混乱

文字数 5,722文字

刑事はまた、レストラン彩湖に来ていた。

今回は犯罪心理学のゼミ生である中岡良二、風祭大悟、森井蘭の三人と連絡が付いたので一緒に会えるとの事だった。

刑事が以前に森井蘭が席を取ってくれていた眺望の良いテーブルに陣どって待っていると入り口の方から声が掛かった。

「刑事さん!おまたせ!」

大声で呼ばれた方を見ると招いてないはずの顔があった。

「え?……あ、あぁ、いえ……待ってませんよ」

刑事はもう少しで招いてませんよという所をなんとか回避した。

「ごめんなさい、偶然刑事さんとの会話を聞かれちゃって、園子もついてくるってきかないものだから」

後ろから森井蘭が申し訳なさそうに弁解した。

「なによそれ!刑事さんだって、より多くの情報源があったほうがいいに決まってるじゃない、ねぇ、刑事さん?」

「そ……そりゃあもう」

刑事は造り笑顔が不自然になってないか気にしながら応えた。

「あんまり、歓迎と言う訳でもなさそうだよ」

更に後ろから風祭大悟が現れてそう言った。

「いやぁ、本当に全然良いですよ、(むし)ろ有り難い」

そう言えば大悟が居るんだった!

……やりづらい。

刑事はそう心で思ったが、顔には満面の笑みを貼り付けていたのは言うまでもない。






「まあまあ、いいじゃない。何事も賑やかな方が盛り上がるし」

更に後ろから中岡良二がそう言って長髪を少し邪魔くさそうにかきあげながら顔を見せた。

「中岡くんいい事言った」

勿論そう言ってしきりに頷いているのは鈴原園子である。

「事情聴取を賑やかにされても刑事さん困るんじゃないの?」

「はは……確かに」

蘭がもっともな事を言い大悟が相槌を打つ。

「ま、まぁ……とりあえず皆さんお好きなドリンクでも頼んで席について下さい」

刑事は苦笑いで促した。





ゴホン。

皆が席についたのを確認すると刑事は咳払いした。

全員が刑事に注目する。

ドリンクと言ったのにやはり鈴原園子の前にはいちごパフェが置いてあるのが視界に入ったが直ぐに気を取り直して刑事は話し始める。

「ええと……今回皆さんに集まって貰ったのは教授の誕生日の時の事です」

「ああ、なるほど」

「大悟さん何か?」

「いえ、ゼミ生の中でもこの三人が呼ばれたのは何故か合点がいきました」

「それは良かった、説明の手間が省けます」

「しかし、新たな疑問も生まれます」

「……どのような?」

「もう、二人呼ぶ人がいるはずでは?」

「ああ、その件ですか。実は教授が覚えていたのがゼミ生のお三方だけでしてね。後の二人は演劇部の誰かとしか記憶してらっしゃらなくて、どの学部かもわからないということでしたので、それも聞こうと思っていたんですよ」

「なるほど、でしたら今井翼くんと高橋優子さんですよ」

「やはりそうでしたか」

大悟と刑事は得心した様子だったが、他の三人はポカンとしていた。





「でもおかしいですね」

大悟が少し考え込むような仕草でそう言った。

「なにがですか?」

「いえ……教授は演劇に興味があったのかなと」

「演劇に興味?……なぜそう思うんです?」

刑事は率直に尋いた。

「普通は演劇部かどうかより先に学部の方を知ってるんじゃないかと思いましてね、演劇部は知ってるけど学部は知らないっていうのはつまり、演劇に興味があるのかもしくは……」

「もしくは演劇部と個人的な繋がりがある」

言葉を継いだ刑事に大悟は無言で頷いた。

なるほど、だとするとその個人的つながりについて当人の二人が一切喋らないのはちょっと不自然か……

刑事は今井翼と高橋優子の顔を思い出して彼らが事件に関わってる可能性を考えてみた。

今井翼に言い寄ろうとしている北条みなみに高橋優子が怒りを覚えて殺害。

いやいや、だとしたらなぜ態々教授の部屋なのか謎だ、防犯カメラもあるので一度全員が帰ったのは確認している。

まてよ……今井翼は演劇の台詞の事で色々と言われていたと言っていたな、もし、些細な口論から感情的になって殺したとしたら?

