#4

エピソード文字数 2,110文字

 ガタガタと石臼が振動したかと思ったら、光は収縮していき、やがて暗くなった。
 石臼の汚れがやや薄くなっている。泥蛆は跡形もなく消えていた。
 晶良は深く息をつくと、両手を脇にだらんと伸ばした。いくらコントロールできるようになったとは言え、かなり疲れてしまう。
 かつての友人が自分の魂と同化し、それまで成長が止まっていた晶良の時間が一気に動き出した時に感じた、強烈な疲労感にも似ている。
 失いたくないと強く願って、輪廻環へ還されそうになった友人の魂を、自分の魂に取り込んだのが原因だった。友人を代償に、コントロール不可能だった力をうまく操れるようになり、それが由来で成長しきれなかった体が年相応に変化した。
 力を使うと、自分の中の友人も一緒に力のトリガーを引いてくれるのを感じる。それが心強くもあり、悲しくもあった。笑いあうことも話すこともできない友人を、いくら身のうちで感じてももう二度と戻っては来ないのだ。
 自分の中に友人がいることを彼の妹は知っている。だからきっと複雑な気分だろう。もしも晶良が力を使わなければ、彼は輪廻環に強制的に還されるようなはめにはならなかったのだから。陽向が時折見せる強がりは、晶良への無意識の態度なのだろう。
 晶良は両手を挙げて、手のひらをじっと見つめた。もはや力の片鱗はない。
 拝殿内も清浄な空気をまとい、穢れは消滅していた。
 晶良は軽く息をついて、気持ちを取り直し、拝殿から外に出た。
 辺りはすっかり暗くなっている。日が暮れ始めたのだ。山の中の泥蛆はまだうごめいているようだった。そのほかには何の代わり映えのない景色。
 晶良はずいぶんと軽くなった清水の体を背負おうとかがんだ。
 そのときに、草むらから声がした。聞き覚えのある声に晶良はハッとする。
「あきら……」
 その声ははっきりと晶良の名を呼んだ。しかし、ありえない。
「あきら……」
 また声を掛けられるが、今度は涼やかで幼い少女の声だ。
「あきら……」
 かと思えば、テノールの甘い青年の声。
「いったい……」
 晶良は口の中でつぶやいた。ありえないのだ。死んだ人間が自分を呼ぶなど、あってはならない。たしかに晶良は死者の声を聞くことはできる。けれど、少女と青年の声は聞こえるはずがない。彼らは輪廻環に戻ってもいないから。
 そして最初の声の主は今や自分の中にいる。声が聞こえるとしたら耳で聞こえるはずはなく、体の中で響くだろう。
 このままここにいてはいけないと、晶良は韋駄天の力が宿る体で、清水を背負ったまま軽々と山道を下っていった。

 すっかり日が暮れた六時頃に、晶良はようやく岐家にたどり着いた。
 清水を担いだまま、玄関に入ると、水屋から幸姫が出てきて驚いたように声を上げた。
「し、清水さん?」
 慌ててサンダルを突っかけて、土間に下りてくる。
「どういうことです? どうしたんです?」
 事態が飲み込めないのか、幸姫が何度も聞いてきた。
「船戸山の付近で倒れてたんです。意識がないので、こちらに連れてきたんですけど……。少し休ませて意識が戻ったら病院に連れていきましょう」
「え、ええ」
 幸姫が急いで右のふすまを開けて、空いている部屋に布団を敷いた。
 二人で清水を寝かしつけていると、ふすまの影からひょっこりと陽向が顔を出した。
「あれ、その人……、あっ! 清水さん?」
「山の辺りで倒れてたんです」
 晶良はもう一度説明した。山に入ったと幸姫が聞けば変に警戒させてしまうかもしれないからだ。
「凄く顔色が悪いし、なんだか人相が変わってない?」
 陽向が膝立ちでにじり寄ってきて、寝ている清水を覗き込んだ。
 清水からは小さいながらも泥蛆が湧きだし、もぞもぞと服の上を這い回っている。陽向に近づいて欲しくなくて、晶良は陽向に今日はどうしていたか訊ねた。
「今日? 普通に観光してた。合掌造り集落とか見てきたよ。人が多くて嫌になってきたから、すぐ帰ってきたけど」
 陽向に何事もなく、無事に過ごしていたことがわかると、晶良は安心して胸をなで下ろした。
「このあと、何かすることある?」
 陽向が聞いてきたので、晶良は答える。
「いいえ、清水さんが目を覚ますまでは何もありませんよ」
「浅野先生は見つかった?」
 船戸山に登ったことは陽向しか知らない。気を利かせて幸姫の前ではそのことを黙っていてくれた。
「どこを探してもいませんでした」
 それを聞いて、幸姫が訝しげに訊ねてくる。
「浅野先生がどうかしたんですか?」
「待ち合わせ場所に来なかったんです」
「まぁ……。ご自宅にはお帰りになってるかしら……。電話を掛けてみます? 多分奥様がいらっしゃるはずです」
 晶良には浅野が戻らないことがわかっていたけれど、一応頷く。
「もしよければ」
 幸姫が立ち上がり、土間にある電話台のほうへ行き、連絡帳を持って戻ってきた。
「電話番号が変わっていたらすみません。久那が小学生だった頃の番号だから」
「とりあえず、先生がいらっしゃるかだけ確認取ります」
 そう言って、晶良は連絡帳を受け取った。
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登場人物紹介

一宮 晶良(いちのみや あきら)

美貌の、残念な拝み屋。姉からの依頼で行方不明の高木俊一を探しに、岐阜の白山郷を訪れる。

岐(くなぐ)姉弟の営む民宿に滞在し、村に伝わる神隠しの伝説を調査することになり……

常に腹が減っている。

岐 幸姫(くなぐ ゆき)

岐家の長女。ししゃの家と言う屋号を持つ民宿を営んでいる。

24歳くらい。儚げな美人。

弟の久那(ひさな)ととても仲がいい。

岐 久那(くなぐ ひさな)

高校二年。幸姫の弟で、姉に似て美少年。

晶良にとてもなついている。

高木 俊一(たかぎ しゅんいち)

行方不明の男。もともと白山郷の出身。

高木 綾子(たかぎ あやこ)

俊一の妻。夫を探しに晶良とともに白山郷を訪れる。

清水 辰彦(しみず たつひこ)

白山村役場の課長。


浅野 怜治(あさの れいじ)

村立白山小学校の教師で郷土史家。

高木 俊夫(たかぎ としお)

俊一の父。大阪にある会社の代表取締役。白山郷の出身。

佐藤 良信(さとう りょうしん)

栄泉寺の住職。白山郷の言い伝えや歴史に詳しい。

水野 八重(みずの やえ)

村の最年長の老婆。村の言い伝えに詳しい。

田口 光恵(たぐち みつえ)

八重の孫。

堀 聡子(ほり さとこ)

八重のひ孫。

一宮 翡翠(いちのみや ひすい)

晶良の姉。晶良に今回の調査を依頼した。

諏訪 陽向(すわ ひなた)

晶良の友人の妹。大学一年生。

一言主神の巫女。晶良のマネージャー。

泥蛆(でいそ)

人の悪心、嫉妬、殺意、憎悪や、人に取り憑いた子鬼を食らうために、人間に取り憑き、精気を吸ってさらに悪い状態へ持って行く存在。

黄泉から来た。

小鬼(こおに)

人の欲に取り憑く。人間の欲を食べる小物。どこにでもいる。大抵の人間に憑いている。

瓜子姫(うりこひめ)

白山郷の伝承

あまのじゃく

白山郷の伝承

双体道祖神(そうたいどうそしん)

塞ノ神。村の境界にあり、厄災から守る。


白山郷では子宝の神様として祀られている。

白山郷

岐阜県の山間にある小さな村。世界遺産に登録されている。

合掌造りの家屋が有名。

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