第2話 コスプレイヤーさん(語り:猫野目 心)

文字数 2,325文字

「さて、これはボクが体験したことなんだけどね——」
 
 S***町の十字路は知ってる? あの通り魔があった所なんだけど——、早ちゃんは知らなかったけ。

 簡単にいうとね、雨の日に女性の斬殺体がでたんだよ。
 ——そう、刺殺じゃなくて斬殺。

 普通の包丁だとできないような、ばっさり斬られた傷でね。ニュースだと『令和の辻斬り』とか呼ばれてたんだけど、まあ場所の説明はこれくらいでいいかな。

 ——うん? 行きはしたけど推理物のネタ探しではないよ。一ヵ月も経ってたから警察の人もいなかったし、そもそも用があったのは駅の方に十字路を曲がった先にある会館。

 先々週そこでちょっとしたイベントがあったんだ。創作物の展示や販売をする、いうなれば小規模のコミケみたいなイベントだよ。——え、今年も行くけど?

 まあ本家は置いておくとして。
 ボク自身もあまり知らなかったけど、地方でもこの手のイベントはぽつらぽつら開催されているそうなんだよ。ボクの好きな同人作家さんがそこで二次創作本を出版するって情報発信をしていて、それで知ったんだ。

 ——いいや、漫画じゃなくてゲームの、——そうそう、ボクのやってるソシャゲの二次創作。君らも始めればいいのに。今ならフレンドになってあげるよ。

 脱線はこのくらいにして、話を戻そうか。

 会場っていっても広めの会議室ぐらいで、個人やサークルが長机に本とか缶バッジ、あとはイラスト色紙なんかを並べて出店している。

 入場料はパンフレット代の三百円。ボクは昼すぎに行ったけど、狙い目の作家さんの本は買えたよ。それからは他にどんなサークルさんがいるのか、眺めていたんだ。

 ——うん、見ているだけでも楽しかったよ。この手のイベントにはコスプレ参加枠があってね。年末とかテレビでコミケの中継が流れるとアニメキャラに扮した人たちが映るでしょ。

 ——あの会場にもいたよ。それでね、ひとつ恥ずかしい話をするとね。


 ……ボクは同性からナンパされたんだ。しかもコスレイヤーさんに。


 ボクのプレイしているソシャゲのキャラだったんだけど、本当に画面の中から出できたみたいなクオリティだったよ。袖をばっさり切った黒染めの着物に、黒革小手を付けて足にも脛当てみたいな具足をはめて。

 それから目の下にこう、顔に横一線のペイントがあるんだ。笑うと「にっ」とその線も動くんだよ。屋内だからか笠は取ってたけど、腰にはちゃんと黒鞘の日本刀を差して。

 ——うん? 女の人だよ、レイヤーさんも元のキャラも。
 ——いいんだよ、ソシャゲのキャラなんだから。格好と得物には突っ込まないの。お金は突っ込んだけど。——うん、五万課金しても出なかったよ……。

 肝心なのはここからなんだけど、——どんなふうにって、だから会場の中をぶらぶらしてたら急に、ね。

「きみ、かわいい顔してるね」

 初めは聞き間違いかと思ったよ、でも。

「そこの藍色の股引きを穿いたきみだよ。すきにぃぱんつ、だったけ?」

 そう、今穿いてるこれと同じ格好ね。

「髪は伸ばしているのに、格好は男に似せて。まるでぼくのようだね」

 間違いなくボクに向けて言ってたよ、あれは。

「当世の人間は痩せすぎか肥えすぎしかいないと思ってたけど、きみはぼく好みだよ。やっぱり健康的な細身だ。ははあん、さては武家の娘だね、きみ」

 ——うん、お腹とか触ってこられたよ、猫をなでるみたいに。——いやどうって、ストーリーでもこんなキャラだったなあって。

 ネットの評判だと『画面の向こうからお触りしてくる』とか『おれにもさせろ』とか大盛況だったし、あと表向きは蘭学医してるから『触診』って言われてたよ。

 でまあ、そこからは話しながら会場内をぶらぶらしてたんだけど。

「きみは買わなくていいのかい」

「え?」

「さっきから眺めてばかりじゃないか。ぼくのことは気にしないでくれていいよ。これでも蘭学医だし、女体は見慣れているから。それとも助平な女と思われて不埒な男が寄ってこないか心配してるのかい?」

 とね。まさかって思ったけど。

「それなら心配いらないよ。もし不埒者がきみに手を出そうものなら」

 とんとん、とその人は刀の柄を叩いだんだ。それでね。

「——その手首ごと落としてあげるよ」

 笑いかけてきたその人の目がね、真っ黒に淀んでいたんだ。

 ……ぞくっとしたよ。

 殺気、あるいは怖気っていうものが近いかもしれないね、あれは。その瞬間、金縛りにでも遭ったみたいに足が動かなくなったんだ。黒革小手をはめた手は鞘を押さえていて、——そう、抜刀する構えだったよ。

 会場の雰囲気でそう見えたのかもしれないし、レイヤーさんの演技力の現れだったのかも。今となっては分からないけど。

 で、そこでボクの言った一言が。

「あの、写真、いいですか」

 ——よく言ったもなにも、他に間をもたせる方法がなかったんだよ。意外にすんなりオーケーしてもらえたから助かったよ、本当に。

 写真を撮らせてもらって気付いたんだけど、あの衣装は恐らく総身手作りだよ。

 レイヤーさんたちほど詳しくはないけど、ほらキャラクターの衣装って派手なのが多いでしょ。あれをそっくりそのまま再現すると服として着るには重すぎるからコスプレ衣装には薄くて軽い布が使われてるらしいんだ。

 だけどね、ボクの会ったレイヤーさんはそうじゃなかったんだよ。

 着物は本物で、かんざしもプラスチック製じゃなくてきちんとした金細工。草履も本当にワラを編んで作られていて、会場の床にほどけたワラの筋が落ちていたくらいだよ。さすがに刀は確かめられなかったけど。

 ——そのキャラクターの名前? ああ、まだ言ってなかったね。
 

 三舟血桜(みふねちざくら)。日本で唯一の、女性の辻斬りだよ。


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