本 編

文字数 8,555文字

一頁





 日曜の正午、彼は走っていた。



 大型二輪で、ZR-01、YAMANE製で400㏄の新型のバイクだ。



 本来は趣味で、海の沿道や山間のスカイラインで走らせるのが彼の趣味だ。



 だが、今は街中を走っている。



 彼は訳がわからなかった。



 今の状況がである。



 後続に、パトカーが十台だろうか、いやもっとだろうか。



 かなりの台数が走っていてサイレンを惜し気もなく瞬かせている。



 そして、もっと訳が分からない最大の理由。



 後ろの座席シートに見知らぬ男が跨っている。



 血らしき紅い染みがついた迷彩柄のキャップを被り、サングラスをかけている。



 ヒゲも生えてなく、髪も綺麗なスポーツ刈り。



 キャップ以外は何処となくやばそうな雰囲気はない。



 背中に突きつけている拳銃を覗いて。



 男は時折後ろを振り返ってパトカーに向かって発砲を数回行っている。



 その内二発、タイヤに当たりパトカーが何台か吹っ飛んでいる。



 男は頭の中でグルグル同じことを連想し、同じことを叫んでいた。



 「何で!!?何で!!?」













 二頁



 彼、賀川武博は朝、駐輪場のバイクを磨いていた。



 今日は海の沿道を走るつもりだった。



 本来ならいつもは彼女を乗せて沿道を走るのだが、その恋人は先週別れていた。



 仕事を惜しみなくこなし、給料をバイクの維持費と貯金に大半を回し、わずかな小遣いと生活費で切り盛りしていた。



 そこまでやっていて、武博は恋人も理解を示してくれていると思っていた。



 だが、先週に言われたこと。



 「バイクに夢中で私を見てくれていない」



 そんなつもりはなかった。



 平日でも誕生日とか記念日とかは仕事を休んでかかせず祝った。



 土日は仕事が絶対休みだから絶対一緒に居てた。



 にも関わらずこれだ。



 武博は無性に腹が立った。



 どうしてここまで尽くしてそんなに言われなければいけないんだ。



 だが、あれから一週間となってしまった以上、武博には別れた儚い、ヒリヒリとした小さな傷が心に残ってしまっていた。



 そして久しぶりに乗るバイク。



 通勤には車を使っているためバイクは平日に乗ることは殆どない。



 磨き終えた武博は掃除道具を戻しに部屋へ行こうと立ち上がった。が、



 「後ろに乗せろ」



 低い声とともに、不意に背中に棒を突きつけられた。



 異様に冷たい。



 何だろうこの感触は。



 生まれてきてこの方全くこのような感覚に触れたことはない。



 「・・・今、何つきつけてんの?」



 武博は恐る恐る、上ずった声で挑戦的に問う。



 「銃だ。わかったなら早く乗せろ」



 男はアッサリと、更に淡々と答えた。



 銃・・・。



 彼の日常には全く以って関わることのなかった存在だ。



 子供の頃ですら、流行っていた空気銃での打ち合いですら、テレビゲームでの銃を実体験出来るようなゲームですらもやったことがない。



 しかし武博の背中に伝わる冷たい円の筒が現実を知らしめていた。



















 三頁





 武博は大人しく従い、男を後ろに乗せてバイクを発進させた。



 バイクに乗るときは常に恍惚な気分に浸っていたのだが、今日だけは恐怖と怒りだった。



 今後ろにいるのは恋人ではなく、銃を突きつけた、全く以って表情を見せない冷淡な男だ。



 何で今の俺の唯一の楽しみを奪うんだこのキチガイ野郎。



 いっその事揺ら揺ら運転でもしてやろうか。



 いや、それはまずい。



 背中に突きつけられた冷たい筒が武博の衝動を止めた。



 下手に何かをして撃たれるとまずい。



 まず撃っても奴はバイクから飛び降りれば済む話。



 俺は撃たれてそのまま転倒して事故死しかねない。



 何せかなりのスピードで走れと要求しているのだ。



 何かいい手はないか、武博は模索していた。



 そう言えば・・・、



 「何処に向かえばいい?」



 武博は冷淡に男に聞いた。



 乗ってから男は左に曲がれとか直進しろとしか指示を出さない。



 「・・・聞いてどうする?ただ言ったところを通れ」



 男は答えようとしない。



 更に全くこもってない無感情な声色。



 「行き先教えてくんねぇとよ、近道とか出来ねぇじゃん」



 武博はイライラ気味に言った。



 メーターは速度100km近くを行っている。



 今この公道を走れば確実に警察に捕まる。



 「ならいいだろう、教えてやる」



 男が口調を変えた。



 先程の冷淡さとは違い、妙に勝ち誇った声色だ。



 「国会議事堂だ」



 男の口元が若干引きつった。



 それは笑みだった。























 四頁



 俺は完全に犯罪に巻き込まれてしまった。



 武博は絶望的にそう思った。



 後ろのキチガイ野郎は国会議事堂とか抜かしてやがる。



 何で俺が巻き込まれるんだよ。



 ふざけるな、俺の日常を返せ。



 「まぁ何かの縁だ、俺もこれから死ぬとこだし、一つ置き土産でもするか」



 何をするのか、と武博は生唾を飲んだ。



 まさか俺を巻き添えに道連れにするつもりか、冗談じゃない。



 「俺はテロリストだ」



 またしても不意に男は言った。



 武博は驚きはしたが、事故は禁物だと、しっかりと前を向き直った。



 「名は秋山輝彦、25歳」



 突然名乗りだした。



 25?



 俺と4歳しか変わらないじゃないか。



 「俺は今まで同志と共に何度も国家と戦ってきた。秘密裏の戦いだから報道には全く流れてこないがな」



 秋山が武勇伝を語るかのごとく話し出した。



 「もう同志は皆やられて俺だけとなってしまった。だが俺は簡単に死ぬわけにはいかない。この腐った国の中枢に風穴を開けてやるまでは俺は死に切れない」



 「だったら何で俺を巻き込むんだよ」



 武博は口調を荒げた。



 「大丈夫だ、国会に着くまでにはお前にはサヨナラする。殺しもしない」



 妙に和らいだ口調だ。



 本当にこのキチガイ野郎はテロリストなのか?



