今時、そんな事するか?

エピソード文字数 3,881文字

 だってそうだろ? SNSで誰とでも繋がれるこのご時世に、瓶に手紙を入れて海に投げ込むなんて……。時代錯誤も甚だしい。
 そう思っているのに、俺は浮ついた気持ちで瓶を開けた。
 袋で何重にも守られていた手紙には、確実に伝えたい想いが込められているような気がした。
 手紙にはどこかの住所と『Paradise』と書かれていた。
 俺は早速その住所を調べた。が、山奥で木に覆われていたせいで、航空写真では何が何だか分からなかった。ストリートビューでも見られなかった。
 そもそも何で、こんな山奥の住所を書いて海に投げ込んだのか。気にならない訳が無い。
 俺は居ても立っても居られず、その場所へ向かった。
 きっとスマホは使い物にならないだろうと、コンパスと地図まで用意し、山の中をひたすら歩いた。
 そして、意外と呆気なくそれは見つけられた。
 ボロボロの小屋が建っていた。ドアは外れ、窓ガラスは割れ、屋根は全部落ちている。
 ドアをくぐり、ほとんど外と変わらない小屋の中に入った。六畳くらいしかないスペースは荒れに荒れて、森の一部と化していた。
 落ちた屋根である木を掴むと、難なく砕け散った。俺は屋根を、例えではなく本当に、ちぎっては投げちぎっては投げ、しばらくして地下室を見つけた。
 今まで役立たずだったスマホを持ち、ライトで照らした。地下へは、これまた朽ちかけたはしごが地面までの道を作っていた。しかし、屋根に守られていたおかげで、どうにかはしごは使えそうだ。
 俺は躊躇うことなくはしごを降り、細い通路を進んで行った。
「だれ?」
 俺は全身が硬直し、息をするのも忘れた。まさか人がいるなんて想像もしていない。
「だれなの?」
 女の声だ。俺は慌ててスマホのライトを消し、外に向かって駆け出した。
「待って! 行かないで!」
 女の悲痛な叫び声など気にもせず、俺は走った。
 慌ててはしごに足をかけた瞬間、はしごはパラパラと飴細工の様に崩れた。
「嘘だろ……?」
 後ろから誰かの足音がする。俺は必死でジャンプしたが、天井の穴には指先も当たらない。
「お願い! 待って!」
 声はすぐ後ろで聞こえた。
「動くな! 誰だお前!」
 自分で言って滑稽だな、と思った。侵入したのは俺の方なのに、誰だ、なんて笑える。
 外の薄暗い明かりが声の主をぼんやり照らした。女は意外ときちんとした身なりだった。
 黒い髪は毛先まで真っすぐで、白いブラウスと白いスカートには目立った汚れも無い。日本人とも外国人とも言えない不思議な容姿で、思わず見惚れてしまう。
「あ、……すいません。ちょっと……興味本位で来てしまいまして……勝手に入って……」
 しどろもどろになる俺に女は微笑んで言った。
「どうしてここが?」
「瓶に入ってた手紙に、ここの住所が書かれてたんです」
「あぁ……そうなの」
 女はフフフと笑った。
「ようこそ、パラダイスへ」
 女は俺の手を引いて、通路を進んで行った。
 どんどん下って、下るごとに寒くなり手足どころか唇まで震えだした。
「どこ行くんですか?」
 震える声で尋ねても、女は「パラダイス」としか答えなかった。
 
 女が立ち止まり、暗闇の中で促された椅子に座る。ただの木でできた座り心地が良いとは言えない椅子だった。
「何なんですか?」
「嬉しい……。新しい仲間が出来て……」
 辺りに不思議な灯りが灯って行く。それはペンキのような赤だったり、澄んだ青空のような色だったり、色が定まらず次から次へと変色していく灯りだったり、統一感が無かった。ふよふよと蛍のように俺の回りを飛んでいる。
「私の最後の手紙を受け取ってくれたのがあなたで良かった」
「意味が分からないんですが……」
 女は俺に抱き着いた。氷に抱き着かれているようで、心臓がぎゅっと萎縮した。
「ずっと一緒にいましょうね」
「……え?」
 青い灯りが女の後ろ側にある椅子を照らした。そこには骨があった。明らかに人間のものだった。
 俺の短い悲鳴を聞いた女は、青い灯りを優しく叱った。
「ダメでしょう? 新しい仲間を怖がらせちゃ。ちゃんと謝りなさい」
 青い灯りは俺の耳元に来て小さな声で言った。
「逃ゲテ」
 女は灯りが素直に謝ったと思ったらしく、笑顔を見せて消えて行った。スーッと、空間に溶けたみたいに。
「な……なんだそれ……」
 俺は慌てて立ち上がろうとした。しかし何故か立ち上がれなかった。
「なんだよこれっ!」
 俺は半狂乱になって立とうとしたが、どうしても立てなかった。
「モウ、ダメ」
「死ンデモ逃ゲラレナイ」
「ワタシタチト、同ジ運命」
 囁き声が聞こえる。それはあの不思議な灯りから聞こえていた。
「逃げられない? 何でだよ? どうなってんだよ!」
 あの骨を見せた青い灯りが近づいて来て言った。
「逃ゲラレナイ、手遅レ。気ニ入ッタカラ」
「気に入った? あの女が?」
 青い灯りが目の前をくるくる飛んでいる。
「違ウ。キミガ、アノ女ニ心ヲ奪ワレタカラ、逃ゲラレナカッタ」
 周りの灯りが集まってきて口々に言った。
「カワイソウ」
「カワイソウ、カワイソウ。死ヌマデ閉ジ込メラレタ」
「女ハ狂ッタ恋人ニ、閉ジ込メラレタ」
「助ケヲ求メタ」
「手紙ヲ落トシタ」
 灯りたちが一斉に奥へ飛んで行った。そこには小さな穴が開いていた。
「手紙ハ、穴カラ川ヘ、川カラ海ヘ」
「海カラワタシタチヘ」
「ボクタチハココニ来テシマッタ」
「バケモノガ待ツ、ココヘ」
「女ハ死ンデカラモ、助ケヲ求メ続ケタ」
「何度モ最後ノ手紙ヲ送ッタ」
「呪ワレタ。女ノ呪イ」
「誰モココカラ出ラレナイ」
 灯りたちはくるくる辺りを飛びまわり、やがて消えた。
「呪いって……」
 俺は鼻で笑った。
 今がいつだと思ってるんだ? 二十一世紀だぞ? 平成も終わって、どこでも誰とでも繋がれるこのご時世に、呪い? 馬鹿馬鹿しくて失笑する。
 それでも椅子から立ち上がれない事実に、顔が引きつった。
 現実でも妄想でもどっちでも、ここから出られないことは変わらない。
「ふざけんなよ……! 俺は絶対ここから出てやるからな!」
 俺は女に向かって宣戦布告したが、女は現れなかった。
 どれくらいの時間が経ったか分からないが、無理矢理立とうとするのはやめた。体力の無駄遣いだ。
 そうしたら、もうあの灯りたちに頼るしかない。
 俺は灯りを呼んだ。非現実的でなんだか恥ずかしいが、灯りは素直に出て来た。
「どうやったら出られる?」と聞いても出られないを連呼するばかりで、全く役に立たない。
「……じゃあ、その狂った恋人は? ここにいるのか?」
 灯りたちはざわざわと明らかに今までと違う反応を示した。
「どこにいる?」
「イナイ。殺サレタ」
「女ガ殺シタ」
 じゃあ、なんで未だにこんな所に閉じこもってるんだ? と疑問が湧く。恋人がいないならさっさと逃げれば良い。
「あれ……? 死ぬまで閉じ込められたんじゃないのか?」
「ボクタチ閉ジ込メラレタ」
「死ンデモ出ラレナイ」
「お前らの話かよ」
 俺は脱力して項垂れた。その時、フフフと女の笑い声が聞こえた。目の前にスーッと現れた女はさっきと同じように優しく微笑んでいた。
「仲良くしてくれて嬉しいわ」
「……あんた、さっさとここから出ろよ。恋人がいないならもう出られるだろ」
「出る必要無いわ。ここはパラダイスなのよ?」
「恋人にそう言われてたのか?」
 洗脳されて、それが未だに解けていないのかと思った。しかし、女は微笑むだけで何も言わない。
 どこかにあるはずだ。ヒントが。ここから出るヒント……。
「パラダイス……。あぁ、あんたもしかしてキリスト教か?」
 女の表情が固まった。その顔を見て、納得した。
「天国に行けないかもしれないから怖いのか。だからここをパラダイスって言ってるのか」
 Paradiseには楽園以外に、天国と言う意味もある。この女はずっと天国を求めていたんだろう。
「監禁されて殺しちゃったなら許されるんじゃねえの? それぐらい憎かったんだろ。宗教なんて詳しくないけど」
「あんたに何が分かるのよ!」
 周りにいた灯りたちが一斉に消えた。女の体全体が赤く光って、怒っている事を明白に主張していた。殺されるんだろうな、と変に冷静になっている自分がいる。
「分からないけど、もう十分苦しんだだろ」
 こんな化け物のような様相になるほど、自分を責めたんだろう。その時、ふと体が軽くなって立ち上がる事が出来た。
 俺は迷うことなく正面の椅子に乗っていた頭蓋骨を力いっぱい踏み抜いた。バキバキと音をたてて、骨は椅子と共に粉々になった。
「あんたは誰も殺してない。殺したのは俺だ」
 俺は原型が無くなるくらいしつこく骨を砕いた。
 
 遠くで轟音が鳴り響き、我に返った。俺は慌てて辺りを見回したが、そこには女も、灯りたちもいなかった。
 スマホのライトを照らしながら通路を進むと、出入口の穴が大きく開いていた。上の小屋がそのまま崩れてしまったようだ。
 俺は瓦礫の山を登り、なんとか外に出ることが出来た。
 今時、心霊体験なんて子供でも信じないだろう。
 誰にも言うつもりは無いし、自分でも半分以上夢だったんじゃないかと思う。
 でも、あの瓶に入っていた手紙の文字が『Thank you』に変わっているのを見たら、現実だったのかもしれないと思った。
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