天界のめぐみ

文字数 1,609文字

 極楽の神様は困っていた。ここ十年、極楽に来る人間が多すぎるのだ。死後、人間は閻魔大王に裁かれ、極楽と地獄のどっち行きかを決められる。中間はない。必ず、どっちかだ。
 「与える心」「成功するGiverになる方法」といった啓蒙本が売れ「偽善行」を行う人間が増えた結果、悪人ではない、かといって善人とも言い切れぬ、どっちつかずの人間が増えた。
「こういう中途半端なのが一番困るんだよな」
 疑わしきは罰せず。判別のつかない者はすべて極楽へ送られた。公営団地の抽選に外れた者は道路で暮らすしかない。結果、極楽の道路には人間がうじゃうじゃ溢れ、新聞紙をひいて寝るようになった。もう少し元気な者は公園に簡易テントを張って暮らしている。
 極楽では雨が降らず(雨や雪は彼らの足の下から降る)、年中温暖な気候なので、道で寝ていても凍死や熱死の危険がない。乗用車は走っていないので車に轢かれる心配もない。また、労働をせずとも三食タダ飯が出るので、みな努力を忘れ身体も精神も弛緩しきっているのだった。  
「こんな実験があります。人間から労働を取り上げ、十分な衣食住と娯楽を与え続ける。最終的に彼らはどうすると思いますか?……ごろんと横になって動かなくなります」
「つまり奴らの姿ではないか」
「そうですねぇ……一切の苦がなくただ楽のみがある世界ってのは、ある意味罪深い存在かもしれませんねぇ」
「ああ、ああ。奴らの存在が完全にわが極楽の美観を損ねている。かといって安団地を増設したくないし。どうしたらいいだろう」
 神様と大臣は相談し、案を捻りだした。人間界で「体に悪い」とされ嫌われ売れなくなった精製糖と精製塩。大量の在庫をこれまで極楽が各国政府から買い取ってきたが、使いきれず倉庫にいっぱいいっぱいになっている。
「あの砂糖と塩を小袋に分けて奴らに配ろう。分けるのも奴らにやらせればいい。これで少しはヒマでなくなるし、道路から人間が減る」
 朝。多勢の人間が公園で炊き出しを待っていると、いつもの役人とは別に恰幅のいいのが二人来た。
「なんだなんだ?」
「メシを食ったら第三倉庫に集まれ。諸君にやってもらいたい作業がある」
 場が騒然となった。
「なんで極楽まで来て労働せにゃならんのだ」
「楽をしたくてせっかく善行を積んで極楽へ来たのに、話が違う」
 暴動が起きそうになったため、慌てて役員が説明した。働きのよい者は優先的に公営団地に入居させる。きばって作業するように。それを聞いてみな大人しく第三倉庫に集まった。
「砂糖と塩を大袋から小袋に分ける……なんだ、たったそれだけか」
「しかし報酬がこの小袋だけとはセコ過ぎる」
「まあ、政府のやることなんざそんなもんだ」
 みなせっせと作業していたが、徐々に悲鳴を上げ始めた。
「寝てばかりいたから体がすっかりなまっている。体のあちこちがしんどい」
「喉が渇いた。ポカリ的なものはないんかな」
 作業をしていた一人の男が人差し指で砂糖を舐め、ついで塩を舐めた。彼は人間界にいたころ、ネジ工場の社長であった。作業後、男は砂糖と塩の小袋をテントに持ち帰ると、夜更けを待ち、神様の豪邸に忍び込んだ。そうして庭に流れる人工の滝の水をペットボトルに詰め、傍に生えている橘の木から実を捥いだ。
「おれはいっぺん飲食もやってみたかったんや。死んでからチャンスが来るとは」

天界に湧く清流に常世の木の実、橘を搾りました。
清流のほとりの岩塩と幻の植物「パピポ」の糖分を用いたほのかな甘みと清々しい酸味。
永遠の美と健康を願って。熱中症対策にもどうぞ。

天界のめぐみ
メーカー小売希望価格 税抜150円/500mlペットボトル
製造・販売元/天界コーポレーション

「岩塩とパピポて……まるっきり産地偽装やし、誇大広告やで」
「大丈夫、ばれへん。ここまで調べに来れへんがな」

あなたの町のスーパーやコンビニで売られている「天界のめぐみ」は、こうした経緯で生まれたのです。


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