第30話 生きる気力を失う

文字数 2,083文字

翌日4月5日 大きいインプラントをごく小さいバッグに入れ替える手術をすることになった。卵巣と子宮の手術は延期することにした。もう手術は十分だ。今までで4回。この2つを入れると6回になる。

いつものように前日から飲食禁止で朝早く病院へ行く。8時半から4時間待たされた。やっと着替えてさらに1時間。12時半からやっと用意。空腹よりものどの渇きが辛い。注射をされガラガラとベッドごと移動中まで覚えていた。

今度の手術は小さいバッグに入れ替えるだけだったので、時間も短かった。12時50分手術室へ目が覚めたのは2時過ぎだった。吐き気は全く無かった。これはすごく嬉しい事だった。しばらくぼうっとしていたけれど4時半にはぱっちりと目が覚めて、すぐにトイレも行けた。手術後の胸は痛かったけれど、すぐに家に帰ることが出来た。

それでもやはり手術後なので頭の半分に砂が詰まっているような気分だった。眠いようなフラーっとした感じだけど、いつもよりはましだった。

翌日また病院へ検査に行く。その時に包帯を取ると太いメタルのようなもので留めてある。大きく太いホッチキスの芯のようなものだ。このビジュアルはショッキングだ。数えたら11針ついていた。全く同じ場所を4回も切ったことになる。痛いはずだった。小さくなったけれど、これでうまくいけばまたチャンスはあると思っていた。


しかし、手術をして23日後のことだった。また縫った傷に穴が開いていた。火傷後のケロイドような固い私の皮膚はどうしてもくっつかない。

もう取り出したほうが良いと言われた。この時もまた落ち込んで泣いた。何度同じ所を切るのだろうか?そして6回目の手術をした。

インプラントを取り出すだけだったので、すごく早い手術だった。皮肉なことに一番楽だった。がっかりはしたけれど、身体の異物がなくなりすっきりした気持ちでもあった。それでも何度も何度も同じ傷の上を切られて痛くてたまらない。


 手術から2日後に包帯を取る。前にもましてえぐれた胸がそこにあった。

はじめて全摘手術をした時よりも、うんとショックだった。あの時は「あとから再建手術をして綺麗になるんだ」と希望があったからだ。自分が病気になり、初めて希望がどれほど人を強くするかを知った。そして絶望の恐ろしさを。

この頃、ついに生きるってどういうことだろうと考えはじめていた。 なにもかもいやになり、どうしていいのかわからなくなった。こんなに痛い思いをして、希望さえ打ち砕かれて、それでも何年生きられるかわからない。

医者は「まだチャンスはある。1年くらい待って今度は自家組織でしてみたらどうだろう」と言ってくれた。でも、もう手術はうんざりだった。 

子宮と卵巣の手術もまだ決めかねていた。卵巣の腫瘍を調べるのに、卵巣を1つだけ切除にしようか?それともペットスキャンなどの検査をしてもらい手術はやめようか?と考えていた。

その頃リンパ腺の転移数での生存率のグラフを見てしまい、凄くショックを受けた。17年前のアメリカの記録だが、4つ以上の転移は5年生存率は40から50% 10年はなんと15から30%だと。この数字はあまりにも私を打ちのめした。発覚から2年たっていたので、じゃああと3年ないかもしれない?それに10年の15%から30%は、自分にとって奇跡のような数字だ。

生きていく気力がどんどん失われていった。 



 この頃から人前に出られなくなってしまった。外に出ると汗が吹き出し、蕁麻疹が浮かんでは消える。蕁麻疹は真っ赤に晴れてうねうねと動き、形を変え続ける。痛みがあり皮膚の中を異物が動いているようだった。絶望の気持ちは人をここまで変えてしまうのか。この症状はこの時から数年も続いた。

腫瘍医は主治医だったが、変えてもらった。特に卵巣の手術が決まってからは話しづらく、陰気で気分屋の男性ドクターとは話をしたくなかったのだった。

6月に初めて新しい腫瘍医Hとのアポイントメントがあった。すごくプロなキビキビした女性だ。何でもはっきりと言う。こちらはあまりにもビジネスライクで主治医を変えたことを後悔し始めていた。

卵巣とともに子宮も取ってしまったほうが良いという。そして

「もしも再発したら、あなたの命はすごく、すごく短いのよ」と脅かされる。 



――Very very short



それを聞き、一緒に病室にいた息子はわっと泣きだしてしまった。待合室で子供一人だけ待つことが禁止になったので、病室に一緒に入っていたのだ。聞きたくないことをすべて聞いてしまった。涙がボロボロとこぼれている。もうずっと精神的に安定していたというのに。医者はすぐに息子の手を取り

「だから再発しないように頑張らないといけないの」と説明してくれたが、10歳の子供の前で言った医者を今でも許せない気持ちになる。しかし、あらためて癌の恐ろしさを再確認した。

この日、摘出手術の決意をする。2箇所も転移のリスクがなくなるのなら、やはりしよう。

もう息子を泣かせたくない、絶対に。一日でも長く生きて、これからは楽しい思い出をたくさん作ってあげたいと思った。

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