第2話

文字数 2,071文字

「七兵衛寄席へいらっしゃい」

あっしは猫の七兵衛と申します。
7人兄弟の末っ子とかそういうわけでなくて、あっしはどうにも質屋の軒先に捨てられていて、それを拾った主人が質屋のシチにかけて七兵衛と名付けたとのことですが……それはさておき。
あっしはもう生まれてから相当な年月が経ちますが、みいと鳴きながら生まれてこの方ちゅーるというものを食べたことがないのでございます。
食べればそりゃ天国が味わえるともっぱらのうわさで、あっしも1度は食べてみたいなァなんて思っていたのでございます。
まあそれも猫の狭い額でいつもいつも考えていられるものでもなく、たまに思い出すだけでございました。

それはそうと、あっしはこの間、ふらっと知らない人様の庭に遊びに行ってみたのでございます。
それはいいけれど、あっしは長らくおまんまにありつけておらず、そこでぐうと腹が鳴る。ああ、腹が減ったナと思ってあっしは考えた。まあ、人間なんてものは愛想良くしてやれば魚の1尾や2尾くらい持ってニコニコ現れてくれるもんだということくらいはわかっております。まあ、たまには猫が嫌いな御仁もおりますが、それはそれ。あっしは家に向かって鳴きました。
にゃあお。にゃあお。
まあそれから程なくしてやって来たのは可愛らしいお姉さん、だったら良かったナ。いや、それでも可愛らしいおばあさんでございました。

おやおやトム。帰ってきたのかい。
おばあさんがそう言った。
いやいやあっしはトムなんて名前じゃない。あっしには七兵衛という名前があるんだよ、と伝えたくても、猫と人じゃ言葉も違う。見た目だけではございません。
まあ、名前がどうこう言って機嫌を損ねるのも本望じゃないナ。あくまでも愛想良くしてれば、なにか食わせてくれそうだ。
てなわけであっしはこの狭い額をおばあさんのシワシワのスネに擦り付けて精一杯愛らしく振舞った。するとおばあさんもわかったらしく、はいはいと二つ返事で奥に引っ込み、なにか持ってきた。
見たことも無い、細長い袋だ。おばあさんはブルブル震える細い指でそれを開けて、あっしにお食べと突き出した。
匂いはとってもいいのだけど、あっしにゃそれが何かわからない。見た事がないから、それをどうすりゃいいのかと思っていたのでございます。するとおばあさんがこう言った。
トムはちゅーるが嫌いかねえ、とね。
だからあっしは七兵衛でトムじゃない、いや待てよ?ちゅーると言いましたかおばあさん。この狭い額でも名前を聞けば思い出せるってもんだ。あの天国が味わえるという食べ物、その袋の中身がちゅーるだと言ったかい。
こりゃ食べない訳にもいかないなと、必死に食らいついたらそりゃもう頭にビビビと電流が走り、それから先はあまり覚えておりません。気がつけばその細長い袋は空っぽ、おばあさんもニコニコしながら2袋目を開けている。こりゃ大変だ。こんなに美味しいものを食べたらもう戻れないよ、と3袋を平らげてみたらおばあさんがホロリホロリと泣いている。
言葉では伝わらないまでも、じっと見つめりゃ意図は伝わるもんだ。おばあさんがポツポツと語り出した。
おかえりトム、やっぱりちゅーるを食べに帰ってきたんだね。
そうか、逃げた猫が帰ってきたんだと勘違いしてるなと思ったよ。でも家の奥に目をやると、小さな箱の横に愛猫トムと書いてあるのが見えた。写真の横には「享年16才」と。

ははあ、こりゃもしかして。
おばあさんは、最期にトムにあげられず、袋ごとぜーんぶ残ったちゅーるをあっしにくれることで、悔いを晴らしたかったのだなと気づいたよ。
その日はもう1日ずっと、おばあさんと過ごしてちゅーるを貰ってさ。おばあさんも満足したのか、次の日に眠るように亡くなってらっしゃった。

それで、あっしはどうしたかって?そりゃもう、今はここに居るよ。ちゅーるを食べたからね。わかるだろ?
……いやはやあンたらも察しが悪いねェ、あんまり言いたくはないけどさ。そもそもあンたら、この七兵衛の言葉がわかってるんだろ?そもそもそれがおかしいってことなんだ。

あー、ダメだな。焦れってえな。もう答え合わせとしようじゃアないか。そう、ちゅーるを食べたあっしはその次の日におばあさんを追って昇天。
まァ相当な年月を過ごしたってのも、腹が減っててね。時は江戸時代、猫に食わすものなんて人様が食べて残った残飯に魚の骨を突き刺しただけのようなもんで、言っちまえばまともなおまんまも食べたことがなかったのでございます。
こりゃ何か美味いものを食うまで仏様にゃ顔を見せてやらんぞと決意したら令和の時代まで来てしまいまして……つい先日、おばあさんのおかげでその決意の落とし所も見つかって、こちらへ招かれたのでございます。

そもそもあっしの言葉を一言一句聞けてるみたいじゃアないですか。も少しどこか疑ってみるとよかったかもしれないね。いやいや、そんなにあンたらが純粋だからこっちに来たのかもしれないな。
まあ、前置きは長くなりましたが、ようこそ天国へ。七兵衛寄席は毎朝11時からやっております。今後ともご贔屓に……。
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