 「だったら聞いてみたい。何でテロリストなんかやってるんだ?大義でもあるのか?」



 武博はぶっきら棒に聞いた。



 何となく思った、ただそれだけだった。



 「聞いてみたいか?・・・ち、警察だ」



 「あんたがヘルメットを被らないからだよ」



 秋山はバイクに乗ってからヘルメットを着用していなかった。



 ずっと迷彩柄のキャップを被っていて、妙に涼しげな顔で佇んでいた。



 ついで武博は助かったと思った。



 ここで検挙されて、こいつの銃の所持がばれる。いや、俺がばらす。



 そしてこいつは逮捕され、事件は未然に解決される。そうして俺の日常は戻る。



 だが、武博の予想は甘かった。



 「そこのバイク止まりなさい」



 案の定止められた。



 武博は素直にパトカーの前の路肩にバイクを寄せ、片足を着いた。



 「後ろ被らないとダメだよ」



 一人の警官がパトカーから降りて来た、



 とその時パァンと乾いた爆音が鳴り響いた。



 秋山が発砲したのだ。



 「何やってんだよおめぇ!!」



 武博は叱咤した。



 そこで秋山は容赦なくパトカーの中にいた警官の眉間を撃ち抜いた。



 「早く行けぇ!!」



 銃口が武博の首筋に当てられた。



 こうまで容赦なく撃つなら本当に撃たれる。



 武博は止むを得ずバイクを発進させた。



 周りの沿道で歩行者が叫び声を上げて混乱していた。



 バイクが走り去った。



 すると、最初に撃たれた警官が動き出した。



 まだ生きていた。



 パトカーまで這い蹲りながら無線機を取った。



 「お、応援を・・・、たの・・む。ZR-01、ナンバー、○、○区23、52の、・・・43・・・ダ」



 彼はそのまま気を失った。





























 五頁



 秋山の衣服とキャップは紅い返り血で染まっていた。



 武博はもう訳が分からなかったが、助かることを最優先でバイクを猛スピードで走らせている。



 「続きをしようか」



 秋山が話し出す。



 妙に友達口調だったが、武博は半ば聞き取っていなかった。



 「俺がテロリストをやってる理由?・・・復讐だ」



 武博は小さく溜息をついた。



 どうせそうだろう。



 殺人者のその動機は大概”復讐”だ。ニュースでも散々やっていた。



 ところが、



 「何の復讐?」



 武博は聞き返した。



 しまった、と、彼は心の中で自分を少し責めた。



 何でこんな奴の話を聞くんだ。



 「・・・俺の肉親はみな、国に追い詰められて死んだ」



 この時、武博は背筋に何か血の沸き立ちを感じた。



 「最近制定された”家族法”と”学校法”てのがあるだろう。あの法律が出来てから俺の一家は最悪だった。



 二年前に祖父母の介護に追われていたお袋は疲れてしまって二人を殺してしまった。五年前だが父親は仕事でのノイローゼで発狂して自殺した。



 妹は学校で出来が悪いと勝手に決められて夜の街に放り出されてしまった。それから2年経った今月に遺髪しか帰ってこなかった。



 俺も結婚してたんだが、俺の所得が少なかったせいで、妻は俺に苦をかけまいと言い残して保険金3000万を残して病死した。



 妻は病気だったんだが、治そうとしなかった」



 家族法と言うのは、6年前に制定された法律だ。



 理念としては”家族の輪を取り戻そう”と謳っていてが、実態はただの国の赤字を補完する為の税徴収システムだった。



 それは、家族それぞれ(未成年を除いて)一人ずつ2万円を出し合って、家族としての共同体から出された曰く”家族金”が毎月国に支払われるというシステム。



 これによって家族皆が助け合って、輪を為して行くと言うのが理想論と述べられていたが、この法律が制定されてから、一般家庭の崩壊が全国で著しく増加した。



 更に学校法も税徴収システムとは違うが、国が見なした云わば”出来損ない”と認定された者は未成年の段階で社会の枠から外される。



 男は環境が劣悪な作業現行かされ、女は有無を言わさず低ランクの風俗街に沈められた。



 理念としては”いじめ、競争をなくし、子供を立派な社会人に育て上げよう”と言うものだったが、制定されて6年、当時の中学一年だった者の半数が社会に出る。



