警視庁特殊事案部芹沢班(1)

文字数 4,015文字

「クソがよぉ…。あー、もう限界だわ。帰りてぇー、早くこの金使いてぇ」
 小太りの男は警官を殺害し、ここから離れることのできない一般人たちを脅かした後、交差点の真ん中でスマートフォンをいじっていた。仲間からの連絡はまだ来ないらしく、彼は苛立たしげに画面を眺めていた。
 そんな折、車の通らなくなった車道の方から彼に近づくものがいた。それは先ほどの喫煙所で中年の男性とひと悶着あった、筋骨隆々の理不尽な男だった。小太りの男は警官の登場からかなり警戒していたらしく、すぐに自分の方に近づく足音に気付いた。
「オイ!それ以上近づくんじゃねえ!お前も、そこに転がってるボロ切れみぇになりてぇか!?」
 小太りの男がサブマシンガンを近づいてきた男の方へ向け、威嚇するように大声を上げる。そうすると理不尽な男はポケットに両手を突っ込んだまま、それに従うようにその場に仁王立ちした。
「何者だ!もしかして、特事か!?」
 小太りの男の問いに男はニヤリと不敵に笑う。その問いには答えずに、ポケットをまさぐってくしゃくしゃになった紙を取り出した。
「お、あったあった♪」
 男は嬉しそうにそれを広げて、目の前に突きだし、小太りの男に向けてこう宣言した。

「えー、警察庁特殊事案局局長・東雲一輝(しののめかずき)ならびに警視庁特殊事案部芹沢班班長・芹沢鴨(せりざわかも)の代理として、警視庁特殊事案部芹沢班班員・犬童千晴(いんどうちはる)が宣言する。異能力犯罪現行犯として、貴様を逮捕する。
 ってことで、一つよろしく!」

