並行世界
文字数 1,996文字
告白された。
「佐藤さんが好きです、付き合ってください」
慌てた私はとっさに……。
「少しのあいだ待ってくれますか?」
*
大学四年生の冬、私は卒業も就職も決まっていた。
そして、当時付き合っていた人と別れた。そのカレは大学を留年することが決まったからだ。表向きは、私が社会人でカレが大学生では、付き合っていくのに都合があわないということ。生活環境も時間もちがってしまうから。しかし本当は、大学をダブるカレに愛想が尽きたからだった。
私は、キズの痛みを吹っ切るために開き直って、カレと別れたことを公言した。
――その何日かあと。
同じ大学でロースクールに通っているバイトの先輩。彼が、私が一人で仕事をしているところにやって来た。いや、私からすると「いらっしゃった」と言うべきなほど、お世話になっている先輩で。先輩は今までにも私のことをしょっちゅう気にかけて、シフトに入っていないというのに様子を見に来てくださる。助けてもらったことは数えきれない。メチャメチャ尊敬しているのだ。頭がよくて、仕事もできて、優しくて、真面目。いかにも法科大学院生らしい、非の打ち所のない先輩。将来は弁護士を目指していて、この先輩なら優秀な弁護士になるにちがいない。
その先輩がいらっしゃっての一言が!
「佐藤さんが好きです、付き合ってください」
告白だった。
そう、なにごともタイミングが大事。私がカレと別れたと聞きつけたからにちがいない。絶対にそうだ。
告白されて慌てた私は、とっさに答えてしまった。
「少しのあいだ待ってくれますか?」
考える時間があるに越したことはない。そう思った、そのときは――。
*
「僕は佐藤さんのことが好きだ。僕と付き合ってくれないか?」
なんということだろう。同じ日に別の先輩からも告白されてしまった。この先輩も大学院生で、公認会計士を目指している頭のいい人だ。将来はお金をたくさん稼ぐだろう。ただ彼は、自分の頭のよさを鼻にかけているようなところとか、見栄っぱりでカッコをつけたがるところとか、紳士的だけれど、プライドの高い人でもある。
ともかく、こちらも待ってもらうしかない。
「考える時間をいただけますか……?」
*
まったくおんなじ日に、二人の先輩からあいついで告白を受けるなんて! その日は舞いあがってしまった。二人とも、私なんかにはもったいない素敵な人だ!
けれど、すぐに気がついた。同時に二人と付き合うわけにはいかない。選ばなくてはいけないのである。
どちらの先輩にも、普通ならば断られる理由なんてない。何もなければ私、絶対に付き合う。それなのに、たまたま同じタイミングの告白になってしまったから、断られなくちゃいけなくなってしまったのだ。
そこで私の出した答えは……。
*
「ごめんなさい」
まずは最初の先輩にお断りした。
「なんでダメなんですか? 理由だけは教えてください!」
彼は食い下がった。それはあたりまえだと私も思う。けれど、本当の理由なんて私の口からは決して言えない……。私はとっさにウソをついた。
「付き合っているところがイメージできないんです」
まともな理由になってない。私はなんて悪い女なのだろう。彼は何も悪くないのに。
「これからも、友達でいてくれますか?」
これには断る理由がなかった。
もちろん、もう一方の先輩にも――。
*
一方を選べば、もう一方の体面をつぶしてしまう。二人の先輩の、両方の立場をたてるためには、そうするしかなかった。私の苦渋の選択……。
そう。あのとき、私は、やってしまった。あんなことさえ言わなければ。その場でOKしていればよかったのだ。彼は、何も悪くない。素晴らしい人なのだ。悪いのは、私。私のタイミングが最悪! もしも、あのとき即座に彼の告白を受け入れていたとしたら……私の人生は全く変わっていたにちがいない。もちろん、今の人生だって悪いわけじゃない。けれど、たぶんもっと幸せだったんじゃないか。そんな気がする。
私が卒業して以来、彼と顔をあわせる機会は全くなくなってしまった。いや、本当は、彼にあわせる顔がなくって、私がわざと避けたからだ。
――先輩、どうしていますか?
彼のことだ。きっと立派な弁護士になって、たくさんの人を助けているにちがいない。あの頃、私にしてくれたのと同じように。
そして、結婚もして、そのお相手と幸せな暮らしをしているのだろう。私なんかよりもずっと素敵な方と……。
なにごとも、タイミングが大事。
そして私は、タイミングの悪い女だ。
私は一生涯、ずっと忘れられない。あのウソつきの罪悪感を背負っていくのだ。
先輩、あのときは申しわけありませんでした。
私には、あなたと友達でいるところがイメージできないんです。
せめて妄想のなかでだけは、あなたと私が付き合って、ふたり結婚したセカイを、想像させてくれますか?
