んでもないシャチクが言う『無理』とは嘘であり――

『無理』と言って良いのは、死んだシャチクだけだ。

ハッ。心得たであります!

だが、安心しろ。

お前は一人で戦うわけでも、孤独に死ぬわけでもない。

仕事上で死んだシャチクは、ジャポネでは『ヤ・スクニ・テンプル』に労働神として祭られる。いずれは私も、そこへ逝く運命だ。

社と社員は一心同体、一億総火の玉家族、ほしがりません勝つまでは。

共に社のために尽くし、見事に散ろうではないか。

ハッ。

その際は『ヤ・スクニ・テンプル』で先にお待ちしているであります!

そのいきだ。

ところで、なぜ、石など、投げられたのか?

市民はどうやら、キューデレラ姫を蛇蝎の如く嫌っている模様です。

ふむ、少々、マーケティングの読みが甘かったか。

国を本当に売った大馬鹿だ。それくらい怨まれて当然だった。

と、いうことだな?

ハッ。キューデレラ姫は国を売った大馬鹿であります!

国民から石を投げられても、文句は言えません!

しかし、私に言わせれば、本当に大馬鹿なのは、姫ではなく、その親――国王だ。姫はむしろ、その教育の失敗によって生み出された被害者でしかない。


魔術文明で国土を荒廃させたあげくに、後継者の教育に失敗し、国体を崩壊せしめた重罪人、それがパパデレル国王なのだろう。

 ペケジの言葉を聞いているうちに、キューデレラの心の奥底で何かが爆発した。

 何が爆発したのか、火種はわかりきっている。

 自分のせいで、貶められ、命を落とした父を―― 

   パパりゅんを侮辱されたことだ。

 

 その爆発は、洗脳された意識を一瞬で吹き飛ばして、彼女を正気に戻し――

biha22

よくも、お父様を!

おのれぇええええ!!

振り上げる掌。

 そして、思いっきり、ペケジの頬をビンタした。


          バッシーン!! とだ。

biha22

ふ……。素晴らしい演技だ。

まるで本物のキューデレラだな。

その調子でがんばってくれたまえ。

         盛大に都合良く勘違いしてくれたみたいだ。

biha22

一応言っておくが、1日で1人も客を取れなかったコンパニオンは――

首をかき斬る動作をしてみせ、彼は楽屋を出て行った。


 単なるクビという意味だと良いが、ブラック企業を超越した漆黒企業であるダンジョン屋の場合、何があるかわかったもんじゃない。

biha22

わたくしはいったい、今まで何を……。

洗脳されていた間の記憶はちゃんとある。

ちゃんとあるが、吐き気すら感じるおぞましさで、目眩がしそうだった。

biha22

自分の役を……、よりにもよってダンジョン屋のコンパニオンとして、やらなきゃいけないなんて……。

 でも、今さら退社など言いだしたら、それこそどうなるかわかったもんじゃない。

biha22

道が一つしかないのなら……。

              突き進むしかなかった。

biha22

 メインストリートへと舞い戻ったキューデレラ。

 洗脳されていた時は、なんとも感じなかったさっきの台本だが、正気に戻ってみると、とてもじゃないが、あれを人前で叫ぶ気にはなれない。


 だが、やるしかなくて――

biha22

どなたか! どなたか。力をお貸しください!

大悪人、ムッソ・ゴルドスキーによって、お城が乗っ取られてしまいました――

         案の定、すぐにまた市民に取り囲まれ――

biha22

みんなー石を――

 と、オジデレルがけしかけるまでもなく、石が投げつけられ始めていた。


 キューデレラは改めて思い知る。

 どれだけ自分が国民から憎まれているかを。

 

 それが、どうしようもなく、悔しくて、悲しくて、彼女の両目から、自然に涙があふれ出していた。

biha22

ムッソ・ゴルドスキーを倒し、わたくしの手に、この国を取り戻す手伝いをしてくださる勇者はおられませんか……!

 だから、これは――

 もはや演技でも、なんでもなかった。

 置かれた立場も、この台詞も、感情も、涙も、全て、本物でしかなかった。


 しかし、容赦なく石は投げつけられ続け―― 

biha22

みんな、止めるんだ!

biha22

 突然、メインストリートに凛々しい少女の絶叫が響き渡った。


 群衆は声の主を探し、辺りを見回す。

 すると、建物の屋根の上に、そいつは居た。

biha22

  ルザミカ・バッカミールである!


    ごめん、名前まちがえた!

biha22

  ルザリカ・バッカミールである!


 なんでまた尻から登場なんだ、と言うと、ルザリカは屋根の上で、四つん這いになっているから、パンツ丸見えなのである。

 じゃあ、なんで屋根の上なんかから登場するんだと言えば、理由はこうだ。


____________________________________


 ついさっき。

 ルザリカはメインストリートでピンチになっている、〝友だち〟を見つけ、勇者らしく格好良く助けてあげようと思い――

biha22

よし、屋根の上からジャンプで群衆の囲みの中に飛び降りて助けよう!
          そうして、屋根に登ったはいいが――

biha22

ひぃい、思ったより高くて怖いよぅ……!!
        と、なって屋根の上で四つん這いになってしまい。

biha22

ま、負けるな、ルザリカ!

