戦う意思

エピソード文字数 2,876文字

 禍紗と魔紗は、大きな尾で、まず王音を薙ぎ払おうとした。勢いをつけて飛んでくるその尾の攻撃を、王音は『散華』を使った柔の力で、いなす。尾が、それによって、跳ね上がり、今度は扇賢に向かった。
 扇賢は、下から打ち上げるような格好で、『丹水』を振り上げ、その尾を斬り飛ばした。斬り飛ばされた尾が、地面を跳ねる。しかし、禍紗と魔紗は、再び、尾を再生させた。
 おそらく禍紗の側のほうの口だろう、彼の大きな口から、『邪気』の炎の塊が、連続して扇賢と王音を襲う。しかし、禍紗の本命は、やはり尾での攻撃だった。『邪気』の塊に一瞬気を取られた王音が、尾の攻撃をよけきれず、強い力で、胴体を薙ぎ払われる。
 その打撃の強さと、そこから伝わる邪悪な『気』にやられて、王音は、吐き気をこらえながら倒れ、そのまま地面を滑った。鎧越しとはいえ、肺を打たれた彼女は、思わず咳き込んだ。
「王音!」
 扇賢が、彼女を振り向いて叫んだが、王音は、地面に『散華』を突きたて、それを支えに立ち上がろうとして、一度失敗した。彼女は、片膝をついたまま、禍紗と魔紗から目を離さず、血の混じった唾液を地面に向かって吹き出し、片袖で口元を拭った。そして、
「構わないで!……目の前の敵に集中しなさい!」
 と、いかにも彼の師らしい助言をした。
 扇賢が、正面にいる禍紗と魔紗に再び目を当て、『丹水』を構えなおす。
「……お前の体と、お前の『気』が欲しい」
 禍紗と魔紗の、欲望に満ちた、地の底から聞こえるような声が合せて響いた。
 扇賢は、その、自分へ向かう、あまりにも『欲』に満ちた邪な言葉に、自らを汚されまいと、顔を厳しくした。
 禍紗と魔紗が、動いた。その瞬間、扇賢も、相手に向かって走り出した。走りながら、暗器用の帯から、数本の小刀を抜くと、禍紗と魔紗の、開いたままの大きな口の中へ向かって、投げつけた。
 小刀は、数本は、鋭い歯によって阻まれたが、残りは彼らの舌と喉の奥へ刺さり、二人は、その痛みに声を上げてのけぞった。
 扇賢は、その、禍紗と魔紗の首のあった、空いた空間……彼らの顎の下に飛び込むと、右手に『丹水』を、左手に、懐から出した短刀を抜いて握ると、向かって左側にある禍紗の喉笛から魔紗の喉まで、二段構えで斬撃を繰り出した。二人の喉笛に、ぱっくりと二本ずつ、斬り捨てられた傷が、穴となって開き、そこから黒紫色の血が噴き出す。彼らは口からも血を吐きながら、さらにのけぞり、痛みに耐えられないのか、後足で立ち上がった。
 その、いかにも穢れていそうな血しぶきをよけながらそれを見た扇賢は、さらに前に出て、二人の無防備な胴体に向かって、思い切り足刀を喰らわせた。
 その攻撃を受けた禍紗と魔紗は、そのまま、後ろに向かって倒れ、仰向けになる。その重量に、城内に地響きがした。彼らの倒れた体の下の地面に、亀裂が走る。
 その大きな音と振動に、近くで見ていた彪たちは、一斉に耳を押さえ、揺れに耐えた。
 扇賢は、さらに彼らを追い込み、禍紗たちの前に走り込んで、その体に足をかけて、力を込め、踏み潰すように乗りかかった。
 扇賢は、体は引き締まって細身なほうだが、身長がある分、それなりに重量もある。だが、そんな彼の体重でも、禍紗と魔紗の体は硬く、へこみもしなかった。
 扇賢は、かまわず、『丹水』を、まず禍紗の胴体に、突き下ろすように構えた。……しかし、次の瞬間、禍紗が首をもたげ、蜥蜴を連想させる、黒い顔で、扇賢に向かって目を細めた。
 ……笑ったのだ。
 それを見た扇賢の動きが、一瞬、止まる。
 禍紗と魔紗が、そのわずかな間を縫って、彼の後ろから、自分たちの尾を彼に向けて伸ばしてきた。
 扇賢はそれから逃れようとしたが、これはおとりだった。本命は、彼らの口から出ている長い舌で、扇賢をとらえることだった。身の軽さを利用して、跳んで尾をよけた扇賢だったが、彼にとっての死角から襲ってきた、禍紗と魔紗二人の、生ぬるく濡れた真っ赤な舌によって、空中で、とっさによけた左腕だけ残して、体全体をからめとられた。
「!」
 上半身を禍紗の舌で、下半身を魔紗の舌でからめとられ、そのまま締め上げられる。
 ……なんて力だ!
 肺腑と両脚の骨を、握りつぶされるような痛みに、思わず右手に持った『丹水』を取り落しそうになる。彼は歯を食いしばった。しかし、禍紗たちの攻撃はそれでは済まなかった。今度は、扇賢の身を、上半身と下半身に分けて引きちぎるように、舌に力を加えて、引っ張り合ったのだ。
「…………!」
 扇賢は、息を漏らした。しかし、左手には、さっき手にした短刀が残っている。彼は、それを使って、自分の身と舌の間に刃をこじ入れ、のこぎりで木を切るように、自分を拘束する舌を、擦るように動かし、斬り刻んだ。禍紗の舌が斬られ、彼がまた、地獄から響くような大声を上げる。
 切断した舌から、あの、気味の悪い黒紫色の血が吹き出した。
 扇賢は、顔をしかめて、上半身だけの動きで、そのしぶきをよけた。しかし、魔紗の舌が、その彼の体をまだ放さなかった。両足を引っ張られ、バランスを崩し、禍紗と魔紗の体の上で転んだ彼の体を、魔紗の舌は容赦なく引っ張った。
 そのまま引きずられた扇賢は、引きずられながらも、『丹水』で、魔紗の舌も斬ろうとした。しかし、間に合わず、舌に巻き取られたまま、彼の体は、禍紗と魔紗の腹の上から、落ちた。禍紗が、その間に、自分の舌をまた再生する。
 禍紗と魔紗が、身を転がらせ、仰向けから、また四つん這いの体勢に戻した。そのことで、動きがとりづらかったからだろう、魔紗が、一度、扇賢の体から自分の舌を離した。
 扇賢が、その間に体を起こすのと同時に、また彼らの大きな尾が飛んできて、今度は尾に巻きつかれ、引っ張られる。舌よりも強いその力の大きさに負けて、彼は思わず、地面に仰向けに倒れた。
 ……動きが、取れない!
 相変わらず、両手に武器を持ちつづけ、少しも戦う意思を捨てないまま、もがく扇賢に向けて、禍紗と魔紗が、声を合わせて、自らの勝利を確信したのだろう。……嗤う。
「……扇賢。……お前の負けだ!」
 禍紗が、相変わらず地獄を連想させる、低い声で、言った。
 禍紗の口の中から、舌を使って、魂ごと他人の体を奪うことのできる妙薬、『形成元魂』の瓶が取り出された。その中身を扇賢の口に入れようと、禍紗と魔紗は、水かきの付いた前足で、動けない彼の体を押さえつけた。
 ……二人がかりなので、魔紗の両前足が扇賢の顔を押さえ、禍紗の二本の前足は、扇賢の口を、力を込めてこじ開けにかかろうとする。
「…………!!」
 扇賢は、動けない体で、しかも顎を割られるような痛みに、思わず、……口を開けた。それを見ていた群衆が、息を呑む。彼らの一番近くで、やっと立ち上がった王音ですら、その危機に、目を見張った。
 ……薬を、飲まされる……!
 全員が、恐ろしい状況を想像し、目をつぶりそうになった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

桐 扇賢(とう せんけん)

十七歳。『玉雲国』国王にして、『天帝の御使い』、『五彩の虎』の性を持つ。

普段はがさつだが、武術と芸術には強い。単純な性格だが、恨みをあとに引きずらない。生涯の女性は暎蓮ただ一人と決めている。愛刀は『丹水(たんすい)』。

甦 暎蓮(そ えいれん)

二十四歳。扇賢の年上の妃で、『玉雲国』の『斎姫』も務める。扇賢に一途な愛を注ぐ。『傾国の斎姫』と呼ばれるほどの美貌で、狙われやすい存在。使う武器は、『破邪の懐剣』。

白点 彪(はくてん ひゅう)

十三歳。

街の『巫覡』であり、また『術者』。扇賢の街での弟分。温和な性格だが、戦いでは後には退かない。

暎蓮に生まれて初めての恋をする。

関 王音(せき おういん)

二十代後半。

扇賢のもと・武術の師で、『天地界』中に名を知られた武術家でもある。普段は扇情的な美貌とプロポーションを持った妖艶な女。だが、さっぱりした性格なので、過剰な色気はない。

扇賢から奪った愛刀、『散華(さんげ)』を持つ。夫、子供有。


ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック