大惨劇

文字数 2,116文字

「悪いが、お前らの面倒まで見てる余裕は無い」
 冷い声に厳しい表情で、そいつは、そう言った。
「ちょ……ちょっと待って……」
 それに対して、慌てたような公主(ひめ)様の声。
「黙れチビ、誰のせいだと思ってる?」
「だ……誰がチビよッ‼ あ〜、判った、あなた、自分が普段、チビって言われてるから、自分より小さい相手を見付けると……」
「うるさい。他人の悪口を考え出すのは生き延びてからでも出来る。頭を使うのは同じでも、今は『どうやって逃げ出すか?』を必死で考えろ」
 周囲に居るのは数十人のヤクザ者達。
 味方は……こう云う状況では絶対に役に立たなそうな私の一応の許婚。
 それ以上に役に立たなさそうな人間の半分ぐらいの大きさの鳳龍。
 こう云う事は言いたくないけど……騒ぎの元凶である公主(ひめ)様。
 私達一行の中で、唯一、マトモに戦えそうだけど、流石に、この人数を相手にするのは無理そうな女戦士(と言っても、体は私より小さいが)のラムバー。
 そして……伝説の猛将の子孫だけど、荒事はからっきしの私。
「アンギャー、あの2人を呼べ……それとお前……」
「私?」
「判ってると思うが、あの力は使うにせよ……最小限だ……」
「わ……判ってますけど……」
「おい、相談は終ったか?」
 ヤクザ者達の首領格が、そう言い終らない内に……。
 ラムバーが走り出す。
 まだ、剣は抜いていない。
 代りに首に巻いていた頚巻(スカーフ)を外し……。
 轟っ……。
「あ……」
 私は公主(ひめ)様の両目を手て覆う。
「ぐげ……」
「え……何……?」
 ラムバーの頚巻(スカーフ)には(おもり)が仕込まれているらしく、頚巻(スカーフ)の先端が命中したヤクザ者の首領は、一瞬にして面白い顔に変貌した。
「全力で走ってッ‼」
「はいいいいッ‼」
 許婚の口からは悲鳴に近い返事。
「いいか、絶対にアンギャーとはぐれるなッ‼ 助けに来る連中は、そいつとしか連絡が取れない」
「ぐぎゃぁッ‼」
 ラムバーの声に思わず反応して振り返り……後悔した。
公主(ひめ)様、絶対に背後(うしろ)見ないで下さい。前だけ見て、逃げて逃げて逃げて……」
「何で?」
 さっき、悲鳴をあげたヤクザ者は……あの傷では助かっても、マトモな一生は送れそうにない。
 ただし、女の私には、酷い一生になるのだけは判るが、どこまで酷い事になるかは想像すら出来ない。
 そう言う場所を蹴り潰されていた。
「あぎゃっ♪」
 ラムバーがアンギャーと呼んでいる鳳龍が道の一方を指差す。
 この子は……鳳龍とは言っても太った人間の子供か、後ろ足で立上った子熊のような体型だ。
 腕と言えば良いのか、前足と呼べば良いのか判ならい部位には翼のようなものは有るが……飾り以上の意味は無いらしく空は飛べない。
「ちょ……ちょっと待ってくだ……」
「あんた、何、もうヘバってんの?」
 公主(ひめ)様が私の許婚を怒鳴り付ける。
「もう、こいつ、置いてこうよ」
「え……えっと……す……すこしの間だけ……走らずに済むかも……しれません……」
「なに?……あッ……」
 私は、その方向を指差す。
 私達が行こうとしていた方向からも、ヤクザ者達が走って来る。
「な……なんか……武器になるようなものは……?」
 許婚が周囲を見回すが……この違法な賭場は民間の市場に偽装されてい上に、大概の露店は店仕舞いをしている。
 背後を見る。
 ランバーは……控えめに言っても吐き気がするような戦い方をしていた。
 道に転がっているヤクザ者達は……ある者は口の幅が倍ほどになり、ある者は鼻が無くなり……ある者は……要は、仮に命が助かったなら、死なずに済んだ事を呪うような怪我だ。
 あまりの光景に、逆に冷静になれた。感情が麻痺したとも言うが……。
 彼女が、あんな戦い方をしている理由が、何となく判った。
 ヤクザ者が総掛りになれば、彼女を殺せるだろう。
 でも、足は繋っていてもマトモに歩けなくなり、腕は残っていても何の役にも立たない単なる飾りとなり……その他、食事・排泄・入浴・着替え・睡眠・性交などなどなど日常生活に重大な支障が出る体になるのは、自分以外の誰かであって欲しい……。
 私が、あのヤクザ者達の1人だったら、そう思うに違いない。
 ヤクザ者達は……たった1人の……それも体格は小さめの若い女を取り巻きながら……何も出来なくなっていた。
 そして……。
「ああああ……う……うそ……」
 ラムバーを取り囲んでいたヤクザ者の何人かが……より楽に、より御安全に殺せそうな私に向って走り出し……。
「うわあああ……」
 そして、閃光と轟音。

 炎は、突如として地面から吹き出した大量の地下水によって鎮火された。
「ところで『大都』には、この刻限に営業(ひら)いてる古着屋って有るのか?」
 ラムバーは、うんざりした口調で、中天に輝く満月を見ながら、そう言った。
「ない……多分」
 私達の服は、あっちこっち焼け焦げた上に水びたし。
 市場に偽装されていた賭場も同じく。
「あと、あんたが探してた奴は、あいつで良かったっけ?」
 ラムバーが指差す先には……かろうじて本人だと判別出来る……私の実家の家令の体の半分ぐらいが焼け焦げた死体が有った。
「ふみゅ〜?」
「ふみゅふみゅ?」
 その声の主は……ようやくやって来た「応援」の2匹の鳳龍だった。
 話は少し前に遡る。
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