あたしは勇者なんだから。

怖くても、キューちゃんを助けてあげなきゃ!

     というわけで、ガタガタ震えながら、四つん這いのまま――

biha22

みんな、やめるんだ!
 と、なってしまったわけだ。

 これこそが世界初、必ず尻から登場する主人公。


  リザルカ・バッカミールである!

biha22

ルザリカ!?

今……そっち行くからね……!

で、でも、こっから飛び降りるの、怖いよう……。

 とりあえず、もう、尻ルザリカ登場のインパクトのせいで、石が投げられるのは止んでるので、別に飛び降りる必要もなさそうではあるが、勇者ルザリカさん的には、飛び降りなきゃ気が済まないらしい。

biha22

とうっ!

 と、もろに目を閉じてジャンプ。

 そして、キューデレラの目の前に降ってきて、こう若干、べしゃっ! という感じで着地、というか、墜落。

 見事に前のめりに倒れる感じになり、尻だけを天に突き出すようなポーズになってしまって、やはり。

biha22

 こんな感じになってしまうのは、バカリカ・バッカミールだから仕方ない。


 すんごーく、格好悪い登場となってしまった。

biha22

よし、みんな、あたしの格好良さに見ほれて、固まってる。

今のうちだ。逃げよう!

  みんな、ルザリカの間抜けさに呆れて固まっているのは内緒にしてあげよう。

biha22

え、ええ。

     群衆の囲みから抜け出し、メインストリートを走り出した二人。


biha22

このままキャッスルダンジョンに突入しよう!

はぁ?

ムッソを倒すんでしょ?

あたしも、あいつには散々な目に会わされたんだ。

協力するよ、友だちだもんね♪

 とりあえず、このお間抜けさん娘は、悪い奴じゃないらしい。

 むしろ、わりかし良い奴ではあるようだ。

 しかし、問題は、盛大な勘違いをしているということで。

biha22

え、ええと、あれはその。

あの台詞は、コンパニオンのシナリオの台詞であって。

コンパニオンってなに?

コンソメスープの親戚?

何味?

    どうやら、ライトダンジョンという物自体を知らないらしい。

biha22

ライトダンジョンって知らないの?
ライト……ダンジョン?

あ、わかった。簡単なダンジョンって意味でしょ?

あはは、あたし、頭良い~ぃ!

大丈夫、大丈夫、勇者ルザリカに任せて、大船に乗ったつもりで――

 とか、相変わらずドロ船感満点の台詞を吐くわけで。


 しかし、なんにせよこれで、客は一人呼び込めることになる。

 クビは繋がることだろう。

biha22

(この馬鹿にライトダンジョンを説明する事自体が、無理な気がしてきたわ……。もう、適当に話し合わせて、お客にしちゃえばいいか)
ま、まあ、なんにせよ。あんたが来てくれて助かったわ。

ええ、このまま突入しましょう!

え、入場料と指名料ってなに?

なんで、ダンジョンに入るのにそんなのいるの?

そ、そういうシステムなのよ。ほら、さっさと払ってきなさいって。
あたしが手伝う側なんだから、キューちゃん払ってきてよ。
わたくしが払ったら意味ないでしょうが!
だから、なんで助けてあげる側が払わなきゃいけないの?

これは、お客さんに『女の子を助けてあげさせるサービス』を提供する商売なのよ! いい? わたくしがあなたに、助けてあげさせるの! そういうサービスなの!

意味わかんない。

だって、キューちゃん、あたしがダンジョン行かないと困るんだよね?

そ、そうよ……?

だったら、やっぱキューちゃんがお金払うのが普通じゃない?

(あれ……? ルザリカのくせに正論な気がしてきた。

 いやいや、違う、そんなわけあるか、なんか違う!)

もう、めんどいから、先行くね!
      ピューンと走って、門の中に入って行きやがった。

biha22

あっ! こら、ちょっと待ちなさいよ、お馬鹿!
 慌てて追いかけようとするが、キューデレラは肩を掴まれてしまった。

 モヒカン社員にだ。

biha22

客が払わねえ分は、コンパニオン持ちだぜ。

ほれ、金だしな。

うあああああん!
おっそいよ、キューちゃん。
あんたの料金、こっちが払ってたのよぉ!

 キューデレラの耳に、突然、ペケジの声が聞こえてきた。

 肉声ではなく、まるで耳の中で直接、囁かれているような感じでだ。

biha22

聞こえているかね。

これは、衣装に織り込まれた陰陽符によって、従業員の耳にだけ音声を聞かせる術だ。新人コンパニオンを補助するためのな。

音声への返答は不要だが、指示には絶対に従え。

biha22

            ということらしい。

biha22

まずは、コンパニオン用の衣装ガチャを回させろ。

アリス君のように、ねだってみるんだ。

君のサイズにも合うスクール水着の在庫もある。

biha22

(スクール水着って……。

 で、でも、これも、わたくしが生き残るため!

