ちょっとヨレてるのろけ話

文字数 2,000文字

*タズマ

あ~~腹減った~~!! 肉食いたい、肉~~!!!

っは、いかん……空腹のあまりに一瞬我を忘れたぞ……!

しかしいかんな、生来の化け物嫌い、人嫌い……。静かな山中(さんちゅう)に住居を構えて住みついたはいいものの、人間が全く通りかからん! うるさくないのは構わんが、これでは人食いの化け物タズマ様、早晩飢え死にしてしまう~~!!

っはっそうだ! こうなれば「お手伝いのほしい郊外に住むはぐれ貴族」というていで、玄関に張り紙をしたらどうだろう!!

張り紙

『お手伝い求む。出来ればほどよく肉づきの良い、食べごろのぴちぴちの若い女子(おなご)。』

――う~~むいかん……これではまるきりスケベオヤジの欲望丸出しの張り紙だ……こんな張り紙でたまたまここいらに迷い込んだ若いおなごが釣れるわけ、

*若いおなご

あの……ここで働きたいんですが……

(釣れたぁあああ!!!!)

あの……わたし、アロコスという今年十七の娘です……。

実は先年、父が継母(ままはは)を連れてきまして……。その継母(はは)に何かと辛く当たられ、今日とうとう父の居ぬ間に家を追い出されてしまいまして……。

わたし、ここ以外にもう行く場所がないのです! どうかこのお屋敷においてくださらないでしょうか!?

(ふうむ、なるほど……確かに細い手があかぎれだらけだ、この国の長い冬の間、そうとう手ひどく水仕事をさせられたらしい……ようやっと早春になったとたんに、継母に実家から追い出されたか、思えば哀れなこの娘……)
(なんちゃって食欲は別だけどな~!! 理想よりやや細っこいけど肉は肉だ~~!!)

そうか、採用!!

で早速だが、我は腹が空いていてなあ……!!

まあ! そうでしたの、それではさっそくご用意を!

お……おいおい、何をしている?

そんな所にしゃがみこんで、そんな草をちぎり出して……??

はい、山菜を()っております!

季節が早春で幸いでした、このお屋敷のまわりには山菜がたくさんに生えております!

ご主人さま、ご貴族ですから山菜をお召しになったりはなさらないのですね? けれども大丈夫、おなかがお空きでしたらこの山の珍味、きっとごちそうに感じますわ!

幸いにしてこのアロコスも山の娘、ご貴族のごちそうは作れませんが、山菜の料理の仕方は心得ております!

今しばらくお待ちになってくださいね、このアロコス、ご主人さまにほっぺたが落ちるくらいに美味しいお料理をこさえますわ!

いや、えっと……あの……。

(……ん? んんん? 何やら美味(うま)げなにおいがして来たぞ……??)

出来ましたわ! さあどうぞ召し上がれ!
(……いやいやどんな美味げなにおいがしていても、我は人食いの化け物ぞ? 見た目も何だか美味そうだが、よりによってそこらへんの草をむしって作った料理なぞ我の口に合うワケが)美味~~~い!!!!

……とまあ、それが我と妻との出逢いであった。

「胃袋をわしづかみにされる」と言うのはああいうことを言うのだな! 我はその山菜料理、いやごちそうをむさぼり食いながら、さっそくアロコスに求婚した!!

*ヴリコラ(聞き役の旅人)

はあ……。誇り高き人食いの化け物が、山菜のごちそうに屈したと……。

ははは、まあそう言うな! 何と言ってもアロコスは可愛いし優しいし気立てが良いし、妻としても言うことなしだ!

この頃は山菜ばかり食いすぎて、妖力も弱って寿命すら人並みになってきたのを感じるが……。

まあそれも良い、人間の妻と同じく寿命を迎えて、今度転生したら「化け物どうし」か「人間どうし」に生まれ変わって、当たり前に恋をして幸せに生きて死んでいこうと……そう約束をしとるのだ! ははは!!

はあ……しかし、長い冬の間の食料は?

山菜か? それは塩漬け、なけなしの妖力漬けという手があるさ。

はは、とにかくそんな目で見るな! においから察するにお前も化け物、人間に牙を抜かれた同族の姿は情けなくも映るだろうが、どうか笑って流してくれ! なんせ妻の山菜料理は、へたな人肉よりもっとずっと美味いのだからな!!
……はあ……。それでは、そろそろおいとまを……。
んん? 何だ、もう帰るのか?? それはもったいない、今アロコスが自慢の手料理をこさえているところだと言うに……。

いえ、本当にもうおいとまを。

野草茶をごちそうさまでした、これからも末永く爆発しろ!!

はは! あの旅人、我らの夫婦仲にやきもちを焼いたらしいな!!

なあアロコス、そろそろごちそうの出来る頃かな?

はーい! もうすぐ出来上がるわよ~!

……まったく、仲の良いご夫婦だったな……。

おかげで食事にありつけなかった。「化け物の魂を食う」特殊な生き物の自分だが、あんなおしどり夫婦の片割れの命を奪うなんて、とうてい出来るもんじゃない!

まったく、末永く爆発しろだよ!!

そうつぶやいて立ち去っていくヴリコラの腹が、ぐぅうう~~と情けなく鳴るのであった。(完)
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