第4話 リアム

文字数 3,380文字

ピィー
聞いたことがある鳥の鳴き声が聞こえてきた。
ん?

空を見上げると、ミランダお姉ちゃんの鳥が飛んでいた。


お姉ちゃんは野性の鳥を飼いならしていた。

青くて割と大きめの鳥。受付の前に止まり木があり、夜はそこで寝ている。


鳴き声から名前はピーちゃん。

私の言うことは聞かないけど、ミランダお姉ちゃんの言うことは忠実に聞く。

ピィ~

青い空に白い雲。冬の日のすすけた日差し。

そんな太陽の光を受けて、悠然と飛んでいる。

……
ピィー

私のいる樹の上でクルクルと回り、地上に向かってすーっと優雅に降りてくる。

……
その行き先に、リアムがいた。

ピーちゃんはリアムの肩に乗り、ピーちゃんを乗せたリアムがこっちにやってくる。

ピピピっ
『褒めて褒めて』という顔をしたピーちゃんが、リアムの頬にすり寄っていた。ピーちゃんはリアムを他の人間と区別していなかった。というか、めちゃめちゃ懐いていて、驚くほどじゃれついている。
……

リアムはピーちゃんの頭をなでつつ、淡々とした表情でこっちに来る。

(改めて見ると、エルフっぽい……)

エルフより背が低いけど人間の十六歳としては高め。ちょっと高くてちょうどいい感じ。シュッとしてすっきりしててすかしてる。本物のエルフは綺麗で背が高くて近寄りがたい。でもリアムはそこまで背が高いわけじゃないから、ほんのちょっとだけ馴染みやすい感じがする。


でも、ムッとしていると、近寄りがたい。

(ただでさえ魔族っぽいのに、そういう顔をしているから攻撃されるんだし)

なんか旅人っぽい格好をしていた。

膝まですっぽり隠れる茶色いマントを着て、これからどこか遠くにでも行ってしまいそうだった。普段はマントなんか着てない。


フード付きの茶色いマントは薄汚れて見えたけれど、いつもと違った感じで凛々しく見えて、ちょっとだけかっこいいかもしれない。


なんとなく、声をかけるのをためらった。

ミランダがお前がいなくなったから探してきてくれって

そう言って、ピーちゃんの足についていたのか、くしゃくしゃに折りたたまれた紙を私の方に投げる。


口を開くといつもと変わらない、幼なじみのリアムだった。

なんだかホッとした。

ピッ

紙がバスケットのナプキンの上に乗ると、リアムの肩に乗っていたピーちゃんが私の肩に乗る。軽くツメが刺さった。


紙を広げると『至急』と赤く書かれていた。

その下に黒で『シェリルがいなくなったから探してきて』と書いてある。


お姉ちゃんの字だった。

ひっくり返すと、何も書かれていない宿帳(やどちょう)。近くにあった紙に慌てて書いたようだ。

ピッピッ
ピーちゃんは私に向かって何かを言うようにさえずる。
(何を言っているのかわかんないし)
でも、ピーちゃんがお姉ちゃんの『おつかい』を一所懸命にこなそうとしているのはわかる。
その鳥、洞窟で寝てた俺んとこ飛んできて、突いて起こしたんだぞ
洞窟にいたんだ……
どこに居るんだろうと思ってたけど。
いいだろ。

どこにいたって

いいけど

別に……

どうせ教えてくれないんだろうし。
お前んとこにも一直線で行くし、

ミランダは魔女か?

機嫌悪そうに言って鳥が居なくなった肩を回し、軽くぼやく。

お姉ちゃんは人間だよ
私とリアムのように、魔法が使えるわけではない。
お前も俺も

人間だぞ

リアムは当たり前のように言った。
でも……

言いかけた言葉を飲み込んだ。


リアムは私と違って両親の顔を知っている。

お父さんが魔族でお母さんは人間らしい。


だからなのか、親と離れて暮らしていても自信がある感じがする。

(私とは違う……)
何それ、

食いモン?

黙り込んでいると、リアムはナフキンがかかったバスケットを指さして言う。
……
バスケットを体で隠すように抱え、リアムから遠ざけるように向きを変える。
…………違う
こんなの見せらんないよ。
すっげーいい匂いがすんだけど

食い物ならくれ

(いい匂い?)

リアムの鼻はどうなってんだ?