 世間ではこの集団を懸念していた。



 その生徒たちの大半は無感情でただ勉強をこなすただのロボットとなっている、”学校法の完成品”が社会に出るからだ。



 武博自身は制定当時まだ高校だったが、彼は良くもなければ悪くもなく、本当に平凡な、バイク好きな少年だった。



 だがクラスから何人か顔が消えていたことがあった。



 結局その面々とは卒業しても会うことはなかった。



 「・・・それが、あんたがテロリストになった理由?」



 武博は、少し落ち着いて聞いた。



 「あぁ、だから俺はもう亡くすものはいない。恐れるものも何もない」



 その時、後方からサイレンが聞こえてきた。



 しかも一台の音の数ではない、かなり複数だ。



 「今すぐ止まれ!武器を捨てろ!!」



 後方で警官がスピーカー越しに怒鳴ってきた。



 「止まったら・・・、わかってるな」



 秋山は口調を変えなかった。



 ところが何もしてこない。銃を突きつけない。



 「・・・わかってる」



 内心、武博は何故してこなかったのか何となくわかっていた・・・。



























 六頁



 武博は走り続けていた。



 秋山は空になった弾奏に弾を込め直していた。



 後続からパトカーが無造作に武博のバイクを追いかけている。



 その更に後ろに燃え上がってる火柱が数箇所、勢いを増しながら遠ざかっていく・・・。



 「俺も・・・、嫌だったのかも知れない・・・」



 武博は口を開いた。



 「何がだ?」



 秋山が聞き返した。



 「俺、愛子に振られてから一体何の日常を過ごすんだろうって思ってた。・・・でもあんたの日常に比べたら俺のなんてクズだよな」



 秋山は黙っていた。



 武博が続ける。



 「俺は親に勉強をしろと言われ続けて、黙々と勉強し続けた。医者か弁護士になれって言われた。だけど、俺は最後の抵抗で高校を卒業してすぐに就職した。



 両親はかなり怒ってたよ。だけど、俺の人生は俺のだ。決めたからにはそう生きていく、そう思って家を飛び出したんだけど・・・、



 結局医者や弁護士と大差変わらなかったよ。ただ単に収入が少ないだけ。一日一日その繰り返し。働いて食って寝て、働いて食って寝て・・・。」



 愛子とバイクだけが俺の数少ない支えだった。だけど、愛子と別れたらバイクを乗ってる意味がない・・・」



 「やっぱりお前も退屈な日常を経験したか」



 秋山がようやく答えた。



 その声はどこか寂しげな口調だった。



 「屈託のない日々の繰り返し、無限に続き、いつか死ぬまで止まることがない。・・・いつからこんな国になったのだろうな・・・」



 「だな・・・」



 武博はいつしかこの秋山と会話の輪に入っていた。



 経験してきた事は違えど、思っていることに共通点があった。



 「もう俺は元の日常に戻らない」



 武博がぼそっと呟いた。



 「え、何て言った?」



 流石の秋山も呆気に取られた。



 すると、



 「う!」



 短い呻き声と共に秋山が武博に凭れ掛かった。



 「どうした!!?」



 武博は叫んだ。



 「・・・左肩だな、やられた」



 少し声が弱弱しかったが、秋山は答えた。



 武博は確認できなかったが、秋山の左肩甲骨に丸い血の痕があった。



 「・・・あきらめれるか、あきらめれるかッ」



 秋山は呻きだした。



 同時に悔しさの声が響いていた。



 その悔しさの色が武博の耳に入り、脳を刺激した。



 「大丈夫だ、もしお前がやられたら俺が引き受ける」



 武博が言った。



 自分でも信じられない言葉だった。



 「・・・ま、巻き込む、わけに・・・、は、いか、ないッ、俺の・・・、信条に反する!」



 「あんたのこと聞いて、俺、わかったよ。俺も、戦う」



 武博は、精一杯、頼もしい感じで言った。



 「・・・信じて、いいんだな?」



 「あぁ、このまま突っ込むぞ」



 その時に全国でこのニュースが報じられており、全国のお茶の間のテレビにこの大追跡劇が中継されていた。

























 七頁



 秋山はまだ撃たれ続けていた。



