第3話 新選組とテングメン

文字数 4,485文字

「総司、早くして。出番に間に合わないわよ!」

 なつかしい近藤さんの声で総司は我に帰った。着替えている途中で、モニターに映るイゾーの姿に釘付けになってしまったようだ。いかんいかん……

「ごめんなさい!すぐ着替えます。」

 近藤は既に、浅黄に白の山形を袖口に染めぬいた、懐かしい新選組の羽織を着ていた。この色がやがて、返り血を目立たせない深紅の色に変わる前、まだ血の匂いが薄い頃の隊服だ。

 土方さんも、斎藤さんもいる。あの頃へ帰って行くんだ……甘酸っぱい思いがあふれ深呼吸をした肺に、オゾンの匂いがするスタジオの空気が流れ込む。

「新選組の方、御願いします!」

 イゾーは椅子から立ちあがった。
 スタジオの入り口にいかつい近藤さんと、一段と白い顔の総司が見えた。
 思わず名を呼んで手を振ろうかと思った。
 生放送だと思い出し喉で止める。
 視線を感じてくれないかな。
 眼が合わない。
 緊張してるのかな?……それも総司らしいと思う。
 頑張って!
 頑張って総司!
 大道具さんたちが手際良く京都の街並みをカメラの視界内に押し出す。
 イゾー、斎藤、近藤、土方……何人もの祈りの中で総司はフレームインした。

「ねえ、近藤さん、僕なんかでも…近藤さんの育てた兜虫社中みたいな時代のスターになれますか?僕、剣術しかできませんよ。」
「なれるわよ……兜虫社中を始め幾多のスター・時代のアイドルを送り出してきた、このジョニーズ事務所社長=ジョニー近藤の眼と鼻を信じなさい。間違いなく総司は大スターの器だわ。但し、これからの時代はもう、浄瑠璃(ろっく)だの囃子方(みゅーじしゃん)だのの時代じゃないのよ……これからの時代はね、バイオレンスよ!バイオレンス・アクション!……」

 モニターに映る画面が切り変わる。

 近藤たちの歩いている五条大路の裏通りで、二人の人間が、激しく交錯した。刀を構えたままの手首二つが宙を飛び、鮮血が追い掛けるように空に真っ赤な虹を掛けた。

 斬った方の驚く顔が見えた……イゾーだ。

 横丁から飛び出した男がイゾーに囁くと、後を受けて、両手を斬られた男に斬りつけた。トンボと呼ばれる高い構えから、鋭い踏み込みと共に放たれた刀は、大根を斬るように袈裟掛けに身体を真っ二つにした。死体は刈られた草のように折り重なり、べっとりと赤黒いケチャップソースのような血が、通りの砂の上にゆっくり広がっていった。

だが、血の匂いは近藤の鼻には届かなかった。

「……バイオレンス・ヒーローの時代なのよ!沖田総司=危険な香りのするオ・ト・コ……の時代が来たのよ。」
「はあ……」
「はあ……じゃないでしょ!何のためにあたしが美少年ばっかり集めたの?何で、あたしたちがこうしてワザワザ目立つ衣装で刃物ぶらさげて、この日本一危険な都市……眼を血走らせた勤王の志士が、刀を光らせてあたしたち幕府の犬を叩っ斬ろうと待ち伏せしている京都……尊皇攘夷の嵐吹く、帝の都の町並みをそぞろ歩いてると思ってるの。あたしたちナンパでもしに来たの?こうしてるうちにも今、そこらの角から、薩摩の田中新兵衛なんて凄腕の人斬りが現れるかも知れないのよ。」

 言葉通り、仏具屋の角から返り血を浴びた田中新兵衛が血刀をさげて現れた。

「新兵衛…!」

 局長の背中越し、すたすたと歩いてくる新兵衛に土方と斎藤が気付いた時には、示現流の最初の一跳びで近藤を斬れる距離まで新兵衛は近づいていた。能面のようなその眼から放たれる氷のような殺気に、二人の足は凍りついた。

