第72話 美神聖奈視点 一番大事なこと 2
エピソード文字数 3,093文字
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ぼんやりとした視界に入って来たのは、見慣れた天井だった。
あれ? ここは確か、外国に住んでた頃の私の部屋。そんな光景がずっと続いている。
すると急に視界が暗転したと思えば、近くからすすり泣く声が聞こえてくる。
それは私の声に聞こえた。
途中、使用人達に声を掛けられても、聞く耳を持たず、屋敷の廊下を走り続ける。
なんだろう。これは夢?
だけど私にはこんな記憶なんて無い。
寝巻き姿の平八に私は躊躇せず抱きついていた。
その時私の視界から見えたのは、パジャマ姿の私で、背は平八の胸辺りまでしかなかった。

これは……
私の記憶がなくなる前の……
その私はずっと「蓮」と「楓蓮」の名前を叫んで、連れて行ってくれない平八を叩きまくってた。
そして私はその場にしゃがみこみ、真っ暗な空に向かって泣き叫びだした。

こんな話。全く思い出せない。
本当にこんな事があったのか、それすら分からない。
わからない。わからないけど……
平八は暫くして泣きやんだ私を屋敷に連れて行こうとする。
その帰り際に私に優しく問いかけていた。


え? どういうことなのよ!
その瞬間、私の意識は暗転し、気が付けば薄暗い部屋の中、眩しく光るものが見えた。
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無意識に手を伸ばすと、見慣れた画面が目に入ってくる。
きっと平八も外で待ってる。早く着替えないと仕事に間に合わなくなる。
私は夢の事など考える暇も無く、蓮を起こさないようにそろーっとベッドから出ようとした。
だけど「どうしたの?」と声が聞こえてくると、私は観念して振り向いた。
わかんないけど、その言葉に自然と目頭が熱くなってしまった。
その時、もう一度スマホが光り出すと、音が出る前にアラームを消した。
もっと蓮と一緒にいたいけど、もう時間が無いの。
私は廊下の電気をつけて着替えていると、平八から連絡が来ていた。
既にマンションの下で待機していると。
洗面所で最終チェックを済ませて、いざ仕事に向かおうと、スマホの画面を見てみると四時五十分。早く行かなきゃと思ったけど、私は別のことを考えてしまってた。
再び部屋に戻ると、さっきと同じような体勢で眠っている蓮に忍び寄った。
顔を近づけると定期的に寝息が聞こえてくるので、私はよからぬことを思いついてしまう。

そんな風に言いながら、私は蓮の唇にそっとキスをする。
ずるいずるいずるい!
全然気が付いていないようだから、数回やっていると「んっ」と声を出したので、ここまでにしておいた。
だけど……
蓮。私ね、一番大事なこと思い出した。そんな気がする。
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いつ頃の時期でしたか、その頃はきっと……聖奈お嬢様が海外に引っ越されてから……暫く経ってからのお話でしょう。
その頃の聖奈お嬢様は、荒れに荒れてございますれば、夜な夜な平八めをお呼びしておりましたからな。
きっと楓蓮お嬢様と離れ離れになり、寂しかったのでしょう。
そう聞いたとき、私は思わず口を抑えて、目がしょぼしょぼになると、とても簡単に涙が出てきてしまった。
普段泣いたりしない私が、いともあっさりと涙でぐしょぐしょになる。
蓮と再会して、楓蓮って名前を呼んだ時みたいに、自分の意志とは関係なく、涙があふれ、止まらなかった。
泣いてるのに、思わず笑ってしまった。
だって平八が気付いてないとか言うんだから。
なんとなく分かる。きっと小さい頃の私も面と向かって、好きなんて言うハズが無いって。
涙を拭うと、ここから私は瞬時に頭を切り替える。
今の私はきっと最高に調子が良い。何でもやれるような気がする。
さっさと仕事なんて終わらせて、予定も前倒ししまくって、何が何でもゆっくり出来る時間を作ってみせる。
こうして私は過去の事を少しだけ思い出せた。
と、同時に……今まで気になってた蓮の事にも、自分で納得できた気がする。
その気持ちが昔の私と一緒だったのに、少しばかり照れながらも……嬉しかった。
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次回。蓮と華凛は従兄妹 1