 それぞれ致命傷にはなっていないものの、彼の体力を蝕んでいるのは確かだった。



 この時秋山は覚悟を決めた。



 となると後一つ・・・。



 「名前・・・、まだ聞いてなかったな・・・」



 更に弱々しくなった秋山の声が武博の耳に入った。



 「賀川・・・、賀川武博」



 「賀川・・・、頼みがある・・・」



 秋山は気を取り直し、背筋を伸ばして銃に弾を込め出した。



 「このまま・・・、国会に向かって・・・、後はこの大通りをまっすぐだ。そこに設置してある、爆薬を、点火して欲しい」



 秋山はジーパンのポケットから小さなカード型の電子機器を取り出した。



 それを秋山は後ろを向かず受け取った。



 「赤の・・・、スイッチを押せば、30秒で爆発する。これを押して・・・、見届けて欲しい・・・、やり残したことがある・・・」



 「止めたってもやる気だろう?」



 武博はわかっていた。



 秋山はバイクを降りてこの先訪れる玉砕を迎えるのだ。



 「わかってたか・・・」



 秋山は俯いた。



 「あんたの命、受け取った」



 武博は電子機器をジャケットの裏に忍ばせた。



 「スピードは落とさなくていい。このまま落ちる、絶対振り向くな」



 秋山は銃の充填を完了した。



 武博は、口を噤んでいた。



 止めたい。



 止めたいが一心だ。



 だが彼は止まらない。



 覚悟を決めた人間に容易く短時間で説得が可能なのか。



 「ありがと、相棒」



 秋山は少し笑顔になって言った。



 「あばよ」



 その時秋山の体が宙を浮いた。



 その時、ドサッと言う鈍い音。



 武博は振り返らなかった。



 何故か涙が出ていた。



 泣いている理由はわかっていた。



 振り向きたい。



 だが振り向くなと言った。



 武博は更に加速し、目指した・・・。







 転落した秋山は生きていた。



 だが頭を強打したため、満身創痍となってしまった。



 パトカーが猛烈な勢いで秋山の周囲を包囲した。



 数台が武博のバイクを追いかけていった。



 「今すぐ武器を捨てろ!」



 警官が同じことを言った。



 また同じことの繰り返しだ。



 秋山は内心で嘲った。



 いつだって、どんな世の中でもやってることは昔からの繰り返し。



 人間も所詮は繰り返しで便利さと虚無を持っただけ。



 ”真の進化”をしていない。



 いや、真の進化は、本当はないのかも知れない。



 秋山は次の世界に希望を持ち、願うかのような顔でTシャツの中の爆薬に着火した。



 周囲は炎に包まれ、中心にいた秋山の体は灰に帰した。









 武博は走り続けいた。



 すると、議事堂が見えてきた。



 もうすぐだ。



 ところが、



 「武博!!武博!!」



 聞きなれた声。



 もう聞くことがないと思った声。



 かなり遠く前の歩道に、かつての恋人高科愛子が武博を呼んでいた。



 神よ、本当にいるのなら何でこんな残酷なことをする。



 俺の決意を試しているのか。



 武博はバイクのスピードを落とし、愛子の前で止まった。



 「あなたニュースで出てて、かなり心配だったから・・・」



 愛子の顔がかなり複雑な顔をしている。



 それは、心配と安堵と、期待と焦りと・・・、そして反省の色が。



 「この前は・・・、ごめん、本当にごめん!!」



 愛子は勢いよく頭を下げた。



 後ろに括っている髪がブランブランに揺れるぐらい強い振りだった。



 「愛子・・・、俺のことは忘れて、もっといいやつを見つけるんだ」



 武博は言い切った。



 まさかこういう展開になるとは思わなかったが、武博は思ったとおりにしゃべった。



 「え・・・?」



 愛子が顔を上げた。



 泣いている。



 何度か彼女の泣き顔を見てきたが、こんなに悲しそうな泣き顔は初めて見た。



 「俺には、これからすることがある。・・・幸せになれよ」



 武博はエンジンをつけ、走り出した。



 早く立ち去りたいが如く、出だしが少し早かった。



 一人泣きじゃくる愛子を置いて・・・。

















 終幕



 そこに最後の障害が残っていた。



