第1話 会社を辞めました。

文字数 3,473文字

「マッコイ・モッコイ君、会社は君の契約を更新しないことにした」

 派遣先の上司からたったそれだけを言われて、マッコイは10年勤めた迷宮協会合弁会社の契約を切られた。

「突然すぎませんか? せめてあと半年待って下さい。ミミック捕獲課は、先週もベテランが1人辞めたところです。俺が抜けたら新人ばかりになる」

「もう決まったことだよ。早く次の仕事を探したまえ。派遣の君には退職金も出ないことだし」

 上司は取り付く暇もなく、席に座ったまま、もう他の案件が書かれた書類に目を通している。

「理由を教えて下さい。俺は会社に尽くしてきたつもりですが?」

 喰いさがるマッコイに上司は仕方ないといった程でため息をついて書類から顔を上げた。

「やりすぎたんだよ、君は。派遣の身で課の待遇に異議を唱えたり、装備品の拡充を社長に直談判したり、何を考えているんだか」

「それが原因ですか? ミミック捕獲は常に危険が伴う。課員には十分な休養を取らなせなければミスが増えて命に関わりますよ。装備品も同じことです」

「だが、課員は課長以外、全員派遣だろ?」

「……それが何だと?」

「まあ、その、欠けたらまた補充すればいいと言うか、何と言うか、使う装備品の方が高いと言うか、ね」

 その回答を聞き、マッコイはそれ以上の抗議を諦めた。

 つまり、会社にとって、俺たちは人ではなかったと言うことか。備品以下の値段で補充できる道具としてしか見ていないーーそれが改めて分かり、この瞬間にマッコイから会社への未練は綺麗に消えた。

「……分かりました。今日で辞めさせてもらいます。ーーお世話に、なりました」

 そう告げたマッコイの言葉は、最後が馬鹿馬鹿しさで震えてしまう。その彼の想いなど無視するようにして、上司は再び書類へ視線を落とす。そうして、マッコイの顔も見ずにこう告げた。

「あ、荷物は今日中に引き払ってね。次の人が困るから」

「……はは。ここまでくると笑えますね。失礼します」

 マッコイは上司の個室をでると、ミミック課がある地下に向かった。

 ミミックーー軟体のタコのような魔物。

 マッコイはミミック捕獲配送課の作業員として、10年間ミミックを取り扱ってきた。

 奴らはヤドカリやタコ船のように、大きな箱状の物を借宿にする習性がある。それは外的から身を守る殻の役割でもあるし、箱に潜む事で近づいた獲物を捕食する擬態でもあった。

 荒野のミミックは、木のウロや、巨大エスカルゴの抜殻なんかに潜んでいることが多いようだ。

 擬態したそれらの中で大部分を過ごし、成長して体が大きくなると借宿を捨て、自分のサイズに見合ったそれを探して移動する。

 ーーそしてダンジョンの中では、奴らは宝箱に擬態している。

 冒険者がミミック入りの宝箱を開けると、牙をむいて襲いかかる。その習性は地上と何も変わらない。奴らの借宿が自然物か人工物かの違いでしかない。

 人工物。ダンジョンの中の宝箱。
 そう、ダンジョンの中には宝箱が落ちている。

 前人未到のダンジョンで、その最深部に宝箱が落ちていても、誰も驚かない。

 誰が置いたのか、何故そこにあるのか、そんなこと、誰も考えない。

 何故ならそれは、コーラを飲めばゲップが出るように、人類がダンジョンに挑み始めた数百年前から、当たり前の事実として扱われてきたのだから。

 面向きは「神の奇跡」だ。
 実際は、ダンジョン周辺の武器屋や道具屋が商会を作り、資金を投じてダンジョンにアイテム入りの宝箱を置いているに過ぎない。

 方法はこうだ。
 ーーミミックを宝箱に詰めて、一緒にアイテムを入れる。ミミックは自ずから迷宮の深くに進んでくれる。成長して窮屈になれば、新たな借宿を探し、奴らは宝箱から出て行く。ダンジョンにはアイテムが入った宝箱が残るーー

