【完結】隕石に、眠る

文字数 4,534文字

 不治の病って、ふじの病なのか、ふちの病なのか。どっちかなんて、まぁ今考えても仕方ない。俺は治る見込みのない、不治の病なのだ。未知のウィルスに侵されているようだ。

 半年前の隕石騒ぎ、月極(つきぎめ)のガレージに落ちたあの隕石。買ったばかりの車が大丈夫か見に行ったせいだと思う。隕石に付着していた未知のウィルスが俺の体の中に入り込んだようだ。正確な原因はわからない。いまはこの現象の方が重要だ。

 国内外の研究者たちは、俺の体の中に偉そうにふんぞり返っている

が細胞の活性化に貢献するという物質を発見した。タンパク質のようなその物質は、いわゆる自然治癒能力(しぜんちゆのうりょく)を高めてくれるようだ。

 俺はその物質を制御しきれず、細胞の治癒が活性化しすぎて、このままだと数か月で細胞分裂の上限回数に達する。つまり、急激に老化が進むってことだ。ちなみに、切り傷程度のケガならだいたい十分(じゅっぷん)以内に、骨折程度なら二時間以内で修復する。ほかにも試してみたいが、そのまま死んでしまうのも嫌なので試してはいない。臨床医(りんしょうい)たちは試したそうだが。

 こうした事情で、俺は特別待遇で国立病院の個室ⅤⅠPルームで至れり尽くせりの治療を受けている。家族には悪いがここは家より快適だ。思春期の息子と娘たちの進路や反抗期からも解放された気分になれる。
 仕事も傷病休暇扱いになり、しかも国からも一日入院で五万円も給付される。金には困らないし、妻だってむしろ喜んでいる。



「ねぇ、お父さんっていつまで病院にいるの?」
 柏木遥(かしわぎはるか)は柏木家の中では比較的父親っ子だ。
 弟の(もどる)は反抗期真っ盛りの中学二年生だから余計に遥が家族と調和を図る役割のように映っているのかもしれない。

 キッチンで良子(りょうこ)は遥の質問に上の空で、給付金の皮算用に集中していた。
「もう、いっそのこと何十年も入院して欲しいわよ」
「ママひどいねぇ。パパ可哀そうじゃん」
「でも、いつも仕事でいなかったのよ。で、あの人快適に病院で、しかも会社行ってた時よりお金もたくさんよ」
「戻は起きたのかしら」
「さっき起こしたけど、行かないって」

 不登校歴半年、戻はゴールデンウィーク明けから学校に通っていない。成績は優秀だったから自宅でプリントをもらって、あとはネットの動画を見て勉強している。戻が不登校になった理由は家族のだれにもわからなかった。

「柏木さん、主治医の棚橋(たなはし)です。ウィルスの動きですが、ここのところ活発に増殖活動をしていまして、このままですと……」

 主治医の棚橋は俺と同じぐらいの年齢だ。五十歳前後、俺よりは金を稼いできただろうが、いまは日給五万と会社からの手当てで俺の方が稼いでいるはずだ。稼いでいるといってもただ寝てるだけだが。
「で、先生、私はどうなるんですか?」

 棚橋はカルテを見ているわけではなかったが見ている風にしながら、
「今の医学では治療は無理です。このままだと数カ月で…。ですが、冷凍保存という方法でしたら」

 つまりこうだ。俺のウィルスは俺にとっては死を早める、しかし、治癒力を高めるための活用をすればまたとない医療の進化を促してくれる。俺がウィルスごと死なれてはこまるということだ。
「お願いします。冷凍保存してください」

 俺は家族に相談することなく即決し、翌日良子と遥が見守るなか、冷凍保存された。戻は変わらず部屋に引きこもっている。

 麻酔が効いて、薄れゆく意識の中で
「柏木さん、医療の発展は目覚ましいものがありますが、このウィルスを柏木さんの体から無力化し、かつ人類のために活用できるようになるには、おおよそ四十年。それまで待っててください。私は生きてるかわかりませんが。あとは引き継いでおきますから」
 主治医の棚橋は大声で告げると、俺は意識を失った。


