第5話 宣教開始!まずは弟子集め!

文字数 2,880文字


「漁をしてるな…魚を分けて貰いにいこう」

イエスはそう言うとガリラヤ湖の湖畔で漁をしていた若者シモンに近づいていった。

「俺は伝道者イエスだ。腹が減った。魚を分けてくれ」

「その目…只者ではありますまい。私は漁師シモン。ここの漁師で私より漁のうまい人はいない。いつもなら大漁に魚が取れて分けて差し上げるのだが、どうしたことか、ここ数日私達が船で湖に出ると、決まって波は荒れて雨が降り注ぎ、さっぱり魚が取れないのです。私の仲間のヤコブにその弟ヨハネも困っております。どうかあなたのお力で、何とかして下さらぬか」

これは見物だ、ヨハネは思った。イエスが手品めいた魔法や話術で今まで困難を切り抜けてきたのを見てきたが、生活に関わるこうした具体的な問題に取り組むのか見て見たいという気持ちがヨハネに湧き上がってきたのだ。無論、イエスに対する敬意は、既に確固としたものになりつつあった。が、どこかに、イエスを試したいような気持ちもまだ残っていたのだ。

「お前の神を試すな…ってね。ヨハネ。モーセの書や預言書に書かれてることは、逐一覚えておけよ…地味なようで、大切な真理が沢山含まれているんだから…」

またしてもヨハネは、ギクっとした。イエスには、心の全てを見透かされているのだろうか。

「イエスさん。私も魚がた〜べ〜た〜い〜」

「ルカちゃん。待っててね、直ぐに沢山の魚が獲れるから大丈夫だよ。ではシモン。俺たちも漁に連れていってくれ、船に乗せて欲しい」

「漕ぎ出すと直ぐに波が荒れますが…構いませんか?」

「大丈夫だよ」

そして、一行はシモンとその仲間らとともに、船に乗り込んだ。とたんに、波が荒れ、空は雷が鳴り響き、激しい雨が吹き荒れた。

「ほら、言わんこっちゃない。漁どころじゃないですよ」

「シモンの言う通りですイエス。ていうか、何故私達まで…って、寝ないで下さい!」

船は風と雨と波に煽られ今にも転覆しそうなほど揺れていたが、あろうことかイエスは狭い船の中で大きないびきをかいて寝ていたのだった。これには、シモンとその仲間も呆れ果てた。

「なんと!この荒れ狂う湖で船が今にも沈まんとしているのに、イエスという方は呑気に寝てるではないか!しかも横になってスペースをいっぱい取ってるが故に、私達は大変窮屈な思いを強いられている!何たることか!」

「こらイエス!起きて下さい!イエス!」

「う〜ん…何だ…人が気持ちよく寝ているのに…」

「この波を見て下さいイエス。というか、この揺れてる船でよく眠れますね…」

ゲボゲボ←ルカが吐いた音

「うわあ、大丈夫かルカちゃん」

「ホラ言わんこっちゃない…イエスが私達まで無理に船に連れ込んだからですよ…」

「その通りですイエス様とやら。私達はあなたに言われて船を出した。しかも今はあなた方がおられるせいでこの船は重くなり沈む確率も飛躍的に上がっている。あなたは神聖な方とお見受けしたがそれは私の勘違いだったようだ。この船は沈み、私達は死ぬ。あなたのせいだ」

「船が沈むって?何故?」

イエスは静かに微笑みながらシモンに問いかけた。シモンは明らかに苛立っていた。

「何故って?だからあなた方のせいだと言っている!見なさいこの波を!風を!私達を飲み込もうとしている!」

「落ち着いて下さい。スペースが足りないなら、私は横になりましょう。シモン。貴方も疲れているでしょう?」

「何を馬鹿な!この荒れ狂う湖の真ん中で寝られるものか!」

「可能です。私の言う通りにしてみて下さい…確かに荒れ狂った心には難しいことです。ですが、鏡の如く静かな水面のように、心を落ち着かせれば、不可能ではありますまい。」

イエスが落ち着いて言うと、シモンはハッとしたような表情をして、暫く黙り込んだ。そして、静かに口を開いて言った。

「ヤコブ、ヨハネ…お前達も一緒に寝よう」

シモンがそう言うと、ヤコブとその弟ヨハネは、何も言わずに黙って言うシモンの言うことに従った。

三人は船の看板に横になり、静かに目を閉じた。そして、時が経った。一瞬だったか長い時間だったか、一緒に船に乗りずっと起きていたヨハネにも、それは分からなかった。

「さあシモン、起きる時間だ」

イエスがそう言うと、シモンは目を開けた。

「これは…」

雨は止み、風は収まり、水面は鏡のように静かになっていた。

「魚が、沢山獲れそうな天気だろう?さあ名の知れた漁師シモンよ、その腕前を、存分に見せてくれ」

船には積みきれんばかりの魚が取れ、ヤコブとその弟ヨハネは大喜びだった。岸に着くと、シモンらにイエスは言った。

「どうだシモン。荒れ狂った海でも、魚を獲るのはそう難しくないだろう?これからは、この狂った世の中で、人をとる漁師にならないか?」

「私に弟子になれとおっしゃるのか。喜んで。あなたについていくと、もっと面白いものが見れそうだ」

「俺も行きたいです」

ヤコブが言った。

「もちろん構わないよ」

「俺もついて行きたいです!」

ヤコブの弟ヨハネがいった。

「ああごめん。君は駄目だ…ヨハネとキャラ被りしてるからな。ややこしいのはNGだ」

「そんな…」

こうしてイエス一行には、シモンとヤコブの二人が仲間に加わった。

「あれは…」

ヨハネには、一連の出来事が信じられなかった。シモン達が目を閉じてから、空が晴れるまでは、随分時間が経っていたような気がした。しかし、岸に戻ると、一連の出来事はほんの数十分の間に起きた事だったのだと、太陽の位置を見て分かったのだった。やはり一瞬の間に、嵐が止んだことになる。

「なあルカ…嵐は時間が経って、止んだんじゃなかったんだよな…?」

「えー私ずっと船に酔ってたからわかんなーい。ていうか、お魚おいしいねー。私漁師さん好きー」

「…」

イエスはいつも、自然に奇跡を起こしていた。常識では考えられないハズのことが、イエスの周りではいつも当たり前のように起きていた。病を癒す力、悪魔を退ける力、人の心を動かす力、自然に働きかける力…その全てが、イエスには当たり前のように備わっており、あまりに自然過ぎた。

「イエス…本当にあなたは一体何者なんです…」

ヨハネには嫌な予感がしていた。イエスのこの力は当たり前のようで、それでいてあまりに甚大で、あまりに強力なものだった。それがいつまでも、権力者の目を止まらない訳がないからだ。

いつかイエスの力を快く思わない者が、必ず現れるだろう。その時、彼等はイエスを一体どうしようとするのか。
その時に、イエスを守りきる力が今の自分にあるか。

「ヨハネも食えよ〜シモン達が獲ってくれた魚。うまいぞ〜」

そう言って無邪気に笑い、美味しそうに焼けた魚を持ってくるイエスに、ヨハネは自分の不安を、やはり見透かされているような気がした。またヨハネの嫌な予感を、まるでイエスは覚悟しているかのように見えた。


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