 男--犬童が気だるげな声で宣言を終えると、特殊事案部のようやくの登場に人々が色めき立つ。だが、すぐにそれを小太りの男がうるせぇっ!と一喝して歓声を収める。
「死ね!」
 男がシンプルな罵声と共に犬童に向けて発砲する。犬童はそれを合図にして、小太りの男に向かって走り始めた。もちろん銃弾の方へだ。
「バカが!死んでくれるのかよ!」
 小太りの男は自ら死へ向けて走り出した犬童を見て笑う。しかし、犬童も不敵な笑みを浮かべていた。
 銃弾が犬童に当たる。その瞬間だった。犬童は目にも止まらぬスピードで右に進路変更をした。銃弾は空を切り、道路の表面で炸裂音とともに弾けた。
 目の前で行われた人理を超えた出来事に小太りの男は息を呑んだ。しかし、それも束の間だった。驚異的な身体能力向上の異能力なのか、他の異能力なのか、とにかく銃弾を避けた犬童はすでに小太りの男の目の前まで移動していた。
「しまっ…!」
「らぁっ!!」
 掛け声と同時に犬童の拳が男の腹に突き刺さる。ボディブローはきちんと鳩尾に入ったらしく、男がその場に崩れ落ちた。
「ぐええっ…。なっ、なんで…おえぇっ」
 嘔吐く男は不思議そうな表情で犬童を睨んでいた。犬童はニヤッと笑うだけで、その答えを教えてくれなかった。男はついに胃の中のものを吐き出して、その内心で疑問を吐き出していた。
(お、俺の能力、『硬皮』はこの程度の拳じゃ痛みも感じねえはずだ!な、なのに、この男の拳、尋常じゃないくらい痛い!)
 そう内心で疑問を叫びながらも、男は追撃を避けるために立ち上がって犬童から距離を取った。犬童は余裕綽々とした態度でその様子を眺めていた。それどころか、指を軽く曲げて男を挑発していた。
「オラ、来いよ。犯罪者。ブッ飛ばして、留置所行きにしてやる」
 犬童の挑発の言葉に男は乗らなかった。男は知っていたからだ。こういった状況で警察という正義の味方が一番嫌う行動を知っていた。男はこの目の前の強者に立ち向かうよりも、もっといい方法を思いついたのだ。
「クク…、俺は警察嫌いだからよぉ。お前の言うとおり立ち向かってなんかやるもんかよ!!」
 小太りの男が選んだのは、この場から逃れられないままでいた人々への一斉掃射だった。
 虚を突かれた犬童がその暴挙を止められるはずもなく、無情にも男が放ったサブマシンガンの弾丸が人々へと向かった。だが、犬童が焦った様子はなかった。ただこちらを恐ろしげに見つめる人々の方へ少し目を向けただけだった。
 放たれた弾丸は人々に真っ直ぐに飛んでいく。最前列に立つ人々は絶望していた。さすがにあの異能力者たちで結成された特殊事案部の人間でも、たった一人でサブマシンガンから放たれた弾丸から自分たちを守れるわけがない。
 そんな時だった。諦めと覚悟を決める群衆の中から、一人の男が抜け出てきた。シルクハットに黒の長髪、蝶ネクタイをつけたポロシャツ姿にサスペンダーのついたチノパンを着ていて、右手にはステッキを持った男だ。それはさながら英国紳士のような、もしくは胡散臭い手品師のような風貌だった。
 紳士風の男は犬童と小太りのおとこが対峙する交通費道路を挟む歩道の南側から出てきて、小太りの男によって放たれた銃弾の前へ立った。そして、右手を目の前へ差し出して指を弾いた。
「『フリースタイル』。Slow!」
 指を弾いた紳士風の男がそう言うと、予想外の出来事が起こった。紳士風の男のいる方へ向かっていた銃弾が段々とそのスピードを落としていったのだ。銃弾のスピードは人の目で捉えられるものではない。にも関わらず、どんどん人々の目に次第にこちらに向かってくる銃弾が見えるようになっていた。そして、銃弾が紳士風の男のいる場所にたどり着く前に、銃弾はその軌道を地面へと近づけていき、遂には不時着するのだった。
 謎の紳士風の男が登場し、銃弾を防いだその反対側。もちろん交通道路を挟んで反対の北側にも、小太りの男が放った銃弾の恐怖は迫っていた。だが、その北側の人々の中からも、一人跳び出す影があった。そう、文字通り人々の中から、跳び、出てきた影が。
「ええっ!?」
「こ、この子、どこから?」
 最前列で恐怖に脅えていた何人かがそんな声を上げる。今、彼らの目の前にいきなり空から人が降ってきたのだ。驚くのも無理はない。しかも、その人が金髪の長髪を縛って背中に垂らしたポニーテールの女の子で、更に袴姿で腰には一本の刀が差されているとなれば驚かない方がおかしい。
 突如現れた謎の多い女の子は人々の方へ振り返ると、「少し下がって」とだけ言った。その言葉通り人々はその場から一歩後ろへ下がった。実はこの時、最前列の人々はまたも面食らったように驚いていた。何故なら---
(め、めちゃくちゃ可愛い…)
 振り返った彼女はとんでもない美少女だったからだ。西洋の血が入っているのか、奥二重の目の瞳は碧色で、肌は白く透明感があり、鼻筋は高く顔立ちは少し彫りが深い。唇は薄く、一文字に結ばれていた。
 どこか北国の女性を思い浮かばせるような美少女は、腰に携えていた刀の鞘を左手で握った。また人々がどよめく。しかし、彼女はそれを意にも介さず、向かってきていた銃弾を見据えた。
 それは一瞬のことだった。美少女の登場に面食らって困惑する人々の目には何が起こったかさえ把握するのは難しいだろう。美少女は迫り来る銃弾に向けて、刀を振るった。居合抜きのような要領で刀を目にも止まらぬ速さで抜刀し、横に薙いだ。そのスピードは正に神速と言っていい。結果的に人々が見たのは半分に切られた銃弾がバランスを失って地面に落ちていく様だった。
「な、なんなんだ!お前ら!」
 小太りの男は困惑していた。彼の人生で最も賢い選択をしたのにも関わらず、その下卑た行為の結果は銃を撃った前と何ら変わらなかったからだ。むしろ、悪化していた。男の言葉に群衆を割って出てきた二人が答える。紳士風の男はニコッと胡散臭い笑顔で、美少女は氷のような無表情のまま答えた。
秋井敦也(あきいあつや)。ご覧の通り、手品師です」
「…沖田(おきた)ソーニャ」
「お察しの通り、私たちも特殊事案部子飼いの異能力者ですヨ」
 紳士風の男、秋井は笑みを崩さぬままそう言った。これはつまり、特殊事案部からの増援ということである。それに気づいた小太りの男の顔が青ざめる。
 犬童は彼らの登場を予測していたようで、驚く様子もなく「遅せぇよ」と一言毒づいた。
「いやぁ、中々あの人の群れの中を掻き分けるのは難しくってですネ」
「…ウザ」
「あ?オイ、ソーニャ。なんか言ったか?」
「名前で呼ぶのやめろ。バカ犬」
「あぁ?」
 小太りの男も秋井もそっちのけにし、剣呑な雰囲気で睨み合う犬童とソーニャ。今にも殴り合いが始まりそうな二人、そしてそれを見てやれやれと言った感じでため息をつく秋井。場の雰囲気は確実に彼らのペースになっていた。
 小太りの男はその空気をぶち壊すために機関銃を空に向けて撃った。銃音がビルの谷間で響く。睨み合っていた犬童とソーニャ、それに秋井が男の方へ顔を向ける。男は青ざめた顔のままではあったが、自分を無視した彼らに怒り心頭といった風体だった。
「無視してんじゃねえぞ!!国の犬共が!」
 男の怒声を受けても、三人は顔色一つ変えない。それどころか彼の存在を今思い出したといった反応を見せた。
「あぁ、これは失礼。まだいたんですネ」
「あーお前ちょっと相手してやれや。三番に来たんだからいいだろ」
「いいわけない。死ね」
「こ、コイツら…舐めやがっ---お!」
 小太りの男が怒りのままに機関銃をぬこうとしたその時、突然彼のポケットが音を立てた。男はその音に反応してすぐさまポケットをまさぐり、音の主であるスマートフォンを取りだした。
「きたきたきた!仲間たちだ!へへっ、お前ら死んだぜ」
 どうやら音の正体は小太りの男の仲間たちからの連絡だったらしい。仲間からの連絡に粋がる男。とほぼ同時に彼らが相対する交通道路の西側。犬童がやってきた方向と反対側から、けたたましいエンジンの音とともに装甲車が走ってきた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み