大林真理子先生
文字数 1,352文字
少し前の話になるが、僕は東都急百貨店10階の大ホールの入口にいた。
これから、大林真理子先生の講演会が行われるのだ。
小説家志望で、大林先生の大ファンである僕は、ここ東都急百貨店で講演会が行われると知って、すぐさま百貨店内にあるMARUZE & ジュンク堂書店へ行ってチケットを申し込んだ。
チケットは、先生の新刊『愉楽にて』を購入すれば割引価格で買える。もちろん僕は『愉楽にて』も買った。
この小説は最初、源氏物語の現代版みたいだな~と思って読んでいたのだけど、最後の1ページで傑作と思った。
聴衆者は妙齢の女性ばかりで、男性は僕を含めても数えるほどしかいない。出版関係か、僕のような小説家志望だろうかと思った。
大林先生の話は、とても面白かった。
イメージ通りの(いい意味で)高飛車な感じで、聴衆者を飽きさせない。
僕はほか何名か小説家の講演に行ったことがあるが、面白い本を書く人の話は、本当に面白いなあと思う。
話好きだから講演を受けられるのかもしれないけれど。
ただし、最終回が近づいている大河ドラマ『西郷どん』のネタばらしをされた時はおいおいっと思ってしまった。
講演が終わり、僕は用を足したくなって、空いてそうな11階のトイレに向かった。
すると、トイレの前で大林先生がしゃがんでカーペットを見つめている。
「大林先生! どうされたんですか。ご気分でも」
「あ、動いてはダメよ。コンタクトを、落としたのよ」
僕はそこから一歩も動かず、下を眺めた。コンタクトを探そうと僕もそのまま、そろそろとしゃがんだ。
「僕も、探します。僕、さっきの講演聞いていました。すごく面白かったです。また講演されるなら絶対行きます」
「そうね、講演って儲かるのよね。新刊出すたびにやろうかしら。あら、かわいらしい顔をしてるわね」
先生はメガネをかけていた。
僕は、かわいらしいと言われて有頂天になった。
「僕、子供の頃に産経新聞で連載されていた『戦争特派員(ウォーコレスポンデント)』を読んで、小説の面白さに目覚めたんです。いまは、小説家になりたくて、毎年新人賞に応募してるんですが、落ちてばかりです。でもそんなときは、先生の『野心のすすめ』を読むと、またがんばろうって気持ちになるんです」
「どうもありがとう。『戦争特派員』は私も気に入ってる作品なのよ。……あなた、結構年いってるのね」
先生はちょっとがっかりしたようだった。
僕は大胆にも、こう言ってみた。
「先生だったらコンタクトレンズなんて、探さなくても幾らでも買えるじゃないですか」
「そういうわけにはいかないわ。破片を持っていったら新品のレンズに交換してくれるのよ。私は今は小金持ちだけど、若いころは貧乏してたときもあったのよ。私の本を読んでくれてるならおわかりだと思うけど。昔の辛かった時の気持ちを忘れたら、もう小説を書けなくなってしまうわよ」
僕は大林先生の話に感動した。
「あったわ」
先生はコンタクトの破片を高価そうなハンカチに包むと、バッグに入れた。
「探してくれて、どうもありがとう。それじゃあね」
大林先生は僕に手を振って、エスカレーターを降りて行った。
僕は死ぬまでずっと先生のファンでいようと決めた。
これから、大林真理子先生の講演会が行われるのだ。
小説家志望で、大林先生の大ファンである僕は、ここ東都急百貨店で講演会が行われると知って、すぐさま百貨店内にあるMARUZE & ジュンク堂書店へ行ってチケットを申し込んだ。
チケットは、先生の新刊『愉楽にて』を購入すれば割引価格で買える。もちろん僕は『愉楽にて』も買った。
この小説は最初、源氏物語の現代版みたいだな~と思って読んでいたのだけど、最後の1ページで傑作と思った。
聴衆者は妙齢の女性ばかりで、男性は僕を含めても数えるほどしかいない。出版関係か、僕のような小説家志望だろうかと思った。
大林先生の話は、とても面白かった。
イメージ通りの(いい意味で)高飛車な感じで、聴衆者を飽きさせない。
僕はほか何名か小説家の講演に行ったことがあるが、面白い本を書く人の話は、本当に面白いなあと思う。
話好きだから講演を受けられるのかもしれないけれど。
ただし、最終回が近づいている大河ドラマ『西郷どん』のネタばらしをされた時はおいおいっと思ってしまった。
講演が終わり、僕は用を足したくなって、空いてそうな11階のトイレに向かった。
すると、トイレの前で大林先生がしゃがんでカーペットを見つめている。
「大林先生! どうされたんですか。ご気分でも」
「あ、動いてはダメよ。コンタクトを、落としたのよ」
僕はそこから一歩も動かず、下を眺めた。コンタクトを探そうと僕もそのまま、そろそろとしゃがんだ。
「僕も、探します。僕、さっきの講演聞いていました。すごく面白かったです。また講演されるなら絶対行きます」
「そうね、講演って儲かるのよね。新刊出すたびにやろうかしら。あら、かわいらしい顔をしてるわね」
先生はメガネをかけていた。
僕は、かわいらしいと言われて有頂天になった。
「僕、子供の頃に産経新聞で連載されていた『戦争特派員(ウォーコレスポンデント)』を読んで、小説の面白さに目覚めたんです。いまは、小説家になりたくて、毎年新人賞に応募してるんですが、落ちてばかりです。でもそんなときは、先生の『野心のすすめ』を読むと、またがんばろうって気持ちになるんです」
「どうもありがとう。『戦争特派員』は私も気に入ってる作品なのよ。……あなた、結構年いってるのね」
先生はちょっとがっかりしたようだった。
僕は大胆にも、こう言ってみた。
「先生だったらコンタクトレンズなんて、探さなくても幾らでも買えるじゃないですか」
「そういうわけにはいかないわ。破片を持っていったら新品のレンズに交換してくれるのよ。私は今は小金持ちだけど、若いころは貧乏してたときもあったのよ。私の本を読んでくれてるならおわかりだと思うけど。昔の辛かった時の気持ちを忘れたら、もう小説を書けなくなってしまうわよ」
僕は大林先生の話に感動した。
「あったわ」
先生はコンタクトの破片を高価そうなハンカチに包むと、バッグに入れた。
「探してくれて、どうもありがとう。それじゃあね」
大林先生は僕に手を振って、エスカレーターを降りて行った。
僕は死ぬまでずっと先生のファンでいようと決めた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)
(ログインが必要です)