第3話

文字数 1,950文字

「大学5年生の心壊論」

朝が来ると、今日も生きてしまっている事実に憂鬱になる。カーテンの隙間から早朝の柔らかい陽光が漏れ出している。スマートフォンを着けて時間を確認すると5時42分だった。昨日は2時半くらいに寝たから、今日は比較的よく寝られたと思う。頭の重さはいつも通りで、もはやなんの痛みかもわからない。ただ、私はこの痛みに殺されることはないし、治ることもないのだと知っている。いつかこの痛みに慣れてしまって、それでも気がつかずに痛みに耐え続けて、脳が焼き切れて死んでしまえるのだろうか。もしそうなら、私はこの痛みを感じるために存在できるのかもしれない。
「はぁ」
Twitterのタイムラインはいつも通り。死にたい、生きたい、最悪、幸せ。相反する感情が次から次へと流れ込んできて、気が狂いそう。私は幸せか?この人ほど不幸ではない。この人は生き方が違う。こうして私の下と上を見定めて生存を確認している。くだらない。それでも私が私でいるためにはこれしかないのだ。生きたくないけど死にたくもない私の存在証明になってくれ。
スマートフォンを枕元において、長いため息をつく。大学は9時から1時限目が始まる。今日が第8講目、いよいよ折り返し地点だ。体が鉛のように重い。今日も休んでしまいたいが、既に講義を3回休んでしまっている私は、もう気軽に休めない。体を起こして、ベッドの端に腰をかける。項垂れた首が健全な思考を妨げる。
また今日が始まる。頭が痛いのに、体が重いのに、目眩がするのに、私はまだ世界に生かされている。また今日も生きなければならない。そう思うと涙が溢れる。
「うぐっ……ぅ……」
大学が嫌い。ひとりぼっちが淘汰されるから嫌い。自主性に頼っているから嫌い。多くの人に囲まれているから嫌い。難しい話ばかり聞くことになるから嫌い。課題に追われるのが嫌い。嫌いなことならいくらでも浮かぶ。大学を卒業したら今よりも辛い現実に向かうことになるのだ。死ねないのに。ずっと殺されるような辛い日々を生きることになるのだ。
毎日ミスをして怒られるのだろう。バイトを始めて4日で、使えないやつ認定されて後ろ指さされたあの日のように。
「ゔっっ…………!!」
胃液がせり上がってくるのを感じて洗面所に飛び込む。幾度となく吐き戻してきたが、食道を逆流するこの感覚に慣れることができない。吐き出されるものはない。ただ胃液と嗚咽感だけが押し上げられ、ただただ苦しい。
顔を上げると目元に大きな隈をつくった人が鏡に映っていた。
「酷い顔……」
いつからこんなことになってしまったのだろう。大学受験の時は将来を夢見て必死に頑張っていたし、入学直後も保育園教諭を目指して必死に頑張っていたはず。気がつくとこんなことになってしまった。チャームポイントだと思っていた笑窪も、とても気分が悪い。
「どうして……」
私は私を嫌いになってしまったんだろう。
現実逃避のためには、うずくまって咽び泣くことしかできなかった。
 
しばらくしゃがみ込んでいたら、少しずつ落ち着いてきた。泣くためにエネルギーを消費して、頭痛がひどくなった気がする。脳を、体を刺激しないようにゆっくりと動いて、冷蔵庫を開く。オレンジ色に照らされた庫内に食べ物はほとんどない。少しのチョコレートと水と薬だけ。薬を取り出して一錠口に含む。これが私のルーティンであり、生きるために必要な行動。飲み込めば心が軽くなる。それと同時に薬を服用している自分自身が情けなくなる。それでもほんの少しだけ生きていていい気がするから、縋りつくように薬を飲み込んでいる。
カーテンの隙間から漏れる光が気になって恐る恐る外を覗く。5階の窓からは辺りがよく見える。ベランダからの転落を防止する柵の前に椅子が置かれている。これはいつでも私を辞められるように、いつかの私が置いたもの。何度も登って、ベランダの縁に足をかけては、勇気が足りなくて椅子から降りている。今日なら行けるはず。飛べるはずもないのに毎日思って、泡のように消える。死ぬための勇気もないのに、生きるための努力もできないのだから、救いようがない。
こんな日々が、いつまで続くのだろうか。いつまで続けたらいいのだろうか。いつになったら死ねるのだろうか。いつになったら死ぬ勇気が得られるのだろうか。
「うぅ……ぅあぁ……ぁあぁぁぁ」
涙がポロポロ溢れる。昔に戻りたい。戻ったら何かできるのだろうか。戻ったところで何もできないのに。私には何もない。死ぬ勇気すら持ち合わせていない。
もう立ち上がることもできなかった。
今日も大学に行かなかった。また私は、私の自尊心を壊して生きている。
現実逃避の夢の中では、上手に消える方法を探していた。
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