第2問 入部試験①

文字数 1,866文字

 さてさて、時は遡り、一年前。まだ高校入学したての頃の話をさせていただこう。

 オレは何もしない部活に所属する事を目指して、必死に様々な部活の体験入部をしていた。部活を選べる猶予期間は一週間しかなく、華の高校生活という重要でかつ取り返しの付かない今後三年を、どれほど"無為に"過ごせるかを決めるにしては、あまりにも、そうあまりにも短過ぎるのだ。そして、オレは『部活動紹介パンフレット』を手に握りしめ、旧校舎の三階にある、今は名もついていない教室に辿り着いた。扉には女性の字のように綺麗な手書きの貼紙がなされている。

「奇術部…」

 何となく良い感じはしないが、もう選択肢はほとんど残っていなかった。意を決して、願いを込めて戸を開ける。
 中には一人、椅子の背もたれにダラリと体を預けきって、顔に文庫本を乗せて寝る男子学生の姿があった。オレは直感的に「ここだな」と入部を決めた。その学生は戸の音で気付いた様で文庫本を扉が見える程度にだけ、ちらりと持ち上げて、こちらに微笑んだ。

「ようこそ、奇術部へ」
「どうも」

 男は「よっこいしょ」と言いながら、背もたれから体を起き上がらせ、文庫本を手近な机上に置いた。奇術部には似合わない、茶色がかった髪で垂れ目の、いかにも女子にモテそうな好青年がこちらに向き直る。

「三年で部長の(たいら)だ。部員は見ての通り、もう僕だけ。年度末だけレンタル部員がいるけど。僕ももう三年だから、まあ来てないんだけどさ」
「"今は"一人、ってことですか?」
「おっ、勘がいいね。そうだよ」
「いいですね。奇術は実際やりますか?」
「昔はそういう人も居たけど、今はやらないよ」
「なら、入部します」
「ふふっ、いい心構えだ」

 そう言って笑顔になった泰は、こちらに寄ってきて握手を求めた。オレは同じ匂いのするこの男と握手を交わす。

「じゃっ、次に会うのは、入部オリエンテーションのときだ。顧問も来て、必ず集まる事になっている。そこで他の新入生たちと交流を深めてくれ。ああ、それとこの部室は今日から自由に出入りしていいよ。僕は寝てるだけだから」
「他に入部希望がいるんですか?」

 それは嫌だなと思い、苦い顔をする。

「いや、今のところは誰も居ない。でも、流石の僕にも今後の事は分からないさ。君の様なサボりたがりも来た訳だしね」
「そうですね。ただ取り敢えず今は安心しました」
「ふふっ、君は随分正直だな。見込みがあるよ」
「ありがとうございます」
「今日はもう帰るかい?」
「はい。もう、オリエンテーションまで来ません」
「だと思ったよ。じゃあ、入部届だけ書いてって。それ、部長が取りまとめることになっているんだ」
「ああ、そうですね」

 担任からも事前にそう聞いていたから、オレは素直に指示に従った。もしそうじゃなければ、最初だけ良い面をする入部詐欺の可能性がある以上、オレは拒否していただろう。
 導かれるままに、泰が元々座っていた机に向かう。そして、文庫本が置かれた机を挟んで腰掛けた。泰は鞄から紺色のペンケースを取り出して、一本の万年筆風のボールペンを差し出した。如何にも高そうな重厚感のあるアルミのフォルムをしていた。

「どうぞ」
「ありがとうございます」

 泰から受け取ったペンで入部届を書き殴るように記入する。実際持ってみると結構重みがあった。泰はそれを面白そうに見ていた。

「結構字汚いね」
「よく言われます」
「名前は、やま…がたでいいのかな?」
「はい。山縣悠二(ヤマガタユウジ)です」
「そう、この字の山縣だと、信州の生まれ?」
「いや、オレは東北です」
「そうか」

 そんな話をしている内に書き終え、入部届は机の上を滑らせ泰に渡した。「うん、よし」と泰は中身を改めてから頷いた。

「きっと楽しい学生生活になるよ」
「えっ、そんなの期待して無いです」
「だろうね。まあ、それでも君はきっと巻き込まれていくのさ」
「どういう意味ですか?」
「ふふっ、いずれ分かるさ。この部は奇術部であり、奇術部でないんだ。気になるなら調べてみると良い」
「はあ…。もしかしてこの部、忙しいんですか?」
「いや、そんな事はないし、奇術を僕は結局一つも覚えていない。活動はしてないよ」
「はあ、ならいいですけど」

 オレは心に少しモヤモヤを抱えながらも、「これ以上にサボれそうな部活はない」と心を納得させ、入部届を置いて部室を去った。後々、それを後悔する日もやってくる訳だが、それは結果論でしかないし、時には感謝する日もあるので、まあこの選択自体が悪かった訳ではない…と思いたい。

 そして、オリエンテーションの日がやってくるのだった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

山縣 悠二

 平凡な暮らしを望む高校生。奇術部にはサボれそうだから入った。部長で探偵役。

鴨居玲奈

 人を疑う事が苦手で純粋な同級生。山縣にとって唯一の奇術部の同輩。兄に唆されて奇術部に入った。探偵助手役。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み