 ひいては、国を取り戻すため!)

ね、ねえ……。ルザリカ。

ん? 

あ、わかった。ダンジョンに入って、急に怖くなったんでしょ~?

うん、わかるわかる、あたしも最初はそうだったから~。えっへん。

いえ、そうじゃなくて、ガチャとか回してみない?
ガチャ?
ほら、そこの壁沿いにいっぱい置いてあるじゃない。
わ、ほんとだ。なんでダンジョンに、こんなのあるの!?
回してみなさいよ。
ふうん、どんなのが出るんだろう?
わたくし用の衣装が出るらしいわ。
ふうん。
………。
よし、じゃあ、出発進行!
待ちなさいっ!
ん?
が、ガチャ……やらないの?
え、なんで、あたしがキューちゃんの衣装、買わなきゃいけないの?

…………。

で、ですよねえ……。

 終わった。

 何が終わったのかは、良く分からないが、何かが物凄い勢いで、静かに終わった、とキューデレラは思ってしまった。

biha22

諦めるな!

スク水が出ることを、ちゃんとアピールせんか!

ギャルダンジョンに来た女性客ということは、きっと同性愛者なのだろう。

貴様のスク水に興味が湧くかも知れん。

biha22

(いや、同性愛者どころか、ライトダンジョンのなんたるかすら知らない、お間抜けちゃんなだけなんだけど。指示には従わないとなのよね……。)

よーし、じゃ、出発進行ー!

まっ、待ってよ!

んー? 今度はなに?

その……わたくし用のスク水が出るらしいわ。

で?

………………。

ですよねえ~……。

何をやっている!

アリス君のように、可愛らしくおねだりせんか!

biha22

今度こそ、出発進行~!

ま、待って~、お姉~ちゃん♪

――!?
キューちゃんね、キューちゃんね。

ルザリカお姉ちゃんと~、スク水着て、ダンジョンに潜りたいな~♪

え、馬鹿なの?
…………………。
うがあああああぁあ!

こんなん、やってられるかぁああ!

あんたに、馬鹿言われると、なんか、なんかすんごい腹立つわ!

わたくし、だってねえ。わたくしだってねえ。

やりたくて、こんなんやってんじゃないわよう!


もういい。ガチャなんていいから、先進むわよ、先!

ふむ。マーケティングの読みが甘かったようだな。

しかし、諦めずに、次の部屋へ進みたまえ。作戦を変えよう。

もっとも、扉が開くかどうかが問題だがな。

biha22

 エントランスの突き当たりには、乙女ダンジョンでそうであったように、好感度判定の大扉がある。

 果たして、ノンケの女子二人でこれが開く物なのか……。

 キューデレラは不安になりながらも、手を付いてみた。

biha22

ほら、この扉に手、付けてみなさい。

あ、魔術仕掛けの扉だね。

こうすればいいの?

 ルザリカがキューデレラの隣に手を付くと、奇妙な歌が流れ出した。

 それはギャルダンジョン発祥の地であるジャポネで『デンパ・ソング』と呼ばれる類いの歌で、甲高い声の女性歌手が、意味不明の歌詞を、可愛らしく歌うというもので、聞いてるだけで頭が悪くなりそうな気がしてくる歌である。


 そして、そんなBGMに合わせて、扉の表面にはキラキラなエフェクト演出がほとばしり、二人が手を付いた部分に、それぞれゲージが表示された。

 そのゲージは、100点満点のゲージらしい。


 キューデレラが88点。 

 ルザリカが60点。


 乙女ダンジョンではこんなのなかったが。なんの点数なんだろう

biha22

えっ、なんで、あたしがキューちゃんなんかに負けてるの!?

というか、何の点数なのかしら。

ま、なんにせよ、わたくしがルザリカに負けるわけがないわね。

勇者ルザリカの方が、強いに決まってるのにぃー!

これはきっと知力を数値化したものだわ。

わたくしの方が、ルザリカより、遙かに聡明であるということね

説明しておこう。

その好感度判定扉は、最新式でな。

互いへの好感度を数値化できるようにしてある。

biha22

なっ――!

そんな事あるわけ!

   と、言いつつも、現実は無情。扉はバッチリ開いてしまったわけで。

biha22

まさか無課金で開いてしまうとは……。

biha22

あ、やった。開いた、開いた!

