第72話  美神聖奈視点 一番大事なこと 2

エピソード文字数 3,093文字


 ※


 ~~~



 ぼんやりとした視界に入って来たのは、見慣れた天井だった。


 あれ? ここは確か、外国に住んでた頃の私の部屋。そんな光景がずっと続いている。


  

 すると急に視界が暗転したと思えば、近くからすすり泣く声が聞こえてくる。


 それは私の声に聞こえた。

平八! 平八! どこにいるの?
 真っ暗闇の部屋のドアを開けて、私は走り出していた。
どいて! 平八を呼びなさい!

 途中、使用人達に声を掛けられても、聞く耳を持たず、屋敷の廊下を走り続ける。



 なんだろう。これは夢? 


 だけど私にはこんな記憶なんて無い。

これは聖奈お嬢様。夜分にいかがいたしましたか?

 寝巻き姿の平八に私は躊躇せず抱きついていた。


 その時私の視界から見えたのは、パジャマ姿の私で、背は平八の胸辺りまでしかなかった。

夢を見たの! 蓮が泣いてて、また虐められてる!

助けに行かなくちゃ! 蓮は私がいないとダメなの!

平八! 車でブーンしなさいっ! 早くっ!

 すると平八は「それは無理でございます」と淡々と告げる。

ここはもう日本ではございませぬ。

いくら平八の車でも、楓蓮お嬢様の元まで行く事はできません

 これは……


 私の記憶がなくなる前の……

連れて行くのよっ! 今すぐに!  あいつは私がいなかったら、ダメなのっ!

いじめられたら……蓮も凛も正体がバレちゃうよ!

聖奈お嬢様……

 その私はずっと「蓮」と「楓蓮」の名前を叫んで、連れて行ってくれない平八を叩きまくってた。


 そして私はその場にしゃがみこみ、真っ暗な空に向かって泣き叫びだした。


逢いたいよ。平八! 

また蓮と一緒にいたい……楓蓮と一緒に遊びたいのっ

 こんな話。全く思い出せない。

 本当にこんな事があったのか、それすら分からない。

お勉強もするし、良い子になるからぁ! 

お願い! 楓蓮のお家に連れて行ってよぉ!

 わからない。わからないけど……



いずれ、楓蓮お嬢様とは再び巡り会うでしょう。この平八めが必ず連れて行ってさしあげます。

ですから、今日はもう横になりましょう

 平八は暫くして泣きやんだ私を屋敷に連れて行こうとする。

 その帰り際に私に優しく問いかけていた。

聖奈お嬢様は本当に楓蓮お嬢様がお好きですな
うん。大好き
 なんとなく。そう言うんじゃないかって思った。
では蓮ぼっちゃまはいかがですかな?
 そんな平八の質問に、私は少しだけ「う~ん」と言いながら。

蓮はね。弱いの。弱くて女の子みたいに情けないけど、だけどそれは楓蓮だったからなの。

だから私は蓮を強くさせる為に鍛えてあげないといけない

 え? どういうこと?
だって蓮は私の為に……男の子になるって言ってくれたんだから



 え? どういうことなのよ!


 その瞬間、私の意識は暗転し、気が付けば薄暗い部屋の中、眩しく光るものが見えた。



 


  ~~~ ~~~ ~~~


 無意識に手を伸ばすと、見慣れた画面が目に入ってくる。

四時半。もう行かなくちゃ。

 スマホのアラームを消すと、動いた勢いなのか、背後から「うう~ん」という蓮の声が聞こえた。


 

 きっと平八も外で待ってる。早く着替えないと仕事に間に合わなくなる。


 私は夢の事など考える暇も無く、蓮を起こさないようにそろーっとベッドから出ようとした。



 だけど「どうしたの?」と声が聞こえてくると、私は観念して振り向いた。

もう、帰らなくちゃ。あんたはそのまま寝てなさい
 小さな声でそう言うと、蓮は目をゴシゴシしながら、半目を開けて起き上がろうとしたけど、私が慌てて横に寝かせた。
こんな時間から忙しいのか?
うん……
何をやってるのか知らないけど……無理はしないで
 わかんない。

 わかんないけど、その言葉に自然と目頭が熱くなってしまった。

添い寝くらいなら、いつでもやってやるから……
うん……わかった。また来るね

 その時、もう一度スマホが光り出すと、音が出る前にアラームを消した。

 もっと蓮と一緒にいたいけど、もう時間が無いの。



 私は廊下の電気をつけて着替えていると、平八から連絡が来ていた。

 既にマンションの下で待機していると。



 洗面所で最終チェックを済ませて、いざ仕事に向かおうと、スマホの画面を見てみると四時五十分。早く行かなきゃと思ったけど、私は別のことを考えてしまってた。


蓮……寝たかな? もう起きてない?

 

 再び部屋に戻ると、さっきと同じような体勢で眠っている蓮に忍び寄った。


 顔を近づけると定期的に寝息が聞こえてくるので、私はよからぬことを思いついてしまう。

あんただけ覚えているなんて。ずるいのよ

 そんな風に言いながら、私は蓮の唇にそっとキスをする。

 ずるいずるいずるい!