 議事堂前に何台かパトカーが止まっていた。



 テロ特別措置法に基づき警察も議事堂の警護にあたっていた。



 だが、武博は迷わなかった。



 「うぉぉぉぉぉおおおおおおおおお!!!!」



 武博は更に加速し、正門のパトカーを跳び越し、門をぶち抜いた。



 「撃て!!!!」



 警官から発砲。



 無数の弾丸が武博の背中に食いついた。



 だが武博は倒れなかった。



 そのまま議事堂の正面玄関に突っ込み、中央ホールで派手に転倒した。



 バイクがぐちゃぐちゃに粉砕し、大理石の壁がところどころ粉々に砕けて煙をあげていた。



 ホールに立てられた三大政治家の銅像が、何かを期待するかのような目で焦点を合わすことなく何処かを見ていた。



 騒ぎを聞きつけた議員や各国務大臣、更に時の総理まで中央ホールに集まりだした。



 武博は生きていた。



 そしてあの電子機器を取り出した。



 ”秋山の命”。



 武博は赤いスイッチに指を触れさせた。



 「腐った政治屋ドモに、紅蓮の炎の祝福を!!」



 武博は叫び、スイッチを押した。



 ・・・・・・・・・・。



 ・・・・・・・・・・。



 ・・・・・・・・・・。



 ・・・・・・・・・・。



 ・・・・・・・・・・。



 ・・・・・・・・・・。



 ・・・・・・・・・・。



 ・・・・・・・・・・。



 何も起きない。30秒は経った。



 あれ?おかしいな?



 武博は何度もスイッチを押した。



 その時、周りの政治屋達から爆笑の声が轟いた。



 嘲るような、哀れむような、典型的な支配者の嘲笑である。



 時の総理が話しかけた。



 「議事堂からは昨日既に爆弾は全て撤去されたよ」



 更に爆笑と嘲笑。



 気が狂いそうな、人ではない存在の笑い声の数々。



 武博は絶望感に浸っていた。



 「本当に残念だったよ、秋山輝彦君」



 「違う!!俺の名はゴフ!」



 玄関から複数の銃声。



 警官隊が突入したのだ。



 武博は血の泡を吹き、両手を大降りにしながら倒れた。



 手から”秋山の命”が離れた。



 「か、・・・がわ、武博・・・、だ」



 小さく名乗り終えた後、武博は事切れた。



 「ったく、君たちは何をしてるのかね!!?」



 時の総理は下にいる警官隊に叱咤した。



 申し訳ございません!と威厳良く警官隊達は答えたが、総理は聞いてもいなかった。



 「総理!警備員からの報告ですが、・・・・・・」



 一人、秘書らしき男が人ごみを割って出て、総理に耳打ちをし出した。



 その時、総理の顔が一気に蒼白になった。



 「だ、ダミーだったと・・・?」



 総理は復唱した。



 「後報告によれば、まだ議事堂内に50個近くの爆薬が仕掛けられているそうです。規模は議事堂敷地全体に及ぶとのことです」



 秘書も蒼白だった。



 その時、周囲が閃光に包まれた。



 と同時に、爆炎が舞い起こった。













 議事堂での死者723名。中には時の総理及び全閣僚が含まれており、全国の国会議員が全員死亡した



 秋山は国会議事堂の管理警備を担当する仕事に就いていた過去があり、議事堂のセキュリティを完璧に知り尽くしていた。



 そこで思いついたのが、二重セット。



 ダミーをわざと見つかりにくい箇所に設置し、後はわざと目のつきそうなところに計100箇所近くもセットしていたのだ。



 秋山はテロリストとして、武博は被害者として全国に報道された。



 だが、武博の最後に行った行為は秋山が転落した後誰も知らない。



 その後の行動は”謎の行動””被害を受けて発狂した”など色々取り沙汰されたが、結果としては真偽は不明だ。



 ただ一人を除いて・・・





























































 その後



 あれから10年後の世界。



 荒廃した世界。



 暴力が暴力を下し、支配する戦国の近未来。



 元々OLだった高科愛子は、武装集団の幹部になっていた。









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