ホットシェフ
文字数 1,999文字
休憩時間。同僚と、会社の一階にあるコンビニに買い出しに出かけた。ちなみに私の会社は、月額購読料いわゆるサブスクが収益源である。
手早く買い物を済ませようとしたが、肝心の会計でもたつく。チャージ残高不足。たった数十円のことだが、だからなおさら屈辱的だ。
値上げがなければ足りたはずだったのに……。近頃はどこもかしこも値上げばかりで、体感、何割も上がっている。そういえば、商品棚にも値上げ予告があちこち貼り付けられていた。
値上げはするが、アルバイト、パートタイムの時給は低い。とりわけ、ここ北海道の最低賃金はダンゼン低い。これっぽっちで働いているコンビニ店員たちも大変である。
この値上がり分、どうやったらまかなえるというのだろうか?NISA やろうがなんだろうが、こんなには上がらない。貯蓄の価値は目減りするばかり。老後資金二千万円だそうだが、あの頃だってそれでは足りないと言われていた。ましてやいまや、これでは死んでしまう。いや、「この国には生活保護がある」と、どこぞの噺家 も言っていた。しかしその爆増する社会保障費はどこから来るのだろうか? 財政ファイナンス? やればやるほど円の価値は下がるんじゃないだろうか?
「ホットシェフっていうけどさ。シェフってフランス語で上司っていう意味なんだよね。だからホットシェフって、熱い上司なんだよ」
このセイコーマートというコンビニ――略してセコマともセイコマともいうが――では、店内調理のサービス名が『ホットシェフ』なのである。HOT CHEF。シェフというと料理人というイメージなのだろうが、シェフというのは上司のこと。だから厨房の料理長もシェフなので、そこから誤解が定着したのだろう。日本でいえば板前が板長を呼ぶ、そんなときがシェフなのだ。
「熱い上司ってどんな上司なんだろうね。松岡修造みたいなのかな」
「この時代、そういう上司がいても困るよね。炎天下でも『外回り行ってこい』って、成果も出ない飛び込み営業させるみたいな」
昔だったら、こんなに暑くなかった。それに外を回って勧誘してもお客がついた。少なくともそういう時代だったらしい。かつての上司たち、といってもいまや会社を退職した高齢者だが、彼らが若かった頃はそうやって足で稼いでいたらしい。べつにやらなくてもいいのに、本社の研修でもやらされたそうだ。彼らがことあるごとに話していた「武勇伝」である。オリエンタルラジオよりももっと昔の話だ。
クソっ、せっかく札幌に移住してきたのに。引っ越してきた十年くらい前の当時、たかが十年前だ、まさかこんなに暑くなるなんて思ってもみなかった。もう道内では釧路か稚内あたりじゃないと涼しくない。日本全国でみたら沖縄県のほうが本州、四国、九州よりも快適なんじゃないだろうか。そんななんだからウチらも、ウチナー並みにユルくないと、夏は生き抜けないと思う。
「それか、織田裕二みたいなのかもしれないね」
「あー、それも、会議室じゃなくて現場に行かなくちゃ、だ。ムリすぎ。いまどき、それこそ事件だ」
「レインボーブリッジ閉鎖できませぇん! なんか、熱いっていうよりクドい方向性かもね」
「少なくとも暑苦しい。それか、ウザい」
「ともかく、目薬みたいなクールではないわな。別の意味でキテる」
――そんなバカ話をした。
うちの上司は熱くない。冷めている。だいたいいまどき、部下に怒ろうが、ケツ引っぱたいて無理させようが、パワハラである。そんなことしても成績は上がらない。
暑いのはオフィスだ。冷房の設定温度なんか下げられない。みんなシャツ一枚、薄着で頑張っている。それのほうが無理を感じる。
さて、あんなふうに会計でもたつくのはイヤだから、Google Pay にクレジットカードを設定しようと思う。
暇を見つけて、アプリから登録を進める。本人認証のために電話をかけろと表示された。0570……。
「ナビダイヤルでおつなぎします。この通話は、ニジュウ、秒ごとにおよそ、ジュウ、円の通話料金でご利用いただけます。なお、通話料定額プランの対象外となります。」
回避策はない。これは、かけ放題オプションをつけていても強制的に課金される。もちろん、Rakuten Link とか通話料無料になるやつも使えない。
思わず脳裏を、
「いいんです!」
川平慈英が熱く熱くカードマン姿でよぎった。
いや、よくねーよ!
こんなだったら楽天カードにしとけばよかったのか。
いや、そういう問題じゃない。
たかがこんなものまでチマチマと……。「いや、アンタの会社もそうだろ?」……そのとおりである。
もう世の中、景気が悪くて沼だ。底ナシだ。というか、底が抜けている。
ただ熱ければ稼げた時代がうらやましい。
オリンピックをやろうが万博をやろうが、帰って来ない。懐古趣味に浸ったところで、三丁目に夕日は帰って来ない。
手早く買い物を済ませようとしたが、肝心の会計でもたつく。チャージ残高不足。たった数十円のことだが、だからなおさら屈辱的だ。
値上げがなければ足りたはずだったのに……。近頃はどこもかしこも値上げばかりで、体感、何割も上がっている。そういえば、商品棚にも値上げ予告があちこち貼り付けられていた。
値上げはするが、アルバイト、パートタイムの時給は低い。とりわけ、ここ北海道の最低賃金はダンゼン低い。これっぽっちで働いているコンビニ店員たちも大変である。
この値上がり分、どうやったらまかなえるというのだろうか?
「ホットシェフっていうけどさ。シェフってフランス語で上司っていう意味なんだよね。だからホットシェフって、熱い上司なんだよ」
このセイコーマートというコンビニ――略してセコマともセイコマともいうが――では、店内調理のサービス名が『ホットシェフ』なのである。HOT CHEF。シェフというと料理人というイメージなのだろうが、シェフというのは上司のこと。だから厨房の料理長もシェフなので、そこから誤解が定着したのだろう。日本でいえば板前が板長を呼ぶ、そんなときがシェフなのだ。
「熱い上司ってどんな上司なんだろうね。松岡修造みたいなのかな」
「この時代、そういう上司がいても困るよね。炎天下でも『外回り行ってこい』って、成果も出ない飛び込み営業させるみたいな」
昔だったら、こんなに暑くなかった。それに外を回って勧誘してもお客がついた。少なくともそういう時代だったらしい。かつての上司たち、といってもいまや会社を退職した高齢者だが、彼らが若かった頃はそうやって足で稼いでいたらしい。べつにやらなくてもいいのに、本社の研修でもやらされたそうだ。彼らがことあるごとに話していた「武勇伝」である。オリエンタルラジオよりももっと昔の話だ。
クソっ、せっかく札幌に移住してきたのに。引っ越してきた十年くらい前の当時、たかが十年前だ、まさかこんなに暑くなるなんて思ってもみなかった。もう道内では釧路か稚内あたりじゃないと涼しくない。日本全国でみたら沖縄県のほうが本州、四国、九州よりも快適なんじゃないだろうか。そんななんだからウチらも、ウチナー並みにユルくないと、夏は生き抜けないと思う。
「それか、織田裕二みたいなのかもしれないね」
「あー、それも、会議室じゃなくて現場に行かなくちゃ、だ。ムリすぎ。いまどき、それこそ事件だ」
「レインボーブリッジ閉鎖できませぇん! なんか、熱いっていうよりクドい方向性かもね」
「少なくとも暑苦しい。それか、ウザい」
「ともかく、目薬みたいなクールではないわな。別の意味でキテる」
――そんなバカ話をした。
うちの上司は熱くない。冷めている。だいたいいまどき、部下に怒ろうが、ケツ引っぱたいて無理させようが、パワハラである。そんなことしても成績は上がらない。
暑いのはオフィスだ。冷房の設定温度なんか下げられない。みんなシャツ一枚、薄着で頑張っている。それのほうが無理を感じる。
さて、あんなふうに会計でもたつくのはイヤだから、Google Pay にクレジットカードを設定しようと思う。
暇を見つけて、アプリから登録を進める。本人認証のために電話をかけろと表示された。0570……。
「ナビダイヤルでおつなぎします。この通話は、ニジュウ、秒ごとにおよそ、ジュウ、円の通話料金でご利用いただけます。なお、通話料定額プランの対象外となります。」
回避策はない。これは、かけ放題オプションをつけていても強制的に課金される。もちろん、Rakuten Link とか通話料無料になるやつも使えない。
思わず脳裏を、
「いいんです!」
川平慈英が熱く熱くカードマン姿でよぎった。
いや、よくねーよ!
こんなだったら楽天カードにしとけばよかったのか。
いや、そういう問題じゃない。
たかがこんなものまでチマチマと……。「いや、アンタの会社もそうだろ?」……そのとおりである。
もう世の中、景気が悪くて沼だ。底ナシだ。というか、底が抜けている。
ただ熱ければ稼げた時代がうらやましい。
オリンピックをやろうが万博をやろうが、帰って来ない。懐古趣味に浸ったところで、三丁目に夕日は帰って来ない。