第1話
文字数 577文字
森の入り口にはたしかに「熊出没注意」の立て看板があった。
まさか本当に出るなんて。でも私の目の前には熊がいる。
こんな時は先に動いた方が負けだ。私はそう信じている。
あの時もそうだった。
恋人と些細なことでケンカになり、二人とも立ったまま身じろぎもせずにらみ合っていた。
私は叫びたいのをこらえてジッとしていた。
その時、カシャンと小さな音を立てて私の耳からイヤリングが落ちた。
恋人はハッとして床に目を落とした。張りつめていた空気が溶けた。
それは恋人からの初めての贈物だった。
恋人は私に歩み寄り、ゆっくりとイヤリングを拾い、私に手渡した。
あきらめたようなあいまいな笑みを浮かべながら。
そういえば、そのイヤリングが今、私の耳に感じられない。
途中で落としたのだろうか。でも今は動けない。
目の前には熊がいる。
熊がのそり、と動いた。近づいてくる。私は動かない。もとい動けない。冷や汗が出る。視野が狭くなる。熊が目前に迫る。熱い息が顔にかかる。
と、熊は私の手を取り、手の平に白い貝殻の小さなイヤリングをのせた。
大きな爪でつままれたイヤリングはことさら小さく見えた。そして熊の手の平からはハチミツの甘い匂いがした。
熊はくるりと背を向けるとゆっくりと立ち去っていった。
その姿に、あの日恋人が背を向けて出ていった時の姿が重なる。
私は熊に勝ったのだろうか。
恋人は私に負けたのだろうか。
まさか本当に出るなんて。でも私の目の前には熊がいる。
こんな時は先に動いた方が負けだ。私はそう信じている。
あの時もそうだった。
恋人と些細なことでケンカになり、二人とも立ったまま身じろぎもせずにらみ合っていた。
私は叫びたいのをこらえてジッとしていた。
その時、カシャンと小さな音を立てて私の耳からイヤリングが落ちた。
恋人はハッとして床に目を落とした。張りつめていた空気が溶けた。
それは恋人からの初めての贈物だった。
恋人は私に歩み寄り、ゆっくりとイヤリングを拾い、私に手渡した。
あきらめたようなあいまいな笑みを浮かべながら。
そういえば、そのイヤリングが今、私の耳に感じられない。
途中で落としたのだろうか。でも今は動けない。
目の前には熊がいる。
熊がのそり、と動いた。近づいてくる。私は動かない。もとい動けない。冷や汗が出る。視野が狭くなる。熊が目前に迫る。熱い息が顔にかかる。
と、熊は私の手を取り、手の平に白い貝殻の小さなイヤリングをのせた。
大きな爪でつままれたイヤリングはことさら小さく見えた。そして熊の手の平からはハチミツの甘い匂いがした。
熊はくるりと背を向けるとゆっくりと立ち去っていった。
その姿に、あの日恋人が背を向けて出ていった時の姿が重なる。
私は熊に勝ったのだろうか。
恋人は私に負けたのだろうか。