前編

文字数 1,282文字

 平安京のかなり外れ、ただっぴろい庭を持つ大きな屋敷に一人の男が訪ねてきた。男の髪はまるで綿のようにふわふわで桜色、どこか緑がかった瞳に白い肌のこの世の者とは思われぬ外見をしている。
「また、お前か魔手麻呂(ましゅまろ)
 出てきた主人は眉をひそめてその若い男をにらんだ。
「京の裏鬼門にある竹林を刈り取れと帝に上奏されたと聞きましたが」
「ああ、あの竹は色が悪い。とても裏鬼門を守れる呪力はなさそうだ。もっと呪の強そうな植物に代えることにした」
「竹の精が昨日やってきて、もう少しで花をつけるから待ってくれと――」
「学もない偽陰陽師ふぜいの言うことなど聞けるわけが無い。もう決まったことだ」
 陰陽頭、弓削豪満(ゆげごうまん)は肩をすくめてくるりと背を向ける。
(あやかし)は確かに存在しますが、奴らは鬼門とか、日柄とか、さほど気にもかけていませんよ。それより、悪い事には必ず原因があって――」
 使用人はまだ豪満の背中に叫び続ける魔手麻呂を追い出すと、鼻先で戸を閉めた。
「くそう、許せねえ」
「止めろ、青電鬼(せいでんき)
 青い髪を逆立てて身体にふわりとかかった薄い布を揺らめかせている青年を魔手麻呂が制した。青年の身体の周りにはパチパチと青い光が散っている。
「魔手麻呂様の呪力が上なのは、陰陽頭(おんみょうのかみ)も知っているだろうに」
 黄色い髪から細長い角を立ててもう一人の若い男が目をつり上げた。もちろんこの二人は人間の目には見えない。彼らは魔手麻呂に仕える式神なのだ。
「仕方が無い飛雷神(ひらいしん)。私の言うことを聞くような奴では無い」
 ふわふわの雲に飛び乗ると魔手麻呂は屋敷を後にした。
 数日後、竹林は焼き払われた。


 人々が異変に気がつきだしたのはそれから一月も立たないころであった。
 まずは平安京の南、羅生門(らしょうもん)の前にぼこりと小さな盛り上がりができたのが始まりであった。衛士が踏みつけると、弾力のある何かが皮を当てた靴底をぐっと押し返した。
 翌朝、その穴から大人の背ほどもある竹がいつの間にか伸びていた。慌てて根元から切ったのは良いが、後ろを振り返った衛士は門の内側にまた背ほどの竹が伸びているのに気がついた。
「地の下を通ってきやがったな」衛士はそれをも切り倒した。
 切ってもにょきり、切ってもにょきり。悪い事に切った翌日は前日よりも高くなり、その先に新しい竹がどんどん生える。不気味なことに竹はまるで何かを目指すように、朱雀大路(すざくおおじ)を直進して行った。
 ずぼり、ずぼり……。
 朱雀大路の真ん中を行進するかのように竹が生えていく。
「このままでは、帝のおられる平安宮に着くのではないか」
 人々の噂は、もちろん平安宮の官吏達にも聞こえている。
 すぐ陰陽寮に陰陽師達が集められた。
 朱雀大路の竹は切られ、掘り返されて地下を這う茎を探すが、どこまで行っても横に這う茎は見えず、延々と縦に竹が続くのみ。切っても切っても、竹はあざ笑うかのように翌日にはまた元通りに伸びて、その先に新しい竹が頭を覗かせるのであった。
 陰陽寮では日々祈祷が行われるが効果はなし。手をこまねいている間に平安宮にまで竹は入り込み、宿直(とのい)の尻を竹の子が突き上げる騒ぎとなった。帝は離宮に避難した。
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