星のレプリカ

文字数 1,949文字

 ぼくには忘れたい友人がいます。友人と言っても中学時代の友人だから、かれこれ十五年以上は前の話になります。
 その頃ぼくは、図書室で読んだ小説に憧れては見様見真似でノートの隅に作品を書いていました。ハマっていたのは自分と同じ苗字の宮沢賢治で、特に「よだかの星」の物悲しさには心を打たれました。その衝撃を語るには夏休みの読書感想文では足りないので、ここでは言いません。

 さて、話は元の線路に戻りますが、ぼくは中学生の頃から小説を書いていました。移動した先の理科室で、いつも通り授業をサボり気味に聞いていたぼくのノートを見て、その友人は言いました。
「宮沢くんのお話は面白いね!」
 友人は普段マンガくらいしか読まない人だったのですが、超短編(俗にショートショートなんて言い方をするでしょうか)かつノートの隅っこで完結するような話ばかり書いていたので、友人でも楽しめたようです。
 ぼくはその友人になら、と小説家になりたいという夢を話しました。すると友人は爛々と光る純粋な瞳で言うのです。
「宮沢くんならきっと小説家になれるよ。苗字だって賢治と一緒だし!」
 当時は「まさか」と鼻で笑い飛ばすしかありませんでした。それでも無責任な一言がラメみたくキラキラとこびり着きました。

 友人とは卒業したらそれっきりでした。しかし言葉だけは鮮明に残っていて、ぼくは大学生になっても馬鹿げた夢を追いかけるのに必死でした。ひたすらコンクールに応募し続け、それでも大きな受賞はなく、就職活動の時期を迎えました。
 クリエイター特有の自尊心のためか面接はうまくいかず、二〇社目の会社を探していた時のことです。気紛れでネットに投稿していた連載小説が編集社の目に留まりました。
 顔も知らない誰かに「小難しい表現が多い」と評されることが多かった小説ですが、西洋風のファンタジックな世界観が広く受けたみたいです。
 就職先が決まる前にあれよあれよと本の出版が決まり、ぼくの進路は夢だった小説家になりました。

 夢が叶ったまでは良かったのですが、編集社から求められるものは、ぼくの書きたい内容とはかけ離れていました。それでも自分の色を出そうと努力しましたが、才能を潰す助言をたくさん受けました。
「もっと現代的な言い回しにしてくれない? じゃないと読者はわかんないよ」
「アイデアが奇を衒い過ぎていて、今時の子にはウザいんじゃないかな。もっとわかりやすく、王道で華のある展開も欲しいよねえ」
「ハッピーエンドにしないの? ないない。それはないよ、宮沢くん」
編集(こっち)の指示に従ってくれれば売れるから。仕事なんだから、お金、欲しいでしょ?」
 十年ほど、そんな声に耐え続けました。苦しくて蕁麻疹がいつも消えません。
 ある程度のキャリアを積んだと思えた頃、口うるさい担当編集が出世して新しい人が付きました。ぼくは一世一代の機を得たと思って言いました。
「ぼくに一度だけチャンスをください」
 いつもは許されない大好きな表現を多用し、小説家として培ってきたぼくの全てを注ぎ込みました。そしてその小説は、ちっとも売れませんでした。

 それからのぼくは、誰かの真似事ばかりするようになりました。タイムリーで人気な作品の設定を真似て、表現から純文学的な要素は排されていきます。その度に自分の中にある命の火を消している気がしました。

 ある時、中学校の同窓会があると連絡をもらいました。ぼくは少しでもあの頃の気持ちを取り戻したい一心で、それまで一度も行かなかった同窓会へ参加してみることにしたのです。
 物珍しさからちらほら(・・・・)と話しかけてくる当時の面影を持った壮年に入ったばかりの若者たち。他愛ない挨拶と社交辞令が飛び交って疲れてしまった頃に、また声をかけられました。
「久し振り。ミヤザワくん、だっけ」
 あの友人でした。ぼくは久方振りに死んでいた心を取り戻した気がしました。
 友人にだけ、それまで他の同級生にはできなかった今の仕事の話をしました。肩書きだけは誇れる気がしたからです。
「ミヤザワくん小説家なの? 凄いね!」
「昔、書いていたような話じゃないけどね」
「ふうん、そうなんだ。俺、読ませてもらったことあったっけ?」

 その日、ぼくはバケツに水を注ぐようにお酒を飲みました。気付くとどこか見知らぬ駅のトイレで寝てしまい一夜を明かしていました。そしてその日の内に、また新しい作品を書き始めたのです。
 どけだけ書いても、あの頃に言われた言葉が忘れられません。未熟なぼくに才能を与えてくれたあの言葉が。もしあの友人の顔も思い出せなくなれば、文字を綴る手はきっと軽やかになってくれるのに。
 実に汚いプライドが、星になりきれなかった鳥の羽音が、うるさく、燃えていました。
 今でもまだ燃えています。
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