五 空想と不満
文字数 1,903文字
七月。
自宅への帰路、短大の仲間とともにまわり道し、R川沿いを歩いた。川風にゆれる柳の木陰から対岸にある、田村が暮すアパートの窓が見え隠れしている。
短大の仲間は私の相手がアパートに住んでいるM大生だと思って様々に憶測している。
私たちの大声がアパートに筒抜けらしく、アパートの窓が開いて、住人が私たち見ていた。田村の部屋も窓が開くだろうと思ったが、閉じたままだった。私はホッとした。
短大の仲間が私のつきあっている相手が誰なのか、根掘り葉掘り訊いてきた。私は曖昧に返事して話題を変え、帰路を急がせた。
この道路の先に畑野菜美の家がある。畑野菜美に訊けば、私の相手が誰でどうなっているか判明するが、短大に進学したおバカな私の仲間は、そんなことに気づきもしない。
私と河島智子を除き、このおバカな仲間たちは、成績優秀でM大に進んだ畑野菜美とはつきあいがない。
私は、田村を気にかけている私を自覚した。田村は嫌いではない。もしもの場合にとっておく予備人員だと思いながら、私は、私の家で暮らす田村を想像し、おバカな仲間たちが何を訊いても私の耳に入らなくなっていた。
短大卒業後。
私は二十一。田村は二十三だ。私は地元の繊維関連会社で働いている。田村は大学院へ通っている。
二年後。
私のこともあって田村も私と同じ会社で働くことになった。二人して出勤し、二人で帰宅する。職場はちがうが、何かと私たちは顔を合せる。
短大で私は被服科だった。そのこともあって、私は糸の加工と生地生産までの工程を管理している。田村は糸染めと生地染めの技術担当で。生産と技術研究を担当している。
田村の頭の中は化学式と私のことでいっぱいだ。いつも私を見つめて抱きしめる田村。父も母も、私が田村に愛されているのを理解している。田村は父と母を大切に思っている。
「加代。どうした?考えごとか?」
幼なじみで親友の河島智子が私の手を引いた。智子の温かい手の感触で私は現実にもどった。
私は歩道の際を歩いていた。歩道は車道より二十センチほど高い。足を踏みはずして車道へ転げおちたら怪我をする。
私は河島智子に手を握られたまま智子を見つめる。
「ああ、あぶなかった!ありがとう」
「まあいろいろ考えることはあるだろうが、歩きながら考えるのは危ないよ」
智子は私の手を離さない。私を見つめている。
「うん。注意する・・・」
「相談ごとがあったら聞くよ」
そういって智子はほほえんでいる。
「そのときは頼むよ」
「うん・・・」
智子は何か考えがあるらしく、それ以上なにもいわなかった。
私は何かがちがうと思った。
私が想像する田村との生活はあまりに安定している。もっと激しいつきあいがしたい。いや、そうではない、激しい恋をしたい。大淵と最初に会ったときのような日が毎日つづいたらいい。
日々、心ときめく夫がいれば、私の生活にどれだけ張りが生まれるだろう・・・。
私は贅沢な望みを抱いているのか?そんなことはない。魅力にあふれる男がいないだけだ・・・。
帰宅後。
「ねえ、なっちゃん。田村さんが大学院に合格したよ。田村さん、あと三年はこっちにいるよ。そのあと、どうするのかな?」
私は畑野菜美に電話した。田村がどんな男か確かめるため、大淵と関係した性欲の強そうな畑野菜美を田村に近づけるのが目的だ。
「うわっ、おめでとうだね!田村さん。あたしのこと何かいってた?」
畑野菜美の声がいつもとちがって聞える。
「何もいってなかったよ。気になるなら、会ってみればいいよ」
畑野菜美は何をいいたいのだろう。汗臭いまま大淵とともに田村のアパートへ行ったことで、大淵との関係がバレたのを気にしているのだろうか。今さら気にしても遅い。
「いいの?あたしが会いにいっても?」
「いいよ。あたしは最近会ってないから、田村さん、どうしてるか、あとで教えてね」
会いにいって、ふたりで何をしたか田村に教えろよ・・・。
「合格したのはいつなの?どうやって知ったの?」
「五月頃、あたしが田村さんといっしょに映画へ行った話をしたよね。そのとき、合格発表があったら、結果を教えてねって、アドレスを教えたの。そしたら連絡が来たから、なっちゃんに連絡した」
私はラインは嫌いだ。既読だ何だとおバカな仲間と言い争うからだ。
畑野菜美の家は田村のアパートに近い。自転車で五分もかからない。私の家からは十分以上かかる。欲求不満になれば、畑野菜美は田村に会いにゆく。私を選ぶか畑野菜美を選ぶかで、肉食かどうか田村の性格がわかる。畑野菜美をけしかけている私も肉食派だと思うけれど、私は畑野菜美ほどではないと思っている。
