第1話

文字数 3,593文字

 定時制高校に通う生徒達の群像。

起「蛍の光、窓の雪」
校舎を共有する全日制高校の放課後。夏休みを控えた定時制クラスに、編入生が紹介される。年齢は25歳くらい。自宅階段を踏み外して記憶喪失になったらしく、自分のことを他人事のように話す彼(ケン坊)に興味を持ったノベルは15歳の低血圧系女子、作家志望。他にも、寡黙な眼鏡の少年、優等生っぽい女の子(秀才)アニメが好きな多国籍ガール(オタク)ヘイセイを装うアラサー、卒業が先か葬儀が先かジョークを飛ばす仙人みたいなおじいちゃんがクラスメイト。情熱の欠片も感じられない意識低い系教師の担任の先生も加えて、普通じゃない学校生活が始まる。明日から夏休みだけど。僕の本名にケンは入ってないけど。ケン坊が与えられた席につくと、黒板の上には「蛍窓雪案」という故事成語が飾られているのが目に入った。

承「幸くとばかり」
夏休み、いつもの教室と図書室は自主学習に解放されている。ノベルは学校の勉強そっちのけで本を読んだり小説を書いているか、もしくは居眠りしている。高校三年生相当の秀才は案外面倒見が良く、自分の受験勉強の傍ら、クラスメイトに勉強を教えてくれる。仙人は教科書を拡大コピーして使うのだが、そろそろコピーの方法くらい覚えて欲しい。仙人が年金でアイスを奢ってくれるというので、皆で帰りにコンビニに寄り道。すると、オタクが店員として働いていた。レジ横には、アルバイト募集の張り紙。ケン坊はその場で普段から持ち歩いている履歴書を提出する。

バイト先のコンビニで早速事件が起きる。オタクが外国人だからか、女の子だからか、理不尽な迷惑客に絡まれてしまう。ケン坊は思わず迷惑客の胸ぐらを掴んだ。警察に通報しろと騒ぎ立てる迷惑客。すると、クラスメイトの眼鏡がスマホを構えていた。一部始終を撮影しているから、さっさと通報して警察に判断を委ねるのが良い。国家権力は手続きが大変だけど、ネットに流したら全世界の善良な一般市民が正しい方の味方をしてくれる。毅然とした態度の眼鏡に、迷惑客の威勢がすっかり影を潜めた頃、オタクが深々と頭を下げて謝罪した。帰り道、ケン坊はオタクに尋ねる。オタクさんが謝らなくても良かったんじゃない?
「ケン坊が私の分まで怒ってくれたから、私はケン坊の分も謝っといたの」
仕事って難しい。

転「その真心は」
二学期、定時制クラスも文化祭の出し物を考えなくてはいけない時期となる。全日制と合同開催という建前だが、殆ど主催の全日制に全力で便乗するのが本音だ。例年は適当な展示をするくらいだが、今年はアラサーがメイド喫茶を提案。コロナ禍ということもあり、飲食の提供は認められなかった。代案として、メイド漫画喫茶が企画される。感染予防対策として、一人一時間以内かつ教室内でのみ漫画読み放題。漫画はオタクの自前が大半だが、搬入にはアラサーが車を出し、ケン坊と眼鏡がよく働いた。ノベルがデザインしたメイド風エプロンをオタクとアラサーがミシンで作り上げてゆく。アラサーには離れて暮らす息子がおり、幼稚園の頃は色々作った経験があるという。仙人はVIP待遇で、秀才は模試が近く労役免除。
模擬店当日は、客の手荷物検査や消毒作業に秀才も手伝ってくれるという。

そして、当日。アニメ映画がヒットした原作漫画には行列ができる。同じものを持っているケン坊とノベルの家まで取りに行くことに。助っ人の先生も車を出してくれることになり、アラサーとノベル、ケン坊と先生が模擬店を離れる。ケン坊が戻ってきた時、ノベルとアラサーが入り口で固まっていた。今年の文化祭は、コロナ禍もあり、他校生の入場は禁止されていた筈だが、チェックをすり抜けて他校生が出入りしていた。その中に、隣の市の生徒が複数いた。秀才の元同級生達である。彼女らは、秀才がイジメ加害者で元の学校を追い出されたことを暴露する。ケン坊は秀才と他校生の間に分け入る。一瞬、教師が来たのかと他校生は怯むが、そうでないとわかると、定時制を蔑む発言をする。オタクやアラサー、仙人までを指し差別的な発言を繰り返す。ケン坊が拳を振り上げ、眼鏡がそれを制する。握り締めた拳から血が滲んでいた。その時、漫画を読んでいた一人の男子生徒が、立ち上がった。
「主は言われた。この中で罪を犯したことない者から石を投げなさい。僕には、あなたはが今この人をイジメてるように見えるけれど」
猫山君。校舎を共有する全日制の一年生で、ノベルの小学校の同窓生だった。彼は、事前に配られた漫画喫茶のリストの中に、昔読んだ少女漫画があることに気づいて、楽しみにしていたという。その漫画は、東日本大震災の津波で家ごと流されたらしい。
「天晴れ! 最近の若いモンはイキが良くて羨ましい。ボクなんか、卒業が先か葬式が先かわからないんだからなぁ…」
全日制の生徒が呼びに行ったのか、先生が駆けつけ、他校生は即時退場処分となった。
「ユウ君、ありがとう。仲間を庇ってくれて」
アラサーがお礼を言うと、猫山君は少し訝しげにどう致しまして、と返事をした。