『死神が歩いてくる……』

 総司には悪い冗談のように思えた。今、ぴくりとでも動けば新兵衛の血刀は間違い無く近藤局長を袈裟掛けに斬り倒す……総司もまた動けなかった。近藤に気付いた様子は無い。

「人の話聞きなさいよ。田中新兵衛なんか薩摩示現流の達人なんだから、ぼんやりしてたら袈裟懸けにバッサリ、首と身体が泣き別れよ。」
「ちぇすとお!」
「ぶぁっくしょん!」

 新兵衛が気合と共にトンボに構えた刀を振り降ろした瞬間、近藤は身体を二つに折り、示現流の烈迫の気合に勝るとも劣らぬ豪快なクシャミをした。血刀が隊服をかすめ、薩摩の人斬りは思わぬ空振りに体勢を崩しかけた。

 近藤は鼻をすすり上げながら続ける。

「示現流は最初の一撃が一番怖いんだから、本当に気を付けなさいよ!」
「ちぇすとお!」
「ぶぁっくしょーん!!」

 新兵衛魂身の二撃目も同じ結果となった。これには総司たちと同じく新兵衛の目も丸くなった。流石に薄気味悪くなったのか……田中新兵衛は刀を担いで踵を返し、首をかしげながら去っていった。

「どこ見てるのよ!ほら、もし後ろから新兵衛が来てたら、あんたたち、とっくに微塵切りにされてるわよ!」

 アルマーニのハンカチで鼻を拭きながら注意する近藤の背後を、三人は必死に指さしていたが、近藤が振りかえった時には新兵衛は角を曲がっていた。三人の剣客は、これを呆然と見送るしかなかったのだ。

「何よ?どしたの?わざわざ、私を振り返らせるなんて、アラン・ドロンでも歩いてたの?」

 近藤さん……あなたは本当に気付いてないのか!?

「……土方さん、この先に美味しいぜんざい屋ができたんですよ!ほら早く!」

 総司が取り繕うように話題を変えた。土方の袖を引っ張る。

「ん……ああ。」

 総司が子犬のように駆け出していった。土方が近藤に一礼してから後を追う。
土煙を風が運び去って行く。

「まったく近頃のヤングは判んないわ……」
「……ヤング……?」
「何よ。一ちゃん、何かいった?」

 慌てて斎藤が言葉を探す。

「いえ。……鬼の副長も、総司には甘いですね。」
「あれで、本当はセンチでロマンチストだからね。総司の病気が病気だから、限り有る月日を精いっぱい生きさせてやりたいとか、そんな事考えてんのよ。あたしなんか、普通が一番だと思うのにね。本人が気兼ねしちゃうでしょ。」
「そんな時には剣術の稽古が一番です。何もかも忘れて刀と一体になる。世界が透き通って音楽が聞こえてくる……」
「あら、一ちゃんも兜虫のファン?」
「いえ、私はクラシックが。」

 まず足音が。
 そして血相を変えて土方が駈け戻って来るのが見えた。
 息が荒い。

「人斬りです。尊皇攘夷派を騙って私腹を肥やしていた越後浪士の本間精一郎が斬られました。犯人は二人、一人は薩摩の田中新兵衛、もう一人は土佐の岡田以蔵、あるいは"天狗面"と名乗ったそうです。」
「テングメン?……何それ?」
「……総司は?」

 斎藤があたりを見回す。

「ちょっと、気分が悪くなったらしい。後から来るだろう。近藤さん、とにかく行きましょう。」

 土方と近藤が駆け出して行った。斎藤は首を回して総司の姿を探し、あきらめて後を追った。三人の足音が遠ざかるのを、総司は路地の用水桶の陰で聞いていた。口を拭った手の甲を桶の水でゆすぐ。

