第五話 四面楚歌

エピソード文字数 2,560文字

 ◆天文十四年(一五四五年)六月二十一日 尾張国(おわりのくに) 那古野(なごや)

 屋敷がまだ用意できていないとのことで、しばらく、那古野城の客間に居住させてもらうことになった。
 しかし布団と枕はなんとかしたいぞ。敷布団はないので畳が敷いてある場所で寝て、掛け布団は綿の入った大きい着物を羽織るだけ。夜着(やぎ)と呼ぶらしい。
 また枕もないので、寝心地が非常に悪い。
 快適度を徐々にレベルアップしていきたいな。

 さて、吉姫こと信長ちゃんは、今日は一日中和歌の修練だ。朝から平手爺に強制連行されているので、様々な計画を立てることにする。
 まずは信長ちゃんの置かれている現状を整理しよう。
 信パパこと大殿の信秀は、本拠地を那古野から一里(四キロ)ほどの古渡(ふるわたり)城としている。理由は定かではないが、妻子の殆どを那古野に残しているので、仲のいい側室とゆっくりしたいという噂もあるくらいだ。

 ここ那古野城の城主も信パパだけれど、林佐渡守(さどのかみ)秀貞(ひでさだ)城代(じょうだい)(城主代理)としている。この林佐渡は特に注意しなくてはいけない。弟の林通具(みちとも)が、勘十郎信行の傳役(もりやく)ということもあり、確実に『信行派』といえるだろう。史実でも信行を擁立する謀反に加担している。
 また城の廊下でおれとすれ違ったときも、『またうつけ姫が馬の骨を拾ってきおった』などと、捨て台詞を吐いたくらい。

 平手(ひらて)政秀(まさひで)爺は傳役(もりやく)だけあって、史実では信長の能力を早くから見抜いたと伝わっている。ただ信長ちゃんが姫なので、美濃斎藤家との婚姻政策を主導しているように、後継者として考えていない可能性が強い。

 確実に『信長派』といえるのは、信長ちゃんの近習の池田勝三郎(かつさぶろう)恒興(つねおき))と、丹羽(にわ)万千代(まんちよ)長秀(ながひで))の両名だけだ。特に丹羽長秀は、おれ滝川一益と並んで、後の織田四天王と呼ばれる重臣の一員となるだけに、活躍を大いに期待したい。
 ただ恒興は十歳、長秀は十一歳なので、即戦力という意味では無理だ。まるで小学校の遠足になってしまうぞ。

 信長ちゃんの生みの親の、土田(どた)御前(ごぜん)は綺麗な育ちの良さそうな和風美人。
『母上は己に似ておらぬワシを嫌っているのじゃ』
 信長ちゃんが寂しそうに口にしていたが、まず味方とはいえないだろう。

 救いといえば信パパこと大殿信秀が、信長ちゃんのことを殊更可愛がっていること。そして、勘十郎信行を後継者と決定していないことだ。
 ただ男親が娘を猫可愛がりするのはよく聞く話だし、信行は信長ちゃんより二つ下のまだ十歳だから、後嗣(こうし)に定めるのは時期尚早、と考えているだけかもしれない。

 まさに周りが敵ばかりの四面楚歌だ。とにかく味方が少ないのは心細いだけでなく、武力もゼロに近いからお話にならない。史実から考えて『信長派』になる人材はいないだろうか。
 ぱっと思い浮かんだのは、まずは柴田(しばた)権六(ごんろく)勝家(かついえ)。史実で勝家は信行の家老(重臣)となって、信長に一度は謀反を起こす。だが、信長に帰参後は持ち前の武力を生かして、忠誠を尽くして『かかれ柴田』と称される重臣中の重臣となる。

 髭モジャで中年の無骨者イメージが強い勝家は、おれと同じ年の若武者だ。おそらく家中でまだ実績はさほど積んでいないだろう。勝家が信行の配下になる前に、うまく取り込めないか?
 待てよ。
 真偽は定かではないけれど、勝家には信長の妹の市姫に懸想(けそう)していた、というちょっとロリ風の逸話があったな。信長ちゃんに色仕掛けさせてみるという手を打てないか。
 小学六年生の信長ちゃんに、色仕掛けをさせる策を考える自分が、非常に悪人になったような気がする。というか、この考えは完璧に悪人だな。
 実際に勝家が信長ちゃんになびきすぎてしまっても、心情的にかなり困ってしまう。

 色仕掛けはさておき、勝家以外に目ぼしい人材といえば、『攻めの三左』こと(もり)三左(さんざ)可成(よしなり)だ。森可成は本能寺の変で信長を懸命に守って、力尽きた『森蘭丸の父』と残念な紹介をされることも、かつてはあった。だが実際は、信長の信頼が非常に厚く、政治・戦闘・外交も優秀にこなせる名将だ。
 史実でも、そろそろ信長配下になる時期のはずだし、まずは攻めの三左をなんとか仲間にしたい。

 史実の信長配下には綺羅星のように優秀な人材が多く集まっていたが、現在は他国に仕えている場合、長秀のようにまだ幼い場合、生まれていない場合すらある。
「他に誰がいたかなあ……」
 そんなこんなの人材確保作戦を考えていたところ、不意の来訪があった。
「左近殿、邪魔するぞ」
 平手(ひらて)中務丞(なかつかさのじょう)政秀(まさひで)、通称平手爺だ。

「おや、中務様。姫と一緒ではないのですか?」
 この時代に、『政秀』といった実名は、(いみな)(忌み名)といって、気安く呼ぶのは(はばか)られていて、通称や官職名で呼ぶのが一般的。
 たとえば学校で『織田信長教授』と呼ばずに、『織田教授』や単に『教授』と呼んだり、会社で『織田信長部長』と呼ばずに、『織田部長』や単に『部長』と呼ぶイメージだ。

「一服入れがてら、おぬしの様子を見に来たのだ」
「左様ですか……」
 返事はしたものの、さっぱり平手爺の来訪の意図が分からない。信長ちゃんの傳役(もりやく)なので、爺と心の中で呼んでいるものの、まだ五十歳前で身長は低いものの、武将らしく引き締まった体躯をしている。

「左近殿は確か近江(おうみ)(滋賀県)の生まれであったかな?」
 世間話でもしに来たかと思って、口裏合わせ通りに軽い気持ちで「ええ」と返事をしたところ、仰天してしまった。
 平手爺は眼光鋭くおれを睨みつけて、目にも止まらない速さで、抜刀して切っ先をおれの顔面に向けている。

 斬られる!
 まったく反応ができない。
「中務様……いったい何を……?」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

織田吉(三郎信長


 那古野城城主で周辺一〇万石の領主。織田信秀の嫡子。

 織田信秀の次男に生まれるはずが、どこで間違ったのか女性に生まれてしまった。見た目は現代風美少女だが男装を好む。最近はアクセサリーを頻繁に変える、鎧を着替えるなどオシャレに気を遣うようになっている。

 奥手で、『つるでぺた』を気にしているが実態は不明。


 戦場では鉄砲を使う。

 初陣で敵大将を討ち取るという大殊勲を挙げた。

 美濃の斎藤義龍との結婚計画があったが流れた。

 口癖は、一人称「ワシ」、二人称「ヌシ」、語尾は「のじゃ」、肯定は「で、あるか!」。「素っ首貰い受ける」もお気に入りのようだ。

 自分に理解を示した左近のことを、とても気に入ってやがて好意を示す。左近の部屋に入り浸っている。

 政治・外交・経済のセンスは抜群で、左近をはじめ周囲をしばしば驚かせる。

 頭に血がのぼると一直線な行動をとることも多い。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み