 俺は目覚めた。厳密には四十年と六カ月と二日。冷凍保存から解凍され、意識が戻るまでに二カ月ほどかかったらしい。さっそく、
ウィルスの無力化するためのワクチンを注入した。冷凍保存中に、ウィルスを取り出し研究は進められていた。研究は五年前から進んでいたようだった。医療において、ケガの部類については大きな進歩を遂げていた。
「あの、良子、いや妻はどこに?」
 看護師が不愛想にニコリともせず答えた。
「奥様は二年前にお亡くなりになりました。娘の遥さんも昨年交通事故で」

 看護師に見えたその人物は、どうもロボットのようだった。

「じゃぁ、息子の戻は?」
「戻さんは毎日こちらにいらっしゃってますよ」
「毎日?」
「そうです、あなたの主治医ですもの」

 ロボット、いやアンドロイドの割には流暢(りゅうちょう)に会話する。手際よく、俺の点滴を取り換えていた。
「戻は医者に?」
「ええ、記録によりますと、あれから猛勉強を経て、医大に合格されたようですね」
 自動ドアが開く。
「父さん、目が覚めたようだね」
「ひ、ひろしなのか?」
「ああ、ちょうど父さんと同じくらいの歳になってしまったよ。今年で五十四」
「俺は五十だから、戻の方が年上じゃないか」

 おれは敬語で話すべきか悩んだが、いやいや俺の息子だ。遠慮なんかいらない。
「母さんと遥はもういないんだってな」
「そうなんだ、特に姉さんは、交通事故でね。傷は父さんのウィルスを活用してあっという間に治療できたんだけど、意識が戻らなくって、そのまま亡くなったんだ」
戻は見違えるように、かつ医者の顔つきというか、なんとも頼もしくなった。

「お前は、どうして医者になったんだ?」
「父さんに会いたかったからさ」
 戻はあたりを見回した。
「僕が不登校になった理由って知ってる?」
 戻は唐突に、だが長年用意していたかのように質問をぶつけてきた。
「なんのことだ?」
「中学行かなくなった理由だよ。父さんには昨日の記憶だよ」
「あぁ、それはきっとあれだ、学校の友達が…」
 俺は戻からの質問に取り(つくろ)うこともできなかった。
「違うよ、僕も隕石に触ったんだよ。父さんみたいにウィルスに感染した。」

 戻の話に少し合点(がてん)がいった。
「母さんと姉さんにうつしたくないから引きこもってたのか?」
「違うよ」
 戻はアンドロイド型看護師の背中上部にある起動スイッチのロックを解除した。その手際の良さは、武術でも(たしな)んでいるような流麗(りゅうれい)さがあった。
「なにを……したんだ?」

 俺は状況を飲み込もうと努力したが、考えようとはしなかった。咀嚼(そしゃく)はするが、味わうのを放棄したような、何かを食べているけれど味なんてわかろうとしていないような、そんな取り繕った思考を(めぐ)らせていた。
「母さんと姉さんは生きてるよ」
「どういうことだ」
「ここから脱出しよう」

 俺は車いすに乗せられ、戻に押され、病院を出た。警備もなにも、戻はここでは顔パスなのか。
「どこへ行くんだ?」
「もといた

に帰ろう」

?」

 俺が覚えている戻との会話はここまでだ。突然、俺は恐ろしいほどの睡魔(すいま)に襲われ、そのまま眠りに落ちた。目が覚めると、真っ青な星を宇宙船から眺めていた。

「良子、遥!」
 ふたりはあの頃のままだ、若いまま。歳もとってない。いったいどういうことなんだ。
「父さん、この二人はサーバント型アンドロイドで、かいつまんで言うと、僕たちの召使」
 俺の理解が追い付かない。
「限りなく人型で歳もとるんだ。だから、こんな風にして僕が手をかざすと…」
 良子と遥は戻に手を握られると、心なしか少し若返った。
「これは…」
「僕と父さんはもともと一体型の生物だったんだけど、共生(きょうせい)ができなくなって。父さんが保有しているウィルスの方が強くなって」
 俺は理解に努めようと、言葉を振り絞った。思考を絞り出したという方がいいだろう。それがこの言葉だ。
「つまり?」

 戻は宇宙船のパネルをオートモードに変更し、薄暗い船内に明かりをつけた。

「つまり、父さんは細胞分裂を進める、僕は細胞分裂を巻き戻す、ってウィルスを持ってる。もともと一つの生き物だったんだけど、ぼくたち。だけど、父さんの細胞分裂を進める方が優勢になって、老化が進み始めたんだよ」

 戻のウィルスと俺のウィルスがぶつかりあって、相殺しあうことで細胞分裂を止めていたってことらしい。つまり、俺と戻はもともと一つの生き物で、不老不死だったってことだ。
「じゃぁ、あの隕石が落ちてきた日はどう関係してるんだ?」
「あれは、僕たちがもといた星からの救援隊(きゅうえんたい)で、隕石型の宇宙船だよ。残念だけど墜落しちゃって。僕たちがあの隕石を見に行ったのは、体の中のウィルスたちが呼び寄せられたんだと思うよ」

 戻の荒唐無稽(こうとうむけい)な話を否定する前に、この宇宙船自体に乗り込んでいる現象が否定できない。良子も遥もさっきから一言も発していない。しかも、やっぱり若返っている。
「父さんには、ウィルスの活性化を抑えるためにも一度分裂前の記憶をごっそり抜いて、新しい記憶に入れ替えたんだ。それは申し訳ない」

 俺はすべてを受け入れた。宇宙船がどこに向かっていることに興味もなかった。きっとまた戻と一体化するんだろう。それはそれでいい。不老不死の事実を会社のみんなに話したいが、この会社の記憶自体も作られたものだ。俺は再び眠りに落ちた。

 
 
 翌日、柏木戻の遺体が発見された。中学生の頃から自宅に引きこもって四十年だったらしい。年齢は五十四歳のはずだが、奇妙なことが起こっていた。どうみても乳児なのだ。鑑識がDNA鑑定を行っても柏木戻、本人に間違いなかった。一方病院に冷凍保存状態で入院していた父柏木進が冷凍保存状態ごと消え去った。看護師アンドロイド一体が破壊されており、警備の目をすり抜けて柏木進が病院外へ運び出されたようだった。

 二年前に亡くなった柏木良子は九十二歳であったが見た目は三十代だった。昨年交通事故で亡くなった柏木遥は五十七歳のはずだが彼女も二十代前半ぐらいにしか見えなかった。そして柏木戻は乳児の姿で。父の柏木進は冷凍保存のまま行方不明。

 世界各国の諜報機関(ちょうほうきかん)がやっきになって柏木進の失踪、いや誘拐とこの不可思議な若返り死を調査した。柏木進のウィルスが関与しているとまではわかるのだが、その真相に近づくことはどの国も、どの組織も、どの人物もできなかった。

 
 宇宙船の中で冷凍保存された状態で柏木進は眠りについている。四十年間、一度も目覚めさせていない。状態はいい。
 オートモードの操作パネルに表示された行先はアンドロメダ・アルフェッラッツとあった。不定形のスライムのような物体がうごめいている。人型に()したアンドロイド二体がスライムのような物体に包み込まれ、口から侵入されていく。
 良子と遥に似せて作られた二体のアンドロイドはその形を崩し、やがて一体の人型の物体に姿を変えた。アルフェラッツ星人は普段は不定形であるが、宇宙空間ではウィルスの活動を抑えるために人型に変形する必要があった。

「ふぅ、柏木進、

タイプのウィルスは私たちの星の希望だ。私たちのように誰もが、若返って死んでいく星では」

 柏木戻の身体は馴染みが悪かった。あれ以上同化していると、ウィルス巻き戻しが進んで私自身まで若返り死をしたかもしれんな。
 アルフェッラッツ星人は柏木進を完全保冷装置にセットし、そして自身も簡易冷凍装置で眠りについた。

(おわり)
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