「くそ……病気なんかに……」

 血の味が喉の奥からせり上がる。

「くそ……」

 しゃがみこみ、せき込んでいると、同じように目の前にしゃがみこんでいる子供の背中を見つけた。

 ……泣いているようだ。

 総司はためらいがちに子供の背中に掌を置いた。びっくりして振り返った子供の頭の上には天狗の面があった。

「どうしたの?何で泣いてるの。」
「今……今そこで、ひ、人斬りを……」
「見たのか!それは怖かったろうなあ。もう大丈夫だよ。僕がいるからね。」
「グスン……おっ父は……あいつらは宇宙人だから、血は緑色で、斬られたら、フラッシュみたいに光って、消えるって……そう言ったのに……」
「ん……?特撮物のロケか、何かだと思ったのかな?」
「両手を斬ったら、赤い血がピューっと出て"痛い!痛い!"って叫んだ……おら、びっくりして……そうしたら、新兵衛のにいちゃんが"後はおいどんが!"って、そしたら……そしたら……」

 少年のくりくりっとした両目からぽろぽろと涙の粒がこぼれた。総司の隊服、山形の袖がイゾーをやさしく包み、しなやかな腕が頭を胸に抱きしめる。イゾーは故郷の野で春の陽を浴びているようなやさしさを感じた。

『……やはり、敵は田中新兵衛ともう一人……テングメン……』

 総司はイゾーを抱きながらも考えていた。

『新兵衛の名を知ってるからには薩摩とつながりのある子供なんだろうか?』

 それにしては話しぶりが無防備すぎる。

「坊や、家は?」

 イゾーに聞いてみる。

「そんなもん、ねえ……でも、おっ父がもうすぐ来る。」
「おっ父はいるのか……僕は家の無い孤児だったんだ。父も母もいなくてね。」
「かわいそう……おにいちゃん、さみしかったねえ。」
「でも、今はたくさんの仲間や、父代わり、兄代わりになってくれる人がいるから大丈夫なんだ。」

 イゾーの丸い眼に涙が浮かんでいた。そこに近藤さんや土方さん、斎藤さんの顔を重ねて総司は言ったのだ。山形模様の袖で涙を拭いてやる。

「……そうそう、良いものがある。」

 総司は『ポケモノ』(ポケット"物の怪"シリーズ=京の子供たちに大人気!)の一種である、狐家鴨の絵柄の金太郎飴キャンディーを袂から取り出し、イゾーの手に握らせた。

「これを舐めながら、おっ父を待っててごらん。お兄ちゃんはもう行かないとね。美味しい?」
「うん。甘~い♪……ありがとう……お兄ちゃんの名前は?」
「名乗るほどじゃないけど……」

 と、いいながら、総司はTVの特撮ヒーローのポーズのような動きを始めた。洒落者の原田左之介が『子供に受けるぞ!』といいながら、一月程前に非番を潰してまで振り付けてくれたものだ。結構気に入っていた。

「壬生浪士隊改め"新選組"一番隊隊長"沖田総司"……略して総司です。」
「かっこいいー!」

 イゾーが眼を輝かせて拍手する。都の人たちは何てハラショーなんだ!

「局長の近藤さんがいつも僕らにいうんだ。新選組は只強いだけじゃいけない、カッコよく美しく、無残な浪士たちの死体が横たわる斬り合いの現場にも、薔薇の花の二つ、三つ散らして帰るくらいの美学が必要だ……また、田舎だけど、壬生の屯所にでも遊びに来てね。」
「うん!」
「じゃあ。あ、君の名は?」
「イゾー!」
「じゃあまた……!イゾー君!」
「ありがと、総司!」

 手を振って別れ、反対方向に二、三歩歩いた所で二人の足が止まった。

「しんせん…ぐみ?」
「以蔵?天狗面?」

 『まさかね……』二人は心の中のほんわかとしたものを信じる事にした。
 再び歩き出した二人は偶然にも同じ曲をハミングしていた。
 ”倖せHAPPY”という歌だった。
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