文字数 1,556文字

    
 姉は片手手綱になって、話す順番を整理するように、こめかみに指を当てている。
 カヤはストール広げてくるまって、荷車の縁に背をもたせた。
 サルナシの実を口の中でゆっくりと転がす。
 多分、あのドームにあった木の実だろう。自分で採った覚えはないが。


「今朝早くに実家を訪ねたの」
 整理の付いた姉が、丁寧に話し始める。

 夫の両親の商家で、たまたま穀物を大量に入手出来たので、実家へ裾分けして来なさいと、結構な量を分けて貰えたのだという。
 有難く礼を言い、馬車に荷物を積んで、朝早く出発するつもりで床に着いたのだが……

「何だか酷く胸騒ぎがして眠れなくって」

 ならもう出掛けてしまえと、夜も明けやらぬ内に街を出発した。
 しかし到着してみると、実家の様子が微妙におかしい。


「微妙に?」

「羊の水桶が空で、仔羊がぐったりしていたり、朝飼いが無くて馬たちが苛立っていたり」

「ふうん……」

「口々に、カヤが怠けた、カヤがサボった、って声が聞こえるんだけれど、肝心のカヤは何処にいるの? って聞いても、皆顔を見合わせて誰も答えられないの」

 カヤは俯いた。まぁそんな物なんだろうと、口の中だけで呟いてみる。

「やかましい人たちが掃けてから、妹たちに、昨日のウスゴ採りに行った話を聞いたの……」 
 姉は前方を見据えながら、片手を後ろに伸ばして妹の後頭部をポンポンと撫でた。

「思わず、穀物袋を下ろさないで帰っちゃおうかと思ったわよ!」

 ああ、懐かしい、いつもの姉だ。言葉の通じる人間だ。
 カヤは笑ったが、涙もパタパタと膝に落ちた。昨日は一滴もこぼさなかったのに。

 実家の者たちは困った困ったばかりで埒が明かないので、姉は一人で馬車を走らせ、川原の方へ来てみたという。
 中州で見付けた妹は、スヤスヤと安穏な寝息を立てていたので、抱いてかかえて馬車に運んだ。
 嫁ぎ先の木工房で力仕事をやる事も多いので、大した苦労ではなかったらしい。

「カヤの事だから、ウスゴのいっぱいある場所を見付けたのなら、放ってはおかないだろうと思って」

「カ、カヤが食いしん坊みたいじゃない」

「でも案の定だったでしょ」 
 姉はコロコロと笑った。
「いっぱい食べていっぱい働く、生きる力のとても強い、私の自慢の妹だもの」

(生きる力が強くなんかない……)
 夕べの白い子供と暗い川を思い出して、カヤは俯いた。
 川に踏み込んだ自分は、投げやりな、当て付けな気持ちしかなかった。
 この人がどんな気持ちになるかとか、考えもしなかった。


 実家に穀物をと気遣って貰えるのは、姉さまが嫁ぎ先の家族の一員として、しっかりと働いているからだ。働き甲斐のある場所なんだろうなと、カヤはふと寂しくなった。

 帰りの距離が縮まるにつれて、ますます頭を垂らすカヤ。
 姉は背中にそんな妹の気配を感じている。
 中洲で抱き上げた妹は、育ちざかりな筈なのに、一年前より軽かった……
 
「ところで」
 姉は切り出す。
「奉公に出たがってるって聞いたけれど、本当なの?」

「出……たがって……?」
 カヤは言葉をつまらせた。また都合のいい嘘が、勝手に一人歩きしている。

 姉は再び手を伸ばして、カヤの頭をポンポンと撫でた。

「うちの取引き先の工房で、今、住み込みの下働きを探しているの」

 カヤは顔を上げた。

 姉の夫も修行した大きな工房で、最近弟子の一人を独立させたので、手が足りなくなっているとの事。職人気質の硬派な職場だけれど、女の子でもやる気があれば技術を仕込んでくれるという。

「最初は冗談抜きにキツいらしいけれど……来る?」

「い、行く! 行きたい、です!」

「了解!」

 姉は返事を予想していたように、手綱を自分の街へ向けた。
 カヤの家へ寄って行く気は無いようだ。
 カヤもそれでいいと思った。あそこに固執していたのがウソみたいに。


 
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