DNAに聞いてくれ

文字数 1,998文字

 新緑の5月。テニスコートを乱舞する白い足。
 ひときわ白い子鹿の足の持ち主が、金網越しにそっと手を振ってきた。
 僕も笑顔で振り返す。
 そして、横の頼斗(らいと)も。
 え?
 僕達は顔を見合わせた。
「おい、上月(こうづき)さんになれなれしいぞ」
 頼斗は親友だ。しかしけじめは付けておかないと。
「はあ? 俺の彼女だぜ」
 マジか。
 こいつはアホだが、嘘をつく奴じゃない。
(こく)られてさ、日曜ゲーセンに行ったんだ」
「僕も付き合ってと言われて、土曜日映画を見に行った」
 頼斗は眉間に皺を寄せてじっと僕を見つめる。
「お前はアホだが、嘘をつく奴じゃ無い」
 図らずもお互いに同じ認識だ。
 僕達は呆然とテニスコートを見る。
 彼女が天使の微笑みで再び手を振ってきた。



「二股ってこと?」
 僕達は公園のベンチに座り込んでいる。
「明日聞いてみるか、どっちを選ぶのか」
「まあ、そうするしか――」
「待ったっ」
 背後の茂みからいきなり細長い顔が突き出た。
 うおっ。驚いた僕達はベンチから立ち上がる。
「結論を出すのはまだ早いっ」
「な、なんなんだよ、木下っ」
 まるで茂みに埋め込まれた能面。子供達が怖そうにこっちを見ている。
「話は聞かせてもらった」
「てめっ聞くなよ」
「なぜなら、私も当事者だからだ」
 しーん。
「私も上月さんに(こく)っていただき、金曜日夕方の博物館デートを楽しんできた」
「じゃあ、三つ股か」
「やっぱり確かめ――」
「落ち着け、アメーバども。白黒つけないのが有性生殖をする多くの生き物の知恵だ」
 彼のどこか超越した考え方は「木下教」と呼ばれ、クラスの中で妙な尊敬を集めている。
「はあ? 悔しくないのかよ」
「別に」
 木下は顔だけの姿で微笑んだ。
「私は彼女と過ごすのが楽しいだけで、彼女が他の時間何をしていようと気にしない。未婚男性が余る昨今、0(ふられる)より1/3の方がましだ。幸せは分かち合おう」
「でも彼女をシェアするなんて、失礼だよ」
「私達は彼女の1/3ずつしか独占できないが、彼女には3人が所属しているのだ。1/3と3はどっちが得か明白だろう」
「いや、得とかそういう問題じゃ――」
「待て」頼斗が遮った。
「姉ちゃんの読む電書ってさ、主人公が複数のイケメンから溺愛されるパターンが多いんだ。上月さん、俺達の外見は妥協してそれ以外は女子の願望のままに突き進んだのかも」
「ま、美貌と才知を併せ持った彼女であれば、当然の野望だな」
 青春は短い。確かに効率を優先して一度に沢山付き合ってみる恋愛戦略もありかもしれない。魅力ヒエラルヒーの上位に居ない僕達にとっても、その方が上位の女子と付き合える確率が高くなって楽しい気がする。
「我々はDNAの操り人形。その策略に乗ればいいのか、逆らえばいいのか」
 木下は茂みから出した左手の人差し指を立てると「永遠の問題だ」とつぶやき、謎の笑みを浮かべて去って行った。
 僕らはポカンと口を開けて彼を見送る。それにしても、木下を選ぶなんて上月さんのDNA、なかなかマニアックだ。
 しばらくして、僕達3人が上月さんと付き合っているということが広まってちょっとしたスキャンダルになった。が、上月さんは堂々としているし、僕らも普通に仲がいいので、噂はすぐ下火になった。



「それにしても、だ」
 言い出しにくそうに頼斗が口を開く。
 いつもの公園のベンチに僕らは坐っている。今日は木下も一緒だ。
「大方の予想に反して、俺達順調だよな」
「彼女といると楽しいよ」
「この恋愛の形は極めて興味深い」
 皆それぞれに彼女との時間を楽しんでいるようだ。
「で、もしこのまま円満に付き合いがすすんだら、だな」
 ごほん、頼斗が咳払いした。
「結婚だ」
 僕は飲みかけていたジュースを吹きだした。
 しかし、木下は冷静だ。
「私は今の状況が極めて快適だ。彼女は私との時間を大切にしてくれるし、嫉妬は無い」
「俺達、草食どころか、無欲な仏に近づいているのかもな」
 正直なところ、僕は頼斗と気まずくなってまで上月さんと付き合う気はしなかった。女子を巡っての駆け引きや、濃い付き合い、ってものにどこか引き気味な自分に気がついている。
「いっそこのまま、4人で家族になるか?」
 頼斗が腕組みをしてつぶやく。
「新しい家族の形って訳だ」
「新しくないよ、頼斗。家族の境界が曖昧なのはまるで縄文時代だよ」
 木下が左手の指を上げて首を傾げる。
「これは進化なのか、それとも退化なのか――」
「それはDNAに聞いてくれ」
 頼斗がぶっきらぼうにつぶやいた。


 
「ハーレム作っていいの?」
 その案を話したところ、上月さんには大受けだった。
「木下は出産で負担をかけないために人工子宮を研究するって言ってた」
「まあ画期的。育児もお願いね」
 僕は思いきって聞いてみた。
「これからも3人一緒に付き合ってく?」
 僕達は少子化や孤独が蔓延する現代社会に風穴をあけるファーストペンギン!
「え、あと5人いるけど」
 攻めすぎだ、DNA!
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み