 全然気が付いていないようだから、数回やっていると「んっ」と声を出したので、ここまでにしておいた。



ちゃんと正直に言わないから、こうなるのよ。


 だけど……


 蓮。私ね、一番大事なこと思い出した。そんな気がする。


 

 ※



ごめん。遅れちゃった
お任せ下さい。これしきの遅れなど、平八めの運転でカバーしますゆえ
 私が助手席に乗った瞬間、アクセルをベタ踏みする平八にちょっと待ってと制止する。
先に教えて。私さっき……こんな夢を見た
 覚えている所まで説明すると、平八はいつもの無表情が次第にやわらかくなっていく。

やはり思い出せなくとも、潜在意識の中ではしっかりと残っているようですな。


聖奈お嬢様。それは……実際にあった出来事でございます。

平八もその日の事は良く覚えておりますぞ

やっぱり、さっきの夢は本当に……

いつ頃の時期でしたか、その頃はきっと……聖奈お嬢様が海外に引っ越されてから……暫く経ってからのお話でしょう。


その頃の聖奈お嬢様は、荒れに荒れてございますれば、夜な夜な平八めをお呼びしておりましたからな。


きっと楓蓮お嬢様と離れ離れになり、寂しかったのでしょう。 

 そう聞いたとき、私は思わず口を抑えて、目がしょぼしょぼになると、とても簡単に涙が出てきてしまった。


 普段泣いたりしない私が、いともあっさりと涙でぐしょぐしょになる。

 

 蓮と再会して、楓蓮って名前を呼んだ時みたいに、自分の意志とは関係なく、涙があふれ、止まらなかった。

ねぇ平八! 私ね。一つ思い出した事があるの。私は昔から……蓮が……
そこまで言うと、平八はうんうんと頷きながら「思い出されたのですな?」と言ってくれた。

いかにもその通りです。聖奈お嬢様は蓮ぼっちゃま大好きっ子でしたからな。

ただし。蓮ぼっちゃまは全然気付いておられなかったようですが

 泣いてるのに、思わず笑ってしまった。

 だって平八が気付いてないとか言うんだから。

この事は、聖奈お嬢様に固く口止めされておりましたゆえ。

平八めは見ているだけでございましたから

 なんとなく分かる。きっと小さい頃の私も面と向かって、好きなんて言うハズが無いって。

 涙を拭うと、ここから私は瞬時に頭を切り替える。

分かったわ。後は仕事を終わらせてから教えなさい
了解です。では飛ばしますぞ

 今の私はきっと最高に調子が良い。何でもやれるような気がする。


 さっさと仕事なんて終わらせて、予定も前倒ししまくって、何が何でもゆっくり出来る時間を作ってみせる。



そうすればまた……蓮と一緒に……

おっと聖奈お嬢様。失礼ですが、デレ顔になっておりますぞ
私の顔なんて見なくていいから、さっさと走りなさいよ!

 こうして私は過去の事を少しだけ思い出せた。

 と、同時に……今まで気になってた蓮の事にも、自分で納得できた気がする。


 

 その気持ちが昔の私と一緒だったのに、少しばかり照れながらも……嬉しかった。

 

――――――――――――――


次回。蓮と華凛は従兄妹 1

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登場人物紹介

キャラのプロフィールは、章の始まりにも記載しています。


ここに記載されているのは主要人物です。

その他の登場人物は章の始まりなどに記載しています。


読者視点は神視点。

物語の中の人達が知らないことを全部見る事ができます


また、二章からはキャラの心の声まで聞こえます(フキダシが灰色)

 ★ 黒澤 蓮 くろさわ れん


 本編の主人公。高校一年


 男女入れ替わり体質。
 
 弟の凛と共に、新天地で新たに生まれ変わろうと、楽しい学校生活を送ろうとする。友人作りに重きを置き、人との付き合いにはとても慎重である。


 とても弟思いの良いお兄さん(お姉さん)

 ★ 白峰楓蓮 しらみねかれん


  蓮の女性の姿。白峰というのは偽名。

  黒澤家とは繋がりを見せないように演じる。


  心の中は男の子なので、女の子のファッションやらに興味が無い。

  とても美人なのにあまり自覚がなく、女性の姿はオマケだと思っている。

 ★ 黒澤 凛 くろさわりん


 小学校六年生


 男女入れ替わり体質。

 

 兄である蓮を慕い、とっても素直で女の子のような性格。
 ことある毎に兄に甘えてしまい、いつまで経っても、子供のままなので、蓮は凛の将来をとても心配している。



 ★ 白峰 華凛 しらみねかりん


 凛の女性の姿。

 外部との接触が無いので、彼女の存在を知るのは家族だけ。

 楓蓮と違い、おしゃまさん。


 ★ 美神聖奈 みかみせいな


 高校で蓮と同じクラスとなる。実は小学四年生までの幼馴染。


 容姿端麗。成績優秀。運動神経抜群。リーダーシップ抜群。お金持ち。

 など、全てを兼ね備えている人。


 二人目の主人公。

 ★ 白竹 美優 しらたけ みゆう


 蓮と同じクラスとなる。ピンクの髪が目立つ美人。

 自分の家の喫茶店で働いており、メイド服で接客をこなす。


 学校と喫茶店では、雰囲気がまるで違うのには理由があり……

 

 三人目の主人公。 

 

 ★ 白竹魔樹 しらたけまき


 蓮の隣のクラス。美優は双子の姉弟。


 学校ではとてもクール。喫茶店では男の娘?

 双方を知る蓮にとっては、非常に疑問な人物。


 四人目の主人公

 ★ 染谷龍一 そめやりゅういち


 蓮と同じクラスとなり、前の席という事で付き合い始める。

 わりと積極的。学校ではいつも笑顔で誰にでも優しいが……

 

 五人目の主人公

 ★ 平八 へいはち 


 聖奈専属の運転手。

 黒澤家の秘密を知っており、蓮の親である麗斗(れいと)とは旧知の仲



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