リアムは私の隣に座った。小さな切り株だったから、リアムの体がくっついてきた。

避けるように身を縮めると、グイグイ座ってくる。

狭いんだから

遠慮しなさいよ

隙間

開けてくれたんだと思った

違うわよ
ちょっとの間、沈黙が続く。
(なんか……、気まずい……)
ソレ、何?
空気の読めない男はそう言った。

マジで腹減ってるから

食いもんならほしい

(うるさい……)

と思っていると、リアムのお腹の虫が鳴る。

……
……
……
捨てられた子犬のような目で見ないで欲しい……

お腹壊しても、

私のせいじゃないからね

面倒になって、バスケットをリアムに押し付けるように渡す。
(リアムが欲しいって言ったんだもん。お腹壊しても私のせいじゃないんだからね)

ブレンダお姉ちゃんに「リアムに作れ」と言われて作っただけだし……。

でも、少しだけ、頬が熱くなった。

……!
ナフキンを持ち上げて、中を覗きこんだリアムが固まった。
(……やっぱり渡すんじゃなかった)
コレ、何?
……チョコ、……マフィン
に、なるはずだった物。
俺が知ってるチョコマフィンは

こんな外見してないぞ

無神経なリアムはボソっと言う。
……返して
バスケットを取り上げようとしたけど、リアムはしっかりと握っていて取れなかった。
ブレンダお姉ちゃんのレシピで

ミランダお姉ちゃんがくれた木の実を入れたらこうなったの!

取り上げるのは無理だったから、言い訳をした。
なるほど……

リアムは茶色いブニブニな物体をつまんでいる。

弾力があるから、親指と人差し指でグニグニして遊んでた。

いい感じの弾力だぞ
この男、これ以上、私にダメージを与える気か?
私だけ血がつながってないから、

こういうことするんだよ……

あ?
じわっと涙が出てきた。
私がいなかったら、

みんなはちゃんとした人間の村で暮らせてたんだもん……

今までずっと言いたくても言えないことだった。

言ったらいけないことは分かっていた。だから言うことができなかった。


それを言えたからなのか、涙が後から後から出てきた。

あの二人がそういうことするか?

バスケットを抱え、こちらは見ずにリアムが言った。

じゃなかったら、

どうしてそんなのできるの?

リアムが持っているバスケットの中身は、食べられた物ではなかった。

自分で作っておきながらナンだけど、食べ物って感じがしない。

お前が壊滅的に

料理ができないってだけだろ?

こいつは優しさという言葉を知らないのか?


でも、ウチの家族のように、外見だけの優しさよりはいいかもと思った。

どっちも傷つくけど……。

クッキーはおいしくできたもん
泣きながらリアムに言った。

ブレンダお姉ちゃんと一緒に作ったけど……

お姉ちゃん、外面がいいから、『いいお姉ちゃん』を演じてたんだわ……。

見かけはひどいけど

匂いは悪くないぞ

リアムはそう言って、つまんでいたチョコマフィンもどきを口の中に入れた。

(このクソまずそうな薬みたいな匂いが悪くない?)

どうしてリアムがそう言ったのか、わからなかった。

リアムの鼻は荒野を彷徨(さまよ)っているうちにおかしくなったんじゃないか?

お前

コレ、食った?

リアムが探るような顔で私を見て言ったから、うなずいた。

めっちゃ不味いでしょ?

言われる前に自分で言った。

すると、リアムは複雑そうな顔をした。

いや、めっちゃうまいぞ

リアムは信じられないことを言った。

そして、ホントに美味しそうにバスケットから茶色い物を出して食べている。

味覚おかしいんじゃない?
ハンパなく不味いのに、リアムはそれをパクパク食べていた。
普通だと思うぞ。

こんなうまいの、食ったことない

リアムがそんなことを言うから、恐る恐るチョコマフィンもどきをつまんで食べてみた。

マズ……

さっきと同じで、クソまずかった。

どうしてこらがうまいになるんだ?


でも、リアムはパクパク食べていた。

コレ、何入れたんだ?

ミランダお姉ちゃんがくれた

魔力を回復する木の実

ふーん

そう言ってバスケットからもう一個出して食べる。

……

リアムはパクパク食べる。

(ホントに美味しいって思ってるの?)

リアムは不味いと言わずに食べ続けてる……。

それを見ていたら、涙も引っ込んだ。

(よく食べるわね……)

そして、茶色い物体を食べながら、何かを考えるように、じっと草原の先の岩山を見ていた。

あっち行って

何でもいいから魔法使ってみ

リアムはバスケットを持ち、私を立たせて岩山の方に移動する。


ピピピ?
ピーちゃんは『移動するの?』とでも言うかのように首を傾げ、またリアムの肩に移動した。
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登場人物紹介

シェリル(14)

人間と魔族の間に生まれ、魔法が使える。

宿屋の三姉妹の末っ子

リアム(16)

とある国の国王の孫だが修行の旅に出されてミスティ村に長期滞在している。

ミランダ(19)

シェリルの姉

宿屋の三姉妹の頼れる長女

ブレンダ(19)

シェリルの姉でミランダの双子の妹

宿屋の三姉妹の仕事ができる次女

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