文字数 2,636文字

 二日後、待望の小包が届いた。

 開封してみると、木製の小箱の中には小さな瓶と説明書が入っていた。

 瓶の中には透明の液体。どうやらこれが「恋のミラクルポーション」らしい。

 早速説明書を読んでみる。

『まず、あなたの脳髄液を採取して、ポーションと混ぜ合わせてください』

 ……は?

 ちょっと待て、そんなもんどうやって採取すんだ!?

「ちきしょう、やっぱり詐欺だったか!!」

 怨嗟の叫びを上げ、説明書を引き裂く勢いで憤慨する私だったが、下の方に注釈があった。

『脳髄液を用意するのが困難な場合、涙でも代用可』

 だったら最初からそう書いとけ馬鹿! 

 というか、脳髄液を簡単に用意できる奴なんて存在するのか……?

 まあいい、取りあえず涙を出さねばならぬ。

 どうしよう、悲しい映画でも観るか……?

 いや、そんな時間の余裕はない。ここは物理的作戦で行こう。

 私は愛用の毛抜きを鼻の穴に突っ込み、うりゃっと気合いを入れて鼻毛を引っこ抜いた。十本くらい抜けた。やり過ぎた、痛い。

 部屋の真ん中で、芋虫のようにピクピク悶絶しながら蹲る私。一体何をやってるんだろう……。

 尊い犠牲を払い、何とか涙一滴の採取には成功した。

 さて、スポイトで吸った涙を小瓶の中に落とし込み、数回振って混ぜ合わせる。

『ポーションの色が紫に変化すれば、準備完了です』

 おお、確かにほんのり紫色に変わったぞ。どういう化学的作用なのかは全く分からんが、このクスリの信憑性が多少増したような気がする。

『そして、完成したポーションを意中の相手に飲ませてください』

 そう、一番の難関はこれなのだ……。一体どうやって、この怪し過ぎる液体を彼に飲ませれば良いのか……?

 この困難を極めるミッションについて、私は昨夜、ない知恵を必死に絞り出して考えた作戦があった。



 ☆ ☆ ☆



 時刻は午後四時過ぎ。

 そろそろ作戦決行の時間だ。

 私は意を決して、愛犬のジョニーを引き連れ家を出た。

 ポケットには、エナジードリンクの瓶に移し替えた魔法のポーション。

 私の考えた作戦はこうだ。

 幾度にも渡るストーキングにより、彼が学校から自宅へと帰るルートは熟知している。

 その道中にある駄菓子屋。私は犬の散歩の途中、そこで休憩しているフリをしながら彼が通るのを待つ。

 そして彼が現れたら、あくまでも偶然の出会いを装いつつ、

「これ、差し入れ。明日の試合、頑張ってね!」

 と、エナジードリンクに偽装したポーションを彼に飲んでもらう。

 うん、完璧だ。脳内シミュレーションも百回以上やった。

 後は滞りなく実行するだけだ。



 ☆ ☆ ☆



 目的の駄菓子屋に着き、店の前のベンチに腰を下ろした。

 現在の時刻は午後四時半。過去の統計から導き出した、標的(ターゲット)の予定通過時刻は午後五時二十分である。

 その時間が迫るにつれ、どんどん高鳴っていく胸の鼓動。やばい、心臓が破裂してしまいそうだ。

 どうしよう、やっぱり引き返そうか……。今ならまだ間に合うぞ……。

 そんな弱気の虫が顔を覗かせる。私が生まれてから、ずっと心に住み着いている悪い奴だ。

「ええい遥香、勇気を出せ! これは私の人生を賭けた大勝負なんだぞ!」

 私は悪い虫退治とばかりに、自分の頬を往復ビンタしてセルフ叱咤激励を行った。

 ジョニーが私の奇行を不思議そうな顔で見ていた。



 ☆ ☆ ☆



 おかしい。

 もう六時になるというのに、彼は一向に現れない。

「練習が長引いているのかな……?」

 いや、試合の前日は早めに切り上げるのが野球部の慣例だ。それは私が精密に記録した統計表からも明らかだ。

 そして、彼は仲間と寄り道することもなく、真っ直ぐ家に帰るのも知っている。

 これは一体何事……?

 でも、待つしかないか……。

 退屈そうな顔で私の隣に寝転んでいるジョニーの頭を撫でながら、私は彼を待ち続けた。

 やがて真っ赤な夏の夕陽が山の向こう側に沈み、辺りはすっかり夜の帳が下りた。

 それは、私の作戦が完全に破綻したことを意味していた。



 ☆ ☆ ☆



 以前の私なら、あっさり諦めて家に帰っただろう。

 しかし、私はやってきた。標的の本陣、彼の家に。

 ひとつ深呼吸をして、震える指でインターホンのボタンを押そうとした、その刹那だった。

「あれ、遥香ちゃん……?」

 突然背後から掛けられた声に、私の心臓は超新星爆発(スーパーノヴァ)を起こした。

 (°д°;)!←こんな顔で振り向くと、彼もまた驚いたような表情で立っていた。

 あわわわわ、どどどどうしよう? な、何て言えば良い!? 

 想定外の出来事に、新たに組み直したシミュレーションは吹っ飛び、頭が真っ白になった。

 メデューサに睨まれたように硬直する私。

 それを救ってくれたのは、ジョニーだった。

 愛犬は尻尾を振りながら彼に駆け寄り、腰の辺りに抱きついた。

「おお、可愛いな。よしよし」

 飼い主に似ず、実に社交的な奴である。

 彼とジョニーが遊んでいる間に私は何とか石化から立ち直り、自分でも驚くほど普通に彼と会話ができるようになった。

 クラスが別々になった後も、廊下で擦れ違う度に笑顔で挨拶してくれた彼。私はその二言三言の会話を何度も反芻し、もっと気の利いた言い回しはなかったかと一人反省会を開催しながらも、ささやかな幸せに浸っていたものだ。

 そして、次なる接近遭遇機会に備え、妄想における予習復習を怠らなかった。ようやくその成果が発揮されたのだ。

 どうやら彼は練習後、病院に行って肘の検査をしていたらしい。

 その結果は、残念ながらドクターストップ。

「でも、明日勝てば県大会の本戦に行けるからさ。それまでには必ず治すよ!」

 逆境にもめげず、彼の瞳は力強い光を放っていた。

 何と心の強い人なのだろう。そのポジティブなオーラに触発されたのか、何だか私にも勇気が湧いてきた。

「これ……良かったら飲んで。明日は応援に行くね」

 彼に魔法のポーションを渡して、私の計画は無事完遂。後はクスリが効いてくれるよう祈るだけだ。帰りはお寺と神社と教会に寄ろう。


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