 もちろん商売の為だ。冒険者はアイテムを求めて迷宮に入る。冒険者が増えれば周辺の商店が潤うというロジックだ。

 そのダンジョン周辺の商会を会社化したのが迷宮商会合弁会社だった。マッコイは会社が秘密裏にダンジョンへ放つミミックを狩る職を10年間続けてきたのだった。

 ーー今、彼は通い慣れた地下階段を通り、ボロボロの扉の前に立った。扉を開けようとノブに触れた瞬間。

「マッコイさん、辞めないで下さい!」

「ぐはぁ!」

 突然開いたドアに、顔面を激しく打ち付けた。

「あ、あ、すみませんすみません! だ、だ、大丈夫ですか!?」

「痛って~、リノア! 俺の足音聞いて扉開けるの止めろと言ってるだろ? このパターン何度目だよ」

「すみませんすみません! でも、でも、マッコイさんが派遣切られたって聞いて、私、私もうどうしたらいいのか……」

 リノア。ーーダークエルフの後輩派遣社員。5年の勤続年数は、マッコイの次に長いはずだが、持ち前の駄目っぷりで、いつまでたっても頼りない。

「もう決まったことだ。今後はお前が1番のベテランになる。お前が課を回すんだよ」

「無理でず~。わだじ、そんな自信ありません~」

 そう言って、ぐすぐすと泣き始めるリノア越しに、マッコイは部屋の中を眺める。

 リノアの他に3人。チャラい若造と巨漢のオーク。課長机にはヨレヨレの老人が座っている。老人以外は先週入ったばかりの新人だ。アルバイトなので社員ですらない。2人は仕事をサボりカードゲームに興じているようだ。

 ミミック捕獲配送課は、社内でも地位が低い。そもそもダンジョンに魔物を放つ行為は、違法すれすれで世間に公表できる仕事ではない。社内でも限られた一部の人間にしか業務内容は明かされておらず、他の一般社員は捕獲配送課の面々を「雑用のアルバイト」程度の認識しかしていないのだった。

 そんな待遇で、実際の業務は魔物の捕獲という危険極まりないものである為に、人材が定着せず、入ってくる者も質が良いとはお世辞にも言えない者ばかりだった。

 そんな職をマッコイが続けていた理由は、彼の能力が低いからという訳ではない。彼には幼くして両親と妹をダンジョンから抜け出た魔物に殺されたという過去があり、ダンジョンに冒険者を呼び込み魔物を減らすという行為に使命感を感じていたからであった。

 だが、それも今日までだ。

「無理、か。まあ、そうだよな」

「はい~。もう、もう私どうしたら。来週にはミミックのお腹の中に入っているに違いありませんよ、うあああん!」

 まだ食べたいものいっぱいあったのにーーそう言ってリノアは本格的に嗚咽をあげて泣き出してしまった。

「その、なんだ、俺は辞めるけども、次の職にあてがないわけではないんだ」

「ず、ずるいですよお。わだじも、わだじもづれでいっでぐだざいい~!」

 リノアはマッコイの作業着の胸部分を掴み、鼻水ズルズルの顔を擦り付けてそう懇願した。

「うわっ汚! おい、止めろ、青っぱな擦り付けんな!」

「ううん、マッコイさんの匂い、いい匂い。大人の匂い。スリスリ」

 黙っていれば可愛いのに、なんでこの娘はこんなに駄目なのか。置いていけば、来週とは言わないが、再来週くらいにはミミックの餌食になっているのは間違いない。

 そもそもダークエルフという種族は、魔に寄る不吉な生き物という偏見が世間にはある。また、ダークエルフの女性は男の目を引く見た目をしていることが多く、古くから彼女たちは不埒なセックスアピールの象徴として扱われてきた。

 その結果、ダークエルフは例えどんなに優秀な能力を持っていたとしても、差別により就ける職種が限られるというのが現状であった。

 ましてリノアは、20歳という女盛りであり、黙っていればすれ違う男の100人中99人から、鼻の下を伸ばした顔で身体を眺められるルックスだ。

 そのうえ純粋で人を疑うことを知らない性格であり、誰かが保護してやらなければたちまち世間の男どもの餌食になるだろう。

 行き着く先は娼館か、はたまた金持ちの愛玩奴隷かーー

「じゃあ、一緒に来るか? まあ、当分給料は安いだろうけれど……」

「行く! 行きます! こがんブラック会社、すぐに辞めてやるけん!」

 こうしてマッコイは今日、興奮すると方言が出る駄目ダークエルフと共に、10年勤めた会社を去ったのだった。










 
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