進もう、キューちゃん。

          と、ルザリアに手を引っ張られ――


biha22

あたしが必ず、ムッソをとっちめてやるからね。

     無邪気な笑顔で振り向いてそう言うルザリカ。

     キューデレラは気づいてしまう。

biha22

(ライトダンジョンでの遊びなんかではなく、本気で、わたくしのために、戦おうとしてくれている、ってことなのよね、これ……)

 そして、思い出す。

 メインストリートで群衆から石を投げられていたときに、

 ルザリカが身を挺して(自爆)して助けてくれたことを。


 ルザリカ・バッカミール。

 それは、とんでもない馬鹿で、どうしようもなく間抜けだけど。

 同時に、とんでもなく純粋で、どうしようもなく優しい奴なんじゃないか。

biha22

ね、ねえ、ルザリカ。
んー?
さっきは、その……街で助けてくれて……ありがとう。

礼を、言ってなかったから。

だって、友だちじゃん?

――!

え、ええ、そうね。

認めてあげるわ。ゆう――

『友人として』と言いたいのだが、どうにも面と向かって言うのは気恥ずかしくて、言葉に詰まってしまった。

biha22

え、何として認めてくれるの?

ゆう? ゆう、なに?

だ、だらか、ゆ、ゆ、ゆう――
勇者!?
ち、ちがっ――
わーい、やったー!

初めて他人から勇者って認められちゃった-!

人の話を聞きなさいってば!

えー……。

じゃー、なにぃ?

つまり、その、ルザリカを、ゆ、ゆっ、ゆぅ、ゆゆゆ、ゆ――
あ、今、急に思い出したんだけどね。

2年くらい前から、コイケさんの奥さんがさ。金魚飼うようなったんだけど、竜脈の異常のせいで、半分魔物化して、顔がおっさんみたいに育っちゃってね。毒舌で喋るようになったんだよね。村のみんなから可愛がられてたんだけど、元気かなぁ?

知るかぁああああー!

そんなUMA(ユーマ・未確認生物)の事なんぞ、今どうでもいいでしょうが!

で、なんの話しだったっけ?
もういい。もう、決めた。もう、絶対、言ってあげないわ!

あんたなんか、もう、UMA(ユーマ)で十分よ。

やーい、UMA、UMA~!

え、UMAって何?

もしかして、勇者の意識高い系の格好いい言い方?

やったー!

…………………。
のれんに腕押し。ぬかに釘。

ルザリカ・バッカミールに、総ツッコミ。

この世で、もっとも無駄とされる三大行為である。


キューデレラは、いろいろ諦めた。大人への階段を一歩のぼったのだ。

biha22

やれやれ……。

コンパニオンが本気で客に友情を感じてしまって、どうするのだね?

この先、辛くなるだけだぞ?

とりあえず。

次の試練で、必ずお客様に課金させるよう、がんばりたまえ。

biha22

 通路を進んでいくと、荒れた広間にでた。

 もともとの城には無かったはずの場所で、ダンジョンに改装される際に付け足された空間だろう。


 そこには――

biha22

こいつが居た。

乙女ダンジョンにも居たヤバゲな魔物だ。

biha22

き、気をつけて、ルザリカ!

 とは言う物の、これは台本の台詞だ。

 キューデレラも、あの魔物が〝本物に限りなく近い作り物〟であることは知っている。

 それを知らないのは――

biha22

ふ、あの程度の小物。なんともない。

勇者ルザリカ様が、成敗してくれるわ!

(すごい自信……。

 もしかして、ルザリカは本当に、勇者の血を引く者なの?)

 無数にある口の一つを、猛烈な勢いで突きだしてきた。

 それはいわば、体重が数十トンはありそうな猛獣の突撃であるが、信じられないくらい素早くて――


 ルザリカは剣を抜く間もなかった。彼女の頬のほんの数センチ横を、ナイフのような歯が並んだ魔物の大口が、掠って通り抜けた。

 凄まじい風圧がルザリカの顔を襲い、髪が激しくなびく。そして、背後にあった石材の柱に大口が激突。


 その様子を、振り向いて見てしまったルザリカの顔が青ざめた。

 頑丈そうだった石の柱が、粉々になり、粉じんが激しくまき散らされていたのだ。もし、直撃していたら、自分が〝ハンバーグの素〟になっていたのは疑いようもない。


 ルザリカはポケットの中にいくら金があるか、それを無意識的に考える。

 金さえあれば、死んでも蘇生してもらえるという、命すら金で買える世の中だが、逆に言えば、ろくに金を持ってないルザリカは、死んだらそれまで、貧乏人は命を買う権利すらないのが、このマネッサンスという世の中。

biha22

――ガタガタ、ブルブル

――ガタガタ、ブルブル

 数秒前に、『ふ、あの程度の小物』

 と、言ったドヤのまま、ガタブルしだしてしまった。


biha22

(やっぱりただの、UMAよね……)

その部屋にある課金武器の試供品をお客様に使わせてみたまえ。

biha22

ルザリカ!

まともに戦ったら勝ち目がないわ。

こっちに、強そうな武器があるから、使ってみて!

     台座に突き刺さって立っている黄金色の剣を指さして、叫んだ。

biha22

わ、わかった!
 ルザリカは台座に駆け寄った。

 黄金色の剣と一緒に、取り扱い説明書が置かれていて――

biha22

  あの憧れの必殺技が、ついに君の手に!

