城でもつ

文字数 793文字

 世間話に「今、ここの最寄りの駅は『市役所』じゃなくて『名古屋城』なんですよ」と告げると阿と吽はひどく驚いた。駅名が変わっただけなんですがと付け足すと、そうけァ、と口を揃えて唸った。

「アレで市役所が

になったでか」
「いや、変わったのは前にお二方が二の丸に降りた時のすぐ後で、観光客が間違って『名城公園』に行くことが多いから、と」

 変更のきっかけは区役所移転による「中村区役所」駅の名称変更だ。

 「諸々の表示物の入れ替えに手間も経費もかかるんだもんで、ついでにここもあそこも変えて観光客にバンバン来てもらえるようにしてまえ、というのがケチで見えっ張りの名古屋らしい。地下鉄じゃのうてバスが走っとった時分からここは「市役所」駅なんだけんどなぁ」と代々名古屋住まいだというずいぶん年上の同僚は少し非難めいた口調で笑っていた。

「えらいここに人が来るようになったのはそンせいか」
「あんた、そら違うわ。病気のせいで人が居らんくなった時期がちぃとあったで忘れたんか知らんが、その前から人は増えとったで」
「ほうか」

 市役所勤めの端くれとして吽の訂正に太鼓判を押すと、吽は阿に勝ち誇ったように「ほれみぃ」と言った。

「でもアレからしばらくは病気ん時なんぞ比じゃねゃぁくれぇ人が来なんだな」
「とんでもねゃー揺れの後、何日も港の方は水びたで、そのくせあちこちの火事はちっともおさまらんで。わしらにできることなんぞなーんもありゃせんかった」
「それは違います」

 地震の揺れによってあちこち瓦が振り落とされた天守の上の変わらぬ二尾の姿は、変わり果てた街で本職とかけ離れた業務に忙殺され、荒んだ心にこの言葉を呼び込んだ。
――尾張名古屋は城でもつ。
「そんなことはないから、

時期を乗り越えた証としてあなた達に地上に降りてもらうんです」
 それを聞いた二尾の金鯱は少し恥ずかしそうに、でも誇らしげにその鱗を煌めかせた。
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