報告係・妖精探偵の場合

文字数 2,004文字

 最近、妙なことが起きるんです。
 私は去年離婚して、三歳の娘と近くアパートに住んでいます。その部屋は周囲の建物に囲まれて、リビング以外に外が見える窓はありません。日当たりが悪い普通の部屋です。なのに娘は頻りに家中の窓を指差して言ってきます。
「なんかいる。あっこ。前はあっち」
 当然、私も確認しました。けど何も居ません。見間違いじゃない? と聞いても、居たんだと一点張り。
 そこで近年発見されたという妖精の存在を疑いました。どこから来たのか、はたまた隠れていたのかもわからないけど、モスキート音みたいに子どもだけに見える。そんなニュースを思い出したんです――

「それが、お母さんがここへいらっしゃった経緯なんですね」
「はい。妖精専門の探偵さんなら何かわかるのではないかと」
 母親は男の噂を聞いて訪ねて来たようだった。男はこの辺りで唯一『妖精』が起こした問題を解決する探偵事務所を設立していた。
「うちに来たのは正解。十中八九、妖精のせいです。娘さんの発見の他に異変はありませんか?」
「……そう言えば、最近ゴミ置き場が荒らされてるって管理人さんがボヤいていました。それにアパートの白い壁が汚れていたことも」
「彼らは非常に強かで、大人に見えないのを良いことに悪事を働きます。そして違和感に気づかなかったり、気づいても放置する人間に付き纏い、さながら寄生虫のように寿命や運気を吸い尽くすのです。今は娘さんのお陰で助かっていますが、もう一、二年したら娘さんにも見えなくなって、大変なことになるでしょう。すぐに手を打ちます」

 依頼人とともにアパートへ向かった。そこでは三歳の娘と、面倒を見ていた祖母が居た。男は礼儀正しく探偵であると名乗り、娘に尋ねる。
「妖精はどこに居たのかな」
 娘は見慣れない男を怖がりつつも、母と祖母に促されて窓を教えた。母親が言った通り、隣のアパートの壁や通路が映るばかり。
 しかし男は大袈裟なまでに驚く。
「これは酷い。巣を作ろうとしている」
「そんな。どうにかなりませんか」
「ご安心を。依頼料の分は働かせていただきますので……いつも通りに」
 男は慣れたように呟いた。アパートを出て娘が示した場所を巡り、何やら手を動かしていた。やがて部屋の窓の死角に入り、姿は見えなくなった。
 母親たちが暫く待つと、電話がきた。背中で鳴った電子音にビクッとなる。相手は男だ。
『周辺の妖精たちを取り除きました。娘さんに聞いてみてください。もう大丈夫なはずです』
 母親が受話器を手にしたまま娘に聞いた。
「まだお外に何か見える?」
「ううん。いない」
 母親たちは安堵の息を吐く。結果を聞いた男は『それは良かった』と言い、そのまま事務所に帰った。
 母と祖母が喜ぶ中、娘は不思議そうな顔で二人を見遣った後で言った。
「今日は、はじめからいないよ?」
 大人たちは首を傾げた。しかし平穏が戻る嬉しさで、娘の言葉はすっかり忘れてしまった。

 頼まれていた経過報告はこの辺りで十分だろう。ボクはありのままを伝えるため事務所に戻った。人と違い、羽があるから移動は早い。男はソファでふんぞり返り、煙草を蒸していた。
「寄生虫は酷いよ。ボクらにそんな機能ないよ」
「文句言うなよ。どうせ見えないんだから」
 煙たい場所をひらりと避け、空気の澄んだ部屋の隅に留まる。人間よりずっと小さいお陰で助かった。
「人間は騙されやすいね。ボクらは子どもに見えるんじゃなくて、姿を見せようとした相手にしか見えないのに。妖精専門の探偵なんて法螺、よく思い付くよ」
「良いだろ。お前と俺はこうして良い暮らしができる。ほら」
 ペットをあやすように差し出されたのは、ゲッケイジュの葉だった。ボクは「わぁい」と態とらしく喜んで頬張る。すっきりした香りと硬さが堪らない。男にとっては安上がりだろうが、本来の目的ついでに嗜好品まで手に入るなんて最高だ。他の仲間たちも羨みそうである。
「そう言えばさっきの人たち、誰かに付き纏われていたよ。察するに元夫かな」
 アパートの壁に黒いシミが付着していたが、あれは人間の足跡を拭き取ったものだ。ゴミや日常を探られるのはかなりの恐怖だろう。その解決はしてやらないのか聞いたら、男は「知るかよ」と吐き捨てた。ただの詐欺師には良心の欠片もない。
「なあ。どうして俺みたいのにつくんだ? 妖精って言ったら、もっと善良な奴と一緒に居るのが相場だろ」
「何となく、かな」
 ボクは飄々と嘯いた。男は興味を失って「あっそ」と爪を切り始めた。
 だって悪事を躊躇わない人間が幅を利かせた方が、社会を壊しやすいじゃないか。ヒト同士で戦争でもしてくれたら最高だ。ボクら妖精――もといY惑星知的生命体が侵略するのに好都合なんだから。せっかく彼らが都合の良い解釈をしてくれたのだから、それを利用しない手はない。
 さて、今日の報告を上にあげるとしよう。経過順調。妖精さんは強かなのだ。
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