      

      さあ、この武器を両手に持つんだ。そして――

 『約束されし勝利の〇〇』と必殺技名を叫ぶんだ。

 *〇〇の部分には、君の性質に合わせて自動で技名が決まるぞ!* 

biha22

 黄金色の剣を、ルザリカは台座から引き抜いた。

 その時だ。魔物が飛びかかってきて、複数の大口を使って、ルザリカを左右から挟んで叩き潰すように、打ち付けてきた――

biha22

ルザリカ!

 が――


 ルザリカは超人的な跳躍力でジャンプして、その攻撃をかわしていた。

 そして宙返りし、着地しようとしているところへ。さらに魔物の攻撃、連続でだ。一発一発が、石の床を、あたかも柔らかい砂のように抉りとっていっている。


 が、ルザリカはそれらの攻撃を、いとも簡単に剣で受け流し、素早いステップで回避している。さっきまでとは別人だ。


 それは、とっても格好いい姿だったのだが。

biha22

な、なにこれ!

体が勝手に動く!

           ということらしいが。

biha22

ともかく、必殺技を!

や、約束されし、勝利の――

 ルザリカが自分の意思でそこまで叫ぶと、最後の〇〇の部分、そこだけ、口が強制的に動いて、こう言った。

biha22

――尻!
 すると、だった。

 ルザリカは達人のような太刀さばきで、剣を大上段へ構え、力いっぱい振り下ろした。

 その剣閃は巨大な光線の濁流となって、ほとばしり、魔物を飲み込み――跡形もなく蒸発、させてしまったのだった。


 が、ルザリカは反動で、激しく後ろ向きに吹き飛び、床の上を後転で転がり、壁にグシャッと激突して跳ね返る。そっから、さらに、前のめりに床に倒れ――

biha22

 こうなった。

 おなじみの、前のめりに倒れて、尻だけ天に突き出されたポーズ。

 ――約束されし勝利の尻オチである。


 尻に始まり、尻で〆る。

 これが既存ファンタジーの当たり前をぶち壊す我らが主人公、

  シリリカ・ルッザミールである。


 ルザリカは、むくっと立ち上がり、蒸発した魔物と、自分が握った黄金色の剣を見て、ガッツポーズ。

biha22

こ、これは!

そうか。あたしの中の眠りし真の力が解放されたのね!

いや……たぶん、そういうわけじゃ……。

 キューデレラは取り扱い説明書をよく読んでみた。

 小さい文字で、こんな事が書かれてる。

biha22

*使用上のご注意、および免責事項*


・当製品は、陰陽術を応用して、危険状況やかけ声に合わせて、強制的に筋肉を駆動させたり、体内マナの放出を行ったり、特定パターンの動作を行う術を、使用者本人にかける方式の製品であり、誤った使用法をすると、死亡または、重大な後遺症を被る場合があります。


・当製品は、あくまで少年時代に真似していた憧れの必殺技を、実際にやってみたいという成人男性を対象にした玩具であり、ライトダンジョン以外での実戦では使用しないでください。多くの場合、そのような必殺技は非実用的であり、あなたが戦死するなどのリスクが高まります。


・過度の使用はお控えください。

 陰陽術であるため、使用回数に制限はありませんが。筋力や骨格の限界、マナ放出可能量を考慮せずに、強制的に駆動させる仕様上、過度の使用は、骨折、四肢の損壊、急性マナ欠乏症による心神喪失、に繋がります。



・よって次の方には、触れられない場所に保管してください。


 1.お子様、または精神的にお子様な方。

 2.知能が著しく低い方。

 3.脳細胞の働きが十分でない方。

 4.頭脳が不自由な方。

 5.要するに馬鹿でいらっしゃる方。

 6.14歳前後または、精神的に14歳前後で、『自分の中の眠りし力が目覚めた』などと言い出す方。

 7.それ以上の年齢にも関わらず、自分が勇者であるなどと勘違いしている痛い方。


 以上のような方が、アホ丸出しな使い方をした場合、自滅する可能性が高いため、保護者の方などは注意してください。

 もし、以上の注意事項を無視して、事故等の損害が発生しても、当社は一切の責任を負いません。

biha22

(これ、使わせちゃダメな奴だぁー!)
あ、あれ!?

 黄金色の剣が、ボロボロに錆び付いて、崩れだしてしまっている。

 同時に、剣から音声が再生されており――

biha22

本製品の試用期間が過ぎました。

引き続きのご利用を希望する場合は、製品版をお買い求めください。

biha22

ほっ……。これで自滅しなくて済んだわね。
う……。な、なんか体中が痛い……。

ちょ、ちょっと、ルザリカ?

急に風邪かな……?

