御座候

文字数 2,519文字

 俺の一日の最大の楽しみ。それは会社帰りに阪神百貨店のスナックパークへ行き、御座候を2個食うことである。ラーメンやオムライスを頼み、それとともに必ず御座候の赤と白を買い求める。買い食いは大人になっても心ときめくものである。俺は白が好きなのだが、御座候を2個買う場合は赤と白の「夫婦買い」でないとなぜか気がすまないのだった。

 ところで御座候はこの5年で25円値上げしている。因みに俺の大学生時代は70円だったと記憶する。

2018年 1個 80円から85円に値上げ
2019年 1個 85円から95円に値上げ
2023年 1個 95円から110円に値上げ

 さらに食品では珍しく「どれだけたくさん購入しても割引にならない」。1個でも110円、20個でも2200円なのだ。普通は20個も買ってくれたら1割引きするとか、してくれそうなものだが、御座候はそうしない。店舗の前にはすぐ金を出せるよう、ご丁寧に1個~20個までの金額の印字された紙も貼られている。

 薄給の俺としては懐の痛い話だ。しかしこれを「ケチ」と捉えてはならない。世の中のほぼすべての食品が高騰しているのだし、御座候はこの美味しさ、高品質をわずか110円で提供してくれているのだから、逆に感謝せねばならぬのだ。現にSNSでも値上げ容認の声が多い。

 俺が今日も御座候の店に並んでいると、前のおばはんが素っ頓狂な声をあげた。
「なあなあ、値上げしすぎちゃう? それに3個も買うたのに値引きしてくれへんの!? ケチやわ~」

 レジ係のお姉さんが、申し訳ありません、とすまなそうに頭を下げている。そのため大混雑している午後6時の列さばきが滞ってしまった。なんだこのおばはんは。御座候初心者か。それでも関西人か。3個タッタ330円で、この美味しさを享受できるのだ、ありがたく思え!

 ラーメンを注文しテーブルについて食べ始めると、まだスナックパークをうろちょろしていたくだんのおばはんと目が合った。おばはんは4人がけの、既に埋まっているテーブルにぐいぐい入ってきて、俺の横に無理矢理スペースを確保し、御座候をむしゃむしゃ食い始めた。この傍若無人ぶりに俺はむかむかしてきた。

「あの、失礼ですが。御座候の値上げについてさっき仰っておられましたよね」
 余計なお世話と思ったが、口がとまらない。
「なんやのん、あんた」
 おばはんは御座候にかぶりつき、口の端から赤のあんこをはみ出しながら俺を睨みつけた。

「世の中の殆どの商品が値上げしてますからね。仕方がないことです。この美味しさで1個110円なのはむしろ安いのですよ。多数購入しても値引きをしない。これは1個のお客様と100個のお客様とを差別しない、健全な企業精神の現れなのです。これまで値段を抑えてくれていた事に対する感謝の声がほら、全国から多数寄せられています」

 俺はスマホを出し、御座候の値上げ容認の声を記した記事をおばはんに見せた。
「あんたは御座候の社員か?」
「いえ、ただの、御座候を愛する者です」

 おばはんは俺の顔をじろじろ眺めまわしながら、
「せやかて110円あったらもっと大きい菓子パンが買えるで」
「今日び、菓子パンも高騰により110円では買えなくなってきています。悲しい事です。菓子パンには菓子パンのよさがあると思いますし、菓子パンと御座候の魅力を値段のみで単純に比べることはできないと思うのですが」

 俺が話し終えるまでにおばはんは3個をぺろりと平らげ、「けったいな人やな」と捨て台詞を残し、スナックパークを去っていった。ああ、しまった。正義感の強すぎる俺の悪い癖が出てしまった。さぞかし妙な人間と思われてしまったことだろう。

 ラーメンと御座候を食った後、俺は上の階で買い物した時にもらった福引券を持って会場へ行った。「2023年阪神春の大感謝祭」上は10万円商品券から下はポケットティッシュまでハズレなし。ああ、ポケットティッシュでよかった。クリアファイルなんかもらっても使わないしかさ張るしで困るのだ。係の方はこのへんをよく考慮してほしい。

 今日はついてないのだろう。ポケットティッシュを渡されて俺が会場を出ようとしたその時、入れ替わりにあのおばはんが入ってきた。おばはんはおれをちらと一瞥したが係に直進し「こんだけ買ってんからいいの当たってや~」とでかい声で言いながらガラガラを回し始めた。おばはんが何を引くのか気になって、俺は入り口のところで立っていた。すると
「5等です! おめでとうございます!」

 5等は3千円の商品券だ。おばはんはええ、3千円ぽっち~? と文句を垂れながらも嬉しそうだ。こんな強欲なおばはんが3千円も当てやがって。まあ世の中はこういう風にできているものだけど、全く面白くない。おばはんは商品券を受け取ると走って会場を後にした。俺はおばはんの後をつけた。

 おばはんは再び地下のスナックパークに入ると、御座候の30個を買い求めた。3300円。それをもらったばかりの商品券で支払った。
「300円くらいまけてんか~」
 と粘っていたがもちろん不可で、渋々と言った感じで財布から300円を出し、会計を済ませた。バッグからよれよれのエコバッグを出し、1箱10個入りの御座候3箱を苦労して入れ、スナックパークから出ようとしたところでおばはんは急に振り返った。しまった、後をつけていたのを気づかれたか。

 俺が逃げようとすると「ちょっと待ち」おばはんはエコバッグを地べた(・・・)に置き、手を突っ込んで箱を開けた。そして御座候を1個取り出し、俺に差し出した。
「えっ……」
「にいちゃん、あんたもこれ好きなんやろ? ひとつやるわ」

 言葉を返す間もなかった。呆然として俺が御座候を受け取ると、おばはんは颯爽と阪神電鉄の方角へ歩み去った。




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ここまで書いたのに阪神百貨店のお知らせを発見。最近行ってないから知らなかった、、、
【御座候 売場移動のお知らせ】
#御座候 は6月14日(火)より、地下1階阪神食品館に移動いたしました。スナックパークにはございませんのでご注意くださいませ









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