自宅への帰路、短大の仲間とともにまわり道し、R川沿いを歩いた。川風にゆれる柳の木陰から対岸にある、田村が暮すアパートの窓が見え隠れしている。
短大の仲間は私の相手がアパートに住んでいるM大生だと思って様々に憶測している。
私たちの大声がアパートに筒抜けらしく、アパートの窓が開いて、住人が私たち見ていた。田村の部屋も窓が開くだろうと思ったが、閉じたままだった。私はホッとした。
短大の仲間が私のつきあっている相手が誰なのか、根掘り葉掘り訊いてきた。私は曖昧に返事して話題を変え、帰路を急がせた。
この道路の先に畑野菜美の家がある。畑野菜美に訊けば、私の相手が誰でどうなっているか判明するが、短大に進学したおバカな私の仲間は、そんなことに気づきもしない。
私と河島智子を除き、このおバカな仲間たちは、成績優秀でM大に進んだ畑野菜美とはつきあいがない。
私は、田村を気にかけている私を自覚した。田村は嫌いではない。もしもの場合にとっておく予備人員だと思いながら、私は、私の家で暮らす田村を想像し、おバカな仲間たちが何を訊いても私の耳に入らなくなっていた。
短大卒業後。
私は二十一。田村は二十三だ。私は地元の繊維関連会社で働いている。田村は大学院へ通っている。
二年後。
私のこともあって田村も私と同じ会社で働くことになった。二人して出勤し、二人で帰宅する。職場はちがうが、何かと私たちは顔を合せる。
短大で私は被服科だった。そのこともあって、私は糸の加工と生地生産までの工程を管理している。田村は糸染めと生地染めの技術担当で。生産と技術研究を担当している。
田村の頭の中は化学式と私のことでいっぱいだ。いつも私を見つめて抱きしめる田村。父も母も、私が田村に愛されているのを理解している。田村は父と母を大切に思っている。
「加代。どうした?考えごとか?」
幼なじみで親友の河島智子が私の手を引いた。智子の温かい手の感触で私は現実にもどった。
私は歩道の際を歩いていた。歩道は車道より二十センチほど高い。足を踏みはずして車道へ転げおちたら怪我をする。
私は河島智子に手を握られたまま智子を見つめる。
「ああ、あぶなかった!ありがとう」
「まあいろいろ考えることはあるだろうが、歩きながら考えるのは危ないよ」
智子は私の手を離さない。私を見つめている。
「うん。注意する・・・」
「相談ごとがあったら聞くよ」
そういって智子はほほえんでいる。
「そのときは頼むよ」
「うん・・・」
智子は何か考えがあるらしく、それ以上なにもいわなかった。
私は何かがちがうと思った。
私が想像する田村との生活はあまりに安定している。もっと激しいつきあいがしたい。いや、そうではない、激しい恋をしたい。大淵と最初に会ったときのような日が毎日つづいたらいい。
日々、心ときめく夫がいれば、私の生活にどれだけ張りが生まれるだろう・・・。
私は贅沢な望みを抱いているのか?そんなことはない。魅力にあふれる男がいないだけだ・・・。
帰宅後。
「ねえ、なっちゃん。田村さんが大学院に合格したよ。田村さん、あと三年はこっちにいるよ。そのあと、どうするのかな?」
私は畑野菜美に電話した。田村がどんな男か確かめるため、大淵と関係した性欲の強そうな畑野菜美を田村に近づけるのが目的だ。
「うわっ、おめでとうだね!田村さん。あたしのこと何かいってた?」
畑野菜美の声がいつもとちがって聞える。
「何もいってなかったよ。気になるなら、会ってみればいいよ」
畑野菜美は何をいいたいのだろう。汗臭いまま大淵とともに田村のアパートへ行ったことで、大淵との関係がバレたのを気にしているのだろうか。今さら気にしても遅い。
「いいの?あたしが会いにいっても?」
「いいよ。あたしは最近会ってないから、田村さん、どうしてるか、あとで教えてね」
会いにいって、ふたりで何をしたか田村に教えろよ・・・。
「合格したのはいつなの?どうやって知ったの?」
「五月頃、あたしが田村さんといっしょに映画へ行った話をしたよね。そのとき、合格発表があったら、結果を教えてねって、アドレスを教えたの。そしたら連絡が来たから、なっちゃんに連絡した」
私はラインは嫌いだ。既読だ何だとおバカな仲間と言い争うからだ。
畑野菜美の家は田村のアパートに近い。自転車で五分もかからない。私の家からは十分以上かかる。欲求不満になれば、畑野菜美は田村に会いにゆく。私を選ぶか畑野菜美を選ぶかで、肉食かどうか田村の性格がわかる。畑野菜美をけしかけている私も肉食派だと思うけれど、私は畑野菜美ほどではないと思っている。