まぁ、その場合も教授には少しだけ関係してくるが、態々教授の部屋を使う理由にはならないし、防犯カメラに映らずにどうやって部屋に入ってどのように出て行ったのかという謎が残る。

もともと密室を作る為に教授の部屋を利用したとも考えられるが、だとしたらなぜ他殺だと一目でわかるような殺し方をしているのかという疑問が残る。

全てがチグハグなピースのようだ。

いづれにしても、演劇部の二人が犯行に関わっているというのは想像しづらい事ではあるが……。

刑事は爽やかな今井翼と清楚な高橋優子が犯人であるとはどうしても思えなかった。





もちろん、刑事はいくら切れ者とはいえ一般の学生の思いつきにいちいち振り回されて疑惑を向けている訳ではない。

科捜研の捜査も進んで、今まで協力的な一般市民という位置付けだった何人かが重要参考人に昇格した事もあって、どうしても考えてしまうのである。

その中に(くだん)の演劇部員も入っているのだった。

ゴホン

刑事は重要参考人に格上げになった面々をチラ見した後に変な沈黙を作ってしまったのを誤魔化すように要らぬ咳をした。

「何か捜査に進展があったようですね」

唐突に大悟がそう言った。

でたよ。

心の中で刑事はなじったが、勿論顔には出さない様に細心の注意を払った。

大悟にどれくらいポーカーフェイスが通じるのかわからないが……。

「あれ?またなにかしらイントネーションがおかしかったかな?職場に変なイントネーションの関西弁を喋る先輩がいるんで釣られたのかもしれない。あんまり気にしないでくれ」

出来るだけ何食わぬ顔で刑事はそう返した。

「いえ、今回は目です。目は口ほどにってね……でも、単なる見間違いかもしれませんので理由は差し控えます。ただし……情報開示した方が捜査の進展に繋がると思いますけどねぇ、この前みたいに」