頭がぼーっとして、すごくだるいよぉ……。

          と、座り込んでしまった。

biha22

うむ。意識障害と倦怠感は、急性マナ欠乏症の典型的な症状だな。

体の痛みは、強制的な運動で、筋組織にダメージがあったためだろう。

この副作用のことは、適当に誤魔化して、製品版をセールスしたまえ。

biha22

(で、でも……)
 ルザリカは体中の関節が痛んでいるようで、手で押さえて顔をしかめているわけで。

biha22

どうした、早くしろ。

biha22

わ、わかったぞ。

こ、これはきっと、キューちゃんが魔術師として未熟だから、あたしに魔力を供給できてなくて、そのせいで――

    などと当のルザリカは、意味不明の供述を始めており。

biha22

どうやら、意識障害からの、妄想に症状が進んだようだな。

biha22

な、なんでキューちゃん、さっきからあたしの事、じっと見てるの?

あっ、わかった。わかっちゃった!

あたしに魔力を供給するために、エッチな事しようとしてるでしょ!?


『魔術回路を直結させるには、これが一番の方法なんだから、仕方ないでしょ!』とかツンデレっぽい台詞言いながら!

だ、ダメだよ、そんなの。あたしたちは友だちなんだからね!

するかアホゥ!
それよりさ、さっきの剣の製品版ってどこで売ってるのかな?

えっ、あんた、やめておきなさいってば。

あれがあれば、キューちゃんを守ってあげられるし、ムッソもきっと倒せるじゃん。

だ、だからそれは……!

お芝い――

何をしている。〝クビ〟になりたいのか。

我が社のクビが、どういう事態を意味しているのか、知りたいかね?


繰り返す。

今すぐ、セールストークを始めろ。

biha22

あ、なんだ。あんなところに、ガチャあるじゃん!

       壁際のガチャコーナーに歩いて行ってしまった。

       ヨロヨロと、よろけながらだ。

biha22

(生き残るためには……。

 国を取り戻すためには……。

 ごめんなさい……ルザリカ)

セールスの台詞は台本5ページ目にある。

読み上げろ。

biha22

わ、わー、ルザリカ見て!(棒)

今日はレアアイテムの出現率が2倍の日らしいわ!(棒)

このガチャから、さっきの剣が出るようね。(棒)

ガチャの機械に、『今日は2倍の日!』などと書かれているが、実は1年365日のうち、364日は2倍の日なのは内緒だ。つまり、実質、2倍でもなんでもなく、通常倍率みたいなもんである。

biha22

うっひゃあ、ラッキー!
そ、それに今なら、当たりを引けば、他の課金武器が二種もおまけで付いてくるそうよ!
すごい、すごーい!

どんなの、どんなのが貰えるの!?

これよ!

 と、キューデレラは模造品を持って見せた。

 ジャポネ産のカタナと呼ばれる曲刀だが、刃が本来とは逆の向きについている。

biha22

これはサカバ・ソードという武器で、搭載されてる必殺技は、

『天翔〇閃』

(あまかける〇〇のひらめき)

*〇の部分はその人の特性に合わせて自動で技名が決まるよ!*

うわー、格好いい! 欲しい!

そ、そうかしら?

あんたの場合は止めておいたほうが、良いと思うわ。

だってどうせ、


『天翔尻閃』

(あまかける尻のひらめき)


になっちゃうから、あんたの尻が、天をかけるのよ?

しかも尻がキラキラ閃いて、きっとわいせつ物陳列罪で逮捕されちゃうわ。

あとの1種類はどんなの、どんなの?

これね。
   今度は二対の剣だった。真っ黒な剣と、青白い光を放つ剣だ。

biha22

あ、二刀流だ。
ええ、これは、反応速度に優れた者だけが扱えるという武器ね。

必殺技は――

『〇〇バースト・ストリーム』


ま、これもあんたは止めておいた方がいいでしょうね。

だって、尻バースト・ストリームになっちゃうもの。

尻がバーストって、不吉過ぎるわ。わたくしの口からでは、とても言えないものが、尻からバーストして、まき散らされてしまうわ、きっと。

うわー、どっちも格好いい!

二つとも欲しいなあ。

え゛

『天かける尻のひらめき』に、

『尻バーストストリーム』なのよ!?

あんた人の話し聞いてた!?

うん、コイケさんの金魚が、ベンチャー企業立ち上げた話しだよね?
やっぱ聞いてないじゃないの馬鹿ぁあ!

ていうか、その金魚すごいわねぇ!?

じゃあ、コイケさんの息子さんが金魚の会社に就職断られた話しだったっけ?

コイケはもういい!!

(やっぱ遠回しに、ガチャ止めとけなんて言おうとしても、このお馬鹿には通じないわよね……)
冷静に、セールスを続けたまえ。

biha22

それになんと、おまけは、これだけじゃないんです!(棒)

今から、15分以内にレアアイテムをゲットすると、こちらっ!

ダンジョンでの戦闘中に鼻がかみたくなっても安心。

トイレットペーパー帽子を、ブルーとピンクの二色をセットでプレゼントします!

