第3話 修行編

文字数 3,338文字

「さてヨハネ。俺のこの『力』も…鍛えなければ衰えてしまう。修行が必要なんだ。しばらく山に籠る。お前は近くの町で休んでてくれ…」

宣教の旅を始めて一ヶ月、ロクに宣教もせずにヨハネの貯金で街に行っては遊び倒していたイエスは突然真面目な声でヨハネに言った。

「(えぇ…散々遊んどいて急になんだコイツ…)修行ですか?ヘロデの家でイエスがお見せになったあの力…やはり鍛えなければ、衰えてしまうものなのでしょうか?」

「いやなんかさ…やっぱ『修行編』って必要じゃね?人気のない所に篭って…こう…ヨガしたりなんか鍛えたり…とりあえずは、断食とかしてみようかなって思ってる。こないだ雑誌で読んだんだ…健康にいいらしい。山頂に着くまでの交通費だけ頼むわ」

「…」

ヘロデの家で見たイエスの力は本当だったのだろうか。あれは手品か何かで、自分の見間違いではなかったのかと、ヨハネはここ数日思い始めていた。

「わ…わかりました。私は近くの街で待ってます。交通費くらいならまだあります…この一ヶ月で旅の金は殆ど使ってしまいましたが…」

「おう、サンキュ。終わったら声かけるわ」

「…」

そう言ってイエスは山頂行きの便に乗り、それから40日間、ヨハネは近くの街で洗礼者のバイトをして過ごすことになった。

「あいつ…旅に出てもやっぱりニートなんだな…」

さてヨハネがパレスティナ通信でバイトを探し始めたその頃、山頂に着いたイエスの目に飛び込んだのは数多くの修行僧だった。そのうち一人がイエスの方を見て言った。

「お前さん、無理じゃな。社会を知らない。根性なしにこの行は向かん。出直してこい」

「黙れジジイ」

イエスは老人を無視して気に入った場所を見つけて座禅を組んだ。40日間の断食修行の開始である。最初の10日間ほどは、先輩の修行僧の老人達に陰口を叩かれまくった。

「あいつどうせすぐやめるよ」
「モテたくてやってんだろうが」
「ファッション修行乙www」
「修行舐めすぎ。論外」

そんな悪口も時間が経って意識が研ぎ澄まされていくに連れて、段々聴こえなくなっていった。そして40日目に差し掛かった頃、老人の一人が、イエスを殺そうとした。

「ワシらでも簡単には出来ない長期間の断食修行をいとも簡単に達成しおって…気に入らん。殺す」

老人が剣を持って断食中のイエスの背後に近づいた。突如、空が真っ暗闇に覆われ、雷が老人の体を貫いた。

ドンガラガッシャーン←雷鳴

「あ…ワシの…ヨーガを体得してモテモテになる…夢が…」

「いけないねえ…殺しってのは…もっとスマートじゃないと」

雷が落ちたその直後、空から獣の頭と人間の体を持った男が降りてきて、イエスの正面に立ちはだかった。

「さてイエスよ…感謝して貰わなきゃなあ…俺はあんたの命を救った。悪魔に助けられた気分はどうだ?神の子よ…お前のために、その背後の老人の命は奪われた」

「…」

「…っておい!寝てんじゃねえぞ!起きろ!」

ガクガク←悪魔がイエスの肩を揺さぶる音

「…ん。誰だあんた。あとちょっとで断食終わるんだ…寝させといてくれよ」

「てめえ…舐めてんのか?このサタン様を…」

「ん?サタン?」

「うん、サタン」

「…」

「…」

「うわあ!退けサタン!」

「(遅いよ…)クックック…俺が貴様の命を救った。悪魔に命を救われる気分はどうだ?」

「同じこと二回も言うなよ」

「てめえ…聞こえてたんじゃねえかぶっ殺すぞ」

「ああ…はいはい。老人…本当に死んだのかな?」

「何だと…?」

イエスがそう言っては背後をチラリと見ると、サタンが殺そうとした老人は起き上がっていた。

「生きとる!わしゃまだ生きとる!やっぞーい!もっともっと修行してモテモテになって、可愛いJKとあんなことやこんなことをしまくるんだぞーい!」

ピョンピョン跳ねて老人はその場から去った。

「どういうことだ…確かに雷が奴の体を貫いたはず」

「修行が進んだからな…雷の力は弱めさせて貰った。火の霊に干渉する力は雷にも干渉できるんだ。性質としては同じプラズマだからな…それも40日目にようやく獲得した力だったからギリギリだったけど…さてサタン。礼を言おうか、ありがとうよ」