クリスマスを控えた日曜日。近くの教会でチャリティーコンサートが催され、何故か定時制クラスが招待される。猫山君のご両親が敬虔なクリスチャンで、息子である猫山君に友達を誘うよう言われたらしい、とノベルが皆を連れて行くことに。ついでに先生も。仙人は、教会で見送られるのも良いと、いつになくはしゃいでいる。聖楽隊の讃美歌の他、プロの管弦楽団による演奏会や子供達による聖誕の物語の劇など、一年以上恒例の行事を見送らざるを得なかった人々の表現力に圧倒される。アラサーはお手洗いで中座するが、ただでさえ初めての場所で、大道具やら楽器やらを持ち行き交う人の流れに道に迷ってしまう。
「アラサーさん、皆さんが探してましたよ」
声をかけてくれたのは猫山君だった。
「ありがとう。ユウ君には助けられてばかりだね」
「何故、僕の名前を?」
「あ、ごめんなさい。親しくもないのに勝手に呼んじゃって。この前、お友達がそう呼んでいたのを聞いたから」
「僕のニックネームは名字をもじった猫山です。学校の友達は皆そう呼びます。下の名前で呼ぶのは、両親と、産んでくれた母親だけ」
十六年前、在学中に妊娠したサラサーは、高校を退学して息子を産み育てることに。母親(猫山君の祖母)の助けを借りながら、暮らしていたが、十年前の震災と津波で、住む家と唯一の協力者を奪われてしまった。ケースワーカーの助言もあり、息子が六歳を迎える前に、特別養子縁組に出したのだった。養家の小山夫妻は、アラサーに年に一度、息子の写真を近況を伝える手紙に添えて送り続けてくれていた。昨年、小山夫妻から彼の高校進学を聞くが、入学した学校が定時制を併設していると知ると、気づいたら願書を取り寄せて出願していたのだった。

結「別れのワルツ」
ノベルは猫山君と並んで初詣で。朝が苦手なノベルが午前中に動いているのは奇跡かも知れない。
その後ろ姿を見ながら、男二人で御神籤を引くケン坊と眼鏡。
「眼鏡よ、元気出せ。お兄さんが甘酒奢ってあげよう」
「は?僕はゲイだ。ノベルはクラスメイトだ。因みにケン坊は僕の好みじゃない」
「え?あ、えっと…色々スミマセン…」
「構わないさ。こっちは慣れてるから」
オタク、アラサー、秀才、そして仙人。地域の見守り要員として先生が揃う。
秀才の鞄には彩どりの合格祈願のお守りが。

秀才の合格発表の日。教室にはケン坊、ノベル、眼鏡、オタク、アラサー。仙人は風邪を拗らせ大事を取って一時入院している。自主学習だが、教室は静まり返り、字を書く音も頁を捲る音もしない。ふと、足音が聞こえて来る。秀才か?
「秀才さんどうだった?」猫山君である。
「なんでアナタ来るねアルカ」
「うわぁ、態とらしいカタコト日本語。僕、歓迎されてません?」
「彼女に会いに来たのか、ママに会いに来たのか」
「両方です」
「通じねぇの!この嫌味!心臓に毛が生えてる系の人ですか?こちとら授業中なんだよ、このリア充め」
そこへ、先生が「うるさいぞ。秀才の結果聞きたくないのか」「折角だし、本人から発表な」
今にも泣き出しそうな秀才がいた。
「え?ちょ、どっち?」
「受かった〜‼︎」

数日後、一同は葬儀に参列していた。仙人の告別式である。風邪を拗らせて肺炎が悪化したまま、亡くなったのだ。先生が最後に話した時は、秀才の合格を喜んでくれたという。
「仙人の鼻から下の顔、遺影の写真で初めて見ることになるとは、な」

「仙人、奥さんと再会したら、勉強したこと全部教えてやるんだって言ってたよね」
「分厚い教科書は駄目だけど、コピーしたのなら何枚かは良いって。息子さんに預けて来た」

いつしか年の杉の戸を
開けてぞ今朝は別れゆく
(蛍の光 より)

プロットは以上。
次頁あらすじ。
3ページ目は主要登場人物解説。



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