おお、便利そう。ガチャ回す!
ええっ、これに釣られて!?
 ガチャの機械に飛びついたルザリカだが――

 急に愕然とした顔で、その場に崩れ落ちた。


 orz みたいなポーズでだ。

biha22

お金持ってなかったよー!!

トイレットペーパー帽子が貰えないよ-!!

わたくしが、あげた道案内料はどうしたのよ?
もうペンダントにした♪
   と、コインの真ん中の穴に紐を通して、首から提げていた。

biha22

これだけは、絶対に使わないからね。
じゃあ、ほんとに、一文無しなのね……。

諦めなさい。

『むじょうくん』に誘導しろ。

一文無しでも、内蔵と魂は持っているし、生命保険を掛けることはできる。

biha22

(むじょうくん……)

むじょうくん。

それは単なる無人契約機ではない。

数多の人々の人生を破壊してきた『無人人生破壊装置』である。

biha22

『お客様は神様だ』と他の会社の奴らは言う。

だが、我々はこう言う。

『お客様は神様だ。そして、我々はその神を喰らう者たちである』と。

お前も、ダンジョン屋の一員、立派な神喰いの一人だという事を証明する必要がある。


さあ、これが真の入社試験だ。

神を、そして、お前の友を〝殺し〟たまえ。

biha22

………………。

………………………。

………………………………。

ど、どうしたの、キューちゃん!?
な、なんでも……ないわ。

ね、ねえ。誰でも、お金借りれる方法……知ってるわよ。

ほんと?

借りる、借りる!

 そして、キューデレラはルザリカを『むじょうくん』に連れて入り、契約の仕方を教えた。ルザリカは、まったく何も考えないし、疑わない。

 言われたとおりに、契約作業を進め、あっさり自分の内蔵と魂を担保にし、さらに生命保険をかけようとして。


 あとは、『確認して契約内容を送信する』のボタンを押せば、全てが完了するという所まで来てしまった。

biha22

あとは、これ押すだけでいいんだね?
そうよ……。
なんで、さっきから、そんなに悲しそうにしてるの?

あ、わかった。ムッソにいっぱい、いじめられた事、思い出したりしてる?

あたしも、同じだから、よーくわかるよ。

……。
でもね。大丈夫だよ、キューちゃん。

今日からはあたしが、もっともっと強くなって、守ってあげる。

友だち、だもんね。

  なんて言ってルザリカはボタンを押そうとして――

     その指先が触れようとする寸前。

biha22

だ、ダメ!
 キューデレラは、ルザリカの腕を掴んで止めた。

 強引に体をひっぱり、『むじょうくん』から引きずりだした。

biha22

何をしている!

重大な服務規程違反だぞ。

クビになりたいのか!?

biha22

…………?

ルザリカ、良く聞いて!

ここはね、ライトダンジョンはね。

あんたみたいなお馬鹿さんを騙して、骨までしゃぶり尽くして、破滅させるための場所なのよ! 絶対にお金なんか借りてやっちゃだめ!

    ルザリカはまったく状況がわからず、ちんぷんかんぷんの様子だが。

biha22

…………?
だから、最初に言ったんだ。

『金が第一ではない奴は必ず我々を裏切る』


貴様なら、真の〝ダンジョン屋〟に成れると信じていたのだがな……。

失望したよ。

biha22

 その言葉が終わった瞬間。

 キューデレラの足下の床が消え、穴が開いた。

biha22

あっ――
 真っ暗な穴に落ちるキューデレラ。

 そのまま真っ逆さま――と思われたが、なぜか、穴に落ち込んですぐのところで、宙ぶらりんで体が止まっている。


 自分の腕が誰かに掴まれている感触に気づいて、キューデレラは上を見上げてみた。

biha22

キューちゃん!
 ルザリカだった。

 ルザリカがキューデレラの腕を掴んで、落下を止めていた。


 でも、見るからに辛そうな顔をしている。当たり前だ。

 人間一人の体重を腕で支えるなんていのは、よっぽど鍛え抜いた者でなければ、到底無理で、彼女のような細身の女子では、穴から引き上げるなんてのは……。


 しかも、『約束されし勝利の尻』をぶっ放して消耗した状態では、結果がどうなるか見えている。

biha22

た、助けてルザリカ!

 渾身の力を込めて、引っ張り上げようとするが、キューデレラの体は1ミリすらも、持ち上がらない。

 そこで、キューデレラは悟ってしまう。

biha22

離しなさい。無理よ!
勇者ルザリカは、友だちを見捨てない!
 もう一度、ルザリカは、力いっぱい引っ張り上げようとしたが、もう指が限界だったのだろう。ズルリッ、と、キューデレラの腕を滑らせてしまった。

biha22

っ――!
――!

 ルザリカは体を半分、穴の中に突っ込ませるようにして、どうにかキューデレラの手をもう一度掴み直すことはできた――が、落下の加速度がついてしまったキューデレラの体にひっぱられ、穴へと一緒に――

biha22

や、いやぁあ~!!

わ、わあああああああああぁあ~~!

