猫の島

文字数 1,991文字

 友梨亜は再び生まれ変わったのだということに気がついた。
 それは、庭で砂遊びをしていたときのことだった。一匹の野良猫が庭に入りこんできた。ごく普通の茶色い毛並みなのに、どこかで見たことがある猫だとぼんやりと思った。
 この島は「猫の島」なんて呼ばれていたが、陸続きになっていて、人々が普通に暮らしていた。首都からも近いので、猫好きが集まる猫の聖地として観光スポットにもなっている。飼い猫なのか、野良猫なのか、どちらともつかぬ猫たちが共存するようにすみついていて、外に出れば猫に会わない日はないくらいだった。どこかで見かけただけだろうか。
 その猫は友梨亜と目が合うとミャーオと鳴いた。やっぱり。鳴き声にも聞き覚えがあった。友梨亜はこの猫をずいぶんと前から知っている。口に出して名を呼んでみた。
「ニヤケ……?」
「ミャーオ」
 そうだニヤケだ。横にイーと口を開き、小さくて鋭い歯をのぞかせている姿がまったく変わらない。友梨亜は今5歳であるから、前世で命を落としてから少なくとも6年は経っているはずだったが、ニヤケが生きていてもおかしくはない。猫は十数年生きられる。
「ニヤケ、わたしのことがわかるの?」
 ひざまづいてギュッと抱きしめる。ニヤケはおとなしくされるがままに友梨亜の胸の中に顔をうずめている。島の猫はたいてい人懐っこくて、警戒心をいだかない。ニヤケが前世の友梨亜に気がついているのかわからなかったが、友梨亜は忘れかけていた前世の記憶を取り戻しつつあった。
「なんで……。なんで、わたし、殺されたんだろう……」
 ニヤケは友梨亜の腕をするりと抜け、庭の出口の方へ向かった。その途中、ちらりと友梨亜の方を振り返る。
 友梨亜はニヤケのあとを追って庭を出た。
 生け垣と石垣の狭い路地を抜ける。お母さんに連れられてバス停へと向かう道だ。その先の少し広い通りは、そうだ。記憶にある。今世の記憶と前世の記憶が、ジグソーパズルのピースようにはまりながら、「猫の島」がどんな街だったか浮かび上がってきた。
 友梨亜が殺されたのは潮の匂いが濃く香る海辺の近くだった。夕方そこにいると学ランを着た男子生徒がいつも通りかかる。とてもおだやかで、やさしそうな表情をした少年だった。バッグからナイフを取り出しても、給食で残した食パンを切り分けるのだろうぐらいにしか想像がつかなかった。
 あの少年はどこの家の子だっただろうか。
 はっとしてふり返ると大学生くらいの青年が立っていた。髪が長くなり、顔がシャープになっているが、いつも海辺で見かけていた学ランの少年だった。
 前世の友梨亜に見せたときと同じように、とびきりの笑顔を向けた。身をかがめて友梨亜を覗き込む。
「迷子……じゃないよね?」
 友梨亜は大きく首を振った。
「わたし、あなたに殺されたことを思い出したんです」
「え? なにいってるの。生きてるでしょ」
 青年は冗談でしょといわんばかりに笑っている。
「わたしは覚えてます。あなたに殺されたんです。あなたに殺されるくらいなら、いっそのこと車にひかれてしまったほうがよかったくらいです。化けて出るどころか、再びこの世に戻って参りました」
「は? いい加減にしろよ」
 青年は急に野太い声になり、ナイフを振り上げたときと同じようなするどい目つきで友梨亜をにらんだ。
「どうして……あんなにやさしくしてくれたのに……。ねぇ、忘れたわけじゃないでしょ。わたしは、あなたに殺されたいつぞやの猫よ! パンや牛乳をくれたでしょ。なんで急にあんなこと」
「ふざけるな!」
 青年は立ち上がると友梨亜を突き飛ばした。あまりの力の強さに後ろにひっくり返ってしまった。
「猫だって? なんで知ってる。っていうか、なんでそんな気味の悪いいいかたするんだよ」
「わたしは生まれ変わりです。前世は猫でした」
「ふっ」
 ちっとも信じてないように青年は鼻で笑った。
 いつだって、誰も信じてはくれなかった。
「そうか。アハハハ。猫か。覚えてるよ。猫どころか、その前のきみも、その前も、その前も。生まれ変わる前のきみを知っている」
「え?」
「きみが猫なんかに生まれ変わるから。人間に生まれ変われるように俺が殺してやったんだよ。おかげで俺の来世は外道だな。人の道を外れたようなことをしたんだからな」
 そういって青年は大げさに笑い転げた。やっぱり、信じてはいなかったのだ。友梨亜をからかっている。
「ああ、そうか。外道か。きみは人を殺したから猫に生まれ変わったのか? 俺のやったことより罪じゃないか。ここは『猫の島』じゃなくて『外道の島』だな」
 友梨亜には記憶の海におぼれてしまいそうなほどたくさんの過去がある。思い出したくないことも、たくさんだ。猫に生まれ変わる前に犯した友梨亜の罪。延々と続く前世の自分からのがれたい。
 もうひとり殺したら、次こそ地獄へ落ちることができるだろうか。
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