ありふれた衝突事故

文字数 1,061文字

 話をしよう。今私がやらかしたとんでもない失敗の話を。誰かに笑い話にしてほしい。そうでもしなければやっていられない。
 私は今、廊下でぶつかった片思いの先輩に、勢い余って告白してしまった。ぶつかった衝撃で書類は舞い、しりもちをついた衝撃で口を割り、そのまま私の心は砕け散った。
 絶望だ。なんせ彼は顔良し性格良し成績良しのエリートだ。こんな他部署の冴えない社畜女など、名前すら知らないだろう。片思いどころか、認知すら一方通行。謂わばアイドル的な存在に身の程知らずの告白をしてしまうなんて、彼の心中でなんと思われているのか想像するだけで死にたい。


「はい。これ」
「え、あっ!ありがとうございます……?」
 そんな私の心の中など知らず、彼は散らばった書類をまとめて私に手渡してくれる。まるで何事もなかったかのように。いや、何もなかったのかもしれない。うっかり声に出したつもりの言葉も、その気になっていただけで本当は脳内で留まったままなのだ。きっとどうである。そうだ。
「それで」
「へ……?」
 そう思いたいところだが。
「僕のことが好きなんだっけ?」
 実際のところそんなに都合よくは行かないものだ。やはりキッチリ声に出ていた挙句、しっかり先輩の耳にも届いていた。




□□□




「一晩だけ。それもよければ付き合うよ?」
 たまたま廊下でぶつかった女に、人当たりのいい笑みで答える。顔に反して内容はクズのそれだ。
 彼女のことはよく知らない。性質上自分の周りの人間を把握せずにはいられないので、全く知らないわけではない。しかし、他部署の彼女に関しては顔と名前、生年月日や家族構成などのデータのみしか頭に入っていなかった。会社の人間は皆把握しているが、彼女のそれは最低限の情報量だ。
 正直よく知らない女に告白されるのも慣れている。なんせ顔は良いし、人当たりも良くふるまっている。さらに仕事もそれなりにはこなしているはずなので、女には正直困らない。まぁ欲してもいないので、言い寄られずとも困りはしないのだが……
 とにかく飢えてはいないため普段は聞こえないふりや、適当にはぐらかしている。それを何故今回は一晩だけとはいえ答える気になったのか。単純な理由をあげると、彼女の胸のサイズがとても好ましいという、恋愛上大変好ましくない理由である。欲していないとはいえ、欲がないわけではない。満腹であっても、美味しそうな料理があれば目は欲しがるし何なら食べる。それと同じことだ。大変大きな乳を持った女性が告白してきたら、無情と言われた俺の不動の心もそこそこ動くものである。
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