「貴様…」

「♪」

「ふ。イエスよ…お腹は減ってないか?」

「うん?減ってるとも…」

「そうか…貴様の力…石をパンに変換することも出来るのだろう?俺は知っている…その力があれば飢えることもあるまい。断食ももう終わりに近づいている。パンを食べたいだろう?ホラ…」

サタンはそう言って、懐から焼きたてのパンを取り出し、さも美味そうに頬張った。

「実に美味い…このパンは天然素材使用の焼きたてだ…香りもいいし舌触りもふっくらしている。今の貴様の力なら…そこの石からでもパンを作れるだろう」

サタンはそう言うと、イエスの目の前の石を拾い、イエスに手渡した。

「さあイエス。共に断食の行の終わりの祝杯を挙げようじゃないか。お前は勇者だ。俺はそれを、祝福しよう。腹が減っては戦ができんというしな」

イエスの腹は鳴り、涎が溢れていた。

「さあ、俺にもその力を見せてくれ、石をパンに、変えて見せろ。その力が本物だという証を…」

「俺のエネルギーの源は、パンだけじゃない…」

グルルルルル←イエスの腹が鳴る音

「俺は『言葉』に…色んな人たちから聞いたあったかい『言葉』…大好きな本の中の一節…そんな沢山の…神がかった『言葉』にエネルギーを貰ってきたんだ…ナザレで孤独(ニート)だった俺を、支えてくれたものだ。パンなんかじゃ、癒せなかったものだ…だから俺に…少なくとも今の俺に、パンは必要ない…」

グルル…←イエスの腹の音が小さくなる

「チッ…そうかよ…。どうやらてめえは、本物の神の子のようだな。サタンの俺も、認めざるを得ない」

「…」

「イエス。俺はお前に敬意を払って言うよ。どうだ。俺の傘下に入らないか?悪いようにはしない…いやむしろ、同盟という形でもいい。俺の悪魔の力を分け与えてやる。そうすれば、沢山の人が、お前を認めるだろう…今以上に。お前は王になれる。あらゆる土地が、栄光が、お前のものになる。女の子にもモテモテだ。どうせお前、ナザレじゃモテなかったんだろう?だからヨハネの金で遊び倒してるんだろう?どうだ?俺と手を組めば…」

「あ?別にモテないこと気にしてねーし。つーかお前こそ何なの?悪魔の癖して考え方が俗物過ぎね?恥ずかしくないの?」

「…(顔真っ赤だぞ…しかもめっちゃ早口…)」

「大体てめーは悪魔の癖に理屈ってぽくてキメェんだよ。ネチネチネチネチネチネチネチネチと説教みたいなこと言いやがって。男ならなあ…金とか女とか名誉とかより…大事なことがあんだろ?ああ?てめえの神を?てめえ自身を信じることじゃねえのか?」

「…(それって逃げてるだけじゃね?)」

「ったく…興冷めだわ。帰るわ。ヨハネも待たせてるしな。じゃあな。二度と顔見せんなサタン…」

「う…うん…」

こうしてイエスの40日間の断食修行は終わった。イエスは無自覚だったが、 本当に危なかったのである。ただイエスがサタンの予想以上に無邪気であったために、悪魔を退けることができたのであった。

「おかえりなさい、修行、どうでしたかイエス?(帰ってくんの遅すぎんだろ…何してたんだコイツ)」

「ああ、悪魔に会った」

「は?」

「そんな悪い奴でもなかったな。命を助けられたし…ただ腹立つこと沢山言われたからな…ないわあいつ。マジでないわー」

「…そ、そうですか。無事で何よりです。所で、これからどうなされます?せっかく修行されたことですし、宣教を始めますか?」

「そうだな…とりあえず、キャバクラ行くぞ」

「ええ?」

こうして、イエスとヨハネはその街のキャバクラへと向かった。

「ルカちゃんってさーマジでないよねー」
「そうそう…自分のこと可愛って勘違いしてるよねーあんなブスなのねー」
「ねー」

「…」


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