       二人の悲鳴がエコーになって縦穴に響く。

     無限とも思えるほど、長いながい落下のあと、二人は――








biha22

作者よりお知らせ


*ここで一端


        おわり  

  

            と、させて頂きます*


 続きがどのような形で公開できるか決まり次第、作者ページなどで告知いたします。


 180%楽しんでやらせていただいた今回の企画イベントに感謝を申し上げます。

 原作者様、そして、共幻社の方々、ありがとうございました。

 そしてなにより、これを読んでくれているかも知れない全ての読者の方々へ、最大限の感謝を。

biha22

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登場人物紹介

ルザリカ・バッカミール


世間知らずな田舎出身の冒険者。

実力が伴わない自信家。要するにヘタレ。

気持ちが前過ぎて勘違いばかり。


ありとあらゆるトラップにかかる才能(バカ)があり、生成したダンジョンのベータテスター(奴隷)として雇われる。

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ムッソ・ゴルドスキー


見た目は少年だが、世界一のギルド社『ダンジョン屋』の社長。

金こそが全てというマネッサンス社会に君臨する絶対的な支配者。


ダンジョンを中心とした冒険者ビジネスの火付け役であり、その影響力は国も動かすほど。

頭の悪い人間をすぐに小馬鹿にし利用する。性格が悪い。


・恐らく最高齢(?)の種族不明の少年
・社長室に居る間も休む暇なく、ビジネスのことばかり考えている
・会議はだいたいGさんと二人っきりで進めている
 それを幹部に伝え、それぞれの部署ごとに進める感じ

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■ スカール・G・ゴメボロス
・博識な手足がついた頭蓋骨
・休息中はマナ節約のため、返事がないただの屍になる

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■ モヒカン
・実はダンジョン屋の平社員、大量に居る
・かませ犬、やられ役のスペシャリスト、サクラ、雑用
・見た目と言動がアレだが、期待を裏切らない愛すべきモブキャラ

村長

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■ ヤチエ・ゴーニャン
・ギルド社『開運クロネコ鑑定団』に所属する猫耳鑑定士
・金の亡者、ビッチ、自称ムッソの愛人
・貧乏人には冷たい、金持ちには猫をかぶる
・ルザリカに敵意剥き出し、アホを装ってムッソの資産を狙う泥棒猫だと思ってる
・ネズミが怖い

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■ イビール・ダークサイダーZERO世
・モヒカン達を従えるデスメタルロックバンドのリーダー
・モヒカン達に『クイーン』と呼ばれているが男エルフ、ドS
・魔術でメイクアップ、ステージごとに印象変わる
・普段は綺麗なお姉さん風
・魔術の達人でド派手なステージの仕掛けも殆ど一人で発動させている
 巻き込まれているモヒカン達は演出ではなく本当にぶっ飛ばしている

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■アナルタシア・P・ゲイホルグ
・メルヘンな衣装に身を包むゲイのおっさんに見えるが、大きな妖精さん
・数々の人気吟遊詩人グループを生み出した業界一のプロデューサー
・部屋も凄くメルヘン(拷問部屋とも言う)
・精霊術の達人で精神操作や拷問はお手の物

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■ ユリーシャ・コンペッタ
・案内役を買って出る百合エルフ
・ドMでド貧乳
・一級風水予報士、お天気お姉さん、長い空の旅には欠かせない
・自慢の風水料理は殺人的な不味さ
・占い好き(風水と関係なく、花占いなど)

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■ キューデレラ・ボツリーヌ・ハリー・ボッテー(キューちゃん)
・プライドが高く、落ちぶれても偉そうな態度は変わらない困った王女様
・父と母は行方不明、従者ももちろん居ない
・自分一人でまともに着替えることも出来ないポンコツ
・見栄っ張りでハリボテ(スタイルも)
・すぐに人や物のせいにする(理不尽)
・性格は悪いが浅はかで憎めないタイプに
 悪い事をすれば必ず数倍の報いを受ける、悪だくみが可愛いなど
・ツンツンしてるが涙もろい、素直じゃない
・ルザリカと同じ見た目だけのポンコツキャラだが差別化を
 なんだかんだでルザリカは良かれと思ってバカをする良い子

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■ ペケジ・リーマン
・ジャポネ出身(鬼)の企業戦士、ジャップメン
・仕事が速いが「暗殺しましょう」など直球かつ短絡的
・陰陽術と刀剣の達人で契約が主な仕事
・実は一番の家庭的スキルの持ち主
・いつも居るとは限らず、彼が居ない間の食事当番をどうするかが問題

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■ボイルド・ゴリエッグ
・やたらと「ロマン」と「風」を連呼するドワーフ
・説明できないことはロマン、予想外のことはだいたい風のせい
・遠回しな言い方をするので、ルザリカにはほとんど伝わらない
・船長だが機械いじりが好きで機関室の傍の工房が寝床
・制作物には必ず無駄な隠し機能をつける。禁止ワードで自爆など

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