第1話

文字数 1,985文字

あの日から12年。干支がぐるりと回ったある日、珍しく、家族LINEが音を立てる。
親父だ。
用件はと言うと、おばあちゃんが100歳を迎えるので、そのお祝いの会を親父の実家で開きたいと。

これは大変なことになった。
還暦も喜寿も米寿もお祝いの会なんてしていないおばあちゃんだが、さすがに100ともなれば長兄の叔父さんも立ち上がった。

これは大変に大事な用事だ。
数年前別のおじさんが亡くなった時俺たちは顔を合わせたが、別れ際に俺は思った。多分俺だけじゃない。
またこの人たちと会う時って、誰かが死んだ時なんだろうなぁ

まぁ、俺が結婚式を開くというウルトラCをかますと言う方法はあるのだろうが、未だ現実的ではない。
だから寂しいなぁって思ってその葬式が終わった。
でもおばあちゃんが100歳まで生きてくれたから、俺たちは喜びのもと、みんなが集まることができるんだ。
何があっても行かなきゃいけない。
かなりの力業を使って俺はその日を休みにした。



そして当日
100歳で生きて、実際に動いてる人間を俺は初めて生で見た。
集まった20余名、全員久々にあった者ばかり。
最後に会った時で、記憶は止まっているので、生まれたばかりと思っていたいとこの子供が高校生と中学生だった時はびっくりした。

おばあちゃんは上座、お誕生日席。そこから順に
3人の「子」(3人目が俺の親父)
いとこや俺らからなる「孫」
妹の子や見知らぬ中高生からなる「ひ孫」
順番に座って宴が始まる。

楽し過ぎる。なんだこの会は。
歳をとってしっかりおじさんおばさんになっているいとこと喋り、妹の子にちょっかいをかけ、その相手をしてくれるJCとJKを笑いの渦に叩き落とす。

おばあちゃんの大好きなカラオケも催された。
恥ずかしがりの一族は我も我も、とはならない。
自分も別に歌いたくはないが、こんなにはしゃいでわーわーやってる変なおじさんが、ここで歌わないっちゅうのはないわね。

おばあちゃんの好きな氷川きよしをブッ放す。
見ればボケかけのおばあちゃんの口元がパクパクと動いている。

ズン。ズンズン、ズンドコ。

俺の妹が叫ぶ。
「おばあちゃんが歌った!」
クララが立ったみたいに言うんじゃないよ。

いつかおばあちゃんを温泉に連れて行った、その帰りに寄った。カラオケ。
そこで俺が歌ったきよしのズンドコ節をおばあちゃんはまだ覚えていたのだ。

こんだけの人数が集まって楽しく酒を飲んで、そしてふと思った。
「あーおばあちゃんが100年前に生まれなかったら、ここにいる全員影も形もなかったんだなあ」って。
もちろんおばあちゃんの血が入ってない人間はいるよ。「いとこの奥さん」とかはもともとは関係ないわけじゃん。
でもその人は存在しただろうけど、いとこの奥さんにはなれない訳じゃない?
いとこがそもそも存在しないから。

家督を継ぐとか命をつなげるとか、
そういうことなんだなって思ったんだよ。

俺は今まで結婚をした事はないし、このままする気も無いけど
それでいいんだ、とか
家族を持たない人間にだけできる楽しい人生をお前たちに見せてやるぜ、とか言ってたけど
ずいぶん軽々しくそんなこと言ってたんだなって思った。

「人生観が変わる」みたいな言葉があるけれど、それに似たような衝撃があった。

その日から俺はとりあえず休肝日を設けた。
酒もタバコもばかばかやってそれで100まで生きようなんて図々しいことは思わない。
人生は長さじゃなくて、深さだと今でも思っている。
でもおばあちゃんが繋げたあの20余名、また会うのが誰かの葬式なんて嫌だ。
だから俺の葬式はできるだけ遅くしたい。
悲しい悲しいなんて言って俺のために人が集まる会なんてしたくない。

見送る側で行くのも嫌だけど、
見送られるのはもっと嫌だ。
だからその日を出来るだけ遅くしたい。

そしてちゃんと生きようと思った。
嘘は言わず、ズルはせず。
思ったことを正確な言葉を使って、ちゃんと伝える。
好きな人には好きだよって伝える。

そこから人生が転がりだした。
今俺はとても楽しい。

親はきっと心配しているだろう。
でも今更、それを親不孝だなんて思わない。
多かれ少なかれ、みんな親不孝だろう。

「あーボクって親孝行な息子だなぁ」
って自分で思ってる息子がいたとしたら、多分自惚れか勘違いか独りよがりか。いずれにせよどうしようもないバカ息子だ。

だから俺は親に連絡も随分してない。
誰かウチの親に会ったら、この文を見せてあげてよ。
あなたの息子さんはちゃんと生きようとしてますよ、って。

でも
「あ、今日敬老の日だ」って思い出せばおばあちゃんの所には電話を入れます。

ずいぶん喜んでくれたけど
おばあちゃん孝行の孫だねって言ってくれたけど
本当のおばあちゃん孝行の孫は花でもケーキでも贈るんだよ。実際に会いに行くんだよ。

それができなくてごめんなさい。
いつかできるようになるからね。
あなたの葬式が来るまでには。

ちゃんちゃん。
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