第31話 新たな一歩

文字数 2,290文字

 次の日の昼休み。
 俺はいつもの様にルイと一緒にお昼ご飯を食べていると校内放送で呼び出された。その聞き覚えのある声に俺はルイと顔を見合わせた。
「すまん、無理だったみたいだ」
 ルイのその態度と校内放送の声でおおよその予想は付いた。
「いや、今までかばってくれてたんだろ。ありがとう、行ってくるよ」
 職員室のドアをノックして中に入る。
 するとさっきの校内放送をしていたサッカーの顧問の寺田先生が手を振っていた。
 先生の元に行くといきなりうるさい説教からだった。理由は主にここ数週間の部活の休み。
 部活に入ることを義務付けられているこの学校では、部活の欠席はそうそう許されることではなかった。しかも数週間部活に入ってなかった。
「お前うちのエースだ。そう何度も何度も休まれちゃ困る。聞いてるのか?」
 咲葵の事を考え、うなだれていた俺に寺田先生は悪意ある声で囁く。
「場合によっては。ベンチいき。また退部させる権利も私にはあるんだぞ」
 すぐに顔を上げると悪意ある笑みを浮かべていた。流石悪い評判が目立つ寺田先生だ。
「でも、理由が……」
「へっ、くだらん。信用できん、証人としてその子をここに連れてきたら信じてやろう」
 咲葵のことを言っている。学校にも来れないのにそんな理由がまかり通るはずがない。
「そんなの無理に決まってるじゃないですか……」
「それにだ、里見はちゃんと部活後に行っているんだぞ。お前の言葉は信用できん。以上だ戻れ、ちゃんと部活に来い」
 俺は一礼して職員室を出た。
 ルイはここ数日俺のためにこんな奴の相手をしていたのかと思うと頭が上がらない。
 そのまま昼が終わり放課後を迎えた。
「おい、なんでまだこんなところにいるんだよ。病院行かなくていいのかよ、あいつの相手は俺がしとくから」
 部室にやってきたルイが声をかけてくる。
 俺は優しく言った。
「今まで本当にありがとな」
 すると遠くから顧問の先生が歩いてやってくる。
 俺の姿を見るや笑って声をかけてきた。
「おお。来たじゃないか、ちゃんとわかったんだな」
 返事の代わりに一枚の紙を差し出した。
「なんだこれは」
 短くいい紙を受け取った寺田先生がまじまじと書かれている文字を読み方固まる。
「はい。俺には部活よりももっと大切なものがあります。ですので、お言葉に甘えて退部させていただくことにします」
「んなっ。まて!この学校は部活入部が絶対だ。顧問が認めない限りほかの部活動への入部は認められんぞ!」
「先程、特別進学コースに申請し受理して貰いました」
 難関大学に行きたい人向けの特別コースで、たくさんの課題が出される代わりに部活動が免除される。実際人気はなくよっぽど勉強が好きな人以外は受けない、それに人気の内製化あまり知られていない。また限られた枠しか用意されてないため、審査がある。
 丁度先程、放課後にあった面接で俺は無事合格した。
「蒼!」
 校門の手前で名前を呼ばれた俺は立ち止まった。振り返り名前を呼び返す。
「ルイ」
 走ってきたルイは心配した様子で聞いてきた。
「特別進学コースって、本気で」
「ああ」
「めちゃくちゃ太変だって聞くぞ、それにずっと続けてきたサッカー辞めて。ほんとに大丈夫なのかよ」
「新しい夢ができたから」
「それってもしかして」
「医者になる」
「ほ、本気か?」
 驚きの表情を浮かべ聞き返すルイ。俺があまり勉強が得意でないことをルイは良く分かっていた。なぜならテスト期間中何度も助けられたからだ。
「本気だよ。今までありがとうな。急がないと」
「ああ悪い」
 俺は向き直り咲葵の元へ向かって走り出した。
「蒼!頑張れよー!」
 ルイの言葉に振り替えらず手だけを振った。



 数日前から香織と病室で合わなくなった。それ以来香織から避けられているように感じた俺は、香織とかかわらなくなった。今日も、俺はいつものように咲葵の病室に向かう。今回も咲葵は長い病気との戦いになるんだろうと俺は感じていた。でも絶対最悪の事態にはならないと信じていた。信じることにした。
 ——中学生のあの時と同じ、咲葵は強いから。俺が信じてやらないで、誰が信じるんだ。
 そう自分に言い聞かせた。
 いつもの様に咲葵の病室の前に着いた。明るく、何も気にしないで、すぐに退院できると安心させるために……。いつものように頭でシュミレーションをして、心を入れ替えドアをノックする。
「はい」
 咲葵の返事を聞いて、俺は横開きのドアをスライドさせる。そして、いつものように挨拶をする俺の口が一瞬詰まった。ニット帽をかぶって笑っている咲葵がベットに座っていた。髪の毛が抜けているんだと瞬時に理解する。
 ——気にしてはだめだ気にしてはだめだ!
「よっ!お疲れ」
「蒼。毎日ありがとうね」
「早く戻ってきてくれないとな、暇なんだよ」
 そう言って、俺は学校であったことをなるべく面白おかしく話始めた。あっという間に時間は過ぎ、帰る時間が来る。
「そろそろだな」
「ごめんね、毎回この時間までにしちゃって」
「いいよ、咲葵もしたいことあるんだろ」
 俺はそういいながら帰りの支度を済ませる。
「うん……蒼……ありがとね」
「どうしたんだよ改まって」
 いつも静かな咲葵。普段なら笑いながら「またねー」とでもいうのに今日は違った。それに妙な引っ掛かりを覚える。
「……なんか、……言いたくなったの」
 咲葵の声はとても静かで儚かった。まるで今すぐにでも消えてしまいそうなそんな声だった。
「……そーかよ。…………また、明日な!」
 心を閉ざすように、目の前から目をそらすように。
 俺は背中を向きながら笑い飛ばすかのような明るい声で言った。
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