第1話

文字数 3,643文字

「なあ、師匠。あんな爺さんよりも、俺のほうがお前さんを満足させてあげられるよ。何も不自由させないから、ね?うんと言っちゃくれないかい?」
三味線の師匠をしている千代鶴は、最近、弟子の一人である小間物問屋、天満屋の若旦那に迫られて辟易していた。
今日も今日とて稽古が終わり、他の弟子はみな帰ったというのに、若旦那は居座って千代鶴を口説いている。
当の千代鶴は慣れたもので、のらりくらりと躱す。
「嫌ですよ、若旦那。私は誰の囲い者でもござんせんし、これからだって、そうです。何も不自由しちゃおりませんから、ご心配なく」
(あだ)な雰囲気の姿とうらはらに、千代鶴は至って身持ちの堅い女であった。
「隠さなくたって、高砂屋の隠居に囲われてるのは、みんな知ってるさ。でも、女盛りの お前さんが、ジジイの萎びた摩羅で満足してる訳じゃないだろう」
若旦那がズイっと千代鶴にいざり寄ろうと膝を進めた、その時。
「入り婿で女房の許しがなけりゃ、一文だって自由にならねえ お(めえ)さんが、『不自由させない』たあ笑わせる」
稽古場に使っている座敷の唐紙がスラリと開き、灰色の総髪を一つに束ねて、同じ色の口髭と顎髭を蓄えた男が入って来た。
髪や髭の色から老境であると分かるが、伸びた背や着衣の上からも分かる胸の厚さは、まるで壮年のようである。
「大旦那さま」
先程までの、木で鼻を括ったような様子と打って変わり、千代鶴はうっすらと頬を染め瞳を潤ませた。
男は、先程から爺さんだの萎びた摩羅のジジイだのとボロクソに言われていた、高砂屋惣右衛門その人であった。
「どう誤魔化してんのか知らねえが、ここに通ってるってのも、女房にバレたら大変なんじゃねえのかい?」
ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべて天満屋の若旦那を見やると、そちらは真っ青になって冷や汗までかいている。いつから居たものか、惣右衛門を貶しながら、その囲い者の女を口説いているのを聞かれていたのだから無理もない。
「しっし師匠、おおおお稽古、ありがとうごっざいま、ました!」
いきなりガバッと手をつくと、しどろもどろに挨拶した若旦那は、ほとんど駆けるようにして千代鶴宅を逃げ出して行った。
「惣さま、今日は ずいぶんと 早い お()でじゃありませんか?」
愉快そうにくつくつと笑っている惣右衛門の首に白い腕を絡めながら、千代鶴がたずねる。
「そうだ、(てる)が あたしを呼びに来たんだよ。お前をしつこく口説いてる、天満屋の若旦那が稽古に来てると言ってね」
「まあ!照ったら」
「あたしが着いた時には、(はる)が唐紙の前で しんばり棒を持って、座敷の様子をうかがっていたよ。師匠思いの 良い子達じゃないか」
「晴まで……。惣さま、ご迷惑を お掛けしました。こんな事で惣さまを呼びに行くなんて」
「何を言ってるんだい。あたしにとっちゃ、お前が他の男に口説かれてるなんざ、一大事だよ。よくぞ知らせてくれた、ってぇもんだ」
そう言うと、惣右衛門は千代鶴の腰に手を回してグッと抱き寄せたが、思い出したように身を離すと、開いた唐紙の向こうの廊下に控えていた照と晴に声を掛けた。
「お前たち、小遣いをあげよう。あたしは今夜 泊まるけど、夜は八百善に仕出しを頼んでおいたから、夕方までゆっくり遊んでおいで」
照と晴は12才の双子の姉妹で、住み込みの内弟子兼女中である。師匠兼女主人の情人である惣右衛門が訪ねて来ると、いつも こうして小遣いを持たせて遊びに出してくれるので、分かりやすく惣右衛門を慕っている。
「「はい!大旦那様、お師匠様、行って参ります」」
二人は声を揃えて挨拶すると、パタパタと出掛けて行った。

「さて、やっと二人きりだね。おいで」
座布団に安座した膝を叩いて、惣右衛門がニッと笑い千代鶴に手を差し出す。
「惣さまが こんなに お早いと思っておりませんでしたから……。先に湯を使って参りますよ」
「湯など後でいい」
立ち上がる千代鶴の手を掴んだ惣右衛門は、そのまま抱き寄せながら畳に横たえて覆い被さった。
「焦らすなよ。お前、どこで そんな手管を覚えたんだい?」
「自分で教え込んだんじゃないさ。悪い(ひと)
フフっと鼻を鳴らすように甘えた笑い声を出す千代鶴の衿を寛げ、まろび出た膨らみを掬い上げるようにゆっくり揉み込む惣右衛門は、五十路半ばで孫もいる大店の隠居とは思えない、ギラついた目をしている。
「あ、はぁ、あ、惣さま……んっんんっ」
赤く膨らんだ乳嘴(にゅうし)を代わる代わる舌でなぶられ、千代鶴の声も淫らに湿ってきた。
「いと……」
耳元で切なげに呼ばわりながら、惣右衛門が千代鶴の帯を解くと、夏という時節柄、帯一本で着付けていた襦袢と(ひとえは)はハラリと開き、昼間の光をはじく白い肌と緋色の湯文字が(あらわ)になった。

『いと』とは千代鶴の本名である。千代鶴の名は、三味線の師匠でもあった母から襲った芸名で、先代・千代鶴の弟子であった惣右衛門にとって、千代鶴は先代。千代鶴 襲名の以前から関係を持っている いと は、あくまでも いと なのだった。

惣右衛門は己も下帯一枚になると、千代鶴の白く薄い腹の、しっとりとした手触りを楽しみつつ、もう片方の手で太腿をくすぐるように湯文字の中に滑り込ませる。
「んんっ、ぁふ、ぅうん」
吐息まじりに軽く身を捩りながら、千代鶴は両の太腿で惣右衛門の掌を挟んで止め、挑発するようにニヤリと笑った。
「この……!」
愉しげに片方の口の端をクッと歪めた惣右衛門は、乱暴に千代鶴の湯文字を捲り、白い膝裏を持ち上げて その間に割って入る。
「ああ、んっ」
湯文字と揃いの緋色の下帯ごしに、硬く張り詰めたモノを擦り付けられた蜜口は、すでに甘い滴を垂らしてちゅくちゅくとイヤらしい音をたてた。
「ジジイの萎びた摩羅ですまねえが、我慢しておくれよ?」
蕩けた表情(かお)で囁きながら、下帯の前垂れをずらして出した惣右衛門の摩羅は、赤黒く充血して天を仰ぎ、鈴口から溢れる先走りでぬらぬらと照りをおびている。とても『ジジイの萎びた摩羅』などには見えない。
それを千代鶴の蜜口に宛がうと、ほぐしもせずに腰を進めたが、そこは互いに さんざん慣れた十年来の相方同士、たまには趣向を変えて、色事を覚えたての小僧と小娘のような交合(まぐわ)いも悦いとばかりに楽しむ。
「は、ぁあんっ!惣さまぁ、あ、ぁぁ、いい。はぁぁ……」
「いと、そんなに、締め付けると、ちぎれちまうじゃねえか……」
どちらからともなく唇を重ね、互いの舌を貪りつつ夢中で腰を絡め合い、更に深く求め合った。
「もう、気を遣りそうなんだろ?我慢する事ぁ、ないよ。」
快楽の波にさらわれぬように、浅い息を繰り返して こらえる千代鶴の耳をねぶりながら、余裕ぶってはいるものの、こちらも明らかに こらえている惣右衛門がたずねる。
「いやよ。私が、気を、遣ったら、惣さまも、イッちまう、つもり、でしょ。まだ、もっと……」
頬を上気させた千代鶴は、吐息まじりに涙を溜めた目で悪戯そうに見上げた。
「ちったあ、年寄りを、労っておくれ。あんまりコキ使うと、早死にしちまわぁな」
縁起でもない軽口を叩きながら、惣右衛門は千代鶴の脚を肩に掛けると、腰を引き寄せ身体を前に倒していく。
「あっ、いやぁ!やだったら、あ、あぁあんっ、だめ、イッちゃうっ、やぁぁ、あっ!」
蜜口の奥の奥、子宮(こつぼ)の入り口を深く突かれて、千代鶴は あっけなく気を遣らされてしまった。
膝を きゅっと曲げ、身を震わせるたびに蜜壺の中の襞一つ一つが、惣右衛門の摩羅をしごき、尚も締め付ける。堪らず激しく腰を打ち付けると、気を遣ったばかりでヒリつくような絶頂の余韻の真っ只中にあった千代鶴は、悲鳴を上げた。
「惣さ、ま、今はぁ、あ、ぁぁあ、堪、忍してぇえ!やだぁ!あ!あ!あぁ!」
「さっきは、『もっと』と、言ってたじゃ、ねえか。お?また、気を遣ったな……?」
もう息も絶え絶えになりながら、それでも千代鶴の蜜壺(なか)は惣右衛門を責め立て続ける。
「ああ、いと。いと……、あたしも、もうイくよ」
呻くように吐き出すと、子種を直に子宮(こつぼ)へと流し込むかのように、ぐりぐりと腰を押し付けながら果てる惣右衛門の、眉間にシワを寄せ困ったように目尻を下げた表情(かお)を見ながら、千代鶴は(はら)の中に広がる温かいものが もたらす強い快感に あてられて、気を失せてしまった。

「すまないね。お前が若僧に口説かれてるとこなんか、見ちまったもんだから」
「惣さま……」
意識はすぐに取り戻したものの、激しい情事の疲れからぐったりとした千代鶴を腕枕して、惣右衛門は申し訳無さそうに言った。
「年甲斐もなく悋気なんぞ起こして、みっともねえ男だとガッカリしたかい?」
「ううん、嬉しい」
千代鶴は赤らんだ頬を惣右衛門の胸に寄せ、つつっと指を這わせた。
「可愛い事を言ってくれるねえ。さて、ひとっ風呂浴びてサッパリしようかい?まだ時間はたっぷりあると思うが、もし照と晴が戻って来ちまったら、あたしらの姿は目に毒だろうからね」
腰の立たない千代鶴をヒョイと抱き上げて、惣右衛門は風呂場へと入って行った。
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