「佐藤さんが好きです、付き合ってください」
慌てた私はとっさに……。
「少しのあいだ待ってくれますか?」
*
大学四年生の冬、私は卒業も就職も決まっていた。
そして、当時付き合っていた人と別れた。そのカレは大学を留年することが決まったからだ。表向きは、私が社会人でカレが大学生では、付き合っていくのに都合があわないということ。生活環境も時間もちがってしまうから。しかし本当は、大学をダブるカレに愛想が尽きたからだった。
私は、キズの痛みを吹っ切るために開き直って、カレと別れたことを公言した。
――その何日かあと。
同じ大学でロースクールに通っているバイトの先輩。彼が、私が一人で仕事をしているところにやって来た。いや、私からすると「いらっしゃった」と言うべきなほど、お世話になっている先輩で。先輩は今までにも私のことをしょっちゅう気にかけて、シフトに入っていないというのに様子を見に来てくださる。助けてもらったことは数えきれない。メチャメチャ尊敬しているのだ。頭がよくて、仕事もできて、優しくて、真面目。いかにも法科大学院生らしい、非の打ち所のない先輩。将来は弁護士を目指していて、この先輩なら優秀な弁護士になるにちがいない。
その先輩がいらっしゃっての一言が!
「佐藤さんが好きです、付き合ってください」
告白だった。
そう、なにごともタイミングが大事。私がカレと別れたと聞きつけたからにちがいない。絶対にそうだ。
告白されて慌てた私は、とっさに答えてしまった。
「少しのあいだ待ってくれますか?」
考える時間があるに越したことはない。そう思った、そのときは――。
*
「僕は佐藤さんのことが好きだ。僕と付き合ってくれないか?」
なんということだろう。同じ日に別の先輩からも告白されてしまった。この先輩も大学院生で、公認会計士を目指している頭のいい人だ。将来はお金をたくさん稼ぐだろう。ただ彼は、自分の頭のよさを鼻にかけているようなところとか、見栄っぱりでカッコをつけたがるところとか、紳士的だけれど、プライドの高い人でもある。
ともかく、こちらも待ってもらうしかない。
「考える時間をいただけますか……?」
*
まったくおんなじ日に、二人の先輩からあいついで告白を受けるなんて! その日は舞いあがってしまった。二人とも、私なんかにはもったいない素敵な人だ!
けれど、すぐに気がついた。同時に二人と付き合うわけにはいかない。選ばなくてはいけないのである。
どちらの先輩にも、普通ならば断られる理由なんてない。何もなければ私、絶対に付き合う。それなのに、たまたま同じタイミングの告白になってしまったから、断られなくちゃいけなくなってしまったのだ。
そこで私の出した答えは……。
*
「ごめんなさい」
まずは最初の先輩にお断りした。
「なんでダメなんですか? 理由だけは教えてください!」
彼は食い下がった。それはあたりまえだと私も思う。けれど、本当の理由なんて私の口からは決して言えない……。私はとっさにウソをついた。
「付き合っているところがイメージできないんです」
まともな理由になってない。私はなんて悪い女なのだろう。彼は何も悪くないのに。
「これからも、友達でいてくれますか?」
これには断る理由がなかった。
もちろん、もう一方の先輩にも――。
*
一方を選べば、もう一方の体面をつぶしてしまう。二人の先輩の、両方の立場をたてるためには、そうするしかなかった。私の苦渋の選択……。
そう。あのとき、私は、やってしまった。あんなことさえ言わなければ。その場でOKしていればよかったのだ。彼は、何も悪くない。素晴らしい人なのだ。悪いのは、私。私のタイミングが最悪! もしも、あのとき即座に彼の告白を受け入れていたとしたら……私の人生は全く変わっていたにちがいない。もちろん、今の人生だって悪いわけじゃない。けれど、たぶんもっと幸せだったんじゃないか。そんな気がする。
私が卒業して以来、彼と顔をあわせる機会は全くなくなってしまった。いや、本当は、彼にあわせる顔がなくって、私がわざと避けたからだ。
――先輩、どうしていますか?
彼のことだ。きっと立派な弁護士になって、たくさんの人を助けているにちがいない。あの頃、私にしてくれたのと同じように。
そして、結婚もして、そのお相手と幸せな暮らしをしているのだろう。私なんかよりもずっと素敵な方と……。
なにごとも、タイミングが大事。
そして私は、タイミングの悪い女だ。
私は一生涯、ずっと忘れられない。あのウソつきの罪悪感を背負っていくのだ。
先輩、あのときは申しわけありませんでした。
私には、あなたと友達でいるところがイメージできないんです。
せめて妄想のなかでだけは、あなたと私が付き合って、ふたり結婚したセカイを、想像させてくれますか?