第7話 卒業と告白

文字数 2,718文字

卒業検定の日。
朝早いから遅刻しないように頑張って起きた。
検定の時間までイメージトレーニングをしながら待っていた。
緊張しやすい性格のあたしだけど、なんだか落ち着きと緊張が良い感じに混ざり合っていた。
こういうの程良い緊張感って言葉がぴったりだと思う。
ついに検定の時間が来た。
教習車のナンバープレートには「仮免許練習中」と普段は書いてあるけど「卒業検定中」になっていた。
このナンバープレートを見た瞬間、本当に今から卒業検定するんだって実感がわいた。
試験官は、どこかの大企業のお偉いさんみたいな50代くらいのおじさんだった。
説明があって卒業試験が始まった。
試験中、今までに感じたことがないほど完璧に近い運転ができた。
手応えはある。自信がある。
あたし、本番にこんな強かったっけ・・・?
いつも大事なところで失敗してきて、後で凄く落ち込んで・・・。
こんなに上手くいったの初めてかも。
合否発表は、教習所の入り口から入ってすぐにある電光掲示板に受験番号が表示されるタイプだった。
合格した受験者の番号だけが点灯するというものだ。
06番。これがあたしの番号だ。
ピンポーンという音が鳴り、今から卒業検定の合格発表があります。卒業検定を受けた方は電光掲示板で確認して下さいとアナウンスが流れた。
さっきは完璧に近い運転を出来たような気がした。
でも確認が甘かったんじゃないかとか、あの時の判断や動作が遅かったんじゃないか、縦列駐車まずかったかもとか欠点ばかり探そうとしてしまう。
合格が欲しいのに不合格の理由を探してしまう。
そんな自分が嫌いだ。
電光掲示板に黄色く光った数字がいくつも出てくる。
01、02、04、06、09、11。
あった!!06番が光ってる。やった、合格だ。
あたしは、嬉しくて叫びたい気持ちだった。
でも誰も叫んでないし、目立つと恥ずかしいから頑張って感情を抑えた。
その日、私は大野自動車教習所を卒業した。
卒業したら翌日、書類を持って免許センターに行って学科試験を受けた。
学科試験も合格し、名前や住所とかの書類を書いたり視力検査したり免許用の写真を撮ったりして自動車免許証が交付された。

「これがあたしの免許証・・・」

うーん、顔が気に入らないなぁ・・・。
はぁ・・・。不細工だ・・・。
ちょっとため息をついた。
でも凄く嬉しい。本当に頑張ったよ、あたし。
よくやった、あたし。
免許証ができた帰り、大野自動車教習所に寄る事にした。
無事に免許取れた事の報告に行きたくなったから。

「こんにちは。無事に免許取れたんです。報告に来たくなって」
「えー、よかったね!おめでとう!」

受付の女の人も喜んでくれた。
教官の人を探して階段を上って二階に行ったりしてウロウロしていたら、前から柊君が歩いてきた。
あああ、恰好良い。

「あっ・・・」
「よお、松本。卒業検定受かったのか?」
「ああ、うん。さっき免許できたばかり。ちょっと報告に寄ったんだ」
「そうなのか。真面目な奴だな」
「柊君は・・・?順調に進んでるの?」
「俺も明日、卒業検定だ。やっぱりお前の方が少し早かったな。先を越されてしまったな。スーツの女の教官に色々ケチつけられて、みきわめやり直しだったから時間かかった」
「もしかして茂木さん?」
「そうそう。茂木。何なんだよ、あいつ。厳しすぎるだろ」
「僕も茂木さんに散々言われて落ち込んで、3日間ショックで教習行けなかったよ・・・」
「いや、お前。それは凹みすぎだろう。メンタル弱い奴だな」

柊君が笑っていた。
ああ、なんでこんなにドキドキするんだ・・・。
あっ、そっか・・・。
卒業して免許も取れたし、もう柊君に会えなくなるんだよね・・・。

「あ、あの・・・」
「ん?」
「ぼ、僕・・・」
「なんだよ」
「僕・・・いや。あっ・・・あたしね、トランスジェンダーなの」
「・・・・えっ?」
「初めて柊君に会った日から、ずっと柊君の事が気になってて・・・。顔見る度に凄くドキドキして・・・今も・・・凄くドキドキしてる・・・」
「・・・・・・・」
「あたし、もう免許も取ったし・・・。柊君に会えるのこれが最後だから・・・。自分の気持ち、今ちゃんと伝えようって思って」
「・・・・・・・・・・」
「柊君の事が好きです」
「ごめん。俺、そっち系じゃないんだ」
「うん・・・。なんか・・・ごめんね、急に・・・。色々ビックリさせちゃって」
「でもお前凄いよ。こういうの凄く言いにくいんだろ?なのにちゃんと自分の気持ち言えるなんて勇気ある。人として尊敬する。いつか分かってくれる人いるから頑張れよ」
「うん・・・。ありがとう・・・」

うん。知ってた。
断られるのは分かってた。
あーあー、失恋しちゃったな。
でもあたしは、全く落ち込んでいない。
今、凄く清々しい気分だ。
生まれて初めて自分の気持ちに正直になれた。
緊張で張りつめていた糸が切れたみたいな感じ。
凄く心が軽くなった。


大野自動車教習所であたしは、車の運転と沢山の大切な事を教わった。

お猿のあかりちゃんは言ってくれた。
「えー!いいじゃん、いいじゃん!人を好きになるのに、気持ち悪いとかないよ。一目惚れなんて素敵だね。あたし応援しちゃうよ。頑張ろう!」

メイドの美田凛さんは、言ってくれた。
「好きな人に尽くし、相手の幸せを願う事は、とても素晴らしい事だと思います。愛とは、その人を優しく受け止める事です」

オタクの尾田さんは、言ってくれた。
「好きなものは好き。仕方ない。周りにどう思われるかなんて関係ないんだ。だから松本さん、頑張って。僕は二次元しか愛せないけど、君は三次元で頑張れ」

肉体美が素敵な細川さんは、言ってくれた。
「なんだ、ちゃんと言えるんじゃねぇか。言いたいことを言わなければ、相手には伝わらない。自分を解放しろ。解き放て」

エッセイストの下須田さんは、言ってくれた。
「汚い自分がおる事を認めろよ。そして自分も人も許してやれ。自分も人も受け止めれるそんな大きな人間になりや。俺はアンタみたいな純粋に人を好きになった人を応援するわ」

隙の無い完璧な女性に見えた茂木さんは、言ってくれた。
「だから相手に認めてもらうんじゃないの。認めさせるの。私も頑張るから。だから松本さんもみきわめ頑張ってね。卒業検定も絶対合格してね。応援してる」

皆さん、本当にありがとうございました。
あたしに勇気をくれてありがとう。
あたしは、この世界にいてもいい存在なんだ。
あたしは、素直に生きていいんだ。

車の免許を取ったその日、あたしは両親を呼んだ。

「お父さん、お母さん。大事な話があるから聞いて欲しいんだ。あのね、僕。いや、あたし・・・」

車があれば自分で運転して、どこまでも遠くへ行ける。
あたしの世界は、これから一気に広がっていく。
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