そこまで言い終わると大悟は目の前の珈琲を優雅に口に運んだ

刑事は少し考えてから、何かしら決意した顔になった。




「そうだな、ある程度知っておいてもらった方が良いかもしれませんね」

そう言って刑事は皆の顔を見回した。

鈴原園子もイチゴパフェに刺したフォークを止めて一瞬真面目な顔になったのを見て刑事は笑いそうになるのをこらえた。

いや、君だけは関係ないんだが。

と心の中で呟く。

「実は北条みなみさんの部屋で日記が見つかりました」

全員の顔が一瞬固まった様な気がした。

「詳しい内容は控えさせて貰いますが、どうやらお誕生日会を開いた時に集まった誰かと親しい間柄だった様です」

「親しい……というと?肉体関係的な?」

口の端を少しあげて中岡がさも当然と言う様にゲスい事を聞いた。

「いえ、そこまではなんとも。しかし、何かをその時にお願いしていた事は確からしいのです」

「なにかって、なんですか?」

森井蘭が思い詰めた顔で聞く。

「いや、それもなんとも言えないんだ。そこまで詳しく書いていさえすれば全貌が明らかになるんだが……」

刑事が思案顔で黙り込むと代わりに大悟が口を開いた。

「つまり、こういう事ですね?事件の前日に集まった人の中に被害者の知り合いがいて。秘密の何かを頼まれていた」

「そうだな」

「そして、その後に被害者はその部屋で殺された」

「そうなる」

「それってほぼほぼ、犯人じゃないですか」

大悟は少し嘲笑ってる様な口調でそう言った。

「はは、ハッキリ言うね。確かに、犯人と断定するにはまだ至らないけども重要参考人程度にはなるかな」

釣られて少し微笑みながら刑事は答えた。


「面白くなって来ましたね」

「ちょっと不謹慎よ」

蘭は大悟をたしなめると、刑事に質問した。

「あの……それ以外になにか書いてありませんでした?」

「え?」

「いえ、日記にそれ以外になにか書いてあれば……なんていうか、犯人が絞り込めるかなと」

「ああ、確かに……いや、残念ながら犯人に直接繋がる様な事はなにも」

「そうですか」

森井は残念とも安堵とも取れる様な微妙な顔でそう返した。






「え?なんでそうなるの?」

先ほどまで眼前のイチゴパフェと格闘していた鈴原園子はそう切り出すとパフェ用の長いスプーンを空中に指しながら喋りだした。

「何か変ですか?」

刑事が鈴原に聞いた。

「変よ。だってさ、その誰かって殺された女の人から何かしら秘密の頼みごとをされていた訳でしょ?」

「ええまぁ」

「だとしたら、結構親密な関係だったってことじゃない?」

「親密って肉体関係的な?」

中岡良二が茶々を入れる。

「違うわよ!どうしてあんたは直ぐに思考がそっちの方に向かうのよ!」

鈴原は顔を(しか)めながら頬を赤らめて非難した。

「いやいや、あくまでも一般論」

「あんたのはチンパン論よ!」

「うまい」

うまいと言ったのは大悟だ。

「でもまぁ、中岡の肩を持つわけじゃないが十分に可能性はあるな、秘密のお願いができるような間柄って事なんだから」

「だ、大悟くんまでそんなこと言うの?まぁいいわ、だったとしてなんでそんな親密な間柄なのに殺した事になるわけ?」

「名乗り出てないからさ」

さも当然というように大悟が返した。

「名乗り出てない?何に?」

「つまり、殺された女の人と親しい間柄でした。更に前日のパーティで秘密の頼み事をされました。もしも、犯人ではないならそこを隠す意味は何?」

逆に大悟に質問された鈴原はスプーンの先で空中を掻き回しながら

「えーとね……要は怖くなっちゃったのよ」

「……なるほど」

案外想定外の答えだったらしく大悟は反論しなかった。

「まぁ、たしかに鈴原さんの言う通りの可能性もありますから、あくまでも重要参考人なわけです」

そう言って刑事が話をまとめた。




「で、ですね。みなさんには事件前日の教授の誕生日会について何か変わった事がなかったかをお聞きしたいんです」

刑事がやっと本題に入れたとばかりにニコリと作り笑顔で全員を見回した。

「変わった事……ですか?特には」

森井蘭はそう言った後にチラリと大悟を見た。

当人の大悟は気がつかないのか思案顔で黙り込んでいる。

「まぁ、じっくりで良いですよ……あ、そういえば何故、ゼミ生ではなく演劇部の二人が一緒にいるんですか?」

そう言って、刑事は前々からの疑問を口にした。

「あぁ、それなら私が呼びました」

森井はなぜか申し訳なさそうに答えた。

「そりゃまたどうして?」

「あの……優子とは高校の頃からの付き合いで演劇で太宰治の人間失格をやる際に色々とアドバイスしてくれそうな先生を探してる様だったので、だったら造詣の深いうちのゼミの教授を紹介しようと思ったんです」

「ほぅ」

「そ、それでその後部長の翼くんとも演劇のというより人間失格についての教授の自論などを通して親密になったと聞いています」

「なるほど……それで、誕生日会に招いたのは森井さんですか?」

「……はい。何か不味かったですか?」

「いえいえ、全然不味くはないですよ。参考になります」

そう言って刑事は笑顔を作った。




「あ、それと森居蘭さんに聞きたいことがあったんです、事件当日の話なんですけど確か、彼にすっぽかされたとか言ってませんでしたか?」

「え?ええ、はい」

「一日中という事ですか?」

「ええと……どうだったかな?それがなにか?」

「いえ、正確な時間を確認しなくてはならなくなりましてね、鑑識の結果死亡時刻は夜の8時から10時の間でまず間違いない事がわかったんですが、夜9時頃に防犯カメラに被害者が部屋に入っていく姿が捉えられているので更に絞り込まれます、つまり、9時から10時の1時間の間と言うことになります。逆にその時間にアリバイさえあれば、容疑者リストからあなたを外すことができるんですけどね」

まるで、森居蘭を容疑者から外したがっているような言い回しだが、もちろん感情的に容疑者から外す事はない。

「ええと……確か九時以降は園子と居ました」

「証明できますか?」

「証明……ですか?」

「できるわ」

突然園子が割って入った。

「近くのほら、カラオケ屋に行ったじゃない」

そう言って長いスプーンで蘭を指差した。

「あ……あぁ、確かにカラオケ屋に行ったかも」

「もう、覚えてないの?」

「なんて名前のカラオケ屋ですか?」

「サイコーカラオケって所です」

「なるほど、ありがとうございます、じゃあお二人ともアリバイがあるって事ですね」

「イエース、ウィーキャン!」

園子がおちゃらけて答えた。






「となると、やはり大悟さんからもう一度聞かないといけないみたいですね」

そう言って刑事は大悟に向かって軽く微笑んだ。

「どういう事です?」

と言ったのは中岡だった、大悟は自分に向けられた問いかけに気が付かない様子で黙っている。

「いえ、大悟さんは事件の夜は彼女……つまりこちらの森居蘭さんと一緒だったと言いましたのでね」

「すみません、勘違いでした……でもね、確かに九時頃までは一緒に花火大会にいたんでね、なんとなく流れでずっと一緒だった気がしたんですよ」

事も無げにそう言って、同意を求める様に森居の方を見た。

「はい……確かにそうでした」

と蘭。

「ではその後どちらに?」

「えーと、何処だったかなぁ」

そう言って、両手を頭の後ろで組んで上を見上げる大悟。

「教授と会う約束をすっぽかしてまで何処へ行ってたんだい?」

中岡がそう言って攻めるような目を向けた。

「え?なぜそれを?」

「教授とたまたま事件の夜にレポートを見てもらっていたんでね、その時溢してたよ」

「あちゃーそうなんだ、いや、後で謝ったんだけどね、怒ってた?」

「いや、怒ってはいなかったかな」

「そう、よかった」

いや全然良くないよ!

と刑事はこころのなかでなじった。

「あの……それで、大悟くん何処へ行ってたんですか?」

堪らず割って入った刑事の質問に大悟は即答せずに何やら考え込んでいる様子だった。






「えーと、黙秘とかだめですか?」

大悟は信じ難い事を言い出した。

「え?それはどういう意味?」

刑事は驚いた顔のまま聞き返した。

「いえ、そのままの意味です」

「つまり……その……君が犯人……てこと?」

「いえ、違います」

「じゃあなんで?」

「それも、黙秘で」

「え?」

「あ、そういえば、用事を思い出しました」

そう言って、大悟はスッと席を立つと優雅に店を出ていった。

取り残された全員が唖然としている中で園子は目の前のイチゴを口に放り込みながら

「ご馳走さまくらい言えないのかしら」

と呟いた。


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