第2話

文字数 862文字

 初めて会ったのは俺が10(とお)、彼女が自称・ハタチのとき。薄汚い路地裏に蹲った、薄汚いガキの俺を見つけて、
「あんた何してるの? あたしキャンディ。あんたは?」
 そう言って笑ったんだ。そのときの俺に、語れることは何も無かった。だから、ユキ、とだけ名乗って、あとはだんまりを決め込んだけど―そんな俺に、彼女はもう何も聞かなかった。

 結局俺は、そのまま路地裏に居つくことになった。キャンディと一緒に。

        ***

 移民が多いこの国では、食い詰めた移民のガキが日々、捨てられる。養護施設はいつも満員、環境も当然劣悪だ。十分でない食事はいつも奪い合い、職員たちの目は行き届かず、暴力は日常茶飯事。だから俺は逃げ出したんだ。誰も探しに来なかった。当然だな、せっかく口が減ったのに、連れ戻したいわけがない。

 1 月の寒い雪の朝、養護施設の玄関にぽつんと置かれていたオリエント系の裸の赤ん坊。それが俺だ。生まれてほんの数日だったから、拾われた日が、そのまま俺の誕生日になった。誕生日改め、拾われ日だな。雪の日にちなんでユキと名付けられた。
 オリエント系の子どもの名前は、大抵そんな風に決められた。秋に来た子なら、アキ、モミジ、ミノリ。春ならハル、サクラ。名前なんて、子どもを区別するただの記号だ。だから、施設からアキがいなくなったら、すぐに新しく来た子が“アキ”になる。そう、名前なんてリサイクル可能な単なる記号なんだ。

 だけど、キャンディは言った。ユキって、素敵な名前ねぇ、と。

「雪が降る朝だなんて、ロマンチック!」
 実際はロマンチックどころではなく、恐らく俺は凍え死にかけていたんだけれど。まあいいか、そう思えるような優しい声で、キャンディは言ったんだ。
「運がよかったのよね。きっと、施設の人にすぐに見つけてもらえて、温かな毛布に包まれて、たっぷりミルクを飲まされて、大事に、大事にされて―」
 見てきたようなことを言う、そう思ったけど、その想像は甘やかに胸に迫り、俺は反論せずにいた。
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