第1話

文字数 920文字

 私たちの大切な友だった奴が、彼岸へ旅立ち、あれから一年。
 奴はまだ元気だった頃、「アタシが死んだら観てね」と、私に動画を託していた。
 悲しみにくれ、すぐに観ることができなかったのだが、やっと決心がつき、皆を招集した。
 続々と集まるメンバーたちに、奴の形見のネコがテーブルの下から顔をのぞかせ、チラリと視線を向けた。こいつにとっては全員、見知った顔ぶれなので、怖がることはないが、さりとて、媚びてすり寄ることもない。すると、友人の一人が、テーブルの前にかがみ込み、手を差し伸べて、ネコの名前を呼んだ。
「デコ、久しぶり。あんたもさみしいよね。あれ、デコ、出ておいで」
 ネコは名前を呼ばれても、それが自分の名前だとは思っていないように、素知らぬ顔で毛繕いに夢中である。
「あ、なんかさあ、引き取って一ヶ月くらいたったくらいからさあ、名前呼んでも反応しなくて」
「え、ネコが自分の名前、忘れるなんて、聞いたことない」
 長年、ネコを飼っている友人が首を傾げる。
「うん、でも、どうやら、忘れたみたいでさあ。かといって新しい名前つけるんもなあと思って。だから、こう呼んでる。ネコ、出ておいで」
 私がそう声をかけると、ネコはにゃあ~とけだるそうに鳴いて、テーブルの下からのそのそと這い出てきた。
「ふうん、ご主人のこと忘れたのかなあ、なんかせつないなあ」
「うん、こいつなりに割り切ったんかもしらんなあ」
 そんな会話をしている間にも、一人、また一人と友人たちがやってくる。その顔をネコはチラリと見て、つまらなそうに外方を向いて大きなあくびをした。
 全員が揃ったところで、テレビにつないだ動画を再生した。ほどなく、懐かしい笑顔と声が流れた。友人一人一人への感謝の言葉、冗談を交え語る姿に、皆で泣き笑いした。
 そのときである。それまで興味なさそうに寝転んでいたネコが、驚いたように起き上がりテレビの前まで駈け寄った。そして画面に額を押し付け、前足で懸命に画面を掻きだしたのだ。  
 すると、まるでタイミングを図ったように、画面の奴はネコの名前を呼んだ。ネコはその声に反応して、ニャアニャアと激しく鳴きだした。今まで、聞いたこともない、叫ぶような、悲しい鳴き声だった。
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