団円

文字数 1,435文字

 翌日、無職の壮亮は待ち合わせの場所にやつれた表情で立っていた。
 楓は勤務あけで眠い目を無理に開けて、少し遅れて到達したけれども、携帯に何度も何度も恭也からの電話が入っていて電源を落とそうとしていた。
「誰からですか?」
「元カレです、4年も前に別れましたが最近復縁を迫ってくるので困っています」
「貸して、ください」
 どうなるのだろうと面白い気持ちが先走って壮亮に携帯電話を渡した。
「はい、石川の携帯ですが。あんたこそ誰ですか? 私は今、彼女と同じ部屋にいます。彼女は今はバスルームにいますが、変わりましょうかと言いたいけれども、防水でもないからね。え? 付き合っているよ。もう半年になるかな。邪魔しないでほしいな。もう、電話しないでくれるかな、僕の女に」
 楓が少し笑いを堪えながら見ていた。
 自信に満ち溢れた男の横顔を飽きずに見ていたいと思っていた。
 僕の女か、なんだかかっこいいと思うけれども、少し古い感じがする。この人は何歳なのだろうか、マスクの下にどんな顔が隠れているのか。外した時にお互いに幻滅するのかもしれない。それでもいい、この男の体の下になり眠りについてみたいものだ。
 いかにも、という部屋の中で壮亮は楓を強く抱きしめた。
 こんな出会いがあってもいい、楓は壮亮の唇を自分から求めた。
 何度も離し、そしてまた唇を捉える。
 壮亮はやがて耐えられずに、楓を押し倒すと長いキスをする。
「ねえ、本当はあの子と関係があったでしょう。こうしてヤッたとかじゃないの?」
「ないね、第一若いあんな小娘には興味はない。ほんの少し鞄が当たっただけだ」
「嘘よ、あなた、本当はこういう事がしたくて、相手を探していたんじゃない」
「違うね。こういう話はNGじゃないのか? 少し黙れよ」
「じゃあ、黙らせてみなさいよ。あなたの首を折ることだってできるわ、柔道も……」
 楓は唇と同時に下の唇もふさがれた。
 ああ、4年間の女の空白が終わったと思った、頭の中に花火が浮かぶ。
 いくらひょろっとした男でも男は男で、自分は女なのだと思う瞬間だった。風俗や出会い系で男を探すことも考えたが後で、まずいことになったら困ると手を出さなかった。同僚の警官が誘ってきたことがあったが、妻帯者だったので断った。
 あっという間に上り詰めてしまった。
「ごめんなさい。先にいっちゃった」
「疲れているでしょう、仕事終わりなのに。僕は構わないから気にしないで」
 しばらく仮眠取ればいいよと言い残して壮亮はバスルームに消えた。
 楓は本当に彼に向って手を振った後に、バタンと瞼が下りてきた後のことは覚えていない。

「ああ、寝すぎちゃった。今、何時ですか」
「昼過ぎだよ」
 きちんと洋服を着て何事もなかったかのように、テレビをつけて見もしないで、携帯を見ていた、きれいな横顔に心が震えた。
「まさか、写真とか撮って恐喝したりしないよね」
「今まで、そんなことしたことないし、警官相手にそれはないでしょ。それより朝も昼も食べていないんだけど、何か頼んでもいいかな」
「ごめんなさい。適当にして。シャワー浴びてくるわ」
 楓は自分のバッグと洋服を掴んで透明のガラスになっている大きな浴室へと言った。ジャグジーを楽しみたいところだが、壮亮を待たせることはしたくなかった。
 別にいいか、警察を辞めることになっても、この男としばらくの間付き合っても。
 男女の関係に立場なんか関係ない、だって風が吹いたのだから。 

                   了
 
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