第3話:不可解な和了り

文字数 1,774文字

 先日、和弥をこのビルで見かけた際、小百合はテナントをチェックしていた。1Fは牛丼屋、2Fは不動産屋。4Fは株式会社HONMA総研。
 牛丼屋には入ってないのは確認している。さらに和弥のような高校生が不動産屋と経済総合研究所に用があるとは、とても考えにくい。
 となれば、消去法で考えると残るはこの雀荘となるわけだが………よもや同じクラス、人間に麻雀を打てる者がいたとは。
 しかし和弥の父・竜ヶ崎新一のことが“噂”ではなく“事実”という確信を持っていた小百合には、想定内であった。そのために後を付けてきた次第である。

 それよりも小百合が気になったのは、いくら「ノーレートなら構わない」とはいえ、こんなにもあっさり18歳未満の人間を入店させても良いものなのか? この一点だった。
 時間が無かったとはいえ、立川南高校からそのままセーラー服で入店したのである。普通なら追い返されても不思議ではない。
 看板に書かれている注意書きは、警察等の法的機関に対して「当店はこうして最初に断りを入れてますよ?」というただのポーズに過ぎないのかも知れない。

「何だい? 和弥クンのカノジョかい?」

 和弥と同卓していたラフな服装の30代前後の男が、ニヤニヤしながら小百合を見る。

「………俺のクラスメートです。高校選手権のU-16個人総合チャンピオンですから。強いと思いますよ」

 表情も変えずそれだけ言うと、和弥はさっさと振り向き対局を再開した。
 マインドスポーツとして認められ、麻雀も将棋・囲碁・チェスのように正式に選手権が出来てから早数年。
 男女総合で女子として初めての覇者になった小百合は、美貌や文武両道の優等生としてだけでなく、その意味でも立川南の有名人だった。

「へぇー。こんな美人なお嬢さんがそんなに強いとはね」

 自分にはまるで興味なさそうな和弥の態度に少々苛立ちを覚えたものの、和弥は彼氏という訳ではないし、和弥にとってもまた、小百合は彼女でも恋人でも何でもない。和弥の態度も考えてみたら無理はない事だろう。
 そう自分に言い聞かせ、小百合は和弥の手に注目した。

(678の三色(サンショク)が見えてるわ………。何も迷う事なんかないわ、ここはカンチャン落としね)

 しかし、小百合には和弥がほんの一瞬考えたように思えた。
 そして和弥の選んだ一手に小百合は驚愕する。何と六・七萬の両面(リャンメン)落としだったからだ。

(な………ど、どうして………っ!?)

 次に五索をツモった和弥は聴牌(テンパイ)

「リーチ」

 迷わずリーチに行く和弥。11巡目。

「ツモ。ここにいましたね」

 和弥はツモ牌を置き、静かに手牌を倒していく。

「メンタン・ツモ・赤1。裏は………」

 裏ドラ表示牌は三索だった。

「二丁乗りました。6,000オール。和了(アガ)りトップで終了(ラスト)ですね」

「かーっ!」

「また和弥クンの勝ちかよっ!?」

 全員バサバサと1,000円札を数枚、雀卓の上に出す。
 この店の『18歳未満の方はノーレートでお願いします』が本当に建前、ポーズなのが分かった瞬間だった。

「今日は早番だし、これでお(いとま)するわ」

「俺も。パチンコで勝った金がほぼ無くなっちまったし」

 和弥以外、同卓していた連中は全員いなくなった。

「………俺が金賭けて打ってるのを見届けに来たのか、委員長。ま、別にチクるなりなんなりどうぞお好きに」

 そう言って和弥は、壁のハンガーにかかった学生服を取りにいきながら「すいません。4卓終了(ラスト)です」とメンバーを呼ぶ。

「今日は貴方(あなた)に助けてもらった恩もあるわ。麻雀を賭け事の道具にする人間は許せないけど。今日だけは見逃してあげる」

「『今日だけは』って。俺はここじゃ常に金賭けて打ってるぞ。委員長が次に来た時は確実にチクれるってワケだ」

 短ランと呼ばれる短めの学生服のボタンを閉め終えると、目線も合わせずその場を去ろうとする和弥だった。

「………待って」

 が、小百合は和弥の学生服の袖を掴んでいて離さない。

「何だよ。(ツラ)見る限り勝ち金でメシでも(おご)ってくれっ、てワケでもなさそうだな」

 減らず口を叩いてお茶を濁そうとした和弥だったが、どうやら無駄だったようだ。一呼吸置いて、小百合は意を決したように言った。

「私と、勝負して」

「はぁ?」

 一瞬、眉を(ひそ)めた和弥だが、小百合に退()く気配はない。

「えぇ、明後日(あさって)麻雀部の部室で。部長や東堂先生には私から話しておくわ」
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