Familiar

文字数 2,034文字

 見渡す限りの荒原の真ん中で、必死に集めた枯れ木に木屑から火が移ったのを確認する。
 日の入りに焚き火が間に合ってよかったと安堵していると、棘のある声の妹様が後ろから急かしてくる。
「兄さん、早くしてくれないかしら。もうお腹ぺこぺこなのだけれど」
 振り向くと、不機嫌を隠そうともしない妹のユヤが空飛ぶ絨毯に足組みして、手持ち無沙汰に毛先を弄でいるのがわかる。お腹ぺこぺこなどと可愛らしい事を言っているくせに、不遜に見下す格好はおおよそ兄に向けていいものではない。
 何も手伝ってないのだからもっと恭しい態度で待っていたらどうなんだ。
「わーかりましたよ、すんませんね、お待たせしちゃって」
「うっざ、話している暇があるのなら手を動かしてくれない?」
「はあ……」
 俺は気怠そうに返事をすると、ため息を口に当てた筒を通して焚き火へと吹き込む。パチパチと音の増した焚き火は肌を撫でるように熱風を返してくれた。まるで妹に冷たく傷つけられた心を包んでくれるみたいに。
 俺、実の妹とよりも焚き火君との方がコミュニケーションが得意かもしれないよ。泣いてもいい?
 もう一度さっきよりも深いため息を吹き込んだ後、魚を刺した串を五本、焚き火近くの地面に刺した。火加減を見て位置を調整しながら焼いていく。火が通ると身が白くなり、割れた腹から脂が垂れて、ジュッと香ばしい匂いが鼻腔に侵入してくる。
 ぎゅるぅ!
 同じタイミングで、俺とユヤのお腹の虫が匂いに耐えかねて空腹を訴える。
「……ねえ、もうよくない?」
「ダ、ダメだ、まだ半焼けなんだよ。腹壊したくないだろ」
「めんどくさ、さっさとしてよ。もっと火を強くするとかさ」
 火を強くしても焦げるだけなのだが……腹ペコ魔女ユヤを説得するのは労力の無駄なので、俺は小枝を三本ペイッ、と焚き火に投げ込む。
「チッ……!」
 明らかな舌打ちが聞こえたが、それ以上は何も言ってこなかった。
 焼けるのを待つ間、くゆる煙を目で追っていくと満点の星空が視界いっぱいに広がる。そこでは見慣れない二つのものが夜空の大半を占めていた。
 赤い星とその三分の一くらいの緑色の星が、月みたいに浮かんでいる。星々も人間が見つけた法則性や繋がりは見当たらず、全てが無秩序に夜空で煌めいている。
 ここは異世界で、俺たち兄妹は転生者なのだと再認識させられる。
 正確には交通事故で死んだユヤが魔女として転生した後に、俺は使い魔として召喚された訳だから転生者はユヤだけなのだが。
 何故、仲の悪い……いや、お互いに無関心だった俺をユヤが召喚したのかはわからない。恨みでもあるのか、気まぐれか、本人は教えてはくれない。
「うし! できたぞ」
 魚を火から離したところに刺し直すと、俺は特に出来のいい二本を手に取ってユヤの隣に腰掛ける。空飛ぶ絨毯は小さなボートみたいに不安定だが、立っているよりは疲れないので大人しく座る。地べたに座ると汚いとユヤがうるさいのだ。
 ユヤに片方を渡して早速かぶりつく。
 魚は手のひらより少し大きいくらいだが、痩せていて可食部分はあまりない。すぐに一匹目を骨の姿にして次に取り掛かる。
 ユヤは文句もなく上品に一匹目を食べていた。
 俺が三匹にユヤが二匹。これが晩御飯だ。
 この四日間、一日一食でこれくらいしか食べれていなかった。
 俺たちは今、クエストに当たっている。と言っても異世界の言葉はまだまだ勉強中なので概要はニュアンスでしか把握できていないが……。
 カージ領から王都エスミールへの運搬クエストで、距離は約百キロ、重量は四百キロ、報酬は二人で銀貨三十枚(大体五万円)と決しておいしい仕事ではないが、言葉も理解できない俺たちに仕事を回してくれた冒険者ギルドには頭が上がらない。
 荷物はユヤが収納魔法で異次元に仕舞い込んでいるので、駄載獣が不要なのはスカンピンな俺たちにとってありがたい。代わりに収納魔法のキャパオーバーで、移動手段の空飛ぶ絨毯が使えなくなってしまった。魔法を使えない俺にはわからないがMP不足みたいなものなのだろう。
 一度受けたクエストを破棄すると違約金が発生してしまうため、俺たちは本来一日と掛からないだずだった仕事を五日間かけて行うこととなった。
 煮沸して飲み水にするために小川から水を汲んで帰ってくると、ユヤが穏やかな寝息をついて絨毯の上に横になっていた。
 起きている時と比べると寝姿は驚くほどに幼い。優しく閉じた瞼、淡い色の突き出た唇、百五十センチの小柄な体躯。
 当然だ、まだ中学一年生なのだから。
 だというのに俺は、突然の死や、言葉の通じない異世界に降り立ったユヤが泣いてるのを見た事がない。
「ゆっくり休めよ」
 麻の布を優しくかける。荒原に吹き抜ける風は容易に体温を奪っていく。
「ユヤ、なんで俺を……」
 いきなり異世界に、なんてもちろん憤りも感じたが寝てる相手に何を言っても無駄だ。それに俺は、二人でいればこの異世界の地で生きていける、そんな気がしていた。
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