白くて空っぽ

文字数 1,368文字


 地元に到着する頃には、日は沈んでいた。

「つぶれたか」

 駅構内の一角。テナント募集の張り紙が貼られているスペースは、数年前まで本屋があった場所だ。

「思い出に浸らせてもくれないのな」

 男はリュックを背負い直すと、それ以上のひとりごとをやめた。

 コンビニでペットボトルを買い、電車を乗り換えた。五分もしないうちに降り、構内踏切を渡る。携帯を押し当てるようにして改札を通りすぎて、木造駅舎を背に歩いた。

 夜風が吹き、男はマスクの位置を調整した。昼間ならば潮の香りも運ぶ風は、ここにはあって東京にないもののひとつだ。その風はたまらなく心地よくもあり、憎くもある。

 真っ暗な駅周辺を歩いていると、広い駐車場が見えてきた。
 駐車場の右手には二十四時間営業のスーパーがあり、その奥には薬局、国道側にはバーガーショップもある。
 左手には本屋がある。スーパーの三分の一程度の大きさだが、だだっ広く見えた。車が一台しか停まっていないせいだった。

 男が駆け足になると同時に、本屋から赤いエプロンを身に着けた人が出てきた。黒縁眼鏡の姿は学生のようであったが、白髪混じりの黒髪が生きた時間を物語る。

「功!」
「……誰?」

 功は目をぱちくりと瞬かせる。

「俺だよ。連絡いれたろ」

 足を止めた男はマスクを一度取って見せ、すばやくつけ直した。男がくしゃみをする間に、「そうだけど、え?」と功の戸惑う声が聞こえた。

「引っ越しの荷物は明日届くし、暇だから来た。邪魔なら帰る」
「邪魔じゃない、けど」
「けど?」

 男が促すように言うと、功は頭をかいた。

「帰ってこないと思ってた」
「ひどいな。俺が郷土愛のない人間に見えるとでも?」
「違うよ。でも、この町は……」
「知ってる。だいぶ変わったみたいだな。地元のはずなのに新しい町にいる気分だ」
「……」
「本屋が続いていると知って安心したけどな」
「まぁ、なんとかね」

 功は、ふにゃりと笑ってから、「よかったら入ってよ」と言った。

「閉店時間だろ?」
「店長特権だよ」

 男は目を見開き、ゆっくりと細めた。

「じゃあ店長になった祝いに一冊買っていこうかな」

「もっと買ってよ」とあきれて笑う功の顔にシワが刻まれていた。

 店内に入ると静かだった。
 まず男の目に飛び込んできたのは、小説や漫画などの新刊であった。さらに進むと絵本や、絵本に出てくるキャラクターのおもちゃが置かれていた。

「おもちゃもあるんだな」
「絵本コーナー兼おもちゃコーナーだよ。土曜日限定で朗読会もやっててね。子どもがいっぱいくるんだ」

 と功が説明してくれた。

「そうなのか。こっちは文房具?」

 男は数歩進み、左を指さしながら功のほうに顔を向けた。

「学生も多いからね。受験生のテキストと一緒によく買ってくれるんだ」
「なるほどな」

 また進むと、今度は本とは違う形が並んでいた。

「これは?」
「アニメグッズだよ」
「ふぅん」
「レジにはアニメ関連のくじもあるし、アイドルを推している人に向けたCDや特典も置いてあるよ」
「へぇ……」

 その後も功の案内が続いたが、男は黙っていた。

「じゃあ僕は準備があるから適当に見……」
「なあ」
「何?」

 功は、すぐさま振り向いた。

「この店全体で、本が占めてる割合はどれくらいなんだ?」
「五割くらいかな」

 男の眉間にシワが寄る。

「それは本屋なのか?」
「本屋じゃないとでも?」

 
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