第2話 限界突破集落

文字数 2,020文字

「はい、潮風警察です。」
「そちらの(くぬぎ)半島に幼馴染が住んでいまして・・・。」

 ここは陸の孤島と言われる潮風町。四階以上の建物もショッピングセンターも映画館も駅もなく、隣街行きのバスは朝と夕方の二本だけ。そんなものだから、若者の多くは地元を離れ、コンビニの店員の平均年齢は七十歳超え。赴任してきて数ヶ月経った頃、初めて小学生を見て感激したくらいだ。

 朝一にかかってきた電話の内容は、毎年正月とお盆には故郷に帰ってくる幼馴染のタカさん、男性八十三歳が今年のお正月には帰ってこなくて、心配だから様子をみて欲しい、というものだった。依頼者は年末から入院していて、六月になってようやくタカさんに電話をかけることができたそうだ。何度電話をかけてもタカさんに繋がらず心配になって、ここに電話をしてきたという。

 早速、後輩のサイトウと(くぬぎ)半島へ向った。
 (くぬぎ)半島は『海が見える自然豊かな田舎暮らし』のできる住宅地として約四十年前に整備された。当時は真新しいテニスコートやプールには活気もあったと聞く。現在は住人の高齢化が進み、そのテニスコートもプールも雑木林に覆われ、昼間も薄暗い道路は自動車一台通るのがやっとだ。手入れの行き届いていない住宅が多く、荒れた庭、剥げかけた屋根や外壁、網戸の網が垂れ下がっていたりする。

「タカさん、こんにちは。タカさん、いらっしゃいますか?」
 庭に停めてある自動車には落葉が積もっていて、窓ガラスは土埃で曇っている。
 嫌な予感しかしない。
「サイトウ、行くぞ。」
 鍵が開いている窓を探して中に入る。案の定、タカさんの遺体は布団の中にあった。

 サイトウと手分けして近所の聞き込みを始めた。

 向かいの家のドアをノックすると、七十代くらいの婦人が出て来た。
「警察です。向かいの緑色の屋根の男性についてお聞きしたいんですが、ご存知ですか?」
「タカさんですか?」
「はい。お付き合いはありましたか?」
「はい。ご近所さんではタカさんが一番お若くて、何でもしてくださったんですよ。この辺は車がないとどうしようもないでしょ?主人が亡くなってからはタカさんが買い物でも病院でも快く車を出してくださったり、植木が伸び放題でっていう話しをしたら、次の日にはきれいに枝を刈ってくださったり、『遠慮しないで何でも言ってください』って、嫌な顔ひとつしないで本当にいろいろ助けてくださって、感謝しかありませんよ。」
「実はお亡くなりになってまして、何か争うような声とか気になるようなことはありませんでしたか?一応、事件性がないか調べないといけないものでして。」
「まあ、タカさんが・・・」
老婦人は一瞬顔を曇らせたが、
「そうですか、見つけてくださったんですね。
ありがとうございます。」
 と深々と頭を下げるとほっとしたような表情をした。
「そうですね、特に気になるようなことはありませんでした。」
「そうですか、一応、こちらのご住所とお名前を教えて頂けますか?」
 老婦人の聞き取りを書き終えて、その後、五軒で聞き取りをした。サイトウの聞き取りを合わせると十一軒になり、署へ戻ることにした。ご夫婦で対応してくれた家もあったし、男性だけ、女性だけだったりもしたが、いずれも高齢者で、話の内容はみな似たようなものだった。

 「先輩、なんか変な所でしたね。タカさんが亡くなったことを自分が言う前からみんな過去形で話すし、あの地域ぐるみでタカさんの死に何か関係してるんじゃないかって疑いましたよ。まさかですよね。それに聞き込みをした人の方が若いのに『若いタカさん』って言う人が二~三人いて違和感しかなかったですよ。」
 確かにオレも何か引っ掛かっていたが、サイトウの言う通りだ。最初に聞き取りをした家の庭の荒れようはここ数年のものじゃなかった。インターフォンが鳴らなくてドアをノックしたが、インターフォンもドアもザラついていた。
「おい、サイトウ、あの地区の巡回連絡カードあるか?」
「ちょっと探してきますね。」

 サイトウが持ってきたものは三十数年前のものだったが、タカさんのカードも聞き込みをした家のカードもあった。
「サイトウ、このカードを見ると確かに聞き込みをした住人の生年月日の方が古いぞ。」
「ほんとですね。息子さんとか娘さんとかだったんですかね?」
「いや、フルネームが合ってるから本人に間違ないだろう。」
「じゃあ、若く見えただけですかね?」
「そうかもしれないな。しかし、百歳を越えている人が四人いるぞ。」

 どうもすっきりしないので、翌日、また(くぬぎ)半島へ行ってみることにした。
「何かありますか?先輩の勘、よく当たりますからね。」
 苦笑いするサイトウと昨日聞き込みをした家を一軒一軒訪ねた。
 どの家も誰も出て来なかった。
 そして、どの家の住人も遺骨や遺体になっていた。

 あの老婦人が
「見つけてくださったんですね。ありがとうございます。」
 と言って、ほっとしたような表情をしていたのを思い出した。



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