Ⅵ
文字数 1,556文字
姉は片手手綱になって、話す順番を整理するように、こめかみに指を当てている。
カヤはストール広げてくるまって、荷車の縁に背をもたせた。
サルナシの実を口の中でゆっくりと転がす。
多分、あのドームにあった木の実だろう。自分で採った覚えはないが。
「今朝早くに実家を訪ねたの」
整理の付いた姉が、丁寧に話し始める。
夫の両親の商家で、たまたま穀物を大量に入手出来たので、実家へ裾分けして来なさいと、結構な量を分けて貰えたのだという。
有難く礼を言い、馬車に荷物を積んで、朝早く出発するつもりで床に着いたのだが……
「何だか酷く胸騒ぎがして眠れなくって」
ならもう出掛けてしまえと、夜も明けやらぬ内に街を出発した。
しかし到着してみると、実家の様子が微妙におかしい。
「微妙に?」
「羊の水桶が空で、仔羊がぐったりしていたり、朝飼いが無くて馬たちが苛立っていたり」
「ふうん……」
「口々に、カヤが怠けた、カヤがサボった、って声が聞こえるんだけれど、肝心のカヤは何処にいるの? って聞いても、皆顔を見合わせて誰も答えられないの」
カヤは俯いた。まぁそんな物なんだろうと、口の中だけで呟いてみる。
「やかましい人たちが掃けてから、妹たちに、昨日のウスゴ採りに行った話を聞いたの……」
姉は前方を見据えながら、片手を後ろに伸ばして妹の後頭部をポンポンと撫でた。
「思わず、穀物袋を下ろさないで帰っちゃおうかと思ったわよ!」
ああ、懐かしい、いつもの姉だ。言葉の通じる人間だ。
カヤは笑ったが、涙もパタパタと膝に落ちた。昨日は一滴もこぼさなかったのに。
実家の者たちは困った困ったばかりで埒が明かないので、姉は一人で馬車を走らせ、川原の方へ来てみたという。
中州で見付けた妹は、スヤスヤと安穏な寝息を立てていたので、抱いてかかえて馬車に運んだ。
嫁ぎ先の木工房で力仕事をやる事も多いので、大した苦労ではなかったらしい。
「カヤの事だから、ウスゴのいっぱいある場所を見付けたのなら、放ってはおかないだろうと思って」
「カ、カヤが食いしん坊みたいじゃない」
「でも案の定だったでしょ」
姉はコロコロと笑った。
「いっぱい食べていっぱい働く、生きる力のとても強い、私の自慢の妹だもの」
(生きる力が強くなんかない……)
夕べの白い子供と暗い川を思い出して、カヤは俯いた。
川に踏み込んだ自分は、投げやりな、当て付けな気持ちしかなかった。
この人がどんな気持ちになるかとか、考えもしなかった。
実家に穀物をと気遣って貰えるのは、姉さまが嫁ぎ先の家族の一員として、しっかりと働いているからだ。働き甲斐のある場所なんだろうなと、カヤはふと寂しくなった。
帰りの距離が縮まるにつれて、ますます頭を垂らすカヤ。
姉は背中にそんな妹の気配を感じている。
中洲で抱き上げた妹は、育ちざかりな筈なのに、一年前より軽かった……
「ところで」
姉は切り出す。
「奉公に出たがってるって聞いたけれど、本当なの?」
「出……たがって……?」
カヤは言葉をつまらせた。また都合のいい嘘が、勝手に一人歩きしている。
姉は再び手を伸ばして、カヤの頭をポンポンと撫でた。
「うちの取引き先の工房で、今、住み込みの下働きを探しているの」
カヤは顔を上げた。
姉の夫も修行した大きな工房で、最近弟子の一人を独立させたので、手が足りなくなっているとの事。職人気質の硬派な職場だけれど、女の子でもやる気があれば技術を仕込んでくれるという。
「最初は冗談抜きにキツいらしいけれど……来る?」
「い、行く! 行きたい、です!」
「了解!」
姉は返事を予想していたように、手綱を自分の街へ向けた。
カヤの家へ寄って行く気は無いようだ。
カヤもそれでいいと思った。